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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十三話 『魔』禍津『王』


 『三雲零みくもれい


 半年前、教導学塾に突如として現れたその男の名を思い出した塾長は頭を抱えながら、一つ一つ思い起こすようにこの半年間、三雲零によって操られていた間の記憶を口にしていった。


「ヤツは、私に三つの事を命じた……この建物に人を集める事、生徒や職員に制服を決めて支給する事……そして、このビルを改造する事……」

「改造?」


 人を集める事と生徒達にケープを着せる事に加えて、出てきたのは『このビルが改造されている』という新たな情報。


「改造って、具体的にどういう?」


 深夜が確認するように問いかけると、塾長は力なく首を振る。


詳細しょうさいは思い出せない……が、塾長室に見取り図があった、それを見れば何か……」

「塾長室か……最上階にあるんだっけ?」


 深夜はそう言いながら廊下に横たわっている操られていた生徒達を一瞥いちべつする。このまま放置、というのも気になるが、一人一人起こしたりする手間もあまりかけたくない。


「では、あの方々は私が適当な空き部屋に運んでおきます」


 深夜が思案していると、セエレが気を失った人達の対処を買って出た。彼女の異能なら一人一人を抱きかかえて運ぶという事をする必要も無いだろう。


「じゃあ、頼むよ」

「かしこまりました」


 うやうやしくお腹の前で手を重ねて深夜に一礼したセエレに生徒達の対処を任せ、深夜は更に上に登るエレベーターのボタンを押す。既に塾長、その他大勢に見つかっているのだからコソコソ階段を登る必要はない、と思ったのだが。


「アレ? もしかして、動いてない?」

「表示板にも何も映ってないし……電源が入ってないね」

「また階段か……」


 ◇


「あった、コレだ」

「……何だコレ、ビルの至る所に細い通路を作ったのか?」

「隠し通路ってヤツか」

「いや、この大きさじゃ猫どころかネズミが通るのがやっとだろ」


 教導学塾ビル最上階の中心にある豪奢ごうしゃな一流企業の社長室のような内装の塾長室、そこで塾長が探し当てたこのビルの見取り図をローテーブルに広げて取り囲む深夜達。

 全員、建築に関する知識があるわけでは無いので感覚的な話になってしまうが、この半年の間になされた改装工事の主な目的はビルの至る所に配線を通すような隠し通路を作る事にあったらしい。


「祭典や儀式用の祭壇さいだんのようにも見えますね」

「あ、それ私も思った。魔力の流れを良くするために魔術師がしている細工そっくりだよね」


 人間には分からなくとも悪魔の二人はその細工に見覚えがあったらしく、神妙な面持ちで二人は見取り図をのぞき込み観察を続けた。


「ビル全体に魔力を循環じゅんかんさせようとしているとなると、かなり大規模な儀式のはず……ラウム、何か心当たりはあるか?」

「ラウムちゃん、人間の魔術はさっぱりなんだよね……ねー、塾長さん。他にそのミクモってヤツがコソコソやってたことって無いの?」


 しかし、二人にしてもその細工の真意までは読み解けないらしい。ラウムからのキラーパスを受けて、塾長は再び頭を悩ませて記憶を探り始める。

 洗脳が解けてから時間が経ったこともありある程度ははっきりとしてきたようだが、そもそも悪魔などというモノに関する知識を持たない彼には何が怪しくて何が怪しくないのかも判別がつかない。だが、そんな彼にも一つ、明らかに怪しいと思える心当たりが一つあった。


「悪魔や儀式……と直接関係があるのかは分からないが、随分と古い本を持っていた」

「古い本……それって……」


 ラウムは塾長の言う『古い本』の正体に思い当たりハッとして深夜を見る。


「魔導書か!」

「魔導書って、神崎や雪代さんが探してたやつか」


 霧泉市で配られている魔導書データの大本かはまだ分からないが、大きな手掛かりである可能性は高い。深夜達はそんな期待を込めて、一斉に塾長の方に目線を集中させた。


「その本はどこにある?」

「そればかりはあの少年……三雲零が常に持っていた。おそらく今も……」

「っち……」

「……その魔導書のタイトルは分かりますか?」


 そう簡単に手放しはしないか、と舌打ちする深夜に代わり、セエレがそんな質問を投げかける。


「どの魔導書だったのかが分かれば、相手の目的も絞れるかと」

「ああ……何度か、目にはした……意味は分からないがこう書いてあった気がする」


 塾長はそう言いながら、塾長室のデスクの上のメモ用紙にアルファベットのタイトルを走り書きする。


『Grimorium Verum』


「グリモリウム、ウェルム……古い魔導書ってことは英語じゃなくてラテン語?」

「神崎……よく読めるな」

「適当に発音しただけで合ってる保証は無いよ……で、コレどういう本なの?」


 と、深夜はセエレの方に顔を向けると、彼女は塾長の書いたメモ用紙を見たまま固まっていた。


「……セエレ?」


 深夜が再び声をかけ、気づく。その肩が小刻みに振動している事に。


真正奥義書しんせいおうぎしょ……」

「真正奥義書って、確か悪魔の召喚術に特化した魔導書だよね……私は実物を見たこと無いけど」

「三雲零が所有している魔導書が本当に真正奥義書の原典だとすれば、その目的は……大規模な魔術神殿の構築はそのために?」

「お、オイ、セエレどうしたんだよ、落ち着けって。顔真っ青だぜ?」

「直樹様、神崎様……敵の目的はおそらく……《魔王》の召喚です」


 セエレは自らの震える腕を抑え込みながら、まるでその言葉そのものが口にしたものを呪う毒を有しているかのように、忌々しげに呟いた。


「なあ神崎……魔王って何だ?」

「俺も初耳だし……雪代も《魔王》なんて言葉は一度も使ってなかった」


 しかし、和道のその疑問に対する答えは深夜も知らず。少なくとも、少なくとも古典的な童話に出て来るような魔王の事を言っているのではないだろう、という程度の認識であり、今一つ彼女の怯えに対する理解ができなかった。


