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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第四章「退魔の『協会』」
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第一話 彼のいない街



「うにゃあ……どうしようかなぁ……」


 深夜達の住む霧泉むせん市は、首都圏から少し離れた典型的なベッドタウン、特に深夜や和道の住んでいる街の東部は住宅街と呼ばれ、建築物のおよそ九割は一軒家。そのため日照権やらなにやらと複雑な事情もあって四階建て以上の建物が存在しないので、深夜の家の屋根の上で仰向けに寝転がっているラウムの姿は誰にも見られることはなく、全身に太陽の光を浴びながらうー、やあー、と意味のないうなり声を上げ続けているのだった。


「どうしようかなぁ」

「何度同じことを言うつもりだ?」

「うにゃ!」


 誰も来ない、誰も聞いていないはずの唸り声への返答と共に、赤い長髪の影が太陽の光を遮ったことで完全に油断していたラウムは飛び跳ねるように体を起こした。


「って、セエレ、驚かせないでよ!」


 彼女を見下ろしていた少女、セエレはチェックのワンピースに身を包んだ十歳ほどの幼い外見とは裏腹に妙に大人びた態度で風になびく深紅の長髪を押さえつけていた。


「探しても見つからないと思ったら、野良猫でもあるまいし。こんなところで何をしている」

「何をしてる、っていうか……その……真昼に顔を合わせづらくてさ」

「真昼様……ああ、神崎様の妹君か」


 ラウムはもじもじと両手の人差し指を突き合わせるジェスチャーをして自分の足元に視線を向ける。実際のところは屋根の更に下にいるであろう神崎真昼に向けたのだろうと察し、セエレも苦々しい表情を浮かべた。


「ご両親が入院中で、さらにお兄様が行方不明ともなれば心配して当然だな。というか、むしろフォローはしていないのかお前は」

「真昼の事を助けようとして、戦ったら協会に捕まったなんて言えるわけないじゃん! っていうか、深夜から真昼には絶対に悪魔とか契約については言うなって釘刺されてるし」

「なるほどな……それで絶対に見つからないように屋根の上でウダウダと管を巻いていた、というわけか」

「セエレ、今くらい優しくしてよ」


 普通の人間には絶対に見つからないはずだったのだが、同じ悪魔が相手では意味もない、ましてや瞬間移動の異能を持つセエレに来られない場所などなかった。


「悪魔に気遣いを求めるとはお前も随分ずいぶんとヤキが回ったな」

「あはは、そういやそうだ。アンタも私もロクでなしの悪魔だったわ」


 ラウムは自分が随分と甘えた事を言っていたことに気づかされ、乾いた笑いを漏らす。


「それで、わざわざ嫌味だけを言いに来たわけじゃないでしょ? 何の用」

「直樹様がお前を探していたから呼び出しにきた。神崎様を救い出すための作戦会議だそうだ」

「ま、確かに一人で考え込んでもいい案も浮かばないわね」


 ラウムは「よっ」という掛け声と共に立ち上がり、寝転がってぼさぼさになっていた髪を整える。


「なによ? 人の顔をじっと見て」

「ちょうどいい機会だ。ラウム、お前に一つ確認しておきたい」

「だから、何?」

「お前は私と同じように召喚者を殺している。いわば、一度は契約から解放されて自由になった身だ。なのになぜお前は神崎様と再契約を結んだんだ?」

「あんたは……成り行きと恩返しってところ?」


 セエレは不完全な召喚により一度は魔力切れで消滅しかけていた所を紆余曲折あって今の契約者、和藤直樹わどうなおきに救われ、召喚者の願いを叶える手助けをされた。彼女が和道に尽くすのは偏に恩義に基づいたものだ。


「ああ、直樹様は私と私の召喚者にとっての恩人だ。そして、神崎様はその直樹様の大切な友人。だからこそ、私はお前が神崎様にとって敵となりえるのかどうかを確認しなければならない」


