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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十七話 原罪ノ七『色欲』



 千人分の魔力が飽和ほうわし突風となって深夜達のいる大ホールの中を吹き荒れる。剣を地面に突き刺していなければ、風圧で吹き飛ばされてしまいそうなほどの漆黒しっこくの嵐の中、その声だけはなぜかはっきりと深夜の耳に入って来た。


は七つの混沌こんとん……原罪がいち……淫蕩いんとうと破滅……色欲の王……」


 三雲零が儀式の最後のワンフレーズと共に、魔法陣の中心を殴りつけた。それが最後の鍵だった。


「来やがれ、アスモデウスゥ!」

「ラウム頼む、出来るだけ堪えてくれ!」

『え? 深夜、いきなりどういう意味!』

「……来るっ!」

「ヒャハハハハハッハハハハハ」


 深夜が左眼で視た未来。その説明をする暇すらなく。大ホール一面に広がった魔法陣から、()()は現界した。


「ぐっ!」

「ヲヲオオオオヲヲヲォオオオォォオォォ!!」


 それはもはやロケットの打ち上げに巻き込まれたような感覚だった。巨大な魔力の塊は樹木が天高くを目指してその身を伸ばすように教導学塾ビルの階層を突き破って上へ上へと伸びていく。


『きゃぁ! なにこれ……体が……バラバラになりそう……!』

「ぐぅおおおおおお!!」


 そして、魔法陣の上に立っていた深夜はその上昇に巻き込まれ、再び最上階に向かって打ち上げられていた。咄嗟とっさに大剣を盾にしたが、そもそもの質量が違いすぎてどれ程の意味があるのか、それすらわからない。


「ラウ……ム! まずは、コレから、一旦離れるぞ!」

『そうだね……これ以上は、私も、もたない!』


 深夜は崩落する瓦礫に全身を打たれながらもなんとか、自らを押し上げる黒い塊に両足をつける。


「うぉらあああ!!」


 乱暴な叫びと共に魔力の塊を蹴って離脱する。もちろん上昇に巻き込まれた慣性は殺しきれず、残骸ざんがいとなり果てたビルの壁に背中をぶつけ、墜落ついらくするように強引に着地することにはなったが、それでも、あと数秒が遅れていればラウムの刀身が砕けるか深夜の体がビルの天井に押しつぶされていた事を考えるとかなりマシだ。


「はぁはぁ……」

『……深夜……生きてる?』

「ああ。お前も、折れてはないな」

『何とかね……でも、なにアレ……』


 深夜達が降り立ったのは恐らく八階に当たる高さ。愛菜から聞いていた情報では塾生の私室、だったであろう場所。もっとも、今となってはビル全体の八割が魔法陣から現れたソレによって貫かれ。教導学塾ビルはもはや建物と言うよりも、魔法陣から現れた魔王を覆い隠す巨大な箱と呼ぶべき状態になってしまっている。


 そんな中で、深夜は改めて眼前で今なお天に向かって伸び続けるそれを見上げ、ラウムの問いに答える。


「なにって……()()、だろ?」


 直径約二十メートル、黒い鱗のような硬質的な外殻ながらも上空に見上げたそこには人間のそれに似た細長い五本の指が見える。そんな巨大な腕が魔法陣から伸び、深夜達の眼前に鎮座していた。


――片腕一本で、ビル一つと同じサイズ……これが魔王……――


「……三雲のやつ、アスモデウスって呼んでたっけ? ……ラウム、弱点とかそういうの知らないの?」

『弱点って……深夜まさか、戦うつもり?』

「当然だろう。今はまだ腕一本だけど、全身がこっちの世界に出てきたらそれこそ……御城坂みしろざかが消えるだけで済まない」

『無理だよ! 私達だけで魔王に勝てるわけがない!』

「お前にしては珍しく弱気じゃないか」


 その無謀むぼうをおし止めようとするラウムの悲痛な叫びがどこかおかしくて、全身が痛いのも忘れて深夜は思わず笑みを漏らす。


『弱気とかそういうレベルの話じゃないの! 言ったでしょ、魔王と私達には十倍以上の力の差があるんだって! 一か八かとか命を賭けてどうにかできるような相手じゃないんだってば!』

