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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第七話 二十七位



 動乱の渦中となった協会。隣接するビルの屋上からそれを眺める二人の人影があった。

 一人は安っぽいフレンチメイド服に身を包んだロールヘアの少女。

 そして、もう一人は黒一色のスーツに身を包んだ青年。

 少女は祭りのパレードでも見ているように楽しげに、青年は眉に皺を寄せて表情に影を落としながら悪魔の力によって異形と化した炭村に視線を向けていた。


「あららぁ。やっぱりラウムちゃん邪魔してきましたね。本当に悪魔なのに何考えているんだか」

「あれが、アムドゥシアスを倒した悪魔か」

「そーです。あの契約者の先生。私の代わりに魔導書をばら撒いてくれて便利だったんですけどねぇ」


 スーツの青年は炭村の攻撃を必死に躱すラウムをしばらく見つめたが、すぐに興味を失ったように目線を逸らした。


「しかし、契約者のいないラウムちゃんと中年の悪魔祓い。炭村様も負けはしませんが時間を稼がれると代償の過払いで潰れちゃいそうですね」

「どうする気だ? アレにはもっと派手に暴れてもらう算段だったのだろう?」

「そうですねぇ……じゃあ、ちょっとお手伝いしてあげるとしましょうか。あ、グラ君は役割があるんですから、退屈だからって来ちゃダメですよ?」

「あんな雑魚どもには食指も伸びん」

「じゃあ、手はず通りに……お願いしますね?」


 フレンチメイド服の少女は腕を組んで不愛想な表情を崩さない青年をからかうように笑いかけ、ふわりとスカートを膨らませながらビルの屋上から飛び降りた。


 ◇


「ウガァアアあアぁ!」


 炭村の大雑把な腕の一振り、それは空気を押し出して衝撃波すら生み出しそうなほどの勢いを秘めていた。


「よっと……これでも、食らいなさい!」


 ラウムはそれを紙一重で躱し、がら空きになった鳩尾に渾身のパンチを叩き込むが筋肉の鎧は鋼鉄に匹敵する硬さを持ち、炭村の表情は眉一つ動かない。


「ラァアアア!」

「あっぶな!」


 反撃となる炭村の前蹴りを跳躍で躱しつつ、一気に後退して立花の元に戻ったラウムはげんなりとした声を上げる。


「あー、無理。私じゃ何してもダメージどころか注意一つ引けないわ」

「悪魔なのに頼りになりませんねぇ」

「私は深夜と一緒にいてこそ本領発揮するの!」


 立花の威嚇射撃によって炭村の接近が妨げられていることもあり、多少の軽口を言い合う余裕はある。しかし、二人もまた攻め手に決めあぐねていた。


「流石にあの身体能力では不意打ち以外では退魔銀は当てさせてくれませんか」

「ちょっとおじさーん? 紗々ならちゃんと当てるよ?」

「あの子の射撃センスは協会で断トツの一位なので比べられると困っちゃうんですよねぇ」


 とは言いつつも、決して立花の射撃精度が低いわけでは無い。命中しないのは単純なまでに炭村の動きが速いのだ。


「ガァアアアアア!」

「っていうか、アイツ完全に理性残ってないじゃん……」


 ラウムの言う通り、協会で暴れ始めた当初はまだ理性的だった炭村だったが、立花の銃撃を受けて以降はもはや人間らしい言葉よりも獣のような雄叫びを上げることの方が多くなっていた。


「アロケルの代償は記憶だそうです……記憶が無くなっていけば、知性も薄らいでいくのでしょう」

「こっわ……でもま、そういうことなら時間稼いで代償切れを待つ方が得策かな」

「そういう日和った戦い方はダメですよぉ。ラ・ウ・ム・ちゃん」


 突如として協会のラウンジに響いた第四の存在の声。しかし、その嘲笑のこもった声の主の姿は見えず、ラウムと立花の警戒心が高まる。そして、先にその接近に気づいたのは目視ではなく魔力の匂いを感じ取ったラウムだった。


