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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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終幕 裏切り者


 夢を見た。

 病院のベッドで目を覚ました深夜の顔を、琥珀こはく色の瞳がのぞき込んでいる。


「おはよう、神崎深夜サン」


 濡羽ぬれば色の髪を耳に掛けるその少女を深夜は知っていた。


「……悪魔」

「だーかーらー。私の名前はラウムちゃんだってば、ホラ、リピートアフターミー。ラウムちゃん」

「……お前、そんなキャラだったっけ?」


 トンネル事故の現場で出会ったあの時はもっと冷めた目付きだったはずだが、今、深夜の眠るベッドの端に腰を下ろすその少女は随分と気さくだ。


「こっちの方が親しみやすくて可愛いでしょ? きゃるん☆」


 頬っぺたに指を当てて謎の擬音ぎおんを口に出すラウム、その胡散臭うさんくささに呆れながら深夜はゆっくりとベッドに横たわっていた体を起こす。


「もう起きれるの? すっごいね。あなたも一応はトンネル事故の被害者の一人なのに」


 事故、ああ、そうだ。深夜は家族旅行の途中、トンネルの崩落事故に巻き込まれ、そこでこの悪魔、ラウムと出会ったのだ。


「思い出してきた、って顔だね」

「一応な……父さん母さん……それに、真昼は?」

「全員無事だよ。そういう契約だしね。まあ、他の三人はまだ寝てるけど」


 ラウムはそう言いながらチラリと仕切られたカーテンの向こうを見る。


「そうか……よかった……」

「じゃあ、次はどうする?」

「……次?」


 ほっと胸をなでおろす深夜に、ずいと顔を近づけラウムは目を輝かせて問いかける。


「『家族を助ける力を貸せ』その契約は果たしたし、貰うモノはちゃんと貰ったわけだからね、だから、次はどんなことを私に願うの?」


 殊勝しゅしょう、と思うべきなのかあるいは代償を奪おうと貪欲どんよくと思うべきなのか。深夜はまだこの悪魔の本質を図り切れているとは言えない、だが、それでもその問いに対する答えは決まっている。


「現状維持」

「およ? どういう意味?」

「家族を守る、確かにとりあえずの危機は回避したけど……その契約は今後も続けてもらう」

「家族を守り続けるって事?」

「ああ、そうだ。悪魔なんてものが実在するなんて知っちまったらもう気楽に安心なんてできないからね」


 そもそも、あのトンネル事故だってこの悪魔自身が引き起こしたものかもしれないのだから。


「だから、先に言っておく。お前は常に俺よりも俺の家族を優先しろ。これはそういう契約だ」

「…………へぇ。随分と珍しい願いをするね。深夜サンは」

「で? どうなんだ?」


 ラウムは一瞬だけ何か思う所がありそうな複雑な表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みでそれを掻き消す。


「オッケー、了解。じゃあ、改めて今後もよろしくね、深夜サン」

「あと、もう一つ」

「ん?」

「『サン』は要らない……」

「おっけ、オッケー、深夜」


 そんな過去の夢を見た。


 ◇


 目覚めた深夜が一人で眠っていたのは白い部屋だった。


「うぅ……」


 白い壁、白い床、白いベッドに白いシーツ、白い天井、白い蛍光灯。一瞬、また教導学塾のビルの中にいるのではないかと思ったが、すぐに自分の手であのビルは完全に破壊したことを思い出し、更にベッドの横に置かれた唯一白くない存在に気づく。


――点滴てんてき台……もしかして、病院かここ?――


 確証は無いが、教導学塾のビルではないと仮定して更なる情報を集めるために体を起こそうとする深夜は、自分の手が上手く動かせない事に気づいた。


 ジャリ


 いや、動かせないと言うよりは左右の腕の手首が何かで繋がれているというか。


「…………手錠?」


 掛け布団の中にあった両手首を顔の前に持ってくると、その間にはジャリジャリという金属音を出す白銀色の手錠があった。一応、腕を前後左右に振りながら左眼で観察するが、その手錠の鎖はぴったり十五秒、右眼より早く動いている。


