第二十話 再戦、蒐集家
在原恵令奈の腰まであった髪が肩にまで短く崩れ落ち、金属の粉となって周囲で煌く。
それと連動するように、その周囲に散乱している深夜が破壊したトラック、その一部だった金属片が液状化し、在原を中心にして集まりはじめた。
『あの爪が魔道具なら代償なんて必要ないはず。つまり、アレはアイツの中にいる悪魔の異能!』
「そう。ザガンは私が奪ってきた魔道具達とは違う。正真正銘、私が召喚し、契約した悪魔……私の相棒よ」
「憑依型……三木島と同じか」
そして、液状化した金属は在原の全身に絡みついていく。
その姿はまさに、金属の獣だ。
『そうなるね。ついでに言うと、今の深夜と同じように魔力による身体強化もあるはず』
「面倒くさいなぁ」
「お喋りなんて、随分と余裕ね。ぼうや!」
【金属の鎧をその身に纏った在原が深夜の眼前に現れ、その右爪が彼の腹を抉った。】
「まずっ、間に合わな――!」
予見してなお、回避に体が追い付かない。
常軌を逸した速さでの一撃を、深夜は再び大剣で受け止める。
『なにこれ、おっも……!』
【爪と爪の隙間に剣を滑り込ませ、紙一重の距離で堪える深夜。しかしその爪は異能で作られたもの、長さも形も在原の思うがままだ】
まずい。この爪、伸びてくる!
「ラウム。魔力を、足に回せ……!」
自身の顔が鋼鉄の爪に貫かれる未来を左眼が映し、深夜はソレを回避するために前蹴りで在原の肉体を押しのけて距離を取る。
しかし、液状化した金属の防御は右腕だけでなく全身に回っており、深夜の蹴りが在原にダメージを与えた気配は一切ない。
「はぁ、はぁ……ラウム。なんだよ、あの異能」
『コレクター女はザガンって言ってたよね。だったら、アレは『錬金』の異能だ!』
「錬金? 鉄を金に換えるっていうアレ?」
『ううん。錬金術とかそういうんじゃなくて、ザガンができるのはもっと文字通りの意味。金属の形状を粘土みたいに自在に変える異能』
「粘土か……なんとなくわかったよ」
現に在原が身に纏う鎧と爪は金属でありながらも、液体のように絶えず変形を繰り返している。
金属鎧の形状が自由自在だというのなら、今の在原はまさに全身が武器といってもいい。
「密着されるのは危険だな……いったん距離を取って時間を稼ぐか……」
『深夜、後ろ!』
「えっ?」
ラウムの声に釣られて背後を見ると、その眼前には在原が空中で乗っていた旅行鞄が迫っていた。
――しまった……遠隔操作のタクトかっ!?――
「くそっ!」
剣で打ち上げ、旅行鞄を弾き飛ばす。
その直後、左眼の視界に【鮮血が飛んだ】。
「よそ見はダメよ。坊や!」
深夜が背中を見せたその一瞬の隙。それを狙った在原の爪の一撃が深夜の脇腹を引き裂いた。
「いっつぅ」
『深夜、大丈夫?!』
――腰を捻ったくらいじゃ、完全には避けきれないか……――
視界の外、背後からの攻撃を警戒し、深夜は養護施設の壁を背にする形で態勢を立て直し、在原と対峙する。
彼女の周囲にはいつのまにか、タクトの異能によって浮遊する植木鉢、遊具、自転車がクルクルと踊るように浮かび上がっている。
その異能の根源たるタクトは、在原の金属の鎧から尾のように伸びた白銀の蛇が口に咥え、次なる『武器』を探していた。
「はぁ……はぁ……ちょっと、マズい、かな」
深夜は改めて、複数の異能を同時に操る彼女の恐ろしさを認識する。
近距離での打ち合いは変幻自在の爪には不利。
かといって、距離を取ってもタクトが操る様々な障害物によってじわじわと消耗させられていくだけ。
「言ったでしょ、出し惜しみはしないって」
「あっそ……だったら、こっちもリスク承知でいかせてもらう!」
深夜は脇腹の痛みを堪え、ぐっと左眼を見開き、剣を両手に構える。
「ザガン。タクトの操作、お願い!」
在原もまたそのモーションから深夜の本気を感じ取り、相棒の悪魔に指示を出す。
彼女の一声で、浮遊していた物体達はピタリと一瞬だけ静止し、その次の瞬間には一斉に深夜に向かって飛来した。
【迫る浮遊物を叩き落とすために足を止めて剣を振るう深夜。その隙を狙い澄ますように、在原が鋼鉄の爪で抉るような貫手を放つ】
「クソっ」
左眼の示す未来を頼りに、深夜は大きく跳んで回避行動を取る。
