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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第五話 少女とナンパと甘酸っぱい罠



「大変申し訳ありませんが、紹介状をお持ちでない方は当施設内にはお通しすることができません」


 例の白いケープを着た教導学塾の受付スタッフである青年はそう言うとペコリと形式的に頭を下げる。


――入館に紹介状が必要なんて聞いてない――


 ラウムに真昼の監視を任せた深夜は、単身ホームページの情報を頼りに御城坂市の中心部にある教導学塾の本拠地ビルを訪れていた。

 その建物は、見た瞬間に深夜の中の教導学塾という組織のイメージが学習塾から完全に宗教団体に変わるほどに奇抜な構造をしていた。二階まではイベントホールのような広大な正方形で、三階からは正方形の台座部分よりも二回りほど小さい円柱型の高層ビルが突き刺さっている。例えるなら赤ん坊の雑な積み木の塔、あるいは打ち上げ花火の発射台のような外観。これが一棟まるまる教導学塾の為だけの建物らしいかった。

 そして、その内部や他の塾生の様子を観察するため、正面のガラス張りの自動ドアから堂々と入ろうとした結果、受付職員であるこの青年に呼び止められてあえなく門前払いを食らったのだった。


――行けると思ったんだけどなぁ……このまま帰ったらラウムが絶対うるさいよなぁ――


 一応は塾と言う建前でここ数か月に急激に塾生を増やしているという話だったので、入塾希望者を装えば簡単に中に入れるだろうと画策しての行動だったが、規模の拡大ペースに反して、教導学塾は予想外にも排他的な組織らしかった。


「どうしよ……」


 改めて教導学塾の建物を見上げるが、侵入できそうな窓や出入口は見当たらない。


「和道は……電話に出ないってことはバイト中か」


 和道、というよりはセエレに頼めば瞬間移動の異能で建物内に忍び込むこともできただろうがそのセエレとの仲介役となる和道に連絡がつかないなら呼び出すこともできない。早速調査が行き詰まりかけ、途方に暮れていた深夜。その肩が乱暴に背後から引かれて強制的に振り向かされた。


「うぉ?」

「あ、あの。かん……じゃなかった、お兄さん! ちょっといい?」


――コイツは!――


 深夜を強引に振り向かせたのは、驚くことに以前路地裏で見かけたケープの集団の中にいた制服の少女だった。

 しかし、その外見は昨夜の印象とはかなり違っており、今も教導学塾の白いフード付きのケープを肩から羽織っているが、その下の服は制服のブラウスでは無く、年相応のティーシャツにパンツスタイルの私服、それに加えて、昨日の機械のような冷めた表情ではなく、額を出したショートカットの快活そうな雰囲気を出しているせいで一瞬その少女が昨夜の少女と同一人物だと気づけなかったほどだ。


「ぼけっとしてないで、お願い! お兄さんに助けて欲しいんだけど」

「な、なに。いきなり?!」


 教導学塾を調べる原因ともいえる少女に助けを求められることなど想定もしていなかったので、何の心の準備もしていなかった深夜はただ狼狽ろうばいするしかできず、自身の背後に回ってまるで盾にでもするかのような少女にされるがままになるのだった。


「とりあえず、私に話を合わせるだけでいいから」

「話って何の……」


 深夜が問いただすよりも先に、その答えは向こうからやってきた。


「オイオイ、ちょっと声かけただけで逃げなくてもいいじゃないかよ、ネエちゃん」


 少女を追うようにして現れたのは三人組の如何いかにも不真面目です。と言った風貌ふうぼうの男達だった。


――あー。助けてって、そういう事ね――


 年齢は全員深夜よりは上、二十歳になるかならないかといったところだろうか。そのうちの一人、かなり前に染めたらしく根元に黒が出てきた金髪の男が深夜を無視して、その背後に隠れている少女に話しかけた。


「そうそう、ちょっとさ。一緒にお茶でもしないって誘っただけじゃん。何も怖いことしないって」

「あ、一対三が嫌ならお友達呼んでもいいよ、っていうか、こっちにも女の子の知り合いいるから、ビビらなくて大丈夫だって」


 続けて、ピアスの重さで耳たぶが伸びている二人目と、スキンヘッドの頭部に骸骨がいこつのタトゥーを入れた三人目がそれぞれ分かれて少女と深夜の左右の側面に回り込む。


――しつこいナンパの対処は和道の巻き添えで何度かしたことあるけど。こいつら自然と逃げ道(ふさ)いだり、妙に手際良いな――


 などと、無責任な感想を抱いて事の成り行きを見守っていた深夜だったが、少女の発言で強制的にこの騒動に巻き込まれる事となる。


「み、見ての通り、私彼氏いるから! そういうのお断り!」


――おい待て――


 何を厄介になりそうなことを言っているだと口にするより先に、少女が深夜に耳打ちする。


「話合わせてって言ったでしょ。フリだけでいいから」


――こっちはお前の名前すら知らないのに、恋人のフリも何も……――


「何? 彼氏? 悪いけどこっちは大事な話なんで、邪魔すんなよな?」


 少女の発言から三人の男の視線が深夜に向けられ、正面にいたプリンのようなグラデーションの髪の男が威圧的に深夜を見下ろしてくる。


――死ぬほど面倒くさい。……けど、教導学塾の関係者に恩を売るのはアリ、か――


 個別に識別するのが面倒くさくなった深夜は脳内で正面の男を『プリン頭』右側を『福耳ピアス』左側を『ドクロタトゥー』と呼称することを決め、あえてその三人に聞かせるようにため息をつく。


