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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第七話 レッツ突撃、教導学塾



「オマエさ、いつまでその顔してるつもりだよ」

「ぷっくー」


 高原愛菜に渡された紹介状をたずさえ、教導学塾ビルに向かう深夜。その隣にはフグか風船の如く頬を膨らませているラウム。ちなみに家を出てからの道中、深夜の発言に対しては全て先ほどの擬音語でしか返していない。

 ラウムがこうなったのには一応の理由があり、それは昨夜、深夜が御城坂での調査を終えて帰宅した直後の事。


『深夜、深夜! ねえ聞いて。名探偵ラウムちゃんね、今回の事件の新たな情報を……』

『教導学塾のやつら、御城坂の不良グループを意図的に狙って誘拐しているらしい』

『なんで深夜が私のとっておきの情報を知ってるの!』


 というのが昨夜、帰ってきた深夜を得意気な表情で出迎えたラウムとの間で行われたやり取りの一部始終。これ以降、この悪魔は完全に機嫌を損ねて深夜が何を言っても。


『ふーんだ。全部深夜一人で十分でしょー……どうせ、ラウムちゃん要らない子だもん』


 このような感じでまともに受け答えしなくなってしまった。


――ったく、これから敵地に乗り込むっていうのに先が思いやられる……――


 そんな心配を抱えつつ、良くも悪くも二人の歩みは順調に進み、コンサートホールにビルが突き刺さったような奇妙な造りをした教導学塾本部が見え始めた。


「むすー」

「ほら、さっさと中に入るぞ」


 深夜はあからさまに拗ねたアピールを続けるラウムの背中を強引に押し込んで自動ドアのガラス扉を越えさせ、昨日門前払いを食らった受付に向かう。と言っても、受付のテーブルに座っているのは昨日の男性とは別人の妙齢の女性だが。


「今日ここであるっていう、塾長の講演会を聞きに来たんですけど」

「紹介状はお持ちでしょうか?」

「はい、これ。でいいんですよね?」


 そういって深夜は財布から高原に渡された二枚のカードを受付のご婦人に手渡す。彼女は裏面のサインをしばらく眺めると、手元の内線電話の受話器を持ち上げた。


「高原さんの紹介状をお持ちのお客様がいらっしゃいました……ハイ、ハイ。わかりました、では、二階の談話室にお通しします」


 会話を終えて受話器を戻し、受付の女性は薄っぺらい名刺のような紹介状を首紐の付いたカードホルダーに入れた状態で深夜達に返す。


「お待たせいたしました。こちらの紹介状は本日の講演の参加証明としても扱われますので、館内ではこちらを見える位置におさげくださいますよう、ご協力お願いします」


 深夜は一応の警戒でカードホルダーを手に取り裏表と観察してみるが見える範囲に怪しげな要素は無い。


――あとでラウムに匂いも確認させておくか――


「高原は、あちらのエスカレーターで上に上がり、右手にありますガラスドアの談話室におります。他になにかご質問はございませんか?」

「あ、いや。とりあえずは大丈夫です」

「では、講演会の開始十五分前に館内アナウンスにてご連絡させていただきますので、今しばらくお待ちください」


 パリッと綺麗なお辞儀で見送られ、深夜とラウムは教導学塾潜入の第一関門をあっ

さりと突破した。


「……ラウム、コレとか、建物の中に悪魔の匂いはする?」


 受付から一旦離れ、エスカレーターに向かう途中、ラウムにカードホルダーに入った入館証を差し出しながら聞いてみるが、やはりラウムはソレを受け取ろうとしない。


「ラウムちゃんはどうせ要らない子……シクシク」


――ああ、もううっとおしいな!――


「俺には悪魔の匂いなんて分からないんだから頼むよ……その、ラウムだけが頼りなんだ……」

「私だけが頼り……」


 深夜が恥を忍んで絞り出したその言葉を聞いた途端、ラウムの表情はにへらとだらしない笑みに変わった


「……しょうがないなぁ! 深夜がそんなに困ってるならラウムちゃん頑張っちゃおうかなぁ!」


 ようやく機嫌を直したラウムは、深夜の手元からカードホルダーを受け取り、顔の前に近づけてスンスンと鼻を鳴らす。


「うん、コレからも建物からも悪魔の匂いはしないね……相変わらず潔癖臭い変な匂いだけど」

「確かに……なんていうか、建物の内装もそんな感じだね」


 深夜はそう言いながら、エスカレーターに乗り込み、徐々に高くなる視点から先ほどまで自分達がいた一階のロビーを見下ろす。塾というよりもホテルのフロントを思わせる豪奢ごうしゃな内装の景色は、壁も天井も柱も白、白、白と目が痛くなるほどの白一色。床に至っては汚れが目立たないようにカーペットではなく大理石製にしている徹底ぶり。


