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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十一話 一閃!



『ちょっと! 塾長どころか塾生まで一階に行ってないじゃん!』


 左右の扉がバタバタと開き、そこから深夜に向かって飛び掛かってくる白いケープの生徒達。大雑把に掴みかかろうと彼らが伸ばす手を大剣の側面で受け止める。


「万が一に備えての仕込みでしたが、助かりました……さあ、あなた一人でこの数をさばけますか?」

「面倒くさいことしてくれやがって……」


 虚ろな目の信者達が代わる代わる深夜に向かって飛び掛かってくる様は安っぽいゾンビ映画を髣髴ほうふつとさせる。しかしやはりと言うべきか、先ほどの高原と同じく一人一人の力はあくまでも本気を出した程度の一般人の範疇はんちゅうであり、深夜自身の左眼の予知能力もあり、その攻撃の回避自体は容易たやすかった。だが、同時に、彼らが一般人である事こそが最大の問題だった。


「っくそ! やっぱり押しのけるだけじゃ、キリがない……」


 操られているとはいえ彼らを身動きが取れなくなるまで打ちのめすわけにはいかない。大怪我を負わせれば、そこから協会が深夜達にたどり着く可能性は高いからだ。その制限がこの戦いを深夜に取って過去の強敵との戦いよりも困難なものへと変えていた。


――ラウムの剣に斬る力はほとんど無いとはいえ下手な勢いで殴ったら骨折ものなんだよな……かといって、コイツら痛みを感じないのか、鳩尾を叩いてもすぐに起き上がってきやがる――


「どうやら見たところ、その剣は見た目ばかり大仰おおぎょうなだけのナマクラのようですね」

『誰がナマクラだって! あのオッサン、こっちが怪我しないように気を使ってるからって良い気になって!』

「挑発に乗るな……アイツの狙いはこっちの体力切れだ……なっ!」


――足を掴まれた……っ!――


 数の暴力に圧倒され、襲い来る塾生達の対処に気を取られていた深夜は地面に倒れたまま匍匐前進ほふくぜんしんでこちらに近づいていたか細い中学生ほどの塾生の存在に気づけず、右足首を取られバランスが崩れる。


『深夜!』

「ったく、離せよ!」


 剣を持たない右手で自身の足首を掴むその手首を捻りあげて自らの足から引きがし、地面に寝そべるその体を強引に起き上がらせようとする深夜、だが。


――ダメだ、コイツ……他の塾生に踏まれてやがる……――


 これ以上乱暴に引き上げようとすればこの男の背骨か内蔵を損傷しかねない。そう判断した深夜はパッと掴んだ手首を離し、その背中を踏みつけている生徒を大剣の横薙よこなぎで叩き飛ばした後、すぐさま跳躍ちょうやくして人混みから一歩離れた位置に着地し、息を整えた。


「はぁはぁ……さっきのやつ、仲間に踏み潰されては……ないか」


 白いケープを汚しながらもふらりと起き上がる中学生の信者の姿に深夜は小さく安堵の息を漏らす。操られた生徒達から離れた事で標的である塾長との距離は更に遠のいた。


――アイツ。操ってるやつらに滅茶苦茶させて来る……下手に長引かせたら、こっちが手を抜いてても死人が出かねない。それに………――


「はぁ……はぁ……」


――魔力による身体強化って……疲労回復はしてくれないんだね――


 大きく息を吸い込み肺に酸素を取り入れ、体力の回復に努める。ここまで階段で自らの足で上がってきたことで深夜の肉体にはかなりの疲労が蓄積ちくせきしている。そういう意味でもこの戦い長期戦は圧倒的に深夜にとって不利だ。


「ラウム、上から一気に距離を詰める……バランスの調整、頼む」

『上からって、この廊下、天井高くないからひと飛びってわけにはいかないんじゃない?』

「いや、だからこそ、上からいく」

「あー……なるほど、それなら、行けそう」


 深夜は目線を右斜め上に向け、【操られた生徒達を越えて、塾長に接近するためのルートを視る。】その視線から、ラウムもまた深夜の意図を察したらしい声を上げ、全身に均等に流していた魔力を脚部に集中させた。