「……いや、そうでも……ないかもよ?」

『何とかって……』


 深夜は崩壊した足場の端に歩み寄り、そこから遥か眼下、先ほどまで三雲と戦っていた大ホールのある地上を見下ろす。そこは魔王『アスモデウス』の腕の根本ともいうべき場所であり、今なお赤い魔法陣が広がっている。


「アイツはまだ、途中で引っ掛かっている状態だ。だったら、出入口を今、強引に閉じたらどうなるのかな?」

『召喚術式の出入り口がなくなったら、腕から先が切断される……?』

「それでさ、腕一本って、だいたい全身の体積たいせき()()()()くらい、だよね」


 深夜はゆっくりと自分の右手を見つめ、そこから改めて、アスモデウスの腕を見上げる。


「何とか……なる気がしない?」

『……っぷ! ふふっ。何その滅茶苦茶な理屈。やめてよ、真面目な顔で変なこと言うの……何とかできる気、してきちゃったじゃん』


 ラウムは笑い声を必死に噛み殺しているが、その声にはもうすっかり恐怖の色は抜けきっていた。


「何とかする……それだけだ」

『召喚術式を消すって言ってたけど、そっちはどうするの?』

「ラウムが言ったんだろ? この建物自体に召喚術式が刻まれてるって、だったらこのビルをぶっ壊せばいい」

「あ、そっか」


 深夜はそう言いながら、崩壊した地面から一度離れ、助走分の距離を取って、ラウムの大剣を地面に引きずるような形で構える。


「このビルを壊すのと同時に跳んで、あの腕をぶった斬るぞ」

『オッケ! ……ねえ深夜――』


【崩れ落ちるビルの残骸、その中心にて、漆黒の濃霧を噴出ふんしゅつさせながら、魔王の腕がのたうち回る。そして、その腕に斬りかかる十五秒未来の深夜の背中】


『――何がえた?』


 深夜は口元だけをニヤリと持ち上げる。


「……俺達の勝ち。行くぞ、ラウムッ!」


 ダンッ、と床を蹴り、駆け出した深夜が引きずる黒鉄の大剣、地面をひっかくその切っ先から魔力がビルに流し込まれる。


「うぉおおおおおお!」


 そして黒い稲光に包まれたそのビルは、助走を駆ける深夜の足元から崩壊していく。深夜の最後の一足と同時に魔王を衆目から覆い隠していたビルの外壁は完全に砕け散り、月光とビル群の発する人口の光が黒い異形の腕を照らし出す。

 儀式の基盤となる建物が崩壊し、地面に描かれていた魔法陣もまた黒い亀裂によって分断され、意味の無い模様へと変わり、発する光も消えていった。


「ヲヲオオオオォオオオォォオォォ!」


 地獄との繋がりが失われた魔法陣の奥から地鳴りと共に断末魔の悲鳴が響き、その残響ざんきょうが残る中、門は閉じられ、ブツンッと魔王の右腕はねじ切られた。


『腕だけになってまだ動くなんて、トカゲの尻尾じゃあるまいし!』

「はぁあああ!」


 崩れ落ちるビルの残骸、その中心にて、漆黒の濃霧を噴出させながら、魔王の腕がのたうち回る。

 深夜は大声を上げ、空中にて大剣を両手で構え振りかぶる。それは残骸となってなお規格外の質量を有する魔王の腕に対してあまりにも小さい。


「これで……終わりだぁぁああああああ!!」


 だが、それでも、その一閃はアスモデウスの右腕を両断した。


 ◇


 御城坂市で起こった『局地的地震による教導学塾本部ビルの崩壊』から、一週間が経った。と言っても、霧泉市に住むほとんどの人にとっては『ちょっとした物騒な出来事』でしかない。ましてや、死者も怪我人も一人も出なかったとなってはどうしても話題性に欠け。既に霧泉市でその事故について話題に出す人間はいなかった。