「私達の本体がある地獄を七分割して、それぞれを管理している七体の悪魔以上のバケモノ。それが……《魔王》だよ」


 それは深夜達の疑問に答える。というよりもラウム自身が状況を整理するために呟いたような静かな声色。


「つまり、お前ら悪魔の親玉みたいなもの?」

「親玉などと言う可愛い概念ではありません! 文字通りの悪魔の上位存在。私達七十二柱が束になって挑んだとしても七人の《魔王》には勝てない。故に私達は決して《魔王》には近づかない、関わらない。そういう存在なのです!」


 あからさまに狼狽を隠そうともせず、セエレは声を荒げて叫ぶ。悪魔すら恐怖する、圧倒的な怪物、それこそが《魔王》なのだと


「十倍以上の力か……」

「いや、でもさ! そんなにヤバいなら、それこそ、そう簡単に召喚なんてできねぇだろ! 悪魔を一人召喚しようとするだけで死んじまうくらいヤバいことなんださ!」

「その《魔王》ってやつを召喚しようとするなら、大体どれくらいの代償が必要になるの?」

「……五百年前、その真正奥義書が記した魔術師が《魔王》の召喚術式を起動しようとした際には……村が一つ、三百人の住民と共に消し飛びました」

「三百っ!?」

「滅茶苦茶過ぎんだろ……!」


 そのあまりの犠牲者の数に深夜達は息を飲み、ようやくセエレ達の恐怖の意味を理解する。仮に召喚が失敗したとしても犠牲者の数が多すぎる。そんなものを召喚されれば、このビルに今集められている人達も全員タダでは済まない。


――このビルに集められた……人?――


 深夜の気付きに先んじて、ラウムがハッと顔を上げて蚊帳かやの外になりつつあった塾長に向けて叫んだ


「ねえ! 今このビルに何人の人間がいるの!」


 悪魔について知らないが故に状況を理解しきれていない塾長は突然の大声にピクリと肩を跳ねさせるが、自身の記憶の中に自分でも驚くほど明確にその答えがあることに気づき、恐る恐ると言った様相でその数字を言葉にした。


千五十九(1059)人……だ、君達四人を含めると千六十三(1063)人か」

「五百年前の三倍以上……よくも半年でそれだけ集めてくれたわね! ああ、そうか、愛菜が言ってたのは「今日、星辰セイシンが整う」ってこと…………マズイよ、深夜! 多分、もう召喚の準備は整ってる!」


 ラウムの言葉と共に、深夜も高原が言っていた言葉を思い出す。



『その時間から、集会があるの。それも珍しく全員参加が義務付けられてる特別なヤツが』


『とにかく、その間はあのビルにいる人は皆、この間の大ホールに集まるはずだから……』



 今、この瞬間、教導学塾に所属する千人以上の人間、それを一か所に集められる場所など一つしかない。


「一階の大ホールか!」

「多分、真昼や誘拐された人たちもそこに……」


 ラウムの言葉が突然詰まり、少し遅れて深夜や和道、その場にいる全ての人間にとてつもなく不快な、まるで周囲の空気が液状のコンクリートになったかのような重圧が圧し掛かる。


「な……コレ……」

「敵が魔力の偽装を解いたのでしょう……ビル全体に魔力が侵食しおります……これほどの魔力に気づけなかったとは……!」


 和道もセエレも呼吸が詰まったかのように胸に手を当てて顔をしかめる。魔力を感知する力を持たない深夜にも濃密な魔力の奔流ほんりゅうがこの建物を循環するように流れている事がわかった、おそらくこれこそがラウム達の言っていた魔力を建物全体に流す細工の効果。それはまるで巨大な生物の血流のよう脈動し深夜達を覆い隠していた。


「深夜! もう儀式は始まってる! 急がないと真昼達が!」


 ラウムの悲痛な叫びがもう一刻の猶予ゆうよも無いことを示す。


――クソっ、どうする! 今から階段を駆け下りてちゃ間に合わない……一直線に、行く道は……――


 切羽詰まりながらも、深夜の中に浮かぶ一つの手段。



『私が戻るまで余計なことはせずに大人しくしていてくださいよ。流石に、その場にいなければかばうことはできませんから』



それと同時に脳裏に反響する雪代紗々の忠告の言葉。


「……俺の最優先事項は……決まってる」


 深夜は俯き、一秒にも満たない自問自答の果てに決断を下した。


「和道、ゴメン。無茶させる」

「任せろ、慣れてる!」


 パンと右手の拳を左手に打ち、和道はこんな状況だというのにうっすらと笑みを浮かべて深夜の言葉に答えた。


「セエレ! 和道と一緒に塾長と高原達……六階に置いてきた奴らを頼む!」

「畏まりました!」

「神崎、お前はどうするんだよ!」

「俺は……俺達は《魔王》の召喚を止めて来る……!」


 深夜は床を、否、そのどこまでも先にある大ホールを睨みつけながら、ラウムに向かって左手を伸ばした。


「いくぞ、ラウム!」




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