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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十四話 重なる謳《うた》



「真昼!」


 最上階の塾長室から真っすぐにラウムの異能でその間にある床を破壊し尽くして一階の大ホールに飛び込んだ深夜はすぐさま、座席と座席の間、移動用の階段にうずくまる妹の姿とその前に立つフードの男の存在を認識する。


――アイツが……三雲零!――


「ラウム、真昼を頼む!」

『オケオケ!』


 深夜は自らの体が大ホールの舞台に落ちるよりも先に、空中で体をひねりブーメランのように大剣を三雲零に向かって投擲とうてきする。


「リオン、しゃがめ!!」


 ぐるぐると高速で回転し迫る黒鉄くろがねの大剣、三雲は隣に立つ『リオン』と呼んだ少女の襟元えりもとを乱暴に掴み、力任せにしゃがませてそれを紙一重に躱す。だが、回避されることは深夜には予見済み。


「武装化をけ!」


 真昼の頭上も越えてその後ろの階段に突き刺さった黒鉄の剣は瞬時にラウムの姿に戻り、小さく蹲ったままの真昼を抱きかかえる。


「ラウムさ……」

「舌噛むよ!」

「えっ、んっ!」


 ラウムは真昼を抱きかかえたまま人間離れした跳躍を見せ、深夜が落下し、崩落した瓦礫がれきが散らばった円形舞台の中央に着地した。


「ありがとう、ラウム」

「ちょ、深夜大丈夫?! 頭から血が出てるよ!」

「大丈夫……着地の衝撃を殺しきれなかっただけだよ」


 着地前に身体能力の強化がなくなったことで、転がるように受け身を取っていた深夜は全身にしびれと痛みが残る体にむち打って立ち上がり、その際に瓦礫で切ったらしい額の血を拭う。


「それより、真昼……無事か?」


 そして、敵の目の前にも関わらず、ラウムに抱きかかえられた真昼の頬に優しく手を当て、今にも泣きだしそうな力の無い安堵の笑みを浮かべた。


「うん私は……大丈夫、怪我はないけど……そうだ! 愛菜!」


 兄の顔を見たからか、恐慌状態から脱した真昼は今更ながら教導学塾にいるはずの親友の存在を思い出した。


「高原達は大丈夫だよ」

「え? 何で兄さんが……」


 愛菜の事を知っているのだ、と口にするより先に、ヒュンと風を切る音が深夜達の隣で鳴り、赤い髪の悪魔セエレがその場に現れた。


「神崎様! 妹様をお迎えに参りました!」

「助かる……今回、和道とセエレは塾生の安全確保に集中してくれ。アイツの相手は、俺達がやる」

「え? 何、今の? っていうか、兄さん天井のアレ何をしたの! ラウムさんもさっきの剣みたいなヤツは何なの?」

「ごめん、真昼……」


 深夜は妹の言葉をさえぎるように、その頭にポンと手を乗せ、謝罪の言葉を述べた。


「兄さん?」

「続きは……帰って、晩飯でも食べながらな……セエレ、頼む」

「畏まりました」

「兄さ――!」


 真昼が伸ばそうとした手が深夜に届くよりも早く、セエレが彼女の手を取り、二人はその場から消えさった。


「ああ! うっせぇなぁ、リオン! 避けるためにやったんだから、ウダウダ文句言うんじゃねぇよ!」


 そして、妹の逃走を見送った深夜は改めて、階段の方に目線を向けるとそこでは三雲零が紫髪の少女に怒鳴りながら立ち上がり、頭に被ったコンクリートの粉を払っていた。


「しかし、まぁ……随分と派手な登場だったなぁ、ヒーロー」


 バッと、三雲は土埃つちぼこりを払う動作でパーカーのフードを外し、階段から深夜を見下ろす。薄明かりの中にさらされたのは深夜とそう変わらない歳であろう三白眼と無造作に外ハネした髪の少年の顔。


