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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第十九話 鋼鉄の悪魔


「神崎様が探しておられるのは……この街の人に魔導書を与えている人間のこと、でしょうか?」

「そうだけど……なんでお前がそれを?」

「私には、円香様の……召喚者の記憶がありますから……」


 セエレは自身のこめかみを指さし、答える。自分はその人間を知っていると。


「円香様に魔導書を渡し、悪魔召喚をそそのかした相手がおそらく……」

「なら教えてよセエレ! いったい誰が、何の目的で魔導書のコピーなんてものを――」

「深夜、深夜、深夜ぁ!」


 深夜がセエレから話を聞きだそうとした直後、タイミングを狙いすましていたかのように施設の屋根の上からラウムが飛び降りてきた。


「うぉっ! え? さっきファミレスにいた女の子! 上から飛び降りてきたの!? マジかよ」

「今大事な話の途中だから、あとにして」

「あとじゃなくて、今聞いて! 私の話のほうが絶対に大事だから!」


 いつも通りの大仰な言い回しかと思ったが、どうもそういうわけではないらしい。

 悪魔なので汗をかいたりはしていないが、彼女の表情は明らかに焦って駆け付けてきたといった様子だった。


「……っ! ラウム、コレは!」


 ラウムが説明をはじめるよりも先にセエレが何かに気づき、体をわずかに強張らせる。


「あのコレクター女の匂いがこっちに近づいてるんだよ!」

「コレクター女って……あいつは今、雪代と一緒にいるはずでしょ」


 深夜はその言葉をすぐには受け止めきれず、怪訝そうな表情を浮かべる。

 コレクター女……在原恵令奈は確かにファミレスで倒したはずだ、と。


「理由はわからないけど、本当にもうすぐそこまで来てるんだってば!」

「すぐそこって、どこ――



【ぐらりと和道と由仁の体が大きく揺れ、セエレを背負ったまま前に倒れこむ。その姿はファミレスでみた人々の昏倒とよく似て――】



「……ああ、わかった。本当にすぐそこだ」

「だからずっとそう言ってるじゃん!」

「和道! これ持ってて!」


 左眼の予知から、これから何が起こるのかを察した深夜は、即座にポケットから退魔銀を取り出し、それを和道に放り渡す。


「うぉ! これ、さっきの白い銃弾?」

「セエレに当たったら一瞬で消し飛ぶから、気を付けなよ」

「そんな物騒なもんを俺に渡すな……」


 和道が文句を言いきるよりも先に、その場にいた五人を重力が倍増したような感覚が包み込んだ。


「これ、ファミレスの時の……由仁ちゃん?!」

「大丈夫だよ、さっきの和道と一緒で気を失っただけだから」


 唯一対抗手段を有していない由仁だけがその重圧によって意識を失い、その未来を予知していた深夜がその体を支える。


「何が起こってるんだよ、これ!」

「蒐集家の結界でございます……この施設一帯を覆ってきたようです」


 現状を理解しきれていない和道に、セエレが状況を言葉にして伝える。

 一方、深夜は力が抜けて重くなった由仁を和道に預けて、一歩前に出る。


「和道。由仁ちゃんとセエレを任せる」

「任せるって、神崎はどうするんだよ」

「んー。ちょっと野暮用」

「深夜、来たよ。上!」


 深夜は少し茶化すように言って、目を細めて月の浮かぶ真上を睨む。


「あらあら……セエレちゃん、なんだかすっごくボロボロね。お願いだから、私が奪う前に消えないでね」


 彼らの頭上、十数メートル先。

 そこには宙に浮かぶ旅行鞄に腰掛けて、深夜達を見下ろす在原恵令奈の姿があった。

 その右手には先日の戦いでも使っていた『遠隔操作』の異能を宿した指揮棒が握られている。


「……そういえば、さっきはそれ、使ってなかったね」

「ええ、これは特にお気に入りだから……私的には本気の証なの」

「な、なんだよアレ!」


 在原と共に施設上空を浮かぶ、巨大な影を見て和道は叫びをあげる。


「なにって……十トントラックじゃない?」

「そういう話じゃなくて……とにかく逃げないと、俺達全員押しつぶされるぞ」


 和道は深夜の腕を引っ張り、トラックの下から逃げ出そうと促すが、深夜はそれを軽く振り払って隣に立つラウムへと左手を差し出す。


「ラウム。アレ、一瞬でいける?」

「よゆー!」


 ラウムは口角を不敵に上げてその手を取り、その体を黒い霧状の魔力を経由させ、黒鉄の大剣へと変えていく。


「女の子が今度は剣になった!? けど、いくらなんでも、それであのデカブツをどうにかするのは無理だろ!?」

『なんか、ここまでリアクションしてくれると、ちょっと新鮮な気分だねぇ』

「あー、そうだ。和道の方が俺より背が高いから、ちょっとしゃがんどいて」

「えっ! いや、ちょっと待っ……」

「潰れちゃえ!」


 ラウムの変化が完全に終わると同時に、在原はタクトを振るって大型トラックを深夜達の直上に落下させる。


「ご安心ください、和道様」


 トラックは大地の重力に引き寄せられ、みるみるうちに近づいてくる。


「せーのっ!」


 数秒の猶予すら与えられず、トラックは既に彼らの視界一面を埋め尽くすほどに接近し、もう回避は叶わない――


「こと、非生物の対処においては、ラウムはどの悪魔よりも適任です」

「ぶっ壊れろぉ!」


 ――だが、深夜の掛け声と共に振り上げられた大剣の切っ先に触れた瞬間、その巨体は亀裂に包まれ、鋼鉄の花火の如く飛散した。


『たーまやー! ってね!』

「いっつ! このサイズまで砕いても、流石に金属だから当たると痛い……」


 一つ一つの欠片が直径三センチにも満たない細かな残骸となった大型トラックだが、それでも、金属片が頭などに当たると危険なので、深夜は最低限急所は剣で防御して残骸が全て地面に落ちるのを待つことにした。