 セエレが深夜や和道の前では決して見せなかった、ラウムへの強い警戒心を改めて露わにしたことで両者の間に剣呑けんのんとした空気が流れる。


「セエレって、マジで義理堅いっていうか忠犬だよね。なんでそれで悪魔やってるの?」

「別に私だってなりたくて悪魔に生まれたわけでは……茶化すな。さっさと答えろ」

「っち、誤魔化せないか」


 ラウムは「しょうがないかー」と観念したように呟き。セエレの問いに簡潔に答える。


「私は天使になりたいの」

「天使? 神の御使みつかい共の事か」

「そそ、あの天使」

「そういえば、お前は確かかつては天使なのだったか」

「実はラウムちゃん、色々あって真っ白な翼を黒く染められちゃった堕天使なのです。だからね、天使の力を取り戻して純粋無垢じゅんすいむく清廉潔白せいれんけっぱくなピュアピュアエンジェルに戻りたいんだ。きゃるん」


 ラウムは両頬に人差し指を当てたいつもの意味不明な決めポーズと擬音ぎおんを繰り出すが、セエレがそれを無視して考え込んでしまったのでショボンとつまらなさそうに肩を落とす。


「そういうわけで、深夜とはそういう契約なの。私は深夜のために力を貸すし、深夜の家族や友達を守る。その代わり、私が天使になるための協力をしてもらう。だから、安心していいよ。私にとって深夜は大切なパートナーだからね」

「……まあいい、納得はしてやる。だが、最後にもう一つ聞かせろ」

「内容次第かな」

「お前は天使になってどうしたいんだ? まさか、今更天使に戻って神に献身したい、というわけでもないだろ?」

「んー……セエレってさ。直樹のこと、好き?」

「直樹様は人も悪魔も分け隔てなく接し、そして善性の元に人を思いやり、行動できる立派な御仁だ、当然好意に値する」

「はぁ……」


 しかし、どうもラウム的にはセエレのその回答は全く満足いかないものだったらしく、彼女は大きなため息をついてからくるりとひるがえして背中を見せる。


「おこちゃまなセエレちゃんにはまだ早かったかな」


 言葉だけならそれはセエレを小馬鹿にしているようだが、その声色はむしろどこか期待を裏切られたかのような哀愁の色が籠っており、あえて背を向けて隠したその表情はどういうものなのか、セエレには上手く想像ができなかった。


 ◇


「やっほやっほ、お邪魔しまーす……おお、結構綺麗だ」


 年季を感じる和風建築の小さな一軒家。その二階にある和道の私室に窓から入り込んだラウムはしっかりと整理整頓された室内を見回り感嘆かんたんの声を上げる。


「漫画だと男の子の部屋って大体汚かったのに! 深夜といい、直樹といい最近の男の子は綺麗好きなの?」

「いや……あの、俺の場合は、セエレが……」

「当然です直樹様、主様の身の回りの生活環境も完璧に整えてこその従者でございます。こう見えて一通りの家事は心得ておりますので、何なりとお申し付けくださいませ」


 得意満面に胸を張っているセエレの様子を見るに、この部屋に限らず和道家の家事にどんどんと手を出して行っているのだろう。


「なるほど、納得。って! 今日はそういう雑談をしに来たんじゃないんだよ!」

「そうだった。神崎は協会ってところに連れていかれたんだよな」

「うん、多分。共同学塾のあった場所で意識を失っていた深夜が黒いコートを着た男に連れていかれるのを見たのは憶えている。私もあの時は限界ギリギリだったから、顔とか思い出せないんだけど」


 おそらくだが、深夜を連れて行った男は実体化した悪魔であるラウムの存在には気づかないまま、共同学塾ビルを破壊した深夜をあの一件の犯人だと考えて捕まえたのだろう。実体化した悪魔はとてつもなく希少だ。彼の思考の中にその可能性が浮かんでこなかったのだとしても不思議ではない。


