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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十六話 不倶戴天



 三雲零はパチパチとリズム感にとぼしい拍子で手を打つ。しかし、その音は深夜の開けた天井の大穴に飲み込まれ静かな大ホールに反響することなく乾いた音として深夜の耳に届いた。


「オメデトウ、クソガキ。リオンの異能は『催眠』。大正解だ」


 三雲はあっさりと自らの契約した悪魔の異能が催眠術であることを認めた。

 強力な催眠で教導学塾の人間の意思を奪って操り、ラウム達悪魔には魔力の匂いを別の匂いに誤認識させて痕跡こんせきを隠していた。


「……でもな、だからどうしたぁ!」


 三雲の拍手が止み、叫ぶと同時に深夜の視界に現れたのは刀ではなく、地面から生きたへびのように生える二本の鎖だった。足元でジャラジャラと金属のこすれる音を立てながら重力を無視し両足に絡みつきその両足に確かな圧迫感を与えて来る。


「なっ?!」


――足が、動かない?!――


 これは幻覚だ。深夜の頭ではそうだと理解しているにもかかわらず、その足に絡みついた鎖はピンと張られ、彼の動きを制限する。


「ニセモノだって気づけりゃ痛くねぇとでも思ってたのかぁ? 残念だけどなぁ、その程度じゃ、意味ねぇんだよ!」


 鎖の幻覚によって深夜の動きを封じた三雲は改めて刀の幻覚を空中に作りだし射出体勢に入る。


『ねえ深夜、ってことはアレも刺さるとマズいんじゃ!』

「っく! ラウム、この鎖を壊せ!」


 大剣を地面に向けて振るい、足元の鎖に打ちえると、ガキィンという金属音が鳴り、深夜の手には確かに何かを叩きつけた感触が伝わる。


――脳が誤認識して、筋肉の動きを制限しているのか!――


 深夜の意識はこの鎖が幻覚だと認識していても、脳にはダンタリオンによって送り込まれた情報がある。そして、体を動かすのが脳である以上その影響からは逃れられないという事か。


『壊せた!』

「うぉおお!」


 ラウムの異能によって鎖が崩壊したことで自由に動けるようになった両足に力を込めて横に跳び、深夜は刀の射撃を躱す。


『幻だって気付いても意味が無いって、それじゃあ何でもアリって事じゃん! そんなの反則だよ、反則!』

「いや、そうとも限らない……本当に何でもアリなら、お前の力でも壊せないはずだろ?」

『言われてみれば…………あれ? 何で私、壊せるの?』

「そりゃ、()()()()()()()()()()、じゃない?」


 三雲が放つ第二射。深夜はそれを今度は躱さず、大剣を振りかぶって正面から迎え撃つ。


『さっき幻覚でも刺さったら痛いって分かった所じゃん! 何やってんの!』

「いいから、刀身に魔力込めろ!」


 ダンタリオンの異能は言い方を変えれば『思い込ませる力』だ。人間の思い込みはそう簡単には否定できない、故に見せられたソレがいくら幻覚だと理解していても深夜は完全には否定できない。

 だが、逆に、深夜が既に『思い込んでいる』ことを上書きして否定する事もまた、三雲にはできない。


「真正面から、突っ切るぞ!」


 ダンッと、地を蹴り、深夜は刀の弾幕に突っ込み、道を切り開くように黒いオーラを纏った一刀を振り下ろす。


――調子に乗るから、本人には言わないけど……――


()()()()()()()()()()()()()()()()()』と深夜が思い込んでいる限り、三雲が生み出す幻覚は全て破壊できる。

 黒鉄の大剣に触れ、粉々に砕け散った刀の破片の中を駆け抜け、深夜は三雲零を間合いに捉える。


「はぁああ!」

「しつけぇなぁ! いくら近づいこうがムダなんだよぉ!」

『また消えた!』


――やっぱり、俺達に見えている三雲零の姿自体が幻覚か――


 深夜の左右の眼で同じように見えている以上それは予想できていた。おそらくだが、無い物を有るように見せるだけでなく、有る物を無いように見せる事も可能であり、三雲零は最初から深夜達にまともに姿を見せていなかったのだ。


「テメェラがどんな異能を持ってようが! 何度斬りかかってこようが! 俺には届かねぇ!」


【ラウムの大剣は巨大、それ故に外した時の隙も大きい。三雲はその隙を逃すまいと何もない空間から姿を現し、がら空きの鳩尾みぞおちに向けて握り拳を突き立てる。】


「……やっと見つけた」


――……八、七、六……――


 左眼にだけ写る三雲の姿を追い続け、脳内で十五秒の時を寸分の狂いもなく数える。


「終わりだぁ!」


――三、二、一……――


 大剣を振り切り、隙だらけの深夜の眼前、その何もない空間から突如として姿を現した三雲零が深夜のがら空きの鳩尾に向けて握り拳を振りかぶる。


「ゼロ!」

「なっ!」


 もはや右眼に見える映像は無視し、深夜は大剣を握っていない右腕を真っすぐ突き出し、虚空こくうから現れた三雲の胸倉を掴み(とら)える。


(つか)まえた……」

「テメェ……なんで、分かった!」

「幻覚での痛み……それも確かに強力だけどさ、結局最後にトドメを刺すには直接本体で殴りかかってくるしかないだろ……」


 もちろん、その読みだけではこんな捨て身の作戦を実行に移せない。重要なのは、それが幻覚ではないという確信。右眼と左眼、異なる世界が視える深夜にだけは幻覚と現実の区別がついたのだ。


