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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第五話 ラウムの矜持



「ここが協会かぁ。悪魔の私達が自分から来ることになるなんて思ってなかったよ」


 在原の隠し倉庫から地図の魔道具を頼りに深夜の捕らわれている場所にたどり着いたラウム達。彼女達の眼前には周囲の景観けいかんに溶け込むように特徴の少ない二階建ての建物が存在した。


「なんか、霧泉市の市役所とあんまり変わらないな。てっきりなんか派手にステンドグラスとか、鐘とか、十字架とかあるものかと思ったぜ」

「この国では協会は単なる非営利組織に過ぎません。そのような権威的な外観は不要なのでしょう」

「なるほどね」


 本当に外観は地方都市の役所といった風体。玄関先からもちらほらとスーツの人間が出入りしているなど、とても悪魔犯罪に対抗する最前線の場所には見えない。

 ラウム達は一応、街路樹の影に身を隠して様子をうかがう。彼らに人と悪魔を判別する力はなくとも、出入りしているのが協会の関係者なら姿を見られて得になることはないだろう。


「さて、役に立つかわからないものまで色々持ってきちゃったけど、これからどうしようか?」


 ラウムはジャケットのポケットをまさぐり、在原の倉庫から拝借はいしゃくした魔道具を取り出す。結局、あの後倉庫の中身を一通り確認したが、魔力探知の地図以上に役立ちそうなものは見つからなかった。そのため、適当に持ってきたは良いが、特に使い道は決めていない。


「荒事は嫌だから、こっそり中に忍び込みたいところ、だよな」

「侵入自体は私の異能を使えば容易でしょう。ですが、神崎様が内部のどのあたりに捕らわれているのか……」


 セエレは小さな両手で必死に地図を広げているが、深夜の位置を示す点はあくまでも眼前の建物の中、ということまでしか教えてくれない。となれば、セエレの跳躍の異能を使ったとしても、ピンポイントで深夜の元に、というわけにはいかない。


「とにかく、中に忍び込んで、隠れながら神崎を探す。しかないんじゃないか?」

「でしたらやはり、私が行ってまいります。見ての通り、体格も小さいので隠れやすいですから」


 セエレは地図を一旦ラウムに預け、自分一人で侵入すると主張した。


「俺も一緒に行くぜ。セエレだけじゃ、やっぱり心配だし」

「直樹様。私、このような外見ではありますが、悪魔ですので心配には及びません」

「でも、あそこにいるのはその悪魔を倒すのが仕事な人達なんだろ?」

「むむむ……」


 セエレは口を尖らせて抗議するが、直樹も直樹で頑として譲らない。結局、セエレが主従のポリシーのせいで折れて、直樹とセエレの二人が協会への潜入役に決まった。


「でもセエレ。あんた教導学塾の時に異能使いまくったり、怪我したりしてたけど、魔力の方は大丈夫なの?」

「……問題ない」

「おう。ちゃんとあの後すぐにセエレに血を吸わせておいたぜ!」


 不愛想に答えるセエレに代わり、和道は袖をまくって止血パットが張られて腕を見せる。顔を赤らめたセエレは彼の服の裾を引っ張って、ラウムから自身の主を引き離そうとする。


「うぅ……でもなぁ。私のパートナーなのに、私がいけないのが歯がゆい……」


 悪魔そのものであるラウムは自身の魔力抵抗により、セエレの力で瞬間移動できない。どう足掻いても深夜捜索チームに加われないモヤモヤを抱えて、眼前に鎮座する協会の建物を睨む。


「お前にも役割はある。私はその地図を持ち込めないからな、お前は外ら神崎様の状況を……」


 セエレの言葉が終わる前に、ドォン! という轟音がラウムの視線の先、協会の建物。その玄関先から響いてきた。


「え? なんだよ?! 爆発したのか?」


 先ほどまでただの役所かオフィスかという装いだった協会からは轟音に続いて、人々の甲高い悲鳴が届く。和道は困惑から周囲をキョロキョロと見まわしたことで、自分の隣の悪魔達の表情が険しくひきつっていることに気づいた。奇しくも彼女達の表情は、数刻前、駅で炭村が彼らに声をかけた瞬間と似ていた。