「協会って、雪代さんのいるところだろ? だったら、事情を説明したら解放してもらえるんじゃないのか」

「あ……それが、直樹とセエレが契約してすぐに紗々が協会に出戻ってたから、二人は知らないんだろうけど。私達って協会に隠れて協力関係を結んでて……」

「むしろ、神崎様が捕まったことで悪魔憑きと密約を交わしていた雪代様の立場も危うくなっている可能性が高い、と?」

「多分だけど、紗々は紗々で協会に裏切り者扱いされてるんじゃないかな」


 卓袱台ちゃぶだいを囲み、状況を整理し情報を共有するごとに三人の間に流れる空気がずんと重くなる。


「あの、俺は協会ってよくわからないんだけど。流石に捕まってる神崎や雪代さんが殺される、とかそういうことはない、よな?」


 和道が確認するように、協会とは長い因縁があるであろう悪魔二人の顔を交互に見るが対するラウムとセエレの表情は相も変わらず暗い。


「昔は、魔女狩りってあったよね……」

「基本的に協会で悪魔祓いになる人間は、悪魔やそれと契約を結んだ人間に強い憎しみを抱いていることが多く……あまり楽観視はできないかと思います」

「くそぅ……じゃあ一刻も早く神崎達を助け出さないとヤバいんじゃねぇかよ」


 和道は卓袱台に額をつけて項垂うなだれ、言葉にならない唸りを上げる。


「だが、ラウム。神崎様と契約で繋がっているお前なら、安否はわかるのではないか?」

「まだ魔力のパスは繋がっているから、生きているのはわかるけど、それ以外はさっぱり!」

「神崎がどこに捕まっているのかとかも、やっぱりわからないのか?」

「わかったらすぐにでも助けに行ってるよ。っていうか、協会に捕まった以上、霧泉市どころか日本のどこにいるのかも分からないんだもん」


 協会側にとっても本拠地の場所は最重要機密の一つだろう、そう簡単に調べられるとも思えない。


「状況は思った以上に閉塞しておりますね」

「あのコレクター女くらい協会と長くやりあってれば、何か知ってることもあるのかもしれないけど、アイツも協会に捕まっちゃってるしね」

「コレクター女……ああ、在原ありはら様の事か」

「あれ? セエレ、アイツも様付けなの?」


 在原恵令奈、協会からは『蒐集家コレクター』の二つ名を与えられ、第一級警戒対象に認定されていた悪魔憑き。彼女とは召喚者を失ったセエレを巡ってのひと悶着があり、最終的には和道のお人好しが決定打となり和解に至った。


「直樹様が彼女に敬称を使っている以上、私が不遜な態度をとるわけにもいくまい」

「アンタって本当杓子定規っていうか、はっきりしてるよねぇ」


 ラウムとしては一度殺しあった相手をそう簡単に好意的に取るのは難しいのだが、その中心で在原に直接追い回されたはずのセエレの方はもうきっぱりと割り切っているらしく、おなじ悪魔でもこうも違うものかと呆れ半分敬意半分の感情を向ける。


「在原さん……あぁああああ!」


 すると突然、和道はスイッチが入ったかのように立ち上がると、室内に置かれた勉強机の引き出しを乱暴に引き出し、これは違う、それも違うと中身を次々と机の上に引っ張り出し始めた。


「うぉっ! 行き成りなに! 契約者も悪魔も揃ってラウムちゃんを驚かせるのが趣味なの?」

「あったぁ!」


 ラウムのボケなのかツッコミなのかわかりにくいセリフすら耳に届かず、一心不乱に机を漁っていた和道はついに目的の品を見つけたのか、一枚の便箋びんせんを両手で持ち、必死に黙読し始めた。


「神崎達を助ける手がかり、あるかもしれない!」

「え? マジ! その手掛かりっていったい何!」


 便箋を最後まで目を通した和道はゆっくりと二人の方に振り返る、その顔には希望と不安がないまぜになった何とも言い難い表情が浮かんでいた。


「あのさ、二人って東京に行ったこと、ある?」


 どうやら、和道が見つけた手がかりは霧泉市を離れ、この国の首都であり中心地、東京にあるらしい。




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