――こんな短期間に二度も崩落に巻き込まれることになるとは――


 しかし、当事者の一人である真昼にとってはそう簡単に忘れられるものではない、ましてや真昼は直接、教導学塾に誘拐されたのだから。その記憶は誰よりも鮮明だ。


「ていうか、カズミさん達まで無傷で見つかったし、マジでわけわかんないんだけど…………あっ」


 いつものように教室に入った神崎真昼が最初に見たのは復学してから始めて見る、制服を着た親友の姿だった。


「………」

――なんて、声かけよう……――


 高原愛菜はバツが悪そうにチラチラと真昼の方を見て意を決したように座っていた席から立ち上がると、教室の入り口で呆けた顔をしている真昼の元に向かい、その正面に立った。


「真昼…………その、ええと……心配かけて、ゴメン……帰るように説得されると思ったら、怖くて、連絡も無視して……本当、ゴメンなさい」

「…………」

「怒ってる……よね?」

「…………」

「…………真昼?」


 何と返せばいいのか分からなくなった真昼は完全に思考停止してしまい、愛菜の顔をじっと見つめ続けていた。三十秒くらい、本当に微動だにせず無言で見つめていた真昼はようやく、その言葉を発した。


「愛菜。頬っぺた腫れてるけど、大丈夫?」


――私、なんでこんなこと聞いているんだろう――


 そんな自問自答が浮かび上がるほど、頓狂とんきょうな質問だったと我ながら思う。確かに、愛菜の顔は不自然に赤く腫れていて左右のバランスがおかしいが、もっと先に教導学塾の事とか、ビルの崩落の時の話とか、聞くべきことがあったはずだ。

 愛菜の方もまさか真昼の口から出てきた第一声が自分を心配する言葉だとは思っておらず肩に入っていた力がストンと抜け落ち、真昼に釣られてこちらも茫然ぼうぜんとした気の抜けた声で返すことになった。


「あ、コレは……警察の事情聴取のあと、親と大喧嘩して、引っ叩かれた」

「……勝った?」

「二対一だったから、負けた」


 それはほとんど脳を使っていないような脊髄反射的に浮かんだ言葉を雑に吐き出している、そんな感覚だけの会話。そして、二年生の頃に何度も繰り返した、二人の距離感が変わらずそこにあった。


「……私達、何の話してるんだろうね」

「真昼が先に言い出したんじゃない」

「だって、いきなり謝られたらなんて返していいのか困るし」


 三か月の空白など最初からなかったように二人の少女は笑い合う。こうして、ようやく真昼の方もある程度の思考の整理がついた。


「ホームルームまで、まだ時間あるし、中庭に行こうか、愛菜には色々と聞いておきたいことあるしね」


 三年生に上がって一度も学校に来ていなかった愛菜に向けられる他意の無い好奇の視線を感じた真昼は場所を変えてゆっくり話しあうことを提案する。なにせ、この手の視線は真昼もつい最近まで向けられていたので、あまり気分の良くないものであることはよく知っていたからだ。


「今回ばっかりは包み隠さずにお答えさせていただきます真昼様」

「潔くて関心関心……あ、そうだ。でも、最初に一つだけ聞いていいかな?」


 全ては元に戻ろうとしている。しかし、ただ一つだけ、一週間前のあの日から変わったままの事があった。


「ん? 何?」

「えっと、あの日……教導学塾のビルが崩れた日にさ、この人、見かけなかった?」


 そういって、真昼はスマホの中に一枚だけあった兄の写真のデータを見せるが、愛菜は不思議そうに首をひねるだけだった。


「誰? その人、真昼の知り合い? もしかして……彼氏さんとか?」

「違うよ、実の兄」

「言われてみれば髪の色とか似てるね……真昼、お兄さんいたんだ、初めて聞いたかも。でもゴメンね、この人は見覚え無いなぁ。もしかして、お兄さんも教導学塾に入ってた、とか?」

「ううん。そういうわけじゃないよ、愛菜が知らないならいい」


 真昼は愛菜に聞こえないように小さくため息をついて、中庭に向かう道すがら、改めてスマホの画面に映った眠そうな兄の顔を見る。


――妹一人放っておいて、一週間もどこに行ってるのよ。バカ兄――


 親友の高原愛菜も、協力者のカズミ達もかつての日常に戻りつつある中、真昼の兄、神崎深夜だけは、あの教導学塾の消えた夜からまだ真昼の元に戻ってきていなかった。


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