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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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第四話 『教導学塾』



 放課後、授業を終えて真っすぐに帰宅した深夜はリビングのソファに寝転がって少女漫画を読んでいたラウムの首根っこを掴んで自室に連れ込み、部屋の鍵をかけた。


「そんな、まだ日も高いのに、深夜ったら……でも、いいよ。私は」


 ベッドの上にぺたんと座り、髪を耳にかけて、恥ずかしそうに頬を赤らめてしなを作るラウムを完全に無視して、深夜は勉強机から引っ張り出した椅子に座ってスマホを操作する。


「真昼は?」

「ちょっと深夜ノリ悪いぞー」

「ふざけてないでちゃんと答えろ」


 話を進めると流石にラウムも諦めたらしく、ベッドの上で胡坐あぐらをかき、家主の知らぬ間に深夜の部屋に置かれていたラムペン君のぬいぐるみを抱きしめる。


「真昼なら深夜が帰ってくるちょっと前に友達の所に行く、って言って出て行ったよ」

「ちょうどよかったな。それなら聞かれる心配もない……待った、友達の所って御城坂じゃないよな?」

「詳しい場所とかは聞いてないけど。あ、もしかして昨日の変な奴らの話?」


 ラウムもおおよそ深夜の言葉の意図を察したのか、目線を手元のぬいぐるみから深夜に向けて話を聞く体勢になった。


「結論から言うと、昨日のケープのやつら。教導学塾っていうらしいんだけど、かなりヤバいかも」

「確かに、人間一人を拉致らちっちゃってるやつらはかなりヤバヤバのヤバだよねぇ」

「これ、見てみな」

「およ?」


 ラウムは深夜が放り投げたスマホを器用に片手でキャッチし、その画面に映された文字を音読し始めた。


「えーっと、『現代社会に蔓延まんえんする悪縁との決別を。幸福というゴールへのたった一つの道しるべ、教導学塾』うへぇ……なにこれ」


 深夜がラウムに見せたのは『教導学塾』という御城坂に拠点を置く学習塾のホームページだった。

 始業前に大賀先生が言っていた通り、その名前で検索をかけるとあっさりとそのページへのリンクが表示され、昼休みにそれを見た深夜と和道もまた、先ほどのラウムと同じようなリアクションをしたところだ。


「……なんか、どこを見ても『現代社会は病んでいます』とか『集団社会から隔離かくりされなければやがてあなたの心身も病魔にむしばまれるでしょう』とか書いてるんだけど、今の日本だとこういうの普通なの?」

「そんなわけあるか」


 確かに建前上は、教導学塾は中高生を対象にした学習塾だった。しかし、その実態は一般的な学習塾とは大きく乖離かいりしていると言っていい。


「普通の塾っていうのは高校受験や大学受験に備えてとか、学校での成績評価を上げるために勉強する場所だ。だけど、そこは真逆なんだよ」

「集団社会との決別……なるほどねぇ……ここは『学校に行かなくてもいいようにするために勉強を教える場所』ってわけだ。うわ、居住スペース完備で三食付きとか書いてる」


 ラウムはホームページの内容に目を通しつつ、時折一般的な学習塾としてはあり得ない表記を読み上げては面白がるように口角を釣り上げて笑っている。


「実際、そこに入塾して以降は学校に来なくなったり、ひどい場合だと家にも帰らなくなったりする人間も少なくないらしい」

「なるほどねぇ。でも、それ未成年相手だと色々と問題になるんじゃないの?」


 ラウムと同じ疑問は深夜が調べた時にも思い浮かんだ。そこからはSNSなどの情報や和道の知り合いなどを通して調べていったことで『教導学塾』という組織の闇が少しずつ浮き彫りになっていった。


「教導学塾の塾生はほとんどがイジメとかで不登校になった生徒だったり、親が子供に無関心でほとんどネグレクト状態だったやつだったりするんだってさ。だから、むしろ感謝して教導学塾に預けてるって状況らしい」


 大賀先生が教導学塾について言及することを避けた理由はまさにこれだ。『学校教育』という集団生活を見限り、別天地で本人達が満足している状況など新任教師の立場では否定しても肯定してもろくなことにならない。更に言えば、深夜の悪い予想通り、最近は御城坂市だけに留まらず近隣都市……霧泉市にもその勢力を広げているらしかった。