その流れのまま、動きと思考を止めることなく次の一手を脳内でシミュレーションする。
【在原の正面から斬りかかるが、鋼鉄の防御膜の反応は早く。剣が鋼鉄に絡めとられ、身動きが取れなくなった深夜の頭蓋を飛来した植木鉢が砕いた。】
――ダメ――
【宙に浮かぶ植木鉢を踏み台にし、頭上からの奇襲を狙うが、空中の深夜を狙い撃つように滑り台の巨大な質量が深夜に激突した。】
――これもダメ――
【大周りにグラウンドを駆けて、在原の背後からの一撃を見舞うが、それすらも全身を鎧のように覆うザガンの魔力を帯びた鋼鉄によって防がれる】
「この未来もダメだ」
深夜の思考と行動の影響を受け、彼の左眼に映る未来は目まぐるしく変化を繰り返している。
だがしかし、そのどれもが深夜の敗北に繋がるものだ
「あらあらあら、どうしたのかしら。威勢のいいことを言った割には逃げてばっかりね」
在原の挑発は聞き流しながら、最小限の動きで迫る飛来物を剣で受け流し、彼女の爪の間合いからは距離を維持し、最悪の未来だけは避けるように立ち回り続ける。
近接戦闘と遠距離攻撃、その二つを同等の精度で両立される。そんな単純な戦術がこれほどに強力なのかと、深夜は歯噛みする。
「ねえ。あの鎧ってラウムの異能で壊せる?」
『うーん。その辺に浮いてるヤツの違って、アレは込められている魔力の量が段違いだからなぁ……』
「そっか……だったら!」
深夜は一旦、攻撃の意識を在原から外し、眼前に浮かぶ遊具に大剣を叩きつけて魔力を流し込む。
「まずはこの邪魔なやつらを先にぶっ壊そうか」
残る植木、自転車、旅行鞄、それらの波状攻撃の隙間を縫い、ラウムの異能によってそれらを次々と破壊しながら在原に駆け寄る。
「なるほどね。まあ、そう来るわよね!」
深夜の狙いは鉄爪の無い左手側。
だが、在原の左手に絡みついた金属は一瞬にして堅牢な篭手へとその姿を変え、深夜の一撃を受け止めた。
「確かに私は右利きだけど。別に、右手しか使わないわけじゃなくてよ」
「それくらい、わかってるよ!」
しかし、そこまでは深夜は予見済み。
彼は得意気に笑う在原の顔をめがけて、つま先で土を蹴り上げた。
「きゃ! なによこれ」
砂利を顔に浴びせられ、在原の短い悲鳴があがる。
「流石に、目は完全に鎧で覆ってはいないだろ」
安直な目潰し。だがそれは確かな隙を生み出し、深夜は在原の胸元に大剣の刺突を突き出す。
「はぁあ!」
金属同士がぶつかる音が響き、在原が大きく後ろに飛び退いた。
「視界を潰したのに、また鎧が変形した……」
「げほっ、げほっ。ありがとうね、ザガン」
金属操作は元々在原に憑依している悪魔の異能。咄嗟に異能の制御権を切り替えたのだろう。
しかし、鎧によって直撃は防いだように見えても、在原は鳩尾を突かれて咳き込んでいる。
防御といっても、鎧が衝撃を全て吸収しているわけではないのだろう。
「それなら……やりようはあるな」
『深夜、目つきが変わったね。何かいい案浮かんだ?』
「ああ。鎧の上からぶん殴って、脳みそを揺らす」
『わかりやすくて私好み!』
まだ目をこすり砂ぼこりを取り除こうとしている在原に向け、深夜は更なる追撃を放つために駆け寄る。
全力の一撃を頭に叩き込めば勝機が見える。多少のダメージは覚悟のうえの勢い任せの特攻。
「あらら、威勢が良くなったわね」
「っち、顔に似合わず反射神経いいなお前」
「それに、もう。操るものが無くなっちゃった……」
そんな軽い言葉と共に、在原は自身の背後に鎮座していた金属製のジャングルジムの一部を右手でぐっと掴む。
そして、ザガンの魔力を流し込まれジャングルジムが液状化した。
「新しく操る武器を作らないとね」
『アイツ、何する気……?』
数秒前までジャングルジムだった大量の液体金属はグニャグニャと形を変えつつ、その場で切り分けられ、十を超える円錐形の塊となる。
『なにあれ、三角コーン?』
「……やば」
一足先に未来を見た深夜は思わず弱音を漏らす。
そんなことは知る由もない在原は、魔道具であるタクトで自身が生み出した円錐の金属片に傷をつけていく。
それはつまり、総数十五個のそれら全てが、在原の意思のままに動く武器に変わったことを意味していた。
「補給完了……第二ラウンドよ、坊や」
『これは確かに、ヤバいね』