――皮肉な話だけど……こいつらにとって、俺の異能は天敵だったんだ――


「クソがぁ!」


 三雲は必死に胸倉を掴むその腕を引き剥がそうとするが、ようやく掴んだこの好機こうきを深夜が逃がすわけがない。


「うぉおおお!」


 あまりに近すぎる間合い、大剣を振るう事は無理だと判断した深夜は大剣を握りしめたままの左手で、三雲の腹を全力で殴りつける。


「ぐふっ……がはっ!」


 三雲の口から胃液が吐き出され、胸倉を掴む腕にかかる。だが、深夜はそんなことなど気にも留めずに追撃を繰り出そうとする。


「はなっ、し。やがれぇ!」


 しかし、二発目の拳が届く前に三雲もまた、足掻き、幻覚の刃を生み出して深夜の体を貫く。


――これは幻覚、これは幻覚、これは幻覚これは幻覚これは幻覚これは幻覚これはげんかくこれはげんかく――


 金属の冷たい感覚と傷口が発熱する感覚。相反する二つが混ざった凄まじいまでの幻痛に叫びを上げてしまいそうになる。だが、深夜は奥歯が欠けるほどの力で歯を食いしばってそれを堪え、三雲を掴む腕に力を維持し続ける。


「ぐ……うぉおおお!」

「ぐはっ!」


 そして三雲の腹を撃つ第二打、第三打。

 三雲もまた、痛みで思考が鈍りながらも次なる幻覚を描き、深夜の脳に送り込む。


「だった、ら……これだ……!」


 深夜の耳に飛び込んできたのはけたたましいエンジン音とチェーンが高速回転し刃が空気を切り裂く高音。


『チェーンソー! 深夜、逃げて!』

「これは……幻覚……!」


 その言葉にどれほどの意味があるか、もはや深夜にも分からない。どれだけ呟こうと痛い物は痛い。だが、それでも――


「調子に乗んなぁ、クソガキィ!」


ギャリギャリギャリと、左肩の骨に回転刃が食い込む音がする。深夜の視界の左半分を埋め尽くすほどの膨大な血の噴流ふんりゅうは三雲の姿を赤黒く染め、四度目の拳を撃つために振りかぶった深夜の左腕、三雲の斬り上げたチェーンソーの一太刀の元、その手に握られた大剣ごと、肩から切り飛ばされる。


「あっ、が……はっ!」


――大丈夫……これも幻覚……――


 心臓が痛い。ドクドクドクドクと異常な速さで暴れまわっている。


――腕はちゃんとある、血も出てなんかない……――


 血液が沸騰ふっとうしているかのように、熱く感じられ血管の一本一本が近くできるような錯覚。人の許容限界に近い痛みは深夜の感覚神経を極限まで過敏にしたようで、時間の流れすら遅く感じられる。


――だから……まだ……だ。まだ……動け……――


『深夜!』


 研ぎ澄まされた世界でラウムの声だけが耳に響く。そして、切り飛ばされ、存在しないはずの左腕から何かが体に向かって流れ込んでくる感覚。パチパチと電流のような……ラウムの魔力。


 ――それでも、決して深夜は三雲を掴んだ手を離しはしなかった。


「離す……もんかぁ!!」


 ラウムから受け取ったその魔力を全て、頭に注ぎ込み痛みに一瞬だけのけぞった姿勢からそのまま反動を全て乗せて、最期の頭突きをお見舞いした。


「ぐわぁあああ!」


 その勢いを受け止めきれず、ビリッという音と共に三雲の着ていたパーカーが引きちぎれ、三雲の体は吹き飛ばされてサッカーボールのようにゴロゴロと転がる。その衝撃が同化を解除したのか、三雲の体からダンタリオンが実体化した状態で弾き飛ばされ、二人は深夜達から十メートル先で横たわった。


「…………いってぇ……頭突きなんて二度としない……」


 三雲とダンタリオンの同化が解けたことで、異能の幻覚もまた消滅し、深夜は再び見えるようになった自分の左手を見つめながら、その場で崩れ落ちるように膝を着き、大剣を杖にしてすがるように体を支える。


『深夜……私達、勝ったんだよね?』

「ああ……アイツらは……幻覚じゃない。左手もちゃんと元に戻ったし……」


 三雲の体から弾き飛ばされたダンタリオンはうようにして契約者の元に近づき、その体を無言で揺さぶる。その動きが左右でズレていると言う事は既に彼女に幻覚を生み出す力はないという事だろう。現に左腕の他にも深夜の体の切り傷は全て消滅している。


