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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第三章 「教導学塾」
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序幕 炎の記憶


 和泉いずみ山間トンネル事故のあの日、神崎真昼かんざきまひるは炎に囲まれていた。

 赤い炎だ。

 車かられたガソリンから引火したのだろうか、その炎は真昼と、彼女の父と母を閉じ込めた上下逆さの乗用車を取り囲むように燃えている。


「お父さん……」


 運転席で頭から血を流している父に声をかけるが反応は無い。


「お母さん」


 その隣、助手席に座ったままシートベルトに引っ掛かって逆さ吊りの体勢になっている母もまた、何も答えない。

 そして、真昼の隣にいたはずの兄の姿はどこにもない。兄が座っていた後部座席のドアが無くなっている、そこから外に弾き飛ばされたのだろうか。あるいは、って一人で抜け出したのだろうか。


「はぁ、はぁ」


 息が苦しい。幸運にも車内に煙が侵入してはいないが、周囲を火の手で囲まれている以上、酸素が失われていくのは時間の問題だった。


 ドゴォン


 車の外から、何かがぶつかり合う音が聞こえた。真昼は最初、追突事故かあるいは天井の二次崩落かと思ったがどうも違うらしい。その音は、何度も何度も位置を変え、音量を変えて真昼達が閉じ込められた車の周囲や、頭上から響いてきた。


――まるで……なにかが、戦っているみたいな……――


 真昼がその音から抱いたイメージはアニメやゲームで聞き馴染んだような()()()

 その正体不明の音を不思議に思いつつも何か黒い影が車の隣を通り過ぎた。


――なに、今の……鳥? それとも、人?――


 一瞬の出来事故に詳細は掴めなかった。あるいは、自分の妄想が生んだ幻影だったのかもしれない。

 真昼はぎゅっと目を強くつむり、頭を抱えてその音が止むのを待つ。


――怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い――


 孤独の恐怖に心が壊れそうになるのを必死に堪えて、真昼はただ身を丸くする。

 しかし、目を閉じてもまぶたを透過して炎の赤い光は真昼をさいなんでいく。

 割れた窓ガラスから吹き込む熱い熱波が真昼の肌を焼き、手の甲がヒリヒリと痛む。

 あの炎が車に触れれば、自分は死ぬ。その核心が鮮明なイメージに変わり真昼の脳裏にこびりついて離れない。


 気づけば、騒がしかった「騒音」は止み、両親の苦悶くもんまじりの浅い呼吸の音とパチパチと炎が弾ける音だけが少女の耳に響いていた。


――誰か、助けて……――



     ―――――――――――――――――――――――――――



 目覚めた真昼は、自分が無意識に腕をベッドの外に伸ばしていることに気づいた。


「はぁ! はぁ……」


 呼吸を整えて、短距離走を走った後のように荒れ狂う心臓をどうにかなだめすかす。


――またあの日の夢――


 汗で前髪が張り付いた額を片手で押さえながら体を起こし、枕元で充電器ケーブルに繋がったスマホを手に取る。時刻は五時。セットしていたアラームの予定時間よりも一時間は早い。


「……ちょうどいいや、シャワー浴びよう」


 漫画や私服、ゲームソフトや参考書、そして無数のコピー用紙の散乱した自室に唯一の設けられた細い一本道を慣れた足取りで歩き、ベッドから出入口に向かう。

 両親がトンネル事故の怪我のために入院し、兄もまだ寝ているこの時間。にもかかわらず消え入りそうなほどの小さな音量、しかし確かなメロディが神崎家に響いていた。

 真昼は階段を降り、そのメロディを辿りキッチンをのぞき込む。


「~♪」


 そこにはキッチンのコンロの前に立ち、去年に流行った恋愛映画の主題歌を鼻歌で歌うボブカットの少女がいた。


「おはよう。ラウムさん」

「あ、おっはよー。真昼もココア飲む?」


 濡羽ぬれば色の髪の少女、ラウムはコンロの上で火にかけられているヤカンを指し示す。


「私はいいや。先にシャワー浴びるつもりだから」


 今は一刻でも早く体のべた付く汗を洗い流したい。


「そっか、おっけー」


 そんなやり取りの間に、ヤカンの中の水は沸点を越えたらしくキッチンに高音の汽笛が響く。ラウムは月の絵が描かれたブルーのマグカップに砂糖とココアパウダーをスプーン山盛りに放り込み、お湯を注ぎ入れた。