「ここまでがあのケープのやつら、教導学塾について。そして、問題は俺達が昨日見たものだ」


 深夜はラウムからスマホを受け取り、話はようやく本題に入る。


「学塾が引きこもりの学生を集めてるってだけなら……まあ、怪しげではあるけどまだ無害だ。だけど、やつらが人を誘拐しているなら話は変わる」

「弱者のための駆け込み寺が弱者を利用した新興カルト集団に早変わりだね」


 ラウムの発言は皮肉が効いてはいるが的を射ている。自然と集まった集団と意図的に集められた集団ではその在り方は大きく変わるだろう。


「それで、どうするの? 紗々には私が戻るまで大人しくしていてください、って釘刺されてるんでしょ?」


 ラウムの全く似ていない物真似はさておき、厄介事に首を突っ込まないようにしつこく言われているのは事実。だが――


「……悪魔の匂いはしなかったんだよね? だったら軽く調べて本当にヤバそうなら警察に任せれば揉め事にはならないでしょ」

「それもそっか」


 そうラウムを言いくるめつつも、深夜はやはり昨日に見た真昼と同じ制服の少女の事が頭から離れずにいた。


「怪しい組織、隠密調査……推理漫画みたいで楽しくなってきたね!」


 そう言って読みかけだったらしい漫画を掲げ、目を輝かせているラウム。


「それじゃあ、明日の放課後、また御城坂に行って調べて来るから、お前は――」


 ◇


 翌日、ラウムは霧泉市立の図書館の読書スペースで、一番大きいという理由で本棚から引っ張り出した全く興味の無い植物図鑑を開き、机に立てて読んでいるフリをしながら不満げに頬を膨らませていた


「むー……話が違う」


 チラリと、目線を植物図鑑から外して奥に向ける。そこには難しそうな表情でシャーペンを回してノートをにらむ真昼の姿があった。


『また御城坂に行って調べて来るから、お前は真昼がこっちに来ないように監視、よろしく』


 というのが昨夜、ラウムに下された指示の全容。もちろん全力で反抗の意を示したがにべもなく却下されて、真昼が家を出てからずっとこのように物陰や民家の屋根から監視しているのだった。


「退屈ぅ……」


 監視といっても、まず朝から午後三時頃までは真昼は中学校にいるのでただ校門から出てこないかずっと見ているだけ。ようやく学校が終わったと思えば受験勉強のためか、そのまま学校や公共施設がある『市街』と呼ばれる区画にある図書館に入り、調べものを始めてしまったのでまた座ってじっと遠くから眺め続けるだけ。ラウムがそう呟くのも無理はない話だった。


「灯里に借りた漫画持ってくればよかった……」

「アレ、ラウム?」


 言霊というやつだろうか、あるいはその口に出した名前に反応したのか、暇を持て余していたラウムの背後から、宮下灯里みやしたあかりが不思議そうな声を投げかけた。


「お、灯里じゃん! やほやほー。灯里もお勉強にきたの?」


 椅子の背もたれに、もたれかかり首を伸ばす形で背後に顔を向けたラウムの視界に、古文の現代語訳辞典を抱きしめ、明るく髪染めされたサイドテールを揺らす小柄な少女の姿が映る。ラウムの体勢の関係上、上下逆さまに、だが。


「ちょっと古文の小テストが追試になって……そういうラウムはどうしてここに? こういう所にいるのは意外、って言うのは失礼か」


 灯里は理由が理由だけに恥ずかしそうに目線を逸らし、すぐさま話題を変えようとする。


「いーよいーよ。実際こんな堅苦しい本とか興味ないし。今日はちょっと、秘密の任務があってね」


 少しでもモチベーションを上げるためにただの見守り作業をカッコよく言い換えてみたが、心理的効果はあまりなかった。だが、灯里の方は生真面目にもその言葉を重く受け止めてしまったらしく、周囲に気を払いより一層声を低く小さくして。


「もしかして、また悪魔関係の事件?」


 と問うのだった。というのも、灯里とラウムが出会い、友人と言いあう関係になった発端が悪魔関係の事件であり、その中で二人とも危うく死にかける目にあっているのでそのイメージが先行するのは当然でもあるのだが。


「いや、今回は匂いがしないから関係ないんじゃないなかぁ……あ、そうだ。灯里は『教導学塾』って知ってる?」

「塾? ゴメン、初めて聞いた、と思う」


 灯里は記憶を探るように両目を閉じて、むーと唸ったがその言葉には全く覚えが無いらしくすぐに目を開けて謝罪した。


「そっかぁ。ならしょうがない」

「ごめんね、力になれなくて」

「気にしないで、むしろ何も知らないって言われた方が、灯里はとりあえず危なくないって分かって安心したよ。あ、でもなんかヤバそうな雰囲気のやつらだから、しばらく御城坂には近づかない方がいいかも」


 元々、それほど期待せずに流れで聞いただけなので、申し訳なさそうな表情をされる方が困ると笑って返し、ついでで忠告を一つ添える。しかし、今度はその忠告に対して意外な返事が返ってきたのだった。


「偶然……なのかな。お父さんも同じようなこと言ってたよ。最近、あっちの方の治安が良くないから一人では行かないようにって……」

「およ? 灯里のパパさんが?」


 灯里は教導学塾については何も知らないらしい、しかし一方で彼女の父は灯里に御城坂について注意を促している。ラウムはそこにナニかを嗅ぎとり、背もたれに預けていた頭をぐんと振って起こし、ニヤリと笑って改めて背後に向き直った。


「灯里、ちょーっと、その話、詳しく聞かせてもらってもいいかな?」



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