「ここ、悪魔的にはすっごい居心地悪いんだけど」

「安心しろ、人間でもこれは気が滅入るから」


 二人は改めて教導学塾の異様さに警戒心を抱きながら、入館証を入れたカードホルダーを首から下げ、高原が待つという二階の談話室へと向かった。



 談話室は白一色のロビーとはまた雰囲気が変わり、ガラスの壁と扉に四方を囲まれ、ワックス掛けされ光沢のあるフローリングの床とシンプルな丸テーブルが等間隔に並んだ大型スーパーのフードコートに似た感じの部屋だった。


「おー、この部屋はまだ居心地良さそうだね」

「どこもかしこも真っ白ってわけでは無いみたいだね」


 外に面するガラスからは太陽の光が直接取り入れていることもあり、ロビーにあった潔癖的な閉塞感へいそくかんとは逆に暖かい解放感がある。そのためか談話室の中では老若男女、様々な人が集まり談笑に花を咲かせていて平穏な空気が漂っている。


「お兄さんいらっしゃい! と……あれ?」


 そして、その中に一人で四人掛けのテーブルに座っていた高原の姿があった。彼女は出入口に現れた深夜の存在に気づくと、その場に立ち上がって深夜を手招くが彼の隣にいるラウムの姿を見るや否や不可思議そうに首を傾げた。


「えっと……え、もしかして。お兄さんの彼女?!」


 そして、テーブルの元に歩み寄ってきた深夜とラウムの二人に交互に視線を向け、周囲にいた他の塾生が何事かと注目するほどの大声で叫んだ。


「イェス! あなたいい目をしてる。ウンウン、言わなくても伝わっちゃうかぁ、私と深夜のラブラブオーラが……」

「こいつは妹」

「いやいや、嘘はダメだよお兄さん」


 彼女という事にするとラウムがしばらくうるさくなりそうなので訂正したのだが、高原には一瞬で嘘と見破られた。


「深夜って、嘘つくの下手くそだよね」


――お前に言われるとムカつく――


 だが、悪魔や身元不明の居候だという事実を言うと確実に話がこじれるので渋々と深夜は高原の誤解をそのままにしておくことにした。


「いや。でもマジで驚いた。お兄さんの昨日のデートの時は絶対彼女いたことないって感じだったのに……」

「ちょっと深夜、その話詳しく! 昨日、デートがどうしたって?」

「あーいやいや。ちょっと私がお願いしてボディーガードしてもらってただけですよ」


 『デート』という発言を耳にした瞬間にラウムの目付きが過去に類を見ないほど鋭くなり、瞳孔どうこうの開き切った琥珀色の瞳で深夜を睨みつける。もうこの悪魔は何をしにここに来たのか忘れているのではないかと深夜は頭を抱えたくなったが、代わりに高原愛菜が弁明したことでラウムの放っていた殺気は幾分か緩んだ。


「なーんだ、そう言う事なら仕方ないか」

「お兄さんも、こんなかわいい恋人がいるならちゃんと教えてくれないと……えっと、それで彼女さんのお名前は?」

「名前? 私の名前はラ……」


――バカかコイツは!――」


 ラウムが何の躊躇ちゅうちょも無く本名を名乗ろうとしているのを察し、深夜は高原に気づかれないようにラウムのつま先を踏み抜いた。


「いったぁ!」

「ラウムなんて日本人離れした名前を名乗ったら怪しまれるだろ。適当な偽名名乗っとけ!」

「あ、そっか……じゃあ……」


 涙目を浮かべるラウムの耳元でこっそりと囁き、納得させると彼女は一瞬考える素振りを見せて虚空を見上げ、


「アスカミライです、よろしくね! きゃるん」


 どこから引っ張り出してきたのか、そんな偽名を名乗ってウインクした。


「なんかどっかで聞いたことあるような……まあ、良いか。私は高原愛菜って言います。よろしくね、彼女さん」

「ぉおお……愛菜。君いい子だね、もっと彼女って言っていいんだよ!」


 妙なところに感動を覚えているらしく、高原愛菜の右手を両手で掴んでブンブンと強引な握手をするラウム。深夜はそんな彼女の首根っこを掴んで無理やり引き剥がし、ついでに再度耳元で気になっていた事を確認する。


