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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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幕間 二 黒霧、鮮血、チェーンソー


「ったくよぉ、こんな所に呼びつけやがって。囚われのお姫様気分ってかぁ?」


 彼はズボンのポケットに手を突っ込んだままの猫背でフラフラと真昼達……いや、『リオン』と呼ばれた赤目の少女に向かって歩み寄る。


「おい、テメェ……この女の知り合いか?」


 真昼から少し遅れて、その存在に気づいたカズミ達もまた振り返り、フードの男を睨みつけてそんな問いを投げかける。例の白いケープこそ身に付けてはいないが、この少女の名前を知っているという事は教導学塾の関係者である可能性は高い。そう判断した二人の表情は警戒心によって険しいものになっている。


「明日は大事な日だってのに、フラフラ一人で動くんじゃねぇよ」


 だが、その男はカズミ達の存在そのものを無視するかのように真昼とカズミの間をすり抜けて、リオンと呼ばれる少女の肩に手を置く。少女も少女で、ゆっくりとパーカーの男を見上げているが、その男に対してもやはり何も言葉を発しない。


「…………」

「ああ、なるほどねぇ。コイツらが、コソコソ嗅ぎまわってたやつらってわけかぁ」


 だというのに、男は少女と意思疎通いしそつうができているように言葉を吐く。それは傍から見ている真昼達にとっては男の一人芝居にしか見えない。


「まあいい、とっとと帰んぞぉ。ここはゴミ臭くてやってらんねぇ」

「おい! テメェ! 無視すんな! こっちの話はまだ終わってねぇんだよ」

「うっせぇなぁ……オイ、リオン」


 ようやく目の前に現れた大きな手掛かりである少女を連れ去ろうとするパーカーの男に対して、我慢ができなくなったタトゥーの青年が突っかかり、その腕を掴む。対して二メートル近い巨漢に腕を掴まれているにもかかわらず、パーカーの男は怯える様子も無く心底不快だと言わんばかりに吐き捨て、少女に合図を送る。


『――千夜一夜せんやいちやに 伽語とぎかたり――』


 その一瞬、真昼の脳内にそんな、冷たい女性の言葉が闇の奥から反響するように浮かび上がった。無理やり脳内に情報が押し込まれたような感覚に真昼は頭を押さえてふらついてしまう。そして――


――なに、今の……?――


「あっ……な? え?」

「……ひっ?!」


 一瞬の眩暈めまいから覚めた真昼が見たものは、背中から無数の日本刀の切っ先が生え、生気の無い声を漏らすたタトゥーの青年の後ろ姿だった。


「キャンキャン、うっせぇんだよ。ざぁこ」


 それが背中から刀が生えたのではなく、彼が正面から十数本の刀によって串刺しにされたのだと真昼が理解した瞬間には、パーカーの男は気だるげに、くちびるから血をこぼす青年を壁に蹴り飛ばしていた。


「がはっ!」


――なにこれ、何が起こったの? 何あの刀……刺された、本物?――


 真昼の脳は完全にパンクし、目の前に広がる情報はただ視界から脳に向かって神経を素通りしていき、体はピクリとも動けず、ほうけた表情で立ち尽くすことしかできず、リオンと呼ばれた少女がいなくなっていることなど気づいてすらいない。


「おい、神崎! ボサッとすんな、走れ!」

「カズ…ミさ……」


 カズミが一足先に冷静さを取り戻せたのは、血を見るような喧嘩の経験があったからであり、同時にその経験が彼に『この男は本気でヤバい』と告げていたからだった。


「逃げるんだよ! 死にたいのか!」


 死ぬ、その言葉だけが辛うじて意識に引っ掛かり、真昼はカズミに腕を強引に引かれても体勢を崩さずに走り出すことができた。


――何、あの人……あんな刀なんて持ってるように見えなかったのに――


 パーカーの男が路地裏に現れた時は明らかに丸腰だった。だというのに、気づけば仲間の一人が日本刀によって串刺しにされている。その状況を整理しようと真昼の脳では無秩序な思考の羅列られつが浮かんでは消えていた。


――串刺し……あの人、殺された? ……捕まったら……――


 殺される。その確信と死への恐怖が真昼とカズミの足を前に前に走らせる。細い路地道を進み、進み……どこまでも続く裏道を二人は走っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()


「あの、カズミさん! これ、どこに向かって走ってます!?」

「あぁ?! 決まってんだろ、表通りに出て……おい、どうなってんだ!?」


 そこでカズミもようやくその異常に気づいた。真昼達が先ほどまでいたのは路地裏と言ってもビルとビルの間の物陰にいたに過ぎない、走れば十秒も経たずに表通りに出るはずなのだ。だというのに、二人は既に五分以上の道を五里霧中に走ってきたにもかかわらずいまだ高いビルとビルの間に挟まれた路地にいた。


