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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第二話 いざ、東京!



 霧泉市は典型的なベッドタウンであり、電車に乗れば一時間程度で向かうことができる都心で勤務している住民も決して少なくない。しかし同時に、学生の多くはよほどの理由がなければ東京まで足を運ぶことは少ない。つまり。


「……三番改札って、どこだ?」


 東京に土地勘の一切ない三人の田舎者達は見事に大都会で迷子になってしまうのも当然の帰結と言えた。


「ねえ、直樹。スマホとかで道案内とかできないの?」

「駅の中は非対応みたいなんだよな。俺、地図読むのも苦手だし、こういう時に神崎がいればなぁ……」

「その深夜を助けるために、わざわざ東京まで来たんでしょう。っていうか、本当に信用できるの? あのコレクター女の書き置きなんて」


 ラウムは和道が持っている便箋をさっと取り上げて見つめる。そこに書かれているのは東京のとある地点を示す住所と経緯度座標。それと『何か困ったことがあったらここに行ってみて。ただし、協会のお嬢ちゃんには秘密よ(ハート)』という微妙に丸みがあるボールペン字のメッセージ。


「なーにがハートよ。歳考えなさいよ。アイツ」

「そういうお前も似たような事をいつも言っているだろう。しかも、実質うん千歳だというのに」

「私のボディと今の記憶は十代のピッチピチだから良いんですぅ!」

「在原さんも十分若いだろ……って今はそういう話じゃなくてだな、三番改札から出ていく道をだな」

「もしかして、道に迷っているのかな?」


 スマホの画面とにらめっこをしながら、駅の建物内で右往左往している和道に声をかけたのは身長百八十に迫る彼よりもさらに一回り背が高く筋肉質な成人男性だった。


「――ッ!」

「直樹さ――!」

「ああ、いきなり声をかけてすまない。僕は炭村すみむら、怪しい物じゃない。君たちが困っている様子だったから、ついね」


 彼の存在を目視した瞬間、ラウムとセエレの表情が鋭くなったが、和道が彼女達の変化に気づくよりも先に炭村と名乗った男は気さくな笑みを浮かべて両手をあげて害意が無い事をアピールする。


「どうかしたかな? じっと見て」

「……あ、すいません。実はちょっと道に迷っちゃって……三番改札ってどこですかね?」

「君達は……観光かな?」

「そんな感じです」

「確かに、この駅は複雑だからね。迷惑でなければ目的地まで案内しようか?」

「良いんですか!」


 先ほどのラウム達の警戒にも気づいていなかった和道は突如現れた炭村の提案を渡りに船とばかりに疑うこと無く好意的に受け取る。一方彼の背後ではラウムとセエレが目配せを交わしあっていた。


「どうする? 直樹、気づいてないよ」

「警戒はする。だが、露骨に敵意を見せたところでこちらにメリットは無い、今は様子を見よう」

「賛成、いざとなったらアンタなら直樹は連れて逃げられるしね」


 一方で彼女達の心配を他所に、和道は炭村にあっさりと目的地の住所を明かし、そこまでの経路を軽く口頭で説明される。


「なるほど、なんとか行けそうです。助かりましたよ! 良い人っすね! 炭村さん」

「いやいや、どうも他人の気がしなくてね。これも何かの縁というやつかもな」


 雑談を交わしながら、目的地である三番改札に向けて並んで歩く和道と炭村、そこから一歩引いて後を歩く悪魔二人。


「炭村さんは東京に住んでるんですか?」

「格好つけて案内しているが、実は三年ほど離れていて、最近、人に会うために戻って来たばかりなんだ」

「俺も似たようなもんです、友達を探すために来まして」

「僕の場合は友達っていうか、ちょっと複雑な相手なんだけどね……ここから電車に乗っていけば、乗り換えなしで目的地につけると思うよ」


 そしてようやく三番改札の前にたどり着き、炭村は相変わらず親しみを込めた笑みを浮かべて爽やかに手を振って去っていき、ようやく悪魔二人が張り詰めていた緊張を解き、肩の力を抜く。


「いやぁ、都会だからビビってたけど場所を問わず良い人はいるもんだな」

「悪魔憑きだったけどね、あのマッチョお兄さん」

「えっ!」


 ラウムの爆弾発言に直樹が声を上げて振り返ると、セエレは眉を吊り上げ、険しい表情で詰問する。


「直樹様! 相手を問わず好意的に接するのはあなた様の美徳ではありますが、同時に世の中の悪意というものにももう少し敏感になってくださいませ!」

「いや、でも悪魔憑きだからって悪い人とは限らないんじゃ……」

「いいえ、考えてもみてください。人間は普通に生きている分にはわざわざ大変な労力をかけて悪魔と契約し、代償を払ってまで異能を使う必要なんてないのです」

「た、確かに……」


 まさに見もふたもない正論だが、セエレの言い分には和道も納得せざるを得ない。実際問題、自分の今までの人生を振り返って、超能力が使えれば便利だなと思うことはあっても、それはあくまでノーリスク、ノーコストの場合に限った話。実際にセエレと契約した時も悪魔憑きとの命がけの戦いという極限状況だったからで、今も別に普段の生活でセエレの異能に頼るということはない。