「もう一体の悪魔……でも、どうして私の名前を!」

「それはですねぇ。霧泉市でずーっとあなた達の事を監視していたからですよ?」


 それは泥だった。黒い粘液のような汚泥がズルズルと床を這い滑り、びちゃびちゃと不快な音を立てて炭村の正面に集まっていく。最初は水たまり程だった泥はやがて直径一メートルほどにまで広がり、そこから這い上がるように一人の少女が姿を現した。


「ぷはぁ……あ、私はずーっと見てましたけど、あなたが私を見るのは初めて、でしたっけ?」

「そうね……でも、アンタの姿、セエレから聞いた通りだわ……」


 泥が変形し現れた少女。金髪のロールヘア。緑色の眼球。戦いの場には明らかに不釣り合いなミニスカートのフレンチメイド服。彼女はスカートの裾をつまみ、軽く頭を下げる。


「ある時は主様にご奉仕する敏腕メイド、ある時は悩める人を救う魔導書バイヤー、しかしてその正体は、ソロモン七十二柱、序列二十七位。忠義の悪魔、ロノヴェでございまーす!」


 大仰な芝居がかった態度と口調によってロノヴェはラウンジの空気を一瞬にして支配した。


「炭村様、当初の目的をお忘れではありませんか? 今回は私からのアフターサービスです。この邪魔な二人は私がお相手して差し上げましょう」

「ァァ……」

「あらら、既にだいぶ記憶が欠落してますねぇ……ホラ、思い出してください。復讐なさるんでしょう? 確か……ユキシロサシャ? でしたっけ?」


 その言葉を聞いた炭村の体がピクリと反応する。魔力の揺らぎを感じ取ったラウムの背筋に冷たいものが走り、思わず叫んだ。


「おじさん! あのメイドごと撃って!」

「っ! わかりましたよ!」


 ラウムの指示を受けて、立花がロノヴェと炭村に向けて引き金を引く、しかし、それは一歩遅かった。炭村は足元の地面に腕を突き刺し、ラウンジの床材をコンクリートの基礎ごとめくりあげ、立花達に向けて投げつけたのだった。


「マジっ!?」

「ぐぅ!」


 コンクリートの塊の投擲を何とか回避した二人だが、砕けた破片までは避けきれず二人は全身を打ち据えられる。


「ユキシロォオオオ」


 そして二人が跳び退いたことで、ラウンジから施設の奥へと向かう道が開かれてしまい、炭村は一直線に駆けて最奥へと向かってしまった。


「マズい……炭村を追わなくては!」


 コンクリート片の直撃を受けて口から血を流しながらも奥へと侵入した炭村を追おうとする立花。しかし、ロノヴェは指先を彼に向けて不敵に笑った。


「させません!」


 そして、その指先からどろりと汚泥がポトリと地面に落ち、大地に触れた汚泥は爆発するように膨らんで、姿を変えた。


「グルルルルゥ」


 それは緑色の目を光らせた汚泥の猟犬だった。大型犬に匹敵するサイズのソレは唸り声をあげて立花の背中へと牙を向ける。


「世話が焼けるわね!」


 その牙が立花に突き立てられる直前、ラウムの渾身の跳び蹴りが泥の猟犬に突き刺さった。立花も炭村を逃がした事実に歯噛みしつつも眼前の悪魔もまた、気を抜いて対処できる相手ではないと気づき、戦闘態勢を整える。