『そのためのバランス調整ね……任された! あのオッサンの顔面、思いっきりぶん殴っちゃえ!』

「言われなくとも!」


――タイミングは……八秒後!――


 ラウムの発破はっぱを受け、跳ぶべき場所を見極めた深夜はラウムの手助けが減ったことで重みが増した大剣をだらりと引きずるように片手で持ち、生徒達の群れに駆け出す。


――七、六……――


「一点突破でもなさるおつもりですかね? させませんよ!」


――四……――


 人混みの向こうに隠れた塾長の声、そして、合図するかのような二度の手拍子。


――三、二……一……――


 その音を聞いた生徒達はその場で肩を組んで密着し、分厚い肉壁となって廊下をふさぐ。それはラグビーかアメフトのラインのようだった。


――ゼロ。ここだ!――


 深夜はその防衛線に向かって更に助走を加速させ、接触するわずか一メートル手前で地面を蹴り右斜め上に跳んだ。


「跳んだ?! ですが、私の教え子達を飛び越えるには高さが足りませんね」


 塾長の言う通り、生徒達の作った防衛線は固く、そして何より厚い。狭い廊下では一息には飛び越えられない。ならば、一息でなければいいだけだ。


「ラウム!」

『こういう動きは、私の特技だよ!』


 生徒達の塊のちょうど中間点、深夜の跳躍が頂点に達する寸前、彼は左手に持った大剣の重量を利用して体を空中で捻り、その両足で白い、建物の壁に足を着けた。


「三角跳びとは、器用な真似を!」


 ついに塾長の声に焦りが混ざる。側壁を蹴り、操られた生徒達の頭上で行われるであろう二度目の跳躍は真っすぐに生徒達の塊を越え、油断していた塾長の眼前に届く。そして、廊下を遮るために他の生徒達はひと塊に密集しており、今さら逆走したところで、既に深夜の両足のバネは限界まで押し縮められた深夜の両足が生む人外の領域の跳躍には敵わない。


『やっちゃえ深夜!』


――……しまった――


 だが、深夜は生徒達の塊を飛び越えたことで開けた視界に視えた未来に舌打ちすると、即座に大剣を両手に持ち替え、両手にあらん限りの力を込める。


――間に合うか……今から!――


 予備動作を終え、本人の意思ではもう止められない深夜の両足は込められた渾身こんしんの力を解放し、その身を一条いちじょうの矢のように塾長に向けて放った。


――とま、れぇええ!――


 そして、その殺人的加速の着地によって生まれた慣性を受けて振り下ろされる大剣の人達を深夜は力の限り必死に抑え込んだ。


「…………間に、あった……」

「おおぉ、危ない危ない。ありがとうございます、あなたのおかげで助かりました。高原さん」

『お前、愛菜を盾にするとかサイテーにもほどがあるわよ!』


 深夜と塾長、その間に割り入った愛菜の肩を撃ち砕くまさに数センチ手間で、黒鉄の大剣はピタリとその切っ先を止めている。

 もし深夜に未来予知の魔眼が無ければ気づくのが遅れ、二度と右腕が動かなくなったかもしれない。にもかかわらず、高原の表情はあいも変わらず虚ろで冷や汗一つ汗流していなかった。他の操られている生徒達同様、彼女もまた思考能力や生存本能すら塾長に奪われているのだろう。


「まさか、私は本当の意味で盾にしたつもりだったのですが、コレは僥倖ぎょうこう! あなた達がそんなにもお優しいとは思ってもみなかったですよ」


 塾長は人形のように生気の無い高原の頬を、彼女の意識があれば決して許さなかったであろう不快な手つきでで、深夜達に挑発的な笑みを向けた。


「……おい、高原、しっかりしろ! 真昼を助けるんじゃなかったのかよ!」

『そうだよ愛菜! そんなセクハラ親父に良いように操られてちゃダメだって!』


 深夜とラウムは意識が戻ることを期待し、必死に高原に呼びかけるが、やはりと言うべきか彼女はピクリとも反応しない。


「無駄ですよ、そんな簡単に悪魔の力から解放されないことはあなた方が一番よく分かっているのではないですか?」

「てめぇ……」

「おやおや、いいんですか? そんな反抗的な目つきをしているとどうなるか」


 塾長は深夜達をあざ笑うように懐から取り出したナイフの切っ先を高原の頬に当て、彼女の顎から喉に向かって血の雫が滴り、白いケープに赤い染みを作る。


「手が滑って、彼女の顔に一生ものの傷をつけてしまったり、目を潰してしまったりするかもしれません」


 塾長は本気だ。この男が操った生徒達の事など何一つ気に留めていないのは既に証明済み。むしろ、今までこんな露骨な手を取らなかったのはひとえに、深夜もまた同じ悪魔契約者として他人の事などどうでもいいと思っている。と考えていたからに過ぎない。


「彼女が大切ならば、その剣を床に捨て、後ろに下がってください」

『深夜……どうする?』


 ラウムが魔力のパスを通して、深夜にだけ聞える声で問いかけ、深夜はぼそりと呟く。


「最優先事項は……真昼を助ける事……」


――……この距離なら、剣は届く。仮に高原が切られてもナイフには塾長の指紋が残る、塾長一人を隠し通せれば、俺達の存在が協会に怪しまれることは無い……――


 今は塾長を倒すための千載一遇せんざいいちぐうのチャンス……しかし、深夜の脳裏に真昼の部屋に飾られていた高原と真昼、二人のツーショット写真の映像がよぎる。


――……助けても、真昼が傷ついてたら意味ないよな……――


 最優先事項は、真昼を助ける事。そして、彼女に以前と同じ平穏な生活を送ってもらう事だ。そう結論付けた深夜は大剣を強く握りしめていた両手の力を緩めた。そこから、深夜の決断を感じ取ったのか、ラウムが再度魔力パスを通した念話を深夜に送り込んだ。