【その態度に苛立ちを見せた福耳ピアスは深夜の肩を乱暴に掴もうとする】


「あぁ? 何だよその態度は?」


 右肩をわずかに引き、深夜は自身の肩を掴もうとした福耳ピアスの手をかわす。相手は年上、そしておそらく喧嘩もそれなりに慣れてはいるのだろう。だが、それでも悪魔契約者という一般常識の外の相手との命がけの戦いを経験している深夜に彼ら程度の威圧はそよ風ほども効かない。


「悪いこと言わないから、退いてよ。俺もこれ以上面倒くさくなるのは嫌だからさ」


 深夜はそう言って、110番にダイヤルをセットしたスマホの画面を見せる。あとは発信ボタンを押すだけの状態。幸いにも、教導学塾の住所は事前に調べてあるので警察に現在地を口頭で伝えることも簡単だ。


「……っち、テメェら。引き上げるぞ」

「でもよ、カズ……」

「いいから!」


 おそらく、プリン頭がリーダー格だったのだろう。彼が他の二人に指示を出すと。三人は舌打ちを漏らしながら去って行った。


「…………ふう。聞き分けがよくて助かった」


――まさか、和道のお節介焼きを手伝わされた経験がこんな形で活きるとは――


 どれだけ悪ぶっていようと大抵の人間は警察への通報をチラつかせれば大人しく引き下がるもの、こちらに後ろめたい要素が無いならなおさらのことだ。


「さっすが、お兄さん! クールでカッコいいじゃん」


 三人のナンパ男たちが見えなくなったことで、少女はようやく盾代わりに掴んでいた深夜の肩を手放した。


「別に、荒事に慣れてるだけで……っていうか、何その呼び方」

「そりゃ、お兄さんはお兄さんですよ」

「一応、神崎深夜って名前なんだけど……」


 おそらく年齢は実際に彼女の方が下なのだろうが、本当に妹がいる深夜的にはその呼ばれ方は違和感を覚えてしまうのでやめて欲しかった。


「そうなんですね、私は高原愛菜たかはらあいなっていうの。よろしくねお兄さん」


――コイツ、ラウムと同じタイプだ――


 深夜は諦めのため息を漏らしつつも、ここからどのように話を転がしてこの高原愛菜と名乗る少女から教導学塾の情報を引き出したものかと思案していたのだが、それより先に高原は再び深夜に手を合わせて頭を下げるのだった。


「それでお兄さん! ついでだから今日一日彼氏のフリ継続してくれない?」

「ついでって何だよ……」

「私これから行く所があるんだけど、その途中にまたアイツらに見つかるかもしれないでしょ? だから、お願い! お礼はちゃんとするから!」


 深夜はチラリと隣にある教導学塾のビルを見上げ、高原の要求を吟味ぎんみする。


――塾生から直接話を聞けるなら、俺にとっても都合がいい、か――


 元より情報を引き出すために売った恩。その機会が向こうから与えられるなら断る理由も無い。


「わかった。その話受けるよ」

「マジ! お兄さんやっさしい!」

「でも、演技はあんまり期待しないでよ」


 色恋から縁遠い性格の深夜には何をすれば周りから恋人らしく見えるのかすら見当がつかない。


「大丈夫、お兄さんにイイ感じの雰囲気とか全く期待してないから! それじゃ、行こ!」

「いきなり腕を引っ張るな!」


 高原が割と失礼なことを言っている事に気づけないほど、彼女の勢いに圧された深夜は手首を掴まれ強引に引きずられて行くのだった。


 ◇


 そうして『高原の目的』を終え、深夜はそのまま流れるように教導学塾前の喫茶店に連れ込まれ、彼女のおススメというレモンパイに舌鼓したつづみを打っていた。


「うまいな……」

「でっしょ! ここのケーキはどれも美味しいんだけど特にパイはいつも焼き立てでサクサクなの!」


 今度真昼と一緒に来ようかな、と考えつつ、酸味と甘みの絶妙なレモンクリームの乗ったパイを口に放り込み、まだほんのりと暖かいパイ生地の触感を楽しむ。


「そういえば。ずっと気になってたんだけどさ」


 ごくりと、口の中のパイを飲みこみ、ホットミルクを一口飲んだ後、おもむろに深夜は高原が大事そうに抱きかかえる大きな袋を指さす。


「結局、何なの、それ?」


 深夜が先ほど高原に連れていかれたのは御城坂のアウトレットモール内にあるスポーツショップだった。なので、何かしらのスポーツ用品だということまでは想像ができるのだが、如何せん深夜はスポーツ全般に興味がない。