「一応聞いておくけど、その偽名ってどこから出てきたの」

「真昼が持ってる少年漫画のヒロインの名前だけど」


 滅茶苦茶適当な出自だった。


「え、えーっと……じゃあ、ミライさんの事は彼女さんって呼べばいい感じ?」

「大歓迎! むしろ名前よりそっちの方で呼んで!」

「コイツは無視していいから……」


 当初の目的も警戒心も忘れて『彼女』と呼ばれる事に喜びを覚えているラウムを脇に無理やり押しやり、深夜は改めて高原と向き合う。


「まあ、立ち話もなんだし、座ってよ。コーヒー淹れて来るから」

「あ、いや。いいよ。俺、コーヒー飲めないから」


 深夜は談話室の壁際にあるコーヒーサーバーに向かおうとする高原を制し、彼女の正面の椅子に座る。コーヒーが嫌いなのは嘘ではないが、どちらかというとこの施設の中で飲食をしたくないというのが本音だ。


「それにしても、塾って言う割には結構いろんな人がいるんだな」


 深夜は周囲の人達を見渡し言う。半分以上がケープを身に纏っており、全体の三割ほどが深夜達と同じく首からカードホルダーをかけている。そして、その年齢は中高生から、明らかに社会人らしき人と塾と呼ぶには少々多様性に富み過ぎている。


「塾長の講演会は特にいろんな人が来るからね。年齢制限とかも特に無いし」

「ちなみにだけど、講演って何を話すの?」


 これから深夜はまさにその講演会に参加するわけだが、あらかじめ雰囲気くらいは把握はあくしておきたい。


「講演会って言うとなんか偉そうな感じに聞こえるかもだけど、基本的には塾生とか、新しく入ろうと思っている人の悩み相談」

「悩み相談……?」


 深夜の予想に反して随分と軽い言葉でまとめられた返答に身構えていた肩の力が一気に抜けた感覚がした。


「そそ、嫌な事に対してどうすれば楽になれるか、とか、目標とか夢をどうすれば実現できるのか、とかそういうことを一緒に考えてくれるの」


 高原は思い出すように塾長の講演会について説明してくれた。


「ふーん、じゃあ、愛菜も塾長に悩み相談したの?」


 さっきまでニヤニヤと気持ち悪い表情をしていたラウムが割り込み、高原愛菜に問いかける。すると、彼女は複雑そうに一瞬だけ口ごもったが、すぐに大したことじゃないというような軽い口調で答えた。


「ちょっと家族との付き合い方っていうか、そういうつまんない話だよ」

「そだねー。他人が口突っ込んでもお互いいい気分にはならない話だしね。じゃあ、今は家を出てここに住んでるんだ?」


 こんな風に後先考えずにズケズケと言いたいことを言えるのはラウムの特技と言っていいだろう。少なくとも、なまじ左眼の予知能力を使って相手の表情を読む癖がついている深夜にはとてもできない。


「うん。ロビーはもう見たと思うけど、上の階の部屋もホテルみたいな感じでね、めっちゃ快適。食堂のご飯も美味しいから、お兄さん達もここに住めばいいんだよ」

「毎日美味しいごはんは魅力的だね、深夜」

「悪かったな、毎日レトルト食品で……」


『本日十五時より一階、大ホールで行われます、塾長の講演会の開演準備が終了しました。これより大ホールの開場を行いますので、参加の皆様は座席にて着席の上お待ちください』


 そして、受付の人が言っていたように、講演会の開始を告げるアナウンスが談話室、ひいてはビル全体に鳴り響いた。


「お、もう時間か……それじゃあ、私達も行こう」


 アナウンスに導かれるように、談話室にいた人々は次々と扉から外に出て大ホールに向かっていく。深夜達も高原に促され、その人の流れに乗って大ホールに向かう。


――談話室には二人か……――


 そして、観音開きの入り口にて警備役らしき大柄な男に首元の入館証を確認され、三人は講演会の開場である大ホールに入っていった。

 部屋は丸い円形で直径は目測でおよそ五十メートル。中心にある部屋と同じく円形の舞台を囲むように座席が用意されており、雑に計算しても収容人数は千人ほどだろうか、と言っても座席の埋まり方はまばらで十分の一に行くか行かないかといったところ。

 深夜達も舞台が見やすい適当な位置に深夜を女性陣二名が挟む形で座る。そして、ラウムが高原に気づかれないように深夜の耳元に顔を近づけ確認するように呟く。


「……ねえ深夜、さっきの入り口に立ってたヤツさ」

「ああ、昨日、行方不明者の顔写真を貰っておいてよかったよ」


 深夜もまた、隣の高原に怪しまれないように小声で返しながら、チラリと入り口の隙間から見える白いケープを来た男に視線を向ける。

 その男の顔は、深夜が不良グループから受け取った行方不明者のリストの一人……正確に言うならば、深夜達が教導学塾に拉致される現場を目撃した、蛇のタトゥーが入った男に間違いなかった。


――誘拐した人間を洗脳しているのは本当みたい、だね――


 深夜はこれから現れる塾長が何者なのかを見極める覚悟を決めて、開演を待つのだった



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