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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十五話 兵は詭道


「はぁ!」


 十メートルの距離を一跳びに詰め寄って振るわれた深夜の横薙ぎの一刀。三雲はまた、地面に突き刺さった刀の一振りを抜きその攻撃を無造作に受け止める。しかし――


「ラウム!」

『わかった!』


――深夜の握る黒鉄の大剣から稲妻が走り、瞬時に三雲の刀を包み、砕く。


「おお、こえぇこえぇ!」


 得物を失った三雲だが、既にラウムの異能を見ていた彼は余裕の笑みを崩さずに高く真上に跳躍し、深夜の横薙ぎをかわす。


「……避けられたか」


――また、三雲の動きが予知できなかった……――


「だったら、接近戦をしなきゃいいだけの話だ。なぶり殺しにしてやるよぉ!」

「今度は上から……」


 まさにそれは刀の雨、深夜は大剣の刀身を盾にして身を隠すが、それで全ては防ぎきれず、左腕の肘、右足のもも、右足の脹脛ふくらはぎを刀身がかすめ、痛みに歯を食いしばる。

 三雲が舞台に再び着地すると共に刀の雨も止む。しかし、深夜の服は既に至る所が切り裂かれて赤く染まりだしていた。


『深夜、怪我!』

「大丈夫……動きに支障はない」


 幸いにも傷自体は浅く、筋や骨には至っていないらしく、痛みさえ堪えれば問題なく動ける。深夜は間髪入れずに三雲に再度剣を構えて突進する。


猪突猛進ちょとつもうしんってかぁ!」


――少しずつ、分かってきたことがある――


 今度は三雲も深夜を近づけさせないため、自らの全面に刀の弾幕を展開し、先ほどまでの面による一斉掃射から、機関銃のような一点への絶え間ない連射に方式を変えて、深夜に撃ちだした。


――一つ、全部の未来が視えなくなった訳じゃない……三雲の出す刀。コレは全部左右の眼で同じように見えるから、未来予知は一切できない――


【深夜の眼前に迫る無数の刀の切っ先、それがまくりあがるように現れたコンクリート製の壁に阻まれる】


「地面を壊せ! 床を捲り上げる!」


 指示と共に深夜はラウムの大剣を地面に突き立て、今度は地面に亀裂が走る。そして、ひび割れた舞台の床の一部に突き立てた大剣をさらに押し込み、てこの原理で捲りあげ、三雲の放った刀を防ぐ壁とする。


――二つ、俺自身の動きやラウムの力で壊したこの建物の一部、それらはちゃんと、左眼が十五秒未来の映像を見せてくる。つまり、俺の左眼の予知を完全に無効化しているわけでは無い――


 持ち上げた壁が倒れるよりも早く、横から飛び出し、三雲を中心に舞台をぐるぐると円を描くように回り、三雲の放つ刀の掃射そうしゃの射線も深夜の軌道を追う。


「オラオラ! 走れ走れ、トロトロしてると追いつくぜぇ!」


 走りつつ、深夜が近づいて行ったのは三雲零、ではなく。自身がホールに飛び込む際に破壊した瓦礫の一つ。その中のひと際大きい塊に元にたどり着いた深夜は大剣をその瓦礫に突き刺す。


「この岩を砕け!」

『この岩を?! とりあえず、了解!』


 ラウムの魔力を流し込まれ、深夜の身の丈と同じ程だった建材の塊は野球ボールサイズの石片の群れへと姿を変えた。


「これなら、どうだぁ!」


 そして、深夜は野球のバットスイングよろしく、黒鉄の大剣を振りかぶり、その側面で石片を叩きつけ、三雲に向かって撃ちだした。


『なるほど、こういう事ね!』

「随分、雑な遠距離攻撃だなぁ」



【三雲は真っすぐに飛来した石片を見つめたまま動かず、()()()()()()()()()()()()()



 三雲は呆れたような表情を浮かべると、深夜に向けてかざしていた右手を一度降ろし、その結果、刀の掃射はとまった。しかし、その降ろした右手をアッパーのように高く手を上に振り上げ、今度はその動きに合わて何重にも折り重なった刀の壁が地面から競りあがり、深夜の撃ちだした石片を遮った。


【石片が三雲の体を通り抜けて、ちょうど十五秒が経ち、右眼の視界と同じタイミングで地面から刀の壁がそそり立つ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


――ああもう、未来と現在イマが混ざってるせいで気持ち悪いったらない!――


 今、深夜の左眼の視界では『十五秒未来の映像』と『現在の三雲零の動き』が同時に映し出されている。十五秒分のズレは至る所で三雲零の動きに矛盾を生み出している。


――でも今は、敵の異能の正体が分からなくても。攻め続けないと!――


 掃射が止んだこの今こそ好機と見て、深夜は三度三雲に向けて駆ける。両者をさえぎるのは三雲が生み出した刀の壁。大剣を刺突の形に構え直し、その壁を貫き、破壊してその奥の三雲零を目指す。


