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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第十八話 父と娘と悪魔


「ああ……見られちゃったよ」


児童養護施設、ひまわりの家。その正門前で由仁を抱きかかえるセエレの姿を見て深夜は頭を抱える。


「あ、足が……それに、私と同じ顔」

「怖がらせてしまい、申し訳ありません。私は、セエレ、貴方様のお父上に仕える……お化けのようなものでございます」

「お、お化け……ですか?」


 悪魔というワードを避けたのは、セエレなりに幼い由仁が理解しやすくするための配慮だろう。しかし、それでも突拍子もない話なのは変わりない。

 自分そっくりのお化けといきなり対峙することになった由仁は、オロオロと視線を彷徨わせている。


「あ、神崎さんと和道さんも……どうしてここにいるんです?」


 その結果、偶然にも鉄門の向こう側にいる深夜達の存在にも気づいたらしく、由仁の疑問はさらに膨れていき、今にもパンクしてしまいそうなのが深夜には手に取るようにわかった。


「説明すると、ちょっと長くなるんだけど……」

「二人とも、大丈夫か! よっと!」

「あ、ちょっと和道、勝手に……」


 深夜がどう説明したものかと頭を悩ませていると、その脇を和道が駆け抜けていった。

 あっさりと正門を乗り越えて向こう側に飛び降りた彼は、由仁とセエレに手を差し伸べていた。


「怪我は無いか?」

「私は問題ありません。それより、由仁様を」

「あ、私も大丈夫、です。どこもいたくありません。です」

「そっかぁ、よかったよかった……なんでこっち睨んでるんだよ、神崎」

「……いや、もういい。俺もそっち行くから、ちょっと待ってて」


 周囲に人がいないか警戒するとか、警備システムが作動しないかとか、考えるのもバカらしくなってきた。


「神崎、一人で大丈夫か?」

「大丈夫、この前に降りた瓦礫の山よりは楽だから」

「なんじゃそりゃ」


 少しぎこちない動きではあったが、和道に続いて深夜も施設の正門を乗り越え、コンクリートの地面に着地すると、由仁が抜け出してきた建物を改めて見上げた。


「建物の中には……流石に俺達は入れないよね」


 施設の外観は幼稚園を思い出させるような小さな二階建ての建物。

 由仁の手を借りれば中に入れなくはないが、施設の職員に見られたら言い訳のしようがない。


「とりあえず、あっちの遊具の所で座ろうか」


 幸いにも正門と施設の間には、やはり幼稚園を彷彿とさせる小規模なグラウンドが広がっており、そこには小児用の小さな遊具もいくつかあった。

 長い話になるだろうから、一旦は腰を落ち着かせたい。

 そう考えた深夜は、半分埋まったタイヤが並ぶグラウンドの隅を指さし、和道達三人に移動を促すのだった。



 ◇


 由仁とセエレ。

 髪と瞳の色を除いて同じ顔をした少女達は、タイヤの遊具の上にそれぞれ向かい合って腰掛ける。

 セエレは、和道にその体を支えられながらも、幼い由仁に伝わるように慎重に言葉を選び、時間をかけて説明をした。

 自分が人間ではないこと。

 由仁の父が既に死んでしまったこと。

 その父の願いを叶えるために由仁を探していたこと。

 その全てを、包み隠さずに。


「……お父さん、もういないんですね」


 セエレから父の顛末を聞いた由仁は、不思議なほど落ち着いた雰囲気を纏いながらポツリと呟く。


「はい……貴方様のお父上の命を、私は奪いました」

「ううん。私、まだよくわからないです。けど、セエレちゃんは悪くない。です。お父さんは悪い人、だから」


 悪い人。由仁は父をそう評している。

 それは由仁にとっては、ある種の諦めが込められた言葉だったのかもしれない。

 それを聞いた和道はその場にしゃがみ、由仁と目線を合わせて彼女に語り掛けた。


「俺さ、今朝は秘密にしてたんだけど、実は秋枡のオッちゃん……由仁ちゃんのお父さんと一緒のお仕事をしてたんだ」

「お父さんと?」

「うん。市街の駅前にあるホウライマートってスーパー、知ってる?」

「……知ってる……です」

「俺ってバカだからさ。商品の場所とか値段とか、全然覚えられなくて。その度にオッちゃんが助けてくれたんだ」


 和道自身が秋枡円香を懐かしむように、彼は次々と思い出を言葉にしていく。