「はい、そういうわけですので。お二方には存分に……遊んでいただこうと思います!」


 そして、ロノヴェがバッと両手を大きく広げその動作によってラウンジの至るところに黒い汚泥がまき散らされる。

 その泥の滴一つ一つが膨張し、ある物は猟犬に、ある物は猛禽に多種多様な野獣を模した形へと変化していく。


「と言っても、遊び相手は私が生み出す使い魔たち。ですが」


 ロノヴェが生み出した泥の獣は三十近い数によってラウム達を取り囲んでいた。


 ◇


 深夜は独房の中で、外から聞こえてくる警報と爆発音のような音の連続から必死に状況を読み取ろうとしていた。


――悪魔憑きの襲撃警報……ラウムかセエレが暴れてる? いや、でも流石にそんなバカみたいなことは――


「ああ……情報が足りない」


 深夜が焦燥から来る苛立ちに地団駄踏んでいると、鳴り続ける警報のサイレンの中、聞き覚えのある風切り音が耳に入ってきた。


「やっと見つけたぜ、神崎!」

「和道とセエレ!」


 外部から厳重に鍵を掛けられた独房の中にセエレを背負った和道が突如として現れる。


「ちょっと待った……二人がいるってことは、この警報、マジでラウムなの!?」

「いや、そうじゃないんだけど……説明が難しいな。悪い、セエレ頼む」


 和道は今の状況をうまく言葉にできず、背後の小さな悪魔に助け船を求めた。頼まれた悪魔も声に若干の焦りを滲ませ、口早に状況説明を始めた。


「警報の原因は別の悪魔憑きです。我々はこの騒動に乗じて潜入し、神崎様を救出に参りました」

「……ラウムは?」

「正面玄関で悪魔憑きを単身足止めしています」

「なるほど……」


 その情報を受けて、深夜は改めて自らが取るべき行動を模索する。


「ラウム一人では時間稼ぎにも限界があります。急いで脱出し、応援に……」

「いや、今の状況じゃ無理だ」


 深夜はそう言って自らの両腕を繋ぐ白銀色の手錠をかざし、二人に見せる。


「退魔銀の手錠、ですか」

「ああ。こればかりはラウムにも壊せないし。武装化による魔力供給にも支障が出ると思う」

「じゃあ、セエレの力で神崎だけ動かして手錠を外す、とかは無理なのか? 在原さんのお父さんの頭の銃弾を取り出した時みたいに」


 和道は以前、セエレの力で体内の異物を摘出したことを例に挙げて解決案を出すが、セエレの表情は苦々しい。


「私自身、試していないので不可能とは断言できませんが……失敗した場合、手首ごと取り残される可能性もあります」


 一歩間違えれば両手を失う賭けには流石の深夜も打って出ることはできない。となれば、答えは自然と限られる。


「まずはここから出て、コイツの鍵を探す」

「アテはあるのかよ?」

「悪魔祓いとっ捕まえて聞けば誰かしら知ってるだろ」

「またお前は無茶なことを……」


 和道は心配そうに深夜を見るが、他に代案はない。


「というわけで、セエレ。この扉、蹴破れそう?」


 深夜からの問いかけを受け、和道の背中から降りたセエレが独房の扉に向かい、その表面を触って確認する。


「……かなり頑丈な造りで、蹴破るのは流石に無理ですが……」


 セエレは右手を扉に密着させたまま、魔力を流す。

 シュンッという風切り音と共に、深夜を閉じ込めていた独房の扉は消失し、廊下に横倒しの状態で現れた。


「退魔銀ではなかったので、瞬間移動で引き千切りました」

「流石、セエレに出入りできない場所はないね」


 警報の中、手錠をつけたまま深夜は独房の外に出る。


「じゃあ、俺はコレの鍵を探す。二人はラウムの援護頼める? ……何、和道のその顔」

「いや、お前ら二人とも同じようなこと言ってるなって」

「アイツと一緒ってなんかヤダなぁ……」


 深夜は肩を落としながらも、和道に背を向ける。


「でも、ま。アイツに消えられたら困るし。手錠外したらすぐに向かう、って伝えといて」

「素直じゃねぇなぁ」


 そんな深夜の背中を和道はバンッと叩き、笑う。


「無茶すんなよ、神崎。じゃあ、セエレ、頼む!」

「かしこまりました」


 そして、和道とセエレの姿は風切り音と共に消える。


「さて……行くか」




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