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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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終幕 変わるようで変わらない


「ラウムちゃんの健脚から逃げられると思うなよぉ!」

「何を! 中学陸上の全国大会出場者舐めんなよ!」

「由仁様、足元にはお気を付けくださいね」

「うぅ……様って付くのは恥ずかしい、です」

「よし、狙いは由仁ちゃん! 待てぇ!」


 雨と曇りばかりだった日々から一転、その日は久しぶりの気持ちのいい快晴だった。

 ブランコをベンチ代わりに座っている深夜は、騒がしく鬼ごっこを繰り広げる大小四つの影を遠巻きに眺めていた。


「ふわぁ……ま、一件落着。かな」


 暖かな初夏の陽気を全身に浴びて大あくびを漏らす。


「勝手に上手くまとまった感じを出さないでください!」


 そんな彼に、その隣のブランコに座っていた雪代が抗議の声をあげた。


「いや、まあ確かに。在原の策略に騙されて、偽物に気づけなかったのは私の落ち度です」


 彼女は握り拳をわなわなと震わせ、自らの失態を認める。しかし、それでも彼女の怒りは収まらないらしい。


「ですが! セエレと和道さんが契約しているわ!

 養護施設の敷地内は戦いの被害で滅茶苦茶だわ!

 秋枡円香の娘には父親のことも、悪魔のことも一切合切知られているわ! 

 これは一体どういうことですか!」


 鼓膜が破れそうな勢いで捲し立てられた深夜は右耳を手で塞ぎ、うるさそうに両目を細める。


「えー、その辺の流れはちゃんと説明したでしょ?」

「ええ、昨夜の事情は一通り聞きました。しっかりと。正直に言って、それらはどうでもいいんです。いや、よくはないですけど」


――結局どっちなのさ――


「それよりも、私が突っ込みを入れたいのはですね!」

「そんなにカリカリしてるとお肌に悪いわよ? 悪魔祓いのお嬢さん」

「どうして在原恵令奈とまで仲良くなってるんですか!」


 雪代は遂に勢い余ってブランコから立ち上がり、愛用の旅行鞄に腰掛けている在原を指さす。


「俺は別にこいつと仲良くなったつもりないよ」

「ええ、そうね。私もあくまで、パ……ごほん、父の命の恩人である、和道くんとセエレの顔を立ててあげるために自首するだけだから」


 お互いに直接目線を合わせないあたり、深夜と在原の二人の間に関しては命の奪い合いをしたなりに思うところはあるらしい。

 二人が共有しているのはただ一点「和道直樹の意思は尊重したい」という思いだけだ。


「……で、そのアンタの父親の容態は?」

「そうね。頭の弾丸を取り除いたせいで急変、ってこともなく今のところは良好よ」

「そ、よかったね」


 お互いに険悪なムードを出しながらも、それでも表面上の和解を遂げたのは和道のいつものお節介の賜物(たまもの)に他ならなかった。

 在原から事情を聞いた彼は、さっそくその父の入院する病院へと向かい、セエレの異能で『弾丸以外の肉体』を瞬間移動させることで、あっさりと脳内の弾丸を無傷で摘出してしまったのだとか。


