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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第二十二話 今の俺がしたいこと

「じゃあさ、俺と契約しよう」

「――え……?」


 セエレは絶句する。

 それは彼女の頭の片隅にすらなかった可能性だったからだ。


「俺がお前と契約すれば……」

「それは蒐集家と契約する以上にありえません」


 少年の安直な提案を悪魔は遮る。

 皮肉なことに、わずかな怒りが込められたその声は、先ほどの弱々しさから一転して力強さを生み出していた。


「私の代償は『血液』です。一歩間違えれば貴方様まで、円香様のように……」


 血液、それを奪われることは生命にとって死に直結しかねない代償。

 和道も、既に秋枡円香の末路はセエレから聞かされている。

 そのリスクを知らずにした提案ではない。


「無償の善意に胡坐をかいて、恩人の命を危険に晒すなど、できません」

「それは違う」


 全てのリスクを承知の上で、和道はセエレの言葉を断ち切る。

 その声にもう迷いはない。


「これは無償の善意なんかじゃない。俺は、セエレ……お前の力が欲しいんだ!」

「ぁ……」

「俺は神崎を助けたい。由仁ちゃんとおっちゃんの約束を果たしてやりたい。お前が目の前で消えるのも止めたい! お前と契約すれば、それを叶える力が手に入るんだろ!」


 セエレは、自身の右手を包み込む彼の両手が震えているのを感じる。

 だが、それはおそらく恐怖ではなく、もっと強い感情が生んだ震えだ。


「コレは善意とか、憐れみとか、そういうんじゃなくて、もっと自分勝手な俺の……俺の願いだ」

「……私は、神ではありません……代価無しには何もできない悪魔です」

「かまわない」

「貴方は、真っ当な人の道を外れます」


 それがセエレの最後通告。

 それを受けてなお、和道はあっさりと笑うのだった。


「友達がもうとっくの昔にそっち側にいるらしいからさ。あいつを一人にはしておけねぇよ」

「……かしこまりました」


 セエレはそれ以上何も言わなかった。

 朧げな視界を頼りに和道の顔を見つけ、残された全ての力を使って体を無理やり起こし、正面から抱きしめるように肘までしかない左手を和道の首に回す。


「ああ、あとそれと――」


 その声は幼い少女の姿と思えないほど、妖艶で。


「なんだよ、まだあんのかよ」

「――すこし、痛いですよ」


 和道は初めて、彼女を「ああ、この子は本当に悪魔なんだ」と。そう思った。


「――はむっ」


 そして、セエレはがばっと口を大きく広げ、その犬歯を和道の首筋に突き立てて彼の頸動脈を食い破る。


「ぐっ!」


 奥歯を噛みしめて、痛みを堪える和道。

 そんな彼の視界は凄まじい勢いでセエレの肉体から噴き出した黒い煙に覆われた。


「え、どこだ、ここ?」


 咄嗟に閉じた瞼を開けた和道が目にしたのは、重力を感じない暗闇の中に佇む有角の天馬。

 思考ではなく全身の感覚で理解する。ここが現実の景色ではなく、眼前の怪物こそがセエレの本当の姿なのだと。


『ここに契約を。我が名はセエレ、七十二柱が第七十位。星を翔ける天馬也』


 その怪物は恭しく頭を垂れ。


「あっ!」


 その額に屹立する螺旋の角で、和道の胸を貫いた。


『貴方様の血肉を糧に、望む場所、望む物、その全てをその手にもたらしましょう』

「俺が……望む、もの……」



 ◇



 両手で構えた剣に食らいつく金属の円錐。その衝撃が右腕の傷に響き、思わず深夜の力が緩んだ。

 その結果、受け流すだけの力すら剣に伝えられず、完全に押し負け、姿勢が崩れる。

 その直後複数の円錐体が大剣に向けて一斉に飛来した。


『深夜!』


 不完全な態勢ではそれらを捌ききれず、遂に黒鉄の大剣は深夜の手を離れ、彼の背後へと弾き飛ばされた。


「しまっ……」

「とった!」


 目線が空中で放物線を描く大剣を無意識に追う。


――武装化を解いてラウムに戻らせ……ダメだ、距離が開きすぎた――


 いや、追ってしまった。


『深夜、前!』


 深夜の左眼の未来予知でも対処しきれないもの。

 それは視界の外からの攻撃。

 深夜は不覚にも、その最大の弱点を晒してしまった。


――目を離したせいで……避けるには、数が……――



【深夜の前に迫る新たな円錐を和道は、黒鉄の大剣……武器化したラウムを大雑把に叩きつけ、弾き飛ばす】



 それが、敗北を確信した深夜が視た未来。


「神崎ぃ!」


 それは空間にその存在が上書きされたように、前後の繋がりを完全に無視した現象として、和道直樹が空中に現れた。


「うそっ、まさか!」