――幻覚じゃない……っていうか、あんなメチャクチャな召喚をやったうえ、ビルの崩落に直で巻き込まれた三雲が無事なわけないか――


 となると、誰が深夜を捕らえてこの部屋で眠らせていたのかという話になる。よくよく見るとアスモデウスに打ち上げられた時に出来た傷は包帯でしっかりと処置されている。点滴と合わせて少なくとも殺意がある相手ではなさそうだが。


「怪我の治療はしてくれてるけど、手錠で拘束されている。どういう状況だよ」


 結論が出ないまま天井を仰いでぼやいていると、ガチャリと白い部屋唯一の扉が開く。


「……おやおや、ようやくお目覚めですか。神崎深夜さん」


 さっきまで見ていた夢と違い、部屋に入って来たのはラウムではなく、五十歳前後の白髪が混ざり始めた恰幅の良い中年男性。しかし、深夜がそれ以上に目についたのはその男の服装にあった。


「アンタ……『協会きょうかい』の……」


 季節外れな、見ているだけで暑苦しい気分になる、黒いロングコート。それは間違えようもなく、雪代がいつも着ているものと同じデザイン。唯一違いを上げるなら、雪代はぴっちりと前を閉めているが、この男はボタンを留めず、ネクタイの無い白いシャツを見せていることくらいか。


「話が早くて助かります。初めまして、私は立花たちばな藤兵衛とうべえ。お察しの通り協会の悪魔祓い、そして教導学塾の跡地で意識を失っていたあなたを確保しここに運んだのは私です」

「アンタが?」

「ええ。驚きましたよ、魔導書売買のルートから教導学塾を調査していたら、突然ビルが崩壊するんですから」


 立花と名乗った悪魔祓いの男は深夜の横たわるベッドの脇、安っぽい丸椅子に腰かけ気安く話しかける。その語り口を聞いた深夜は根拠は無いがこの男が雪代の教育係か師匠筋なのだろうという確信を抱く。


「一応確認だけど、ここどこ?」

「東京にある協会日本支部、その中にある一室。悪魔契約者のための独房どくぼう、とでもいった方が早いですかね」

「やっぱりか……じゃあ、これから始まるのは、取り調べ?」

「ええ、あなたからは聞きたいことが山のようにあるのです。なにせ、貴方のせいで……我々は紗々ちゃんを捕らえなくてはならなくなったのですから」


 ◇


 モニターに御城坂市の街並みの一角、教導学塾ビルを写した監視カメラの録画映像が映し出される。

 そのビルは突如として黒い亀裂に包まれ、崩壊し、ビルの中から巨大な異形の右腕が現れた。


「幸いにも一瞬の事ゆえこれ以外に映像として記録されたものはない。本当に不幸中の幸いだ」


 黒い腕がのたうち回るシーンで映像は一時停止され、その腕に向かい黒鉄の大剣を構えて飛び掛かる深夜の姿を拡大し映し出す。


「教導学塾本部ビルの倒壊、魔導書の所持、そして魔王の召喚。神崎深夜には現在これらの嫌疑けんぎが掛けられている。さらに、二か月前の霧泉市にて発生した連続襲撃事件、君はこれらの被害は黒陽高校の教師、三木島大地によるものだと報告していたが、再調査の結果、そちらの被害状況の多くで今回の一件との類似るいじ性が散見される……」


 バンッ、とライトが敢えて大きな音を立ててライトが切り替わり、部屋の中心の椅子にて手足を拘束された雪代が照らし出された。


「ここからは慎重に発言したまえ。君の行動は協会に対しての深刻な裏切りだ。内容如何では我々は君を厳重に処罰しなくてはならなくなる。では、弁明を聞こう、雪代紗々」



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