「あとの経過は、協会お抱えの病院で看てくれるんでしょう?」

「今回の件は普通の病気が奇跡的に治った。なんて言って誤魔化せる話ではありませんからね」


 雪代はため息混じりに在原の父とそれを取り巻く状況について説明する。


「脳内の異物が勝手に摘出された、などと普通の病院で発覚すれば大事件ですから。機密保持のためにも必要な対処です」

「医療費も入院費も協会が持ってくれるなんて太っ腹ね。無職で貯蓄もない私としてはありがたい限りだけど」

「むしろ、それで一級警戒対象の身柄が確保できるのでしたら、協会からすれば安いものですよ」

「ザガンとの契約も切れちゃったし、パパが治ったなら悪魔の力に頼る理由もないからね……大人しく捕まってあげるわよ」


 在原はベリーショートまで短くなってしまった自身の髪を摘まみ、一瞬だけもの寂しそうな表情を浮かべる。

 だがそれも、すぐにいつもの飄々とした態度に変わった。


「そういえば、私って協会では結構有名人らしいけど、もしかして、お嬢さんの大手柄になったりする感じかしら?」

「……ええ、そうですね。少なくとも現役の悪魔祓いであなたを知らない人はいません」


 在原は一級警戒対象とまで呼ばれ、数年もの間協会から逃げおおせていたのだ。

 いわば、普通の警察における指名手配犯と似たような扱いのはずだ。


「しかも、ラウムやセエレのことは協会に隠して報告しましたので……」

「ああそっか。今回の一件、全部雪代一人でやったことになってるのか」

「案の定、直接日本支部に呼び出されることになりました。これから一週間くらいは報告書と聴取の日々ですよ……」


 雪代が頭を抱えている理由はおそらく、ラウム達の存在をうまく誤魔化しつつ、整合性のある報告をしなければいけないから、だろう。

 深夜は適当に「頑張れ」と慰めの言葉を駆けようとするが【死ぬほど恨めしそうに睨んでくる雪代の顔】が視えたので、寸でのところで言葉を飲み込んだ。


「あらあら、悪魔祓いも大変ねぇ」


 そんな深夜に代わり在原がくすくすと手で口元を隠して上品に嘲笑ったことで、雪代の殺意の籠った視線は即座に彼女に向けられるのだった。


「他人事みたいに言ってますが、あなたも当事者ですからね!」

「私も口裏合わせはしてあげるから、頑張りなさい」

「ええ、そうですね。東京までの移送中、入念に打合せするとしましょうか!」


 言葉遣いは変わらず丁寧語だが、眉はピクピクとひくついていたり作り笑いは今にも崩れてしまいそうだ。


「あと、神崎さん!」

「え? 俺?」

「私が霧泉市を離れている間、くれぐれも、くれぐれも! 和道さん共々大人しくしていてくださいよ」

「大人しくって……俺が悪さすると思ってるの?」


 それは少々心外というものだ。悪魔憑きではあっても、深夜に他人を害するつもりは全くないというのに。


「セエレから魔導書に関する情報を聞き出したからと言って、先走ったりはしないと約束してくださいね。という意味です」

「……前向きに善処する」

「その言葉、全く信用できないヤツじゃないですか……」


 別に深夜だって、自分から本格的な調査は雪代と一緒にした方がいいことも理解しているし、自分から悪魔憑きにちょっかいを出すつもりは毛頭ない。

 それはそれとして、敵が深夜の友人や家族に手を出して来た時は、それを黙って見過ごすつもりはない、というだけだ。


「もし、私がいない間に事件を起こせば、(かば)えませんよ?」

「わかってるよ。面倒くさいのは嫌いだからね」

「本当にわかってるんですかね……」


 思うところはありながらも、これ以上は言うだけ無駄だと諦めた雪代は在原を伴って公園をあとにした。


「あー、くそ。ラウムもセエレもマジで足早いな!」


 女性陣二人と入れ替わるように、今度は和道が深夜の隣のブランコに腰掛ける。

 どうやら、鬼ごっこは一旦休憩になったらしい。


「なんか、今更だけどさ」

「うん? どうした」

「俺も、在原も、セエレも。全員、和道のお節介に振り回されてただけな気がしてきた」


 そんな彼の左隣に座る和道はハハハと笑って誤魔化す。

 その顔には至る所に絆創膏や消毒ガーゼが貼られていた。

 それはあの夜の最後に、落下する在原を受け止めて転がったことでできた傷であり、結果的になぜか、ずっと前線で戦っていたはずの深夜よりも痛々しい見た目になっている。


「まあ、全部丸く収まったんだからさ、いいじゃねぇか。終わりよければすべてよしって言うじゃん?」

「丸く……ねぇ」


 深夜は献身的に由仁の額の汗を拭くセエレを見つめ、呟く。

 ボロボロの男物のワイシャツを着ていただけのみすぼらしい姿から一転して、赤髪の悪魔はサイズのぴったり合った小綺麗なワンピースに身を包んでいる。


「……確認だけど。セエレとの契約、切る気は無い?」

「ないぞ。当然だろ」


 即答だった。自分も雪代に同じような態度を取っているので深夜もこれ以上は強く言えない。


「……はあ。和道らしいなぁ」

「そういう神崎も、なんか危なそうなことやめるつもりはないんだろ?」

「まあね」


 深夜の目的は家族と友人の平穏な生活を守ること。

 その平穏を脅かす火種はまだこの街に残っている。


「少なくとも、誰かがこの街で魔導書をばら撒いてるのは間違いない」

「三木島や秋桝のオッちゃんに魔導書を渡した黒幕、か」

「目的も正体もわかんないけど、そいつを放っておくわけにはいかない。みんなや真昼が安心して生活するために……ね」

「間接的にだけど、そいつが秋枡のおっちゃんの仇。ってことにもなるんだよな」

「……そうなるのかな」


 魔導書を手にさえしなければ、彼が命を落とすことは無かったかもしれない。

 そういう意味では確かに本当の仇はセエレではなく、秋枡に魔導書を渡した存在、ということになるのかもしれない。


「じゃあ、俺も手伝うよ。話を聞いちまった以上、見て見ぬふりはしたくないからな」

「えぇ……やだなぁ」

「オイ! ここは漫画とかだと『よろしく頼む』とか、そういうことを言う場面だろ!」

「俺、漫画はあんまり読まないし……そもそも毎度そんな怪我されてたら、そっちの方が面倒くさいし」

「これくらいはかすり傷だって、いてぇ!」


 深夜は頬杖を突きながら、右手で絆創膏の上から和道の頬をつねった。


「……でも、俺がなにを言っても無駄なのは、これまでの付き合いでよく知ってる」

「お前はそもそも俺になにも言わねぇだろ。だから危なっかしくてほっとけねぇんだよ」


 一秒の沈黙の後、深夜はため息を、和道は苦笑を漏らす。


「じゃ、ヨロシクタノムよ」

「おう! 任せろ!」


 深夜が差し出した手の平を和道が力強く叩いた。


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