「悪いラウム……武装化を解いて……」

『諦める前にさ、最後に私の作戦に乗ってくれないかな?』


――……作戦?――


『アイツ。武装化を解けじゃなくて、剣を捨てろって言ったでしょ? それに昨日の講演会の時にも私の事に気づいていなかった。多分、アイツは悪魔についてそんなにわかってないし……感知もできてないんだと思うんだ』


 言われて、深夜もその事実に気づく。確かに、何らかの理由でラウムが塾長が悪魔契約者だと気づけなかったのはまだしも、塾長もまたあんなに近くにいたはずのラウムの存在に気づいていなかった。つまり、この男の中に悪魔の人格は憑依していない。ソレは先ほどラウムが武装化して初めて『実体化した悪魔』だと気づいていた所からも明らかだ。となれば悪魔についての知識も深夜達よりも劣っていると考えられる。


『時間も無いから説明は省く……深夜なら、視ればわかると思うから…………でも、後で怒らないでね』


 『視ればわかる』ラウムのその言葉の意味が理解できないまま、深夜は自身の手元に向けていた視線上げてを改めて塾長に向け。ラウムの言う作戦を()()

――ああ、なるほど――


「いつまで黙っているのでしょうか? あまり時間も無いのですよ、さあ、早く決断を! 自分の身か、彼女の安全か!」

「……わかったよ、乗ってやる……」

「ふふふ、本当にお優しい方だ! いいでしょう、その心意気に免じて意識は奪いません、私の儀式を最後までご堪能たんのうください!」


 深夜が自分の要求を呑んだと判断した塾長は高らかに笑い、しかし高原に突きつけるナイフは離さず、心底いやらしい笑みを深夜に向けた。


「さあ、ではまずは剣を捨ててください」

「……あぁ」


 深夜は短く答え、大剣を放り捨て、ガンガンと重々しい金属が跳ねる音を立てながら、黒鉄の大剣は白い床に横たわった。


「剣から離れてください……そして、私がソレを拾い上げるまで、決して動かないように」

「分かってるよ……」


 深夜は言われるがままに両手を上げてすり足で後退する。トン、とその背中が背後に待機していた洗脳された生徒の内の一人、最も大柄なスキンヘッドの男にぶつかり、その両手を掴まれる。


「いやはや、立派な剣も人が持たねばナマクラどころかガラクタですね」


 一方で塾長は深夜が投げ捨てた大剣にジリジリと近づき、その剣を踏みつけ押さえ込む。その瞬間を待っていたというように深夜は叫び、ラウムに合図を送る


「ラウム、今だ!」

「何を? ……っくぅ!?」


 深夜の合図の直後、塾長が踏みつけていた黒鉄の大剣は一瞬、黒い閃光を放ちながら霧散し塾長とその腕に囚われた高原を黒い濃霧の中に捕らえた。

 その霧の正体はラウム自身の魔力、つまり、彼女が武装化を解除し、そのついでとばかりに視覚化されるほどに高密度の魔力を異能としてではなく、無意味に周囲に放出したのだ。


「煙幕とは姑息こそくな……ですが、無意味ですよ! 本当に残念です、愛する生徒の顔を切り刻むことになるとは!」


 深夜達が降参したわけでは無かったと即座に理解した塾長、その手に握られたナイフが走るその瞬間、その手が屈強な腕に押さえ込まれる。


「女の子に刃物向けるな! 危ねぇだろ、オッサン!」

「ナイス、直樹!」


 黒い霧が再び少女の姿に変わり、晴れ渡ったことで塾長の腕を捻りあげ、ナイフを取り上げている深夜の友人、和道直樹の姿が露わになる。


「な、何だ貴様は! いつの間に……いや、どこから現れた!」

「セエレの異能で跳んできた! ってか、ラウム、全く状況が分からんのだが!」

「そのオッサン、やっちゃって!」


 人の姿を取り戻したラウムはナイフを取りこぼした塾長から高原を引きはがし叫ぶ。その極限までそぎ落とされた情報を疑う素振りすら見せず和道は導き出した決断を相棒に告げる。


「セエレ、そういうことらしい、頼む!」

かしこまりました、直樹様! はぁああ!」


 そして、塾長の背後でヒュンと、風を切る音が鳴り。炎か血のように赤い髪の幼女が虚空から現れ、塾長の頭部に痛烈な回し蹴りを見舞った。


「がはぁ!」


 十歳に満たない外見と不釣り合いな人間離れした筋力によって繰り出される蹴り、それは塾長の体を浮かび上がらせ、白い壁に叩きつけ。その衝撃が異能の解除の条件だったのか、深夜を捕らえてた男を含め、廊下にいる白いケープを身に纏った教導学塾の生徒達は例外なくその場に崩れ落ち、意識を失った。



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