「え……えぇ……バラバラっていうかもう粉々じゃねえか……」

『セエレー、そっちの子達は大丈夫?』

「問題ない。助かった、ラウム」


 鉄の雨、その最後の一粒が地に落ちたことを確認し、深夜は傘代わりに掲げていた大剣を下ろし、改めて空を睨む。


「随分と派手にやってくれたね。在原恵令奈!」

「あのサイズも一瞬で壊せるのね。流石は破壊の悪魔。二つ名に偽りなしね」

『どやぁ!』

「なんで敵に褒められて喜んでるのさ」


 在原は組んだ足の上下を入れ替え、値踏みするように深夜達を見下ろす。


「破壊の条件はラウムちゃんが直接触って魔力を流すこと、ってところかしら……んー、ちょっと想像していたのより使い勝手が悪そうね。残念だわ」

『勝手に値踏みして勝手に残念がるなぁ!』


 このままラウムに任せると話が脱線すると思い、深夜は自ら上空に浮かぶ在原に向かって声を投げかける。


「っていうかアンタ、雪代はどうしたの?」

「ええ、あの悪魔祓いの女の子なら今も一緒よ? 私の偽物と、だけど」

『偽物……まさか、私達がファミレスで戦ってたのが偽物だったってこと?』

「正解。まあ、本当ならただの『見た目だけそっくりな動かない人形』になるだけの魔道具なんだけれど……このタクトと組み合わせれば……」

「なるほど、離れた場所からそのタクトで偽物を操作していたわけだ」


 それが在原がファミレスでの戦闘にタクトを使わなかった理由か、と深夜は納得する。


「そういうわけだから、あの悪魔祓いにタネがバレる前に終わらせたいのだけど……ねえ、悪魔のお嬢さん達。もう一度聞くけど、私のものになってくれない?」

『ヤダね!』

「私もそのような誘いは固辞させていただきます。この身に残った魔力の使い道は、もう決まっておりますから」


 ラウムとセエレ、それぞれがそれぞれの言葉で在原の提案を拒絶する。


「それに……貴方は先ほど和道様と由仁様をも殺そうとしました。そのような人にこの身を委ねるつもりはありません」


 セエレは更に言葉を重ねる。

 召喚者の娘である由仁と自らの恩人である和道、この二人を危険にさらしたことは、セエレにとってはこれ以上ない許しがたい所業だった。


「だってさ。残念だったね」

「あーぁ。悪魔って頑固ねぇ。じゃあやっぱり力づく、ね」


 在原は器用に空中に浮かぶ旅行鞄の上に立ち上がると、タクトを左手に持ち替え、空いた右手で野球ボールほどの金属の球体を懐から取り出した。


――あれは……六つ目の魔道具?――


「和道。セエレと由仁ちゃんを連れて建物の影に隠れてて」

「隠れてろって、神崎はどうするんだよ!」

「いいから早く! 在原が来る!」


 まるで高飛び込みのように、在原は地上十メートルの高さから地上に向けて飛び降りた。

 その落下のさなか、在原の右手に握られた金属球はぐにゃりとその姿を変え、鋼鉄の爪となってその右手を覆い包む。


『深夜、アイツ飛び降りてきた!』

「はぁあ!」

「ぐっ!」


 落下の勢いを乗せた右爪の一撃を、深夜は剣で受け止める。

 靴が数センチ土に埋まってしまうほどの衝撃が、剣を通して深夜の全身にのしかかった。

 十数メートルの高さからの落下を含めても、在原の身体能力は明らかに人間離れしている。


「なんだよ、この力……これじゃあ、まるで……」

『……深夜! この爪の匂いの濃さ……これ、魔導具じゃない!』


 深夜の剣に弾かれ、空中でくるりと旋回し、まるで猫のような両手両足をついた姿勢で地面に着地する在原。


「さっきも言ったけど、あの悪魔祓いにバレる前に終わらせたいの。だから、今度はもう出し惜しみはなし。行くわよ……ザガン」


 在原の長い髪先が、きらりと月明りに照らされて光る。

 否、それは髪の反射ではありえない眩しさだ。

 故に深夜はすぐに気づく、在原の髪がその先から金属に変わり、ボロボロと崩れ落ちていることに。


「ラウム、あれって」

『間違いない、異能の代償だ!』

「ってことは……」

『うん。あの爪が魔道具なら代償なんて必要ないはず。つまり、アレはアイツの中にいる悪魔の異能!』


 腰まであった髪が肩にまで短く崩れ落ち、金属の粉となって在原恵令奈の周囲で煌く。

 それと連動するように、その周囲に散乱している深夜が破壊したトラック、その一部だった金属片が液状化し、在原を中心にして集まりはじめた。


「そう。ザガンは私が奪ってきた魔道具達とは違う。正真正銘、私が召喚し、契約した悪魔……私の相棒よ」



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