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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第八話 『誰か』

「みなさん、ごきげんよう。あるいは、本日は初めましての方も多くいらっしゃっていると聞いています」


 講演会が始まり、大ホールの中心に位置する円形の舞台の上で教導学塾の塾長は大仰おおぎょうな手振りで三百六十度を囲む観客達に挨拶する。


「塾の先生がする格好じゃないよね、アレ」


 ラウムが小声で揶揄やゆするように、塾長の服装はおよそ現代日本には似つかわしくない、白地に黄金色ラインの走ったローブ姿。デザインの方向性は塾生達が見に付けているケープに似ているがそれよりも華美に装飾され、着ているものの権威をアピールしているようにも感じさせる。

 はっきり言って趣味が悪い。


「悪魔の匂いは?」

「全然しないね」

「……やっぱりか」


 外見年齢は塾長という肩書にしては若く、三十代後半だろうか。こう言っては悪いが服装以外は特長に欠け、今着ている白いローブの代わりにスーツを着て外に出れば外回りで汗を流しているサラリ―マン達にすぐに溶け込むだろう。


「本日の集会、講演会と銘打ってはいますが、難しく考えることはありませんし、私が長々と皆さんに教えを説くというつもりもありません。むしろその逆、この場は皆さんの話を聞かせていただく場と思ってください」


 塾長は舞台の上を右に、左に歩き回り観客たちに等しく目線を合わせていく。そして、当然、その流れの中で観客席にいる深夜と塾長の視線が交わる。


――ああ、なるほど。確かに、これは立派な洗脳だ――


 一瞬の交差で深夜が抱いたのはそんな感想。言葉は雄弁、態度は大げさ、だがその瞳には熱と呼べるものが何一つ宿っていない。このような声色で、このような表情で、何秒目線を合わせ、そしてどの方向に目線を逸らせば聞くもの心に届き、感情を支配できるのか、と理解したうえでこの男はそのロジックに従い動いているだけ。そして、塾長の力強い言葉は既に観客の意識を捕らえ、気づけば誰もが呼吸さえ忘れてその言葉に耳を傾けていた。


――俺も、左眼が無かったら飲まれてたかもしれない――


 得てして、そういう心理効果を狙った動きは少しでもズレると見る者に強烈な違和感を与えるもの。常に左眼の視界が他の五感とズレている深夜にだけは、塾長の姿が決められたプログラミングに従って動く機械のように見えており、周囲を俯瞰ふかんして観察することができた。


「既に当塾の生徒の皆さんはおおよその流れは知っているかと思います。そうですね……では、高原さん」

「え? 私ですか?」


 深夜の隣で高原の肩が跳ねた。本人はまさかこのタイミングで名指しされると思っていなかったのだろう。しかし、塾長は真っすぐに彼女を見つめて言葉を続け、それに釣られるように観客たちの視線もまたすぐに深夜の隣に座る少女に集中した。


「高原さん。あなたの願いは何ですか?」

「願いって、いつもの感じでいいんですよね」

「はい。皆さんに講演会の雰囲気を感じてもらう見本だと思って気軽にお願いします」


 しかし、対する高原はというと、はじめは驚いた様子を見せつつも観衆の視線を気にする素振りも無く、数秒悩んだ後さらりと塾長からの問いに答えた。


「あ、欲しい服があります。この前雑誌で見た夏用の新作ワンピース」

「なるほど、良い願いです」


 深夜はその答えのあまりの軽さに閉口してしまう。てっきりもっと複雑な話題が展開されるのだと思っていたのにこれではただの雑談だ。だが、塾長は変わらぬ態度で高原の願いを肯定する。つまり、これが本当に「いつもの感じ」なのだろう。


「では、その願いを叶えるため、障害となっているものは何かわかりますか?」

「そりゃ、もちろん。経済的な理由です」


 塾長の問い掛けは続く。


「寮の皆さんには生活費の一部を提供してはいますが、確かにオシャレをするには十分とは言えないかもしれませんね。では、その問題を解決する方法は思い当たりますか?」

「目下のところ、塾寮の食堂で皿洗いのバイト中です!」

「ふふふ。それはありがとうございます。となると、貴方の願いがいつ叶うのか、貴方にはもう見えているようですね」


 この時初めて、塾長は口元を緩めて笑みを浮かべた。もっとも、深夜にはそれすらも作り物にしか見えなかったわけだが。


「そうですね……なんとか七月までには間に合いそうです」

「それは良かった。高原さん、ありがとうございました。と、まあ。こんな感じです。簡単でしょう? では、次はそうですね……貴方の願いを教えてくれますか?」

「えっと……俺ですか」


 塾長は続いて、最前列に座っていた大学生らしき青年を指さした。


――あいつも、行方不明者のリストの中にいたヤツだ――


 眼鏡を掛け、服装も見せられた写真と違い、ワイシャツで清潔感を出して雰囲気を変えているが、先週から連絡が取れなくなっていたというプリン頭達の友人の一人に間違いない。唯一気になる点があるとするならば、彼は塾生達が来ているケープを身に着けておらず、深夜達と同じく首から入館証をかけた外来客ということだった。