「テニスラケット。修理に出してたのがやっと終わったって連絡があったから引き取りにいったんだよ」

「へぇ、テニスやってるんだ」

「うん。まあ……学校に行ってた時は、ね」


 深夜の何気ない言葉に高原の表情が曇り、先ほどまでの快活さが嘘のように言葉尻が暗くなった。


――教導学塾の生徒はほとんどが学校に行ってない、って話だったけど。高原も同じってことか――


 本来ならば気を使うべき場面ではあるが、今の目的は教導学塾の情報を彼女から引き出すこと、むしろこの話題は都合がいい。


「ふぅん。やっぱり教導学塾の人は行っちゃいけないって言われるの?」

「なんだ。お兄さんも知ってるんだ、学塾のこと」

「俺は……最近知ったばかりでよく知らないんだけどね」


 深夜は左眼で高原の表情を注視し、未来の相手が見せる反応を確認しながら、言葉を選んで会話を誘導していく。


「でも、興味はあるから、お礼ついでに教えてくれない?」

「意外……でもないか、お兄さん友達少なそうだし」


――うるさい――


「さっきの質問の答えだけど。別に塾長や先生に強制はされないよ? 私含めて、全員が全員学校に居場所がないってわけじゃないし。私の場合は……親に見つかりたくないから御城坂から出ないようにしてるだけ」


【『親』というワードについて掘り下げようと質問すると、高原は露骨に不快感をあらわにしてそっぽを向いた。】


――家族の話題は避けた方が無難か――


「そうなんだ。決まりとか厳しいのかと思ってた」

「全然! 決まりなんて有って無いような感じだよ。まあ、塾の先生の授業がしっかりしてるから、結局ほとんどの子は自然と学校行かなくなるけどね」


 この答えは少し意外だった。てっきり厳しい規則で縛り付けられているものだと思っていたが、教導学塾という組織はかなり塾生の自主性を尊重しているらしい。となると、気になるのは先日見た誘拐現場らしき行動。アレも彼女達が自主的にやっていたのだろうか。


「そんなに気になるなら……ちょっと待ってね」


 そう言って、高原は財布から名刺サイズのカードを二枚取り出し、テーブルに置かれていたアンケート用のボールペンを取り、サラサラと自らの名前を書くと、深夜にそのカードを手渡した。


「明日、塾長のありがたーいお話があるから、それを聞きに来たらいいよ。その紹介状を受付の人に見せたら中に入れてくれるはずだからさ」

「え? これが紹介状!?」

「何そんなに驚いてるの?」


 こんなにあっさりと紹介状が手に入ると思ってなかったからなのだが、深夜が先ほどその受付に門前払いをくらったなどという事情を知る由もない高原は不思議そうに深夜を見つめるのだった。


「えっと……うん。ありがと。でも、なんで二枚?」


 深夜は渡されたカードをマジマジと眺める。裏には紹介者名の欄と先ほど高原が書いた直筆のサイン。表面にはおそらく、教導学塾のアイコンなのであろう、大きく描かれた十字架のような上下左右対称の紋章が中心にあり、右下に小さく電話番号と住所、ホームページのアドレスが書かれていた。明らかに誰かに気軽に配布することが前提の簡素なデザイン。だが、気になるのは何故二枚も深夜に渡したのか、という点だ。


「えっと、ほら。どうせなら家族とかも一緒に聞いた方がいいでしょ? 年齢制限とかも無いから気軽に誘ってあげてよ」


――ラウムを連れて行けば万が一の事態にも対応できるか――


 少々強引な高原の態度に不信感を覚える深夜だが、それ以上は追及せず貰った招待状を財布に納める。


「さて、と。じゃあ、今日のお礼にここの支払いは私が出すから」


 高原はそう言って、テニスラケットの入った袋を片手に席を立つ。いつの間にか自分の分は食べ終えていたようだ。


「じゃあ、明日。忘れずに来てよね! お兄さん」


 最後にウインクを決めつつ、高原愛菜は深夜を残して店を出て行った。


「罠かどうかは……明日になったら分かるか」


 喫茶店の窓越しに見える、教導学塾の奇怪なビルを見上げて呟きつつ、深夜はレモンパイの残りを口に運ぶのだった。



「よう、待ってたぜ。ちょっとツラ貸せや」


 レモンパイの味を満喫し、喫茶店を出た深夜を待ち構えていたのは小一時間前に高原をナンパしようとしていた三人の男達だった。


――もしかしたら、高原に関わったのがそもそも罠だったかも――




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