「つまり、悪魔と契約している時点で普通では叶わない大それた願いを抱いている野心家か、もしくは危機管理能力が極端に欠如した異常者のどちらかなのです」


 傍から見れば高校生男子が十に満たない外見の妹らしき少女にこんこんと「知らない人についていってはいけません」と説教をしているようにしか見えない構図。ラウムは二人の関係性に思わず笑いそうになってしまうが、セエレの性格上放っておくとこの説教も長くなりそうだと思い、助け舟を出す。


「今回は向こうも私達が悪魔だって気づいていたうえで、仲間と思って声をかけた感じだろうけどね」

「他人の気がしないってのも、そういう意味だったわけか」


 和道はラウム達の説明を受けて、ようやく彼の言葉の真意に気づきポンと手鼓を打ち、そして既に大都会東京の人の群れの中に消えていった炭村の方を見てポツリと呟く。


「あの人は、何のために悪魔と契約したんだろうな」

「さあね? ま、私達は協会と違って悪魔憑きを手当たり次第に倒すのも仕事じゃないし。とりあえず放っておけばいいんじゃない?」

「一応、彼の契約している悪魔の匂いは覚えておきました。もし万が一、尾行などされても気づけるでしょう」

「……うーん……」

「どうされました?」


 しばらく人の流れを見つめ続けていた和道が首を傾げて難しい表情を浮かべ始めたので、セエレは主に何を考えているのか問いかける。


「いや、本人には聞きそびれたんだけど。炭村さんの顔、どこかで見た事ある気がするんだよな……」

「向こうは初対面って顔だったよ?」

「気のせいかな……よし、十秒考えて答えが出ないことは忘れよう」


 若干の違和感は胸中に残るが、和道は持ち前の切り替えの早さをもってその疑問を明後日の方向に放り投げ、改めて在原の残した便箋に書かれた住所へ向かうことにするのだった。


 ◇


 和道達と別れた炭村、彼もまた自らの目的地である秋葉原の電気街の一画へと足を進めていた。

 こんな人目の多い場所をどうして待ち合わせ場所にしたのか、彼にははなはだ疑問しか浮かばなかったが彼の前に忽然こつぜんと姿を現した相手のその姿を見て腑に落ちてしまう。


「本当にどこでもその恰好なんですね」

「もちろん。メイドにとってはこれが戦装束いくさしょうぞくといっても過言はございませんもの」


 彼女は安っぽいフレンチメイド服のスカートの端をつまんで見せつけるように小さくお辞儀をする。以前と同じ服装だが、今は皮肉なことに、毛先を幾つにもロールした派手なヘアスタイルも含めて、彼女の姿はこの街の景色の一つとして完全に溶け込んでいる。


「すんすん……微かに悪魔の残り香の匂いがしますが」

「道に迷っていた子達を見つけてね。同じ悪魔憑きのよしみでちょっとお節介を焼いていた」

「あらあら! なんとお優しいのでしょうか。私、炭村様のお心に感服いたしましたわ」


 まさか、数分同行しただけの相手の残り香すら感知できるとは、このメイド服の少女は随分と鼻が利くらしい。逆に彼女からは全く悪魔の匂いがしない、と炭村が契約している悪魔は薄気味悪がっているがのだ。


「おや、この匂い……ふふふ、偶然か否かは分かりませんが、面白くなりそうでございますわ」

「それで、取引の話だ。ここ、東京にあるんだろう? 協会の本部とやらは」

「ええ、それは確かな情報でしてよ。ですが、私が言うのもなんですが、協会に直接殴り込みに行くためだけに、悪魔と契約するなんて。炭村様、随分と狂ってますわね」


 メイド服の少女はケラケラと嘲笑を隠そうともせずに炭村を見る、だが、彼はその視線に怒りを返すのではなくむしろ敬意のようなものを込めた声で言葉を返す。


「悪魔である貴方にはわからないかもな。一度手に入れた力を奪われる事の屈辱や恐怖が」

「恐怖ですか?」

「ああ、そうさ。悪魔の異能、そんなものを知ってしまえば、僕のような臆病な人間は、こんな脆弱な肉体で生きていくなど恐ろしくて、恐ろしくて仕方ない。だというのに、協会の悪魔祓いは僕達悪魔憑きから、その力を奪おうと躍起だ。これでは、安心して夜も眠れない」


 炭村はその屈強な筋肉に包まれた体が嘘のように自らの両腕を抱いてそんな弱気な言葉を漏らす。そのギャップが薄気味悪くて、メイドの少女は彼から一歩距離を取る。


「なるほど、そのための復讐。でございますか」

「決して忘れはしない。三年前の屈辱も、貴方に再びアロケルとの契約を取り持ってもらうまでに感じた恐怖も、どれ今なお鮮明だ……いま、ヤツは協会の本部にいるんだよな?」

「それに関しては、私の目と耳が確かに確認済みです、間違いありませんわ」

「なら、早く行こう。案内してくれ」


 炭村の浮かべた笑みは狂気に染まっており、全身の筋肉もピクピクと痙攣させている。気を抜けば今ここで暴れ出してしまいそうなほどに、その精神は不安定に見えた。


「かしこまりました。では、参りましょうか、炭村様」


 そして、メイドの少女はそんな炭村の前を先導し、彼を協会へと導く。


「三年前の借りを返させてもらうよ。雪代紗々」


 彼女の後ろを歩く炭村は脳裏にこびり付いた怨敵の名を弾むようなリズムで口ずさんでいた。


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