 それは一歩離れた位置にいた在原の方がより鮮明に、そして驚愕の光景として見えたことだろう。

 突如として、二人の悪魔憑きの戦場に文字通り割って入った少年。

 彼は深夜の手を離れ、宙を舞う黒鉄の大剣を掴み、深夜の前に迫る新たな円錐に向けて、黒鉄の大剣……武装化したラウムを大雑把に叩きつけた。


「うらぁあああ!」


 円錐は軌道を逸れ、地面を抉る。

 九死に一生を得た深夜だったが、その表情は引き攣り、中途半端に開いた口はカラカラに乾いていた。


「和道……お前……」

「助けに来たぜ。あと、この剣は返す」


 言葉がまともに口から出ない深夜とは対極的に、彼の目の前に着地した和道は借りたおもちゃを返すような気軽さで黒鉄の大剣を手渡す。


『ねえ、深夜……』

「……なに?」

『今はこの子から、悪魔の匂いがする』


 深夜の手に握られたラウムがゆっくりと深夜に告げる。


「主様、敵前でございます。警戒を」

「ああ、そうだった!」


 もはや定位置といった感じに赤い髪の少女、悪魔セエレが和道の背中からひょこりと顔を出す。

 彼女は、先ほどの衰弱が嘘のように軽々と和道の背から飛び降り、自らの足で地面に降り立った。

 一つとして不足する箇所のないセエレの肉体を見て、在原の表情が苛烈に歪む。


「まさか、あなた……その坊やと契約したっていうの?」


 深夜の頭に渦巻く疑問を在原の口が代弁する。

 セエレは真っすぐに在原を見つめ返し、赤い髪を掻き揚げて高らかに宣言した。


「ハイ。私は今生この現世において、和道直樹様を主と定め、心よりの忠義を誓いました」


 その言葉の最後と同時にセエレがその場から姿を消す。


「どこにっ……っは?!」


 周囲を見回す在原の懐、ゼロ距離の拳の間合いに現れたセエレは彼女が気づくよりも早く、轟雷のように鋭く激しい踏み込みをもって正拳突きの一撃を在原の腹部に叩きこんだ。


「ごふっ!」


 もちろん、在原の体は鋼鉄の鎧に守られてはいる。

 それでも、幼き外見と小さな体躯には異常と言える拳の鋭さと重さは、そんな防御など意にも介さず、強烈な衝撃となって在原の臓腑を貫いた。


「そして、そのご学友にご助力なさることが主様の願い。そのために、私はあなたを倒します」


 その人の理を外れた身体能力は、彼女の肉体の回復が見た目だけでなく、間違いなく代償によって魔力を補給したことを如実にあらわしていた。


「おい、和道! お前、本当に何してんの!」

「ちょ! なんで俺の胸倉を掴むんだよ! 俺は味方だってば!」

「なんで悪魔と契約なんかしたんだよ! ロクな目に合わないって、秋枡円香の一件を聞いてたら、いくらなんでもわかるでしょ!」

「神崎とセエレの両方を助けるには、これが一番手っ取り早いじゃねぇかよ」

「…………はぁあ……」


 深夜は肺の中身を全て吐き出すような大きな大きなため息をついて、襟元を掴んでいた右手を離す。


「ああ、うん。和道はそういうやつだったよ……」

「いや、そもそも、お前だって悪魔と契約してるし、先になんか危ないことに首突っ込んでんじゃねぇかよ! いつからだ、白状しやがれ!」

「……四月」

「二か月も隠してんじゃねぇか! お前、それで俺によくそんな偉そうなこと言えるな!」

「俺は別にいいの」

「なんだよソレ。もっと頼れってこの前言ったばかりだろうがよ!」

「あの時はちゃんと頼ったじゃん」

「ああ、わかった! 先月の襲撃事件のアレも悪魔絡みだったんだな!」

「なんでこういうことばっかり察しがいいかな……」

『ちょ、ちょっと深夜!』

「主様!」


 もはや戦闘の緊張感も吹き飛び、休み時間の延長のような言い合いを繰り広げる深夜と和道。

 そんな二人の周囲を囲むように在原の操る円錐が襲う。だが。


「邪魔!」

『ぉお……流石深夜、よく見てるぅ』


 深夜の視界に入ったものは、全てその手の黒鉄の大剣によって打ち払われ。


「主様には指一本触れさせません」

「わ、悪い……サンキュー、セエレ」


 和道を襲った円錐は、風切り音と共に現れたセエレに上から押さえつけられて地に落ちた。


「まあいいわ。どうせ両方殺す気だったし、少し早くなるだけよ……坊や達」


 咳き込み、口元についたリップ混じりのよだれを鋼鉄の爪で器用に拭い取る在原。

 対する深夜と和道は互いに背中を預けて、周囲を取り囲む円錐達に備える。


「とりあえず、あっち先に終わらせる、和道との話はそれから」

「よし。そんじゃ俺はお前に合わせるから、作戦とか頭脳労働は全部任せた!」

「はぁ、了解っと……まったく、面倒くさいな……」


 深夜はそう言って、和道の顔を見ずに一歩、在原に向けて踏み出した。



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