「落ち着け……落ち着け……表通りはすぐそこのはずなんだ、道さえ間違えなきゃ……」


 口ではそう言いつつも、明らかに冷静さを欠いたカズミの表情は蒼白だ。ひとまず、眼前の十字路に向かい、正しい道を探ろうと二人は駆ける。だが――


「夢でも見てるってのか俺は……」

「うそ……なにこれ」


 ――右も、左も、前も、後ろも、無限のように路地裏が続く光景を目撃した二人の足はピタリと止まってしまった。高層ビルの壁面がどこまでも続くなど、どう考えてもおかしい。


「……野良犬風情がさぁ、警察犬の真似事をすんのはオススメできねぇなぁ」


 そんな、出来の悪いゲームのコピーペーストされたマップのような道を歩いて、パーカーの男が一人、真昼達の正面から現れた。


――なんで、この人が前から?――


「神崎、とにかく今は逃げ――」

「もう逃がさねぇよ!」


 男がいる方向と逆、元来た道を戻ろうとカズミが振り返った瞬間、パーカーの男は右手を頭の横に持ち上げ、ピンと人差し指を立てる。すると黒い霧がパチパチと音を立てて男の顔前に集まり、凝縮ぎょうしゅくし、その鋭利な切っ先をカズミに向けた状態で一本の刀が中空に現れた。


「カズミさん、後ろ!」


 しかし、真昼の叫びは間に合わず、パーカーの男が人差し指を前に倒すと同時に、その刀は弾丸のように射出され、カズミの右腿みぎももを深く切り裂いた。


「あっ! ぐっ……!」


 痛みに叫ばなかったのは、女子中学生の前で叫べないというプライドなどではなく、カズミが痛みを理解できないほどに混乱していたからに過ぎない。


「犬ってのはさぁ、飼い主サマに守られてるから、元気に吠えられるんだぜぇ?」


 深く切り裂かれ、血をコンクリートの地面の上に流し、まともに体も支えられなくなった足を引きずってでも逃げようとするカズミをあざ笑うかのように、パーカーの男はゆっくりと歩みよる。


「テメェもよぉ、尻尾丸めてお家で大人しくしときゃあ、こんな目には合わなかったのになぁ」

「ふざけんじゃねぇよ、このバケモンが!」


 カズミは逃げることを諦め、振り返りパーカーの男に倒れこむように殴りかかる。しかし、それはもう反撃というよりも恐怖に突き動かされた悪あがきでしかなく、児戯じぎに付き合うかのようにパーカーの男の細腕にあっさりと受け止められた。


「離せ! 離しやがれ畜生!」

「まあ~アレだぁ、オレが何を言いたいかっていうとだなぁ……」


 カズミは必死に腕を振り、男に捕まれた拳を引き剥がそうとするが、万力に締め上げられているかのように微動だにしない。そんなカズミに見せびらかすように男は空いている右手を天高く掲げ、そこに再び黒い霧が集まりだす。


――また、何かが……出て来る?――


 真昼はカズミを助けることも逃げることもできず、茫然とそんな酷く現実味の無い光景を見つめ続けていた。


「……バケモノに噛みついて生きて帰れると思うなって、ハナシ」


 黒い霧は密度を高め、実体へと変わる。日本刀よりも肉厚で荒々しいフォルムのチェーンソーが男の右腕に握られ、猛々しいエンジン音が路地裏に響いた。


「さあ、こっからは……」

「カズミさっ……!」


 真昼が声を上げたところで助けられるわけがない、だから、その叫びには意味が無く。


「虐殺タイムだ」


 カズミもまた、声を上げる事すらできず、回転刃に巻き込まれた血肉を一面に撒き散らし、膝から崩れ落ちピクリとも動かなくなった。


「ぁ……ぁあ……」


 真昼は全身の力が抜ける感覚に襲われ、その場にペタリと座り込んでしまう。


――逃げなきゃ、逃げなきゃ……死ぬ……――


 脳内でそんな言葉を何度も反芻はんすうするが、体は全く言う事を聞かず、ただ細かく痙攣けいれんし続けるだけ。自分の肉体なのに自分の意思では動かせない、彼女はそんな感覚に覚えがあった。


『熱い……苦しい……お父さん、お母……さん……』


 痛みに叫ぶ声、濃密な血の匂い、空吹かしされるエンジン音、眼前に明確な形を持って迫る死の恐怖。二か月前のトンネル事故の記憶がフラッシュバックし、真昼の体は本人の意思とは無関係にその頭を抱えて、その場にうずくまる。


「さーてとぉ、テメェが最後だ」


――怖い、死ぬ……死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ……いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない――


 極限に達した恐怖は体を強張らせ、瞼を閉じる事すら真昼に許さず、血まみれのカズミの背中を踏み越えて真昼に近づくその男の姿を見つめ続ける。


「あーあぁ、四人も運ぶのかったりぃんだけどなぁ……見られたからには、お家には返せねぇわなぁ」


――お願い、誰か……――


 ガリガリガリとチェーンソーの切っ先を地面に引きずったまま、男は蹲る真昼の前に立つ。


「まっ、生贄いけにえは多いに越したことはねぇかぁ」

「……たす……」


 深く被ったフードの影から見えたその男の口は愉しそうに歪んでいた。


「俺は優しいからなぁ、痛くないように殺してやるよ。クソガキ」


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