「もしかしてこのマグカップ、真昼のだったりする?」

「私のは太陽の絵が描いているやつ。それは……兄さんの、だね」

「勝手に使ってるの、深夜には内緒ね」


 ラウムはペロリと舌を出してウインクしつつ、ココアの入ったマグカップを持ってリビングのテレビの電源をつけた。


蓬莱ほうらい会長の強制退任により、蓬莱ホールディングスと峰山みねやまグループの吸収合併問題は大きな進展が成されたと言えるでしょう』


 番組はちょうど堅苦しいワイドショーが放送しており、コメンテーター達は大企業同士の吸収合併の話で盛り上がっているようだった。受験の時事問題に出そうだな、と真昼も意識をテレビに向けるが、ちょうど話題が切り替わるタイミングだったらしくニュースキャスターは既に次の話題を読み上げていた。


『次のニュースです。今年、三月に五十名以上もの負傷者を出した『和泉山間トンネル事故』から二か月が経過し、先日調査委員会による発表がありました』

「……」


 『和泉山間トンネル事故』

 それは深夜の高校入学を祝っての家族旅行に向かう途中、神崎家の四人が巻き込まれたトンネルの崩落事故。真昼と深夜は奇跡的に軽傷で済んだが、彼女たちの両親は複雑骨折のために今も入院中だ。

 そして、あの日を境に、このラウムと名乗る謎の少女が兄の隣に現れた。


「ラウムさんって、兄さんとどういう関係、なんですか?」


 真昼は思わず、以前兄にぶつけたのと同じ質問をラウムに投げかけるが、その答えは真昼の望んでいたものではなかった。


「ゴメン。深夜に内緒にしろって言われてるから」


 ラウムは申し訳なさそうに手を合わせて真昼に謝る。


――普通に考えれば、ラウムさんもトンネル事故の被害者の一人……ってことなんだろうけど――


 だとしても、神崎家に居ついている今の状況は明らかにおかしい。例えば、家族が全員入院中で他に頼る相手がいない、とかそういう事情なら何も真昼に隠す必要がない。


――それに、あの兄さんが夜中に出歩いたり、知らない女の人を家に連れてくるようになったりするのと話が繋がらない――


 それに加えて、ラウムが現れてから、当の兄、深夜自身の様子も明らかにおかしいのだから、真昼の不信感も募る一方だ。

 少なくとも、深夜とラウムは自分に隠れて『何か』をしている。それだけは間違いないと真昼は確信している。そして、兄が自分にその『何か』を明かすつもりがないことも。


『調査の結果、建設工事や点検作業に人為的な不備等は発見できず、原因はいまだ不明とのことです。ネット上では何者かによる爆破テロの可能性を示唆する声も上がっており――』


 爆破テロと言う言葉を聞いて、一瞬だけ真昼の脳裏につまらない推理が浮かぶ。


――ラウムさんがあのトンネル事故を起こした犯人で、兄さんがそれを匿っている。とか? ……ナイナイ――


「……今度、ラウムさん用のマグカップ。一緒に買いに行きましょうか」

「え?! ホント! やったー。真昼ちゃん大好きー!」


 自分と同じ年くらいの少女があの事故を起こしたなんて漫画の読みすぎだ。なによりも、身元が不明で怪しいのは事実だが同時にラウムの人懐っこい態度を真昼は結構気に入っていた。



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