「えっと……俺の願いは――」


 その青年もまた、高原と同じように願いとも言えない些細ささいな願望を告げ、塾長が「何をすればその願いが叶うのか」と問い直す流れを経て、最終的にはその願いを叶えるために必要な手順と期間を本人に言語化させ、青年との対話は終わった。


――なるほど、他の部外者を巻き込むためのサクラ役ってことか――


 塾生だけが盛り上がるのでは意味がない、むしろこの講演会の主役になるべきは深夜達のような入塾を考えている人間達だ。おそらく、彼は部外者達が塾長との対話の相手に選ばれる事への抵抗感を薄めるために仕込まれていたのだろう。

 青年の次、そのまた次と塾長は人々の願いを聞き出していき、五人ほど繰り返したところでピタリと舞台の中心に立ち止まった。


「皆さんも大なり小なり、何かしらの悩みと願いを持ってこの塾の門戸と叩いたのでしょう。そこで皆さんも一度自分の胸の内でその願いとそれを叶える手順を言葉に表してみてください……どうでしょうか? あなたの願いは叶えられますか?」


 塾長は両手を広げ、声量を一段階上げる。


「叶うのならば素晴らしい! それをすぐに実行に移してください。そうすればあなたは救われる。ですが……もし、どうやっても叶わない、と思ったのなら……あなたの願いを妨げる『誰か』がいるはずです。そう、自分の意思だけではどうすることもできない、意思を持ち、貴方の願いを妨げている『誰か』です」


 その場にいる深夜以外の全ての人、ラウムさえも瞬きもせずに塾長の放つ次の言葉に意識を集中している。会場の空気はもはや完全にあの男の手の中だった。


「それは一人の人間か、あるいは集団かも知れない」


 深夜が塾長の話術に最後まで飲まれなかったのは、未来予知の魔眼のおかげだが、だが同時に、たとえ左眼の異能が無かったとしても深夜はこの男を受け入れられなかっただろうと確信する。


「その『誰か』が近くにいる限り貴方の幸せは訪れません。ならば、貴方がするべきことは決まっています。その誰かとの繋がり……その誰かが存在する社会との繋がりを捨て去るのです。それは逃避ではなく、未来への挑戦の一歩。我々教導学塾は、貴方達の願いを叶えるための挑戦を応援しています」


 そもそも深夜は自分の近くにいる『誰か』の幸せのために悪魔と契約したのだから。


 ◇


 塾長による講演会はつつがなく終わり、入塾を希望する人達だけが別室にて入塾の手続きをするという流れになったのだが、深夜とラウムは高原に惜しまれながらも、その流れには乗らず二人そろってビルの外に出ていた。


「よかったの、深夜?」

「なにが?」

「表向きだけでも入塾しておけば、もっと情報集まったんじゃない?」

「そうかもね」


 深夜は一応の肯定をしつつも、わざと今まで自分達がいた教導学塾のビルから目を逸らすようにして、おざなりに返す。


「でも、悪魔の匂いがしないなら俺達の領分じゃない。これ以上ヘタに首を突っ込んで面倒事に巻き込まれる方が嫌だよ」


 深夜もあの塾が危険な組織であることくらいは分かる。だが、深夜に取って重要なのはその危険が自分の大切な家族や友人に降りかかるかどうか、だ。そして、これ以上の深入りは逆にその身内、真昼達を危険に晒すリスクを高めるの方が高い。深夜はそう判断し、教導学塾の調査から手を引くことを決めた。


「確かに、あんまり嗅ぎまわって敵視されたら大変だ」

「だろ? あのプリン頭達には悪いけど」


 せめてもの礼儀として、彼の友人達が無事であったことだけは連絡しておこうと、その場でスマホを取り出し、先日行方不明者の情報と共に受け取った彼らの連絡先を呼び出す。


「……繋がらねぇし」

「今度はその人が誘拐されてたり?」

「笑えないな、それは……」


 ラウムの発言は不謹慎極まりないが、確認する術も他の連絡手段も無いので諦めて夜にでも再度連絡を取ることにして、深夜はポケットにスマホを押し込んだ。


「あとは、真昼に御城坂に行かないように言っておくか……ラウム、雪代が戻ってくるまで監視よろしく」

「えー、またぁ? ……じっと見てるのって退屈なんだよ?」

「俺の家族を守るために力貸すって契約だろ?」

「ラウムちゃん、そういう方向は予想してない! 拡大解釈! おーぼーだー。追加報酬にデートを要求する!」

「嫌だ」

「即答!?」


 そんな会話を他愛の無い会話を繰り広げながら、深夜達は御城坂市を後にする。


 ◇


 だが、その日、深夜達がいくら待っても、神崎真昼は家に帰ってくることはなかった。




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