「魔王召喚の儀式を止めろ」

「何だよ、そこまでわかってんのかよ。だけどよぉ、止めろと言われて、ハイそーですか。って止める悪党がどこにいるよ?」

「深夜、この歌が召喚儀式の呪文だ……アイツ、塾生を操って詠唱えいしょうさせてる」


 ラウムが耳打ちし、深夜は三雲零に意識を向けたまま、舞台を囲む円形の座席にいる塾生達の歌声に耳を傾ける。


「じゃあ、アイツをぶっ倒せば止められるってワケだ」


 単純明快、やるべきことはいつもと同じ。目の前の悪魔契約者を倒す事。思考を改めて戦いに切り替え左手をラウムに向けて伸ばす深夜。


「いいぜぇ。ちょうど、俺も儀式が終わるまでやる事なくて退屈してたんだ、遊んでやるよぉ」


 口角を釣り上げ、露悪的な笑みを浮かべた三雲。そんな彼の隣に立っていた紫髪の少女は不満そうに小さくため息をついてから諦めたように、彼の体を包み込むように背後から首に手を回す。


『――小夜啼鳥さよなきどりの 伽紡とぎつむぎ――』


《――千夜一夜せんやいちやに 伽語とぎかたり――》


 その声は耳からではなく、頭の内側、脳に直接響くように聞こえてきた。風鈴の音のように澄み切った美しい謳声うたごえがラウムのそれと同じように。


――これ、魂契詠唱こんけいえいしょう……あの髪の色、もしかしてと思ってたけど、俺達と同じ!――


『――しきいとしき あまひかり ときわれども わするまじ――』


《――たぐれば それをとり まなかいゆけば おいしたふ――》


 教導学塾の生徒達による魔王召喚の為の大合唱。その中であって、なお美しく響く悪魔による双つの独唱。


『――くら羽衣はごろも 涙雨るいうまといて――』


《――われといましと たまに――》


 黒と紫、二つの魔力の奔流がそれぞれ渦巻き形を変えて契約者の中に流れ込んでいく。


「『――さかしまにしずめ ほし天蓋てんがい!』」


 神崎深夜はその手に握られた、黒鉄の大剣を振りかぶり、三雲零の次の動きを見極め、斬りかかる姿勢に入る。だが、その双眸は驚愕の色で見開かれる。


――えっ? どういうことだ?――


「《――ともにう ちぎむすばん》」


 詠唱を終え、紫の魔力が三雲の体内に収まる。しかし、その手には深夜のように何かしらの武器が握られているわけではなかった。結果的に丸腰の状態で不敵に立ちはだかる三雲に警戒を強める深夜。


「さあ……虐殺ぎゃくさつタイムだ」


 パチン


 三雲が指を鳴らす音。その直後、彼の周囲に無数の日本刀が浮遊し、顕現けんげんした。


『何なのあの数?! 百本くらいあるよ!』

「なんだ、アイツ……」

「大盤振る舞いだぁ、遠慮えんりょなく食らいやがれ!」


 不可視の糸で宙から釣られているように刀身を下に向けて等間隔に空中に並ぶ刀達。

 その切っ先が三雲の右手の指先に連動し、一糸乱れぬ挙動で深夜へと集中し、銃を撃つジェスチャーに合わせて一斉に射出された。


【その切っ先が三雲の右手の指先に連動し、一糸乱れぬ挙動で深夜へと集中し、銃を撃つジェスチャーに合わせて一斉に射出された。】


――やっぱりだ、間違いない。でも、どうなっている?――


()()()()()()()()……」

『何それ、嘘でしょ!?』


 深夜は驚きを隠しきれない震えた声を漏らしながら、飛来する刀の雨を見つめ続ける。しかし、どれだけ見つめても、その刀達の未来の軌跡は視えなかった。


「あの剣の攻撃、左右の眼で同じタイミングに見える!」

『と、とにかく今は逃げないと串刺しだよ! あの瓦礫の陰に隠れて!』

「あ……ああっ!」


 ラウムの提案に従い、自らが破壊した天井のコンクリートの塊の陰に間一髪で飛び込み、先ほどまで深夜がいた地面は数十本の日本刀が突き刺さっており、続いて深夜が背にした瓦礫にも金属がぶつかる音が鳴っている。