『ちょ、ちょっと深夜! こんなハイペースで魔力を使い続けてたら、深夜がもたないよ!』


「今は後の事を考えるな! とにかく魔力を維持して攻め続けろ。アイツに落ち着きを与えちゃダメなんだ」


 ラウムの悲痛な声が大剣を通して深夜の脳裏に響く。しかし、今は手をゆるめてはいけないのだ。緩めれば、三雲に気づかれてしまう。


「なあ、テメェ。さっきから()()()()()()()()()()()()()()?」


 深夜の構える切っ先が三雲の目と鼻の先に迫る。だがそれでも、三雲零は張り付けたような薄気味の悪い笑みをやめることはなく。


「この手を見てたら、何かわかるのかぁ?」

『っ!? 深夜、後ろから来てる!』


 一瞬、それが三雲のハッタリかと考えたが、ラウムの声を信じて振り向くとそこには今までの攻撃が児戯じぎに感じるほどの物量、深夜が天井に開けた直径数十メートルの大穴が見えなくなるほどの密度で浮遊する刀剣達がその鋭利えいりな先端を深夜に向けてそこにあった。


――あの刀、本体の近くからしか出せないわけじゃないのかよ――


 三雲の手と連動させた今までの動きも全て深夜に戦闘能力を見誤らせるための演出に過ぎなかった。


「くそっ!」


 それはもう雨や、掃射などという比喩ひゆはぬるい。刃の濁流だくりゅうとしか言いようがない圧倒的な質量に対し、深夜もまた最大出力の魔力放出で対抗する。

 刀から刀に、ラウム放つ黒い稲光が伝播でんぱしていき濁流全てを包みこむ。


「ぶっ壊れろ!」


 その声を受け、刃の濁流を構成していた刀が一振り残さず、鉄の欠片になるまで粉々に砕け散る。


「はぁはぁ……」


 無理やり体を背後に振り向けた反動で全身がきしみ、息が荒くなる深夜、窮地きゅうちを脱し、息を付く間もなく、その後頭部が鷲掴わしづかみにされる。


「まさか、防ぎきるなんてなぁ……でも、敵に背中見せちゃあダメだろぉ?」

「しまっ――」


 言葉が最後まで発せられるのを待たず、三雲は鷲掴みにした後頭部に全体重をかけ、静かな大ホールに深夜の額が床に勢いよくぶつけられる音が響いた。


「がはっ!」


 三雲は更に大剣を握る深夜の左腕を踏んで押さえ込み、戦いの余波でひび割れた床に擦り付けるようにグリグリと押し込んでいく。


「随分威勢が良かった割に、大したことねぇなぁ。走り回って、無駄に魔力をバラ撒いてたクセに、結局一太刀も俺に当てられねぇ」


――マズい……このままじゃ……――


「ま、儀式が終わるまでの暇潰しにはなった……ぜ……?」


――気づかれた……――


「オイ、随分、静かじゃねぇかよ……なぁ?」


 三雲零の笑みがようやく消え、彼は深夜を抑えつけたまま顔を上げて舞台の周囲にある空白の客席を見る。そこには先ほどまで観客席を埋め尽くしていたはずの塾生があと数人というまで数を減らしており、そして座席の上を飛び跳ねるように赤い髪の少女を背負った男、和道直樹が客席を右に左、上に下にと駆け回り、今この瞬間も次々と虚ろな瞳で魔王召喚の呪文を唱える人々をセエレの異能で建物の外に跳ばしていた。


「そういう事か……テメェ、俺の注意が客席に向かないように誘導してやがったな!」

「な。オイ神崎、大丈夫か! すぐ援護に……」

「俺は良い! 和道は残りの人を先に外に逃がせ!」


 深夜が三雲に押さえ込まれている事に気づいた和道は彼を助けようと体の向きを変えるが、深夜はソレを許さず、塾生の救助を命じる。


「あんまり、調子乗ってんじゃねぇぞ、クソガキ共ぉ!」


 計画が破綻し、憤怒ふんぬの表情に変わった三雲は押さえ込んでいた深夜の横っ腹を思いきり蹴飛ばし、右手を客席にかざす。和道に……ではなく、残された最後の塾生、一人の高校生ほどの少女に向けて。


『アイツ……まさか!』


 ラウムの予想は最悪の形で的中した。三雲の周囲に新たに現れた刀達、それは深夜達でも和道達にでもなく、今まさに和道が駆け寄ろうとしている少女に向けて放たれた。


「や、やめろぉお!!」


 和道が叫び声を上げて駆ける、だが……。


――ダメだ、走って間に合う距離じゃない……――


 和道が走り寄るよりも早く、その刀は少女を刺し貫くだろう。



【立ち尽くす少女の眼前、その空間に割り込むように、セエレが現れ少女の盾となった。】



――セエレ……!――


 人間の脚力では間に合わなくとも、セエレの持つ瞬間移動の異能によって少女の身は守られた。……だが、深夜はその左眼が視せる未来の映像に今までにない強烈な違和感を覚えた。