『あれ、でも顔の怪我は残ってるよ?』

「ああ、やっぱりあの床に叩きつけられた時も本人にやられてたのか……」


――あと、幻覚でやられた痛みも残ったままだ……――


 まだ左手に上手く力が入らないし、最期は痛みを堪える前提で無理やり押し通したうえ、深夜自身の額も割れる勢いで打ち付けたせいもあって視界もぼんやりしている。おそらくラウムから共有されている魔力による身体強化でギリギリ耐えているだけだと自覚した深夜は武装化を維持したまま体を無理やり立ち上がらせる。


「ぐ……はぁ。でもまだ、だ」

『まだ?』

「あぁ……アイツ、実体化した悪魔なんだろ? だったら……倒して地獄に送り返さないと……」


 人間に催眠をかけて操る異能、そんなものを放置すれば第二、第三も教導学塾事件が起こる。流石の深夜も人間である三雲零の命を奪うことまではできないが、ダンタリオンは人間ではない。


「ごほっ、ゴホッ!」

「アイツ……」


 ふらつく体で三雲を揺すり起こそうとするダンタリオンに近づく深夜だが、その大剣の間合いに捉えるよりも早く、三雲零が意識を取り戻し、体を起こす。


「……!」

「っち……はぁ……」


 ダンタリオンは安堵の表情を浮かべるが、起き上がった三雲は大きなため息を漏らし、自らの体を抱きかかえようとするダンタリオンを乱暴に突き飛ばした。


退けよ、役立たず……」

『アイツ、契約したパートナーを! ……ヤなヤツ!』


 その動作にラウムが露骨な嫌悪を向けるが、突き飛ばされたダンタリオンはそれでも何も言わず、三雲を見つめている。

 深夜は一瞬、三雲とダンタリオン、どちらに注意を払うべきか考えてしまう。


「もう、いい……もう全部メンドクセェ……」


 しかし、三雲は脳震盪のうしんとうを起こしているのか自分の頭すら満足に支えられずボロボロの状態でそんな言葉をつぶやく有様、口内を切ったのか、あるいは内臓が損傷したのか、唇の端からも血が滴っている。その姿を見た深夜は、三雲はもう戦えないと判断し、改めて彼が切り捨てた悪魔に向かう。


 その判断が間違いだった


「もう……テメェらまとめて……道連れにしてやるよぉ」

「………!」


 その異変に最初に気づいたのは皮肉なことにダンタリオンだった。彼女は目を見開いて三雲零を見つめ、次にラウムがその異変の正体を深夜に告げた。


『三雲から凄い量の魔力の匂いがする!』

「魔力って、ダンタリオンとの同化は解けてるはずだろ」


 まさか、まだ幻覚を見せられているのかと思うが、どうもそうではないらしい。


『そうか……このビルに刻まれてた召喚の術式がまだ生きてるんだ!』

「召喚術式……おい、まさか!」


 深夜はダンタリオンの目線の先にいる三雲に目を向け、ようやく気付く、彼がいる場所が舞台の中心地点である事に。三雲の口から吐き出された血液が床に触れるや否や、赤い陣形が大ホール一面に広がっていく。


「でも、生贄の塾生達は和道とセエレが全員外に逃がしたぞ!」

『途中までだけど、生贄の人達が詠唱していた呪文で魔力が込められて……アイツ、ソレを使ってわざと不完全な状態で儀式を実行する気だよ!』

「不完全な状態で、何が起こるんだよ……」

『私にもわかんない! とにかく止めないと!!』

「でも、止めるって言っても……ぐっ!」


 三雲を中心に巻き起こる凄まじい魔力の突風。既に体が限界に近い深夜は吹き飛ばされないよう堪えることが精いっぱいでこれ以上突風の中心にいる三雲には近づけない。


「三雲! お前、そんなことしたら、お前自身がどれだけの代償を支払うことになると思ってる!」

「ヒャハハッハハハハハハ! バカかテメェ! 道連れだって言ってんだろぉ? 負けた悪党が後の事なんか考えてる分けねぇだろ! 残念だったなぁ! ヒャヒャハハハハ!」

「アイツ……」

『負けたからって自棄やけを起こして自爆じばくとか最悪なんだけど!』

「説得は無意味か……」


――少しずつ、体の痛みが引いてきたけど……――


 あと少しで魔力の突風を越えられるほどに体が持ち直す、そんなところで、深夜の左眼が儀式の終幕を視てしまう。


「なん……だよ、コレ!」


【大ホールを一面に浮かび上がる巨大な魔法陣。その半径は軽く三十メートル以上ある。そんな巨大な陣を扉として、巨大な魔力の塊がこちら側に現界しようとしていた】


――待てよ……そんな規模の悪魔が実体化したら……俺達が巻き込まれるどころの話じゃないぞ……――


は七つの混沌こんとん……原罪げんざいいち……淫蕩いんとうと破滅……色欲の王。来い! 『アスモデウス』!」




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