――クソ、俺の左眼で未来が視えないなんて……こんなこと初めてだ――


「ラウム、あの『リオン』って悪魔の異能は何?」


 三雲と共にいた紫髪の女、あの女の持つ異能が左眼の魔眼が無力化していると考え、剣の雨をやり過ごしながらラウムに問う深夜。しかし、彼女から返ってきたのは予想もしていなかった答え。


『それなんだけどさ、私『リオン』なんて名前の悪魔、今まで聞いたこと無いんだけど!』

「はぁ? それってどういう――」

「オイオイぃ。かくれんぼなんてする歳じゃねぇだろぉ! なぁ!」


 『リオン』と言う名の悪魔は存在しない。その答えの意味を問いただす間もなく、深夜が隠れていた瓦礫を回り込み、三雲零が彼の眼前に現れた。


「もう来やがった……!」

「オラよぉ!」


 三雲は近くに突き刺さっていた刀の一つを無造作に引き抜き、剣術のイロハもない大振りで深夜に斬りかかった。


【三雲は近くに突き刺さっていた刀の一つを無造作に引き抜き、剣術のイロハもない大振りで深夜に斬りかかった。】


――また左右で同じ……それに、今度は三雲の動きまで……――


 深夜は大剣を構えその攻撃を防ぐ、だが、動きが一歩遅れたせいもあり、その勢いは受け止めきれず、片膝をついてしまう。


「ヒャヒャヒャ! お疲れかぁ? 随分動きがトロいなぁ!」

「……ラウム、この刀、壊せる?」

『やってみる!』

「ぁあ?」


 大剣を通し、黒い亀裂が三雲の握る刀に走り、ガラスが割れるような小気味良い音と共にその刀身が砕け散った。


『壊せた! あの刀自体はほとんど魔力が込められて無いよ!』


――ということは……あの刀は悪魔が変形した武器じゃないのか――


「へぇ、刀身が触れた物をぶっ壊せるチカラってトコか……でもなぁ、一本壊せば終わりってわけじゃあねぇぞ!」


 右手の刀が破壊されるや否や、三雲はすぐさま手近に刺さった次の一振りを逆手で引き抜き、斬り上げる。


「ぐっ!」


 見てからの回避に慣れない深夜はその一閃を頬にかすめながらも後ろに飛び退き、距離を取る。


「はぁ、はぁ……人を洗脳する、刀を生み出す、俺の未来予知を封じる……三つの異能。在原と同じ複数の悪魔の力を使ってるのか?」

『ううん。アイツからはコレクター女の時と違って、魔力の匂いが一つしかしない……アイツが契約している悪魔はあのムラサキ女一人!』

「一つの異能にしちゃ、随分便利だな……」


 深夜は悪態をつきながら、三雲零を睨みつける。ラウムの言い分が正しいとすれば『リオン』と呼ばれた悪魔の異能は多彩な効果を持つ強力なもの、あるいは――極端に単純な異能故に使い手が応用を駆使くししているかのどちらか。


「……考えても無駄か。ラウム、刀身に魔力を構えろ。お前の異能で壊せるなら、アイツの刀が触れた端から全部ぶっ壊すぞ!」

『オッケー! 一発ぶん殴ったらこっちの勝ちだよね』


 大剣に黒い魔力を纏わせ、真正面から斬りかかる深夜。


「上等だ、かかってきやがれぇ。正義のヒーロー!」


 対する三雲は両手を左右に広げ、刀剣の弾幕を射出せんと構える三雲。

 魔王召喚の儀式の最中、神崎深夜と三雲零が激突した。




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