()()()()()()()()()()()()()()()、苦悶の表情を浮かべ、セエレは少女の眼前で、無傷のまま膝から崩れ落ちる】



――どう、なってる……?――


 三雲の放つ刀の動きが予知できないのは分かっている。そこまでは良い……だが、これではまるでセエレは何もされていないのに痛みだけを感じているようではないか。


 十五秒が経ち、左眼の予知に現実が追い付く。

 立ち尽くす少女と()()()()()()、その間に割り込むようにセエレが現れ、少女の盾となり、()()()()()()()()()()()()()()


「ぁ……」

「セエレェエエ!」


 小さな体に無数に突き立てられた刀、その刺し傷から黒い血のように魔力が噴出する、彼女を構成する魔力が漏れ出す。


――もしかして……そういうことか!――


「そうだよなぁ、当然助けるよなぁ! ヒャハハハ! 次は契約者……」

「させるか!」


 まだ蹴られた脇腹が痛むが、今は堪えろ。

 ラウムから引き出した魔力を肉体に滾らせ、深夜は和道に次の照準を定めた三雲に斬りかかる。


「しつけぇなぁ!」

『嘘ッ!? 消えた!』


 しかし、剣が触れるや否や、三雲の体は幽玄の霧の如く霧散むさんし深夜の一撃は幻影を斬り。三雲の体は深夜から五メートル離れた場所に再構成された。


「おい、セエレ! しっかりしろ!」


 深夜の妨害もあり、何とかセエレの元にたどり着いた和道は無数の刀が刺さったままのその体を抱きかかえ声をかける。


「直樹……様、彼女に、お怪我は?」

「無い! 大丈夫、お前のおかげで無事だ!」

「よかった……」


 セエレは自らの肉体に突き刺さった刀を抜こうとするが、深夜が舞台からソレを制する。


「セエレ! その刀はそのままでいい!」

「ちょ、神崎お前何言って!」

「それよりも、和道とその子を連れて外に逃げろ! それで治るはずだ!」

『いやいや、深夜!? あの状態のセエレが異能使ったらそれこそ消えちゃうよ!』


 深夜がたどり着いた『リオン』と呼ばれる悪魔の異能の正体。その答えが正しければ、むしろ刀を抜こうとして痛みを増す方が危険だ。

 深夜は一瞬だけ客席の方に目を向け、和道と目を合わせる。深夜の目を見た和道は覚悟を決めたように歯を食いしばり、セエレの手を取る。


「セエレ、神崎を……信じてくれるか!」

「私の意思は直樹様のお心のままに、です……」


 愚問ぐもんだと、セエレは痛みに耐える精一杯の作り笑いを浮かべ、和道の手を握り返し、空いたもう一方の手で最後に残された塾生の少女の手を掴んだ。


「和道、あとは任せろ……コイツは俺達がぶっ倒す」

「……ああ、負けるなよ!」


 そして、最後の塾生と共に和道とセエレもまた大ホールから消え、舞台の上には深夜と三雲だけが残された。


「ぶっ倒す……ねぇ。随分と威勢のいい言葉を吐いてくれるじゃねぇか」

「ああ、ぶっ倒してやるよ。セエレのおかげで、お前の異能の正体もようやくわかったからね」

「……へぇ? 聞いてやろうじゃねぇか」


 最大のヒントは三雲の攻撃が左眼で予知出来ないことだった。最初は何らかの異能で妨害しているのかと思ったが、今にして考えればその推測が既におかしい。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、この左右の映像が一致する現象こそ、三雲零にとっても最大の誤算だったのだ。


――俺の左眼の予知が機能しない状況、それは俺の日常生活の中で一つだけあった――


 それは、夢の世界。視覚ではなく、脳が直接認識した映像では深夜は未来の映像を見ることはできない。

 つまり、三雲の攻撃は全て、眼では見ていないのだ。


「お前の異能……それは『催眠暗示』」


 それもおそらく映像だけではなく五感全てに強烈に作用される幻覚。刀の映像、金属音、鉄と血の匂い、深夜の体に付けられた傷、周囲の壁や床に残った痕跡すらも全て『リオン』と呼ばれた紫紺の髪の悪魔の異能によって深夜の脳に植え付けられた作り物だった。それこそが三雲零の攻撃の正体。


『催眠術の異能……『リオン』……そうか、確かにアイツならそういう事もできるわね!』


 異能の正体に至り、ラウムもまた、三雲零の契約している悪魔の正体に行きついた。



『七十二柱の七十一位。人心を支配する異相の悪魔……ダンタリオン!』


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