「ねえ、セエレ……アンタ、いつ気付いた?」

「おそらく、お前と同じだ……今の今まで、全く感知できなかった」

「まるで、いきなりあそこに現れたみたい……セエレと同じ異能?」

「いや。私はここ数十年、誰にも召喚されていなかった。私ではない……だが、だとするといったい」


 二人の様子を見て、和道も察する。これが悪魔による非常事態であるということを。


「まさか、悪魔が!」


 和道はほとんど無意識に、悲鳴と轟音が連続する協会に向けて駆けだそうとし、セエレに腕を掴まれ止まった。否、正確には止められたというべきか。


「直樹様、おまちください! 悪魔が暴れている状況に一人で飛び込んで、何をするつもりですか!」


セエレはその小柄な体躯からはあり得ない筋力で無理やり和道の動きを押しとどめている。そうしなければこの少年は間違いなく、目の前の建物に突入してしまうからだ。


「悲鳴が聞こえたろ! 戦えない人や悪魔の事を知らない人がいるのかもしれない! だったら助けないと!」

「直樹様、聞いてください! ……いま、あの場に現れた悪魔憑きは炭村です!」

「……はぁ!? 嘘だろ!」


 和道はセエレの言葉を聞いて、ようやく強引にでも協会に行こうとしていた足を止める。

 ほんの数刻前、和道達に敵意を見せることなく、親切に道を教えてくれた好青年の姿が彼の脳裏によぎる。彼が今、協会に現れ人を襲っているという事実が受け止めきれないでいた。


「嘘ではありません。魔力の匂いは完全に一致しています」


 和道は確認の意味を込めてラウムの方を見るが、彼女もまた、無言で首を縦に振る。セエレの言葉に嘘はないと。


「…………直樹様。皮肉ではありますが、これは、神崎様を助ける好機です」

「炭村さんが暴れてて、協会が混乱しているから?」


 和道の声は意外なほど冷静であり、セエレの言葉の意図も完璧に理解していた。今、セエレの異能で内部に侵入すれば、混乱に乗じて身を隠さずとも深夜の捜索ができる可能性は高い。


「でも、そんな……」


 和道の心が揺らぐ。深夜は大切な友人だ。だが、聞こえてきた悲鳴を無視してしまえば、自分は果たしてその親友の横で胸を張っていられるだろうか。


「ねぇ、ちょっとお二人さん。さっきから盛り上がってるけど。ラウムちゃんの事、忘れてない?」


 俯き、自問自答を繰り返して和道の肩をラウムが叩く。


「ラウム……?」

「お前。何をするつもりだ?」

「あれ、二人には言ってなかったっけ? ラウムちゃんって、愛と正義の悪魔。なんだよね」


 和道とセエレが険しい表情でラウムを見る一方、濡羽色の髪の悪魔は口角を吊り上げて笑う。


「ラウムちゃん的には、協会は昔っから嫌いだけどさ。紗々の仲間なら、助けてあげないと駄目な気がするんだよね。それに、今行けばいい感じに恩も売れそうだし」


 最後は少し茶化すように言って、ラウムはセエレをじっと見る。


「深夜の事、頼める?」

「任せろ。必ず助ける」


 短いやり取りの後、ラウムとセエレはパンと互いに手のひらを激しく叩く。


「それじゃ、直樹、セエレ! 深夜の事見つけたら、すぐに私のところに連れてきてよね!」


 そう言って、ラウムは騒乱の真っただ中となっている協会の正面玄関へと駆け出した。


「セエレ! 俺達も急いで神崎を見つけ出そう!」

「かしこまりました。参りましょう!」


 そうして、セエレもまた、和道の手を取り、二人はシュン! と風を切る音と共にその場から消失した。




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