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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第十話 勝利の条件



 そして、時刻は約束の九時となり、深夜達は高原の手引きによって、再び教導学塾の内部に足を踏み入れていた。

 高原の言っていた集会のためか、寮ではなく外部で生活している塾生達が大挙してビルに訪れており、その流れに乗ったことと高原の準備していた()()()も合間って彼らは難なくロビーの受付を正面から突破し、最上階にあるという塾長室を目指して細い非常階段を上っていた。


「ねぇ深夜ー! もう誰もいないし、このケープ脱いでもいい? なんかこれ着てるとすっごく気持ち悪いんだけど……」

「人が……残ってるかもしれないんだから……はぁ……大人しく……着てろ……はぁ」


――俺もさっきから暑苦しくて脱ぎ捨てたいのを我慢しているんだ――


 深夜とラウムは()()()()()()()()()()。教導学塾生が揃って身に着けているケープを身に着けてここまで登ってきたのだが、ラウムはどうにもこのケープが気に入らないらしく、道中もしきりに脱ぎたがっていた。


「はぁ……はぁ……あと何階……?」

「もうすぐ六階だから半分を超えたところだけど、お兄さん大丈夫? 一旦休憩する?」

「いや、いらない……はぁ、そんな時間無いし……」


 そして、深夜も深夜で、塾生や職員が一階の大ホールに移動する関係でエレベーターを使うわけにはいかないとなり、階段でここまで上がってきたことで息を切らして既に疲労困憊の状態になっていた。ちなみにラウムと高原はけろりとしている。


――真昼と同じテニス部って事は高原も体力あるってことだよな……――


 和道やラウムに体力面で負けるのは気にならないが、年下の女の子よりも非力だと自覚させられると流石の深夜も少しへこむ。


「しかし、階段を使ってここまで来た甲斐あって……道中誰にも見つからずにここまでこれたな……」

「そりゃ、わざわざ階段使う理由も無いしね」


 高原の言う通り、わざわざ六階から階段で降りてくるような酔狂な人間はいなかったので、ロビーの人混みを抜けた後は道中、他の塾生達に見られることなくここまでたどり着いていた。


「アレ? ねえ、愛菜。階段ここで終わってるよ?」

「外側の非常階段で上がれるのは六階までなの。ここから上の階段はビルの中心部の方にあるから」


 侵入前に深夜が高原から聞いていた話ではこのビルは全十階建てで、深夜達が先日見たように一階にロビーと大ホール、二階には食堂や談話室があり、そこから更に上がって三階から五階までが学習塾の教室として利用されるエリア。そして、今、深夜達がいる六階からは寮エリアとなっているらしい。


「へぇ。なんかRPGのダンジョンみたいな構造だねぇ」

「寮生のセキュリティとプライバシーの為なんだって。最上階の塾長室にもその階段からいけるよ」


 先導する高原と周囲をキョロキョロと見回しその後に続くラウムから一歩遅れて深夜も息を整え、六階の廊下に足を踏み出す。

 寮エリアと言うだけあって見た目はホテルの客室廊下のような感じで左右には部屋番号の書かれた扉が等間隔とうかんかくに並んでいるだけ、ただし、相変わらず扉も壁も白一色だが。


「愛菜、こんなところで生活してよくおかしくならなかったね。私、もう目がチカチカしてきたんだけど」

「最初は驚いたけど、すぐに慣れちゃった」

「住めば都ってこと? んー……ダメだ、やっぱり気持ち悪くなる……」

「…………なあ、高原。階段が別れてるのはセキュリティのためって、さっき言ってたよね?」


 二人の会話を聞きながら、廊下を観察していた深夜はあることに気づき、視線を上向きに固定したまま高原に呼びかける。


「え? うん。そう聞いてるけど……どうして?」

「セキュリティに気を配ってる割にはさ……この建物、今のところ監視カメラが一つも無いんだけど……」


 出入口、ロビー、談話室、大ホール、非常階段、そして廊下と深夜達がここに来るまで一度たりとも監視カメラに当たるものを見つけられなかった。それは侵入者である彼らにとっては今のところ都合がいい話ではあるが、同時にその事実はこのビルの異質さをより一層際立たせる。

 まるでとても記録に残せないような事をしようとしているとばかりに。


「言われて見れば……今まで住んでて確かに見たことないかも」

「真昼の調べた資料の中にも、工事が偽装された痕跡があるらしいし……このビル自体、ただの塾や寮のために作られたってわけじゃなさそうなんだよね……」


 改めて、教導学塾と言う組織の目的について意識を向けた深夜。その疑問に、答える声が廊下の先から、彼ら三人に投げかけられた。


「ええ、ご明察。このビルは私の儀式のための神殿なのですよ」

「なっ!?」


 すっかり油断していた深夜達に緊張が走り、その声の方へと一斉に視線が集まる。


「おい……あんた、一階でお話してるんじゃなかったのかよ……」

「塾長、なんでここに!」


 深夜達の眼前には、先日の講演会の時と同じく白いローブを身に纏った男、教導学塾塾長が不敵な笑みを浮かべて立っていた。それに加えて、その両脇には屈強な男が二人、付き人かボディーガードのように控えている。