「他の社員さんとの間を取り持ってくれたり。俺がバイトいけない時に代わりにシフト入ってくれたり。あ、あと店長が実はカツラ被ってることを教えてくれたりもしてさ」

「和道。それ、何の話してるの……」


 なんとなく話題が脱線しかけている気がしたので、深夜が横から軌道修正を促す。


「あぁ……話をわかりやすくまとめるのってむずいな」


 和道は自らの頭をガシガシとかき、あーでもない、こうでもないとしばらく頭を抱え、最後には吹っ切れたようにこう言った。


「ええと、とにかく! これが俺の知ってる秋枡のオッちゃんでさ、俺の尊敬する先輩なんだよ。だから、あんまり悪く言わないでやってほしんだ」


 最後はすこしおどけたような表情で、和道は頼むように両手を合わせる。


「……やだ」

「あれ?」

「ぜったい、ゆるさない!」


 しかし、すっかり説得したつもりになっていた和道は、返ってきた由仁の言葉に面を食らう羽目になった。


「わたしは寂しかったんだもん! もっと一緒に遊びたかった! 一緒にご飯食べたかった! それなのに、わたしを置いていったんだもん!」


 その瞳に大粒の涙を浮かべて、少女は必死に胸の奥に押さえ込んでいた父への恨みを言葉にする。


「わたしは海外旅行に行きたかったんじゃなくて、わたしは! お父さんと旅行に行きたかったのに……それなのに……だから、だから、わたしのお父さんは、さいてーなお父さんなの!」


 『その少女と同じ顔』と『少女の父の記憶』を持つ赤い髪の悪魔は、静かにその呪いの言葉を受け止めていた。



 ◇




 夜空の下、三年分の感情を嗚咽と涙に変えて吐き出した由仁。

 その声が少し収まったのを見計らって、深夜がようやく口を開く。


「泣き止んだ?」

「神崎……お前、そういう言い方はデリカシーねぇと思うぞ」

「……眠くて気づかってやる余裕ない」


 深夜は悪びれずに大きなあくびを漏らしているが、由仁の方も泣きつかれていてその態度をいちいち気にする暇はないらしい。


「ったく。……はい、由仁ちゃんこのハンカチ使いな」

「ひっく、ありがとうございます。です」


 まだ目は赤く腫れ、不規則にしゃっくりが漏れているが、その口調が奇妙な敬語に戻りつつある。だいぶ落ち着きを取り戻してはいるらしい。


「ん……今度、洗濯して……お返しします。です」

「由仁ちゃんもなんか眠そうだな……まあ、もう寝ててもおかしくない時間だしな」

「……ちょっと待った」


 和道のその発言を聞き、深夜が今更な疑問を口にする。


「そもそも由仁ちゃんはなんで、こんな遅い時間に一人で外に抜け出そうとしてたわけ?」

「あ。えっと……その……」


 由仁自身も後ろめたさがあるのか少し口ごもる。だが、すぐに観念したようにその理由を白状した。


「魔法使いさんを探していました。です」

「魔法使い?」


 その随分とファンシーな返答に、深夜は思わずオウム返しをしてしまう。


「はい、えっと……学校で聞いたんです。夜になると、どんな願いも叶えてくれる魔法使いさんに出会えるって……」

「どんな願いでも叶えてくれる、か。そりゃ確かに魔法使いだな」

「もしかして、昨日ペンダント失くしたのも……」

「……ごめんなさいです。朝は嘘つきました。です」


 やはりそうか。昨日のこの時間には確かに雨は止んでいた。


「魔法使いさんにお願いすれば、お父さんにまた会えるかなって……思いました。です」

「願いを叶える魔法……魔術……」


 由仁の言葉をぼそりと呟き、それはここ最近の深夜を取り巻くある言葉へと繋がっていいった。


「魔術ってまさか……悪魔の召喚術か! 由仁ちゃん、その魔法使いの見た目とか居場所について、もっと他に何か聞いてない?」

「ちょ、いきなりどうしたんだよ神崎? 由仁ちゃんが驚いてるって」


 思いもよらぬ形で三木島と秋桝円香に魔導書を与えた存在の気配を感じ取った深夜は、思わず由仁の両肩を掴んで詰め寄ってしまう。


「ごめんなさい、です。私も、どんな姿なのかはわからなくて……」

「っく……」


 微かに光明が見えただけに大きく落胆してしまう深夜。

 そこで、これまで沈黙を貫いてきたセエレがおずおずと言葉を発した。


「神崎様が探しておられるのは……この街の人に魔導書を与えている人間のこと、でしょうか?」



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