「残念です、高原さん。あなたがまさか侵入者に内通していたとは……非常に残念です」

「塾長! 教えてください、教導学塾が人を――」

「待て! アイツらには近づかない方がいい……俺達にわざわざ会いに来たみたいだしな」


 今にも塾長に詰め寄りそうな高原を制し、彼女を背中でかばうように前に立つ深夜。そのその注意は塾長よりも、その隣に立つケープを着た男達に向けられていた。


――こいつら、行方不明者のリストにいたやつら……だけど、正気の目付きじゃない――


 敵意に近い危機感を如実に感じ取った深夜はチラリと一瞬、隣で同じように塾長達からの害意を感じ、警戒態勢を取っているラウムと目配せする。


「残念……ですが! この大切な日に新たな生贄いけにえを連れて来てくださり感謝します! 生贄は一つでも多いに越したことはありませんからね」

「俺達が生贄って、どういう意味だよ」

「言葉通りの意味ですよ……お願いします、皆さん」


【塾長がパンッと手を叩いた音が男たちに何らかのスイッチを入れたのか、白衣の偉丈夫達は深夜とラウム、それぞれに一人ずつその身を捕らえようと駆け寄ってくる。】


 左眼、十五秒の未来を予知する魔眼が男達を深夜達にけしかける未来を視せる。


――様子はおかしいけど動き自体は一般人レベル、これならラウムを武装化しなくてもかわせ……――


「深夜! 後ろ!!」

「なっ?」


 男の突進を避けようと足に力を入れていた深夜だが、突如としてラウムの叫びが廊下に木霊する。その声に従い振り向いた先には、男達と同じように生気を失った虚ろな目の高原愛菜がそこにいた。


「しまった……!」


 背後という視覚の外からの奇襲に対応が遅れ、深夜は脇の下から腕を回され、高原によって羽交い絞めの体勢で押さえ込まれてしまう。


――クソっ、油断した……高原の顔……路地裏の誘拐現場で見た時と同じ!――


 高原や男達の表情からは感情と言うモノがすっぽりと欠落している。それはまるで塾長の命令に忠実に従う操り人形のようだ。


――アイツが塾生達に何を仕込んでいたのかは知らないが、そんな言葉一つで人を操れる技術があってたまるか!――


「……ラウム! 手を貸せ!」


 深夜は高原に羽交い絞めにされた体勢のまま、強引に左手をラウムに向けて伸ばす。


「了解!」


 男達の手がラウムに届くよりも早く、深夜とラウムの手が重なり、彼女の体は黒い煙に溶けた。


「消えた?」


 塾長の驚きの声の直後、深夜達に迫っていた男達がその黒い煙の中から吹き飛ばされ、塾長の足元に落ちて転がる。黒い霧が晴れ、姿を見せた深夜の手には彼の身の丈に匹敵する刀身を有する無装飾の黒鉄の大剣。


「……ふぅ」

「これはこれは……」


 ラウムから流れる魔力によって強化された身体能力で強引に高原を体から引き剥がし、男達を大剣の一振りで殴り飛ばした深夜。彼は切っ先を塾長に向けて腰を落とし、大剣を構える。


『なんで……魔力の匂いはしなかったのに……』

「何かトリックがあるんだろ……とにかく、あの塾長は悪魔契約者だ……」

「ええ、その通りです。まさか侵入者であるあなたも同じだったとは……それも実体化した悪魔を連れているなど、この上ない幸運! 最後の最後で極上の生贄が手に入ります!」

『うわっ! なんかアイツ、身悶みもだえて気持ち悪いんだけど!』


 塾長は不気味に体をくねらせて深夜とラウムの変化した大剣を見つめペロリと舌なめずりをし、パンパンと手を叩く。その音に合わせて廊下に転がっていた男二人と高原がフラリと幽鬼ゆうきのように立ち上がった。


「こういうタイプってさ、強めの衝撃を与えたら元に戻るのがお決まりじゃないの……」


 先ほどの一閃の衝撃で男達の洗脳が解けることに期待していたが、どうもそう簡単に塾長の呪縛からは解放されないらしい。


――人を操る異能……厄介だな……――


『深夜、どうする? 私の異能で、足場を壊してアイツら分断する?』

「それはダメ」

『なんでよ!』

「お前の異能を使うと、後で協会に俺達の存在がバレる……」


 ラウムの破壊の異能は強力だ。彼女の言うように足場の一部を破壊し、階下のフロアと直結させる等すれば操られた人間達を下に落として相手の戦力を分断することはできるだろう。だが、そうして塾長に勝ったとして、ビルの一部が破壊されたという明確な異能の痕跡を協会が見逃すはずがない。


「だから……ここは俺の左眼と身体強化だけで、何も壊さずに塾長をぶっ倒す。それが俺達の勝利条件だ」

『そういうことなら、仕方ないか……オッケオッケ! そういうことなら、魔力は好きなだけあげるから、行っちゃえ!』


 深夜は即座に魔力を両足に込め、力いっぱい廊下の白い床を蹴り一直線に塾長に肉薄する。


――操られているとはいえ、一般人三人くらいなら余裕で……――


【深夜の一太刀が塾長を捕らえようとしたその直前、廊下に並ぶ左右の扉が一斉に開き、そこから次々と白いケープを身に着けた塾生達が深夜めがけて飛び掛かってきた。】


「……マジかよ」


 深夜は急ブレーキをかけてその場に立ち止まり、左右の扉から飛び出してきた十数名の塾生達を見て、苦笑いを浮かべた。


「はぁ……面倒くさいな」



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