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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第十七話 人の約束、悪魔の契約

 ◆


 悪魔が地獄からこちらの世界に呼び出される時に最初に触れるのは、他でもない召喚者の魂に刻まれた記憶だ。


――僕が責任持って、由仁を育てなければならない――


 妻が遺したその小さな命を抱きかかえ、彼はそう誓った。



『ごめんね。髪、上手く結んでやれなくて』


 何度やっても、どれだけ練習しても左右で不揃いの長さに結ばれる髪。

 だというのに、由仁はそれをいつも喜んでいた。



『ああ、わかったよ、約束だ』


 それは今まで一度たりとも、父にワガママを言わなかった彼女が初めて言葉にした、些細な夢だった。

 だから、それをどんなことをしても叶えなければいけない。そう思った。



――これは……由仁のために……――


 全ては娘のために。その言葉を使えば全てが許されるような気がしていた。

 彼も何も知らない子供ではない。

 ソレが人の人生を破滅へと導く物であることも。自身のやっていることが、この国の法を犯す行為だということも。全てを理解した上で、彼は他人の不幸を金にした。

 彼を捕らえに来た警察の口から、ある一人の少女がクスリの過剰摂取によって命を落としたと聞かされてようやく、自分がとうの昔に人の親である資格を失っていたことに気づいた。


――すまない……すまない……僕はもうどうなってもいい。けれど、由仁に罪は無い。どうか、あの子のこの先の人生が幸せになるのなら、今度は他人ではなく、僕の全てを差し出そう――


 後悔と懺悔を繰り返し続けた父の祈り。

 その声は今もセエレの頭の中で反響し続けている。



 その記憶を元にして形作られたセエレの肉体が、秋枡由仁と瓜二つとなるのは自然なことだった。


 彼は決して善い人間ではなかった。

 金のために人を騙し、貶め、果てはその命を奪う原因の一旦を担った。

 それは人の言葉では、外道と呼ばれるに相応しい。


 それでも、きっと彼は良き父ではあろうとしたのだろう。

 善悪や道理すら厭わぬほどに、ただただ一人の人間の幸福を願って。


 人も、神も、そんな独りよがりの在り方は許してはくれない。

 しかし、彼が最後に願いを託したのは神でも人でもなく、一人の悪魔で――


『今一度問いましょう、貴方様の願いを』

「娘に世界を見せてやりたい……他の国の街並みや、景色や、人を……昔、約束したんだ。頼む、もう彼女に会う資格のない僕の代わりに……」

『命令を受領いたしました。その願い、必ずや叶えましょう』


 ――その悪魔はそんな彼の在り方を尊いと思ってしまった。



 ◆



「約束って、海外旅行に連れて行く、だっけ?」

「……ご存じでしたか」

「色々あって、本人から聞いた」

「ハイ……彼女が望む世界の景色を直接見せる。そのために、私は召喚されました」


 その気になれば地球の裏側にでも一瞬で移動できる力、それがセエレの異能だ。

 つまり秋枡円香は悪魔の力を、ただの海外旅行のために使おうとしていたというのか。


「そんなことのために……」

「はい。そんなことのために、あの方は私を召喚しようとした。そして……」


 その代償によって、願いを、娘との約束を果たすよりも先に命を落とした。


「ソレを果たせば、一日と経たずに私は魔力が尽きて消えるでしょう。あなた様にも悪魔祓いにも迷惑をかけるつもりはありません」


 もはや自らの足で立つことすらままならない身でありながら、セエレは残された力の全てを瞳に込め、深夜を正面から見つめる。


「身勝手な願いであることも、本来無関係な和道様を巻き込んでしまったことも、全てを理解しております。ですが、どうかお目こぼしください」

「そういうわけだ。俺からも頼む、神崎!」


 和道の肩越しに首を垂れるセエレと、それに合わせるように腰を曲げる和道。


「悪魔の言うことなんて、信じる気ないけどさ……」


 深夜は大きなため息と共に肩の力を抜き、退魔銀の弾丸をズボンのポケットの奥に納めて道を譲る。


「アンタを今消すと、あとで和道が面倒くさそう」

「恩に着るぜ、神崎!」


 和道の表情が綻び、先ほどまでの緊張が嘘のように深夜の背中をドンドンと叩く。


「痛い……あ、でも監視のために俺もついて行くよ?」

「むしろ、ご同行いただけるのでしたら助かります」

「で、由仁ちゃんの所まで異能で跳ぶの?」


 と深夜が今後の計画をセエレに確認するが、彼女は力なく首を横に振る。


「いえ……申し訳ありませんが、由仁様の海外旅行往復分を残すことを考えると、魔力的にはもう余計な跳躍は避けたいところです……」

「つまり、こっそり忍び込むわけだな!」

「待て待て、それはバレたらマジで警察に捕まるから……」


 というか、子供の保護施設がそんな簡単に侵入出来たら違う意味でマズいだろう、と深夜はツッコミを入れる。


「むしろ、由仁ちゃんを何とかして外に呼び出した方が安全だけど……」

「呼び出すって、どうやってだよ?」

「今考えてる」

「あの、お話し中に申し訳ありません。よろしいでしょうか?」


 と深夜と和道が頭を悩ませていると、セエレがおずおずと声を出す。


「なに、セエレ? 何かいい案があるとか?」

「いえ、そうではないのですが……施設の正門に誰かいらっしゃいます」

「まずい、隠れて!」


 セエレの指摘に釣られて、即座に養護施設の方に視線を向ける深夜。

 そこには確かに、小さな人影が正門の向こう側に立っているのが見えた。


「おい神崎、なんで焦ってんだよ? せっかくなんだから、あの子に由仁ちゃんを呼んできてもらえばいいじゃねぇか」

「みんながみんな和道みたいに、足が透けて無くなってる人間を見ても驚かないわけじゃないんだよ!」


 口で説得するのが面倒になってきた深夜は、和道を電柱の陰に力づくで押し込み、自身も物陰に隠れながら、改めて正門の前に立つ人影を観察する。


「随分小さいけど……なんで子供がこんな時間に?」


 深夜達は息を潜めて、その小さな人影が自身の身長よりも高い門扉を必死に乗り越えようとしているのを見届ける。

 しかし、和道が発した言葉で状況は一変した。


「っていうか、アレ。由仁ちゃんじゃね?」

「うそっ!?」


 と深夜は咄嗟に声が出る。

 確かに和道の言うように、鉄門の上に身を乗り出し視認できたその顔は間違いなく、今彼らと共にいる赤い髪の悪魔と瓜二つのモノだった。



【由仁が施設の正門の上に足をかけ、身を乗り出した瞬間。彼女は手を滑らせ、頭からコンクリートで舗装された地面に向かって落下した】



「まずっ……あの子、落ちる!」

「おいおいマジかよ!」


 落下までの猶予は残り十秒弱。全力疾走してギリギリ間に合うかどうか。考えてる暇はない。

 深夜は物陰から飛び出し、一直線に由仁に向かって駆け寄る。

 落下まで残り五秒。距離はおよそ三十メートル。


「ダメだ、門の内側に落ちる!」


 左眼が視せるのは最悪の未来。

 門の向こう側に落下されては駆け付けたとしても、受け止められない。



【地面に横たわる由仁の髪が赤く染まって】



「由仁様!」



【否、赤い髪の少女が地面と由仁の間に入り、その小さな体を力強く抱きしめていた】



 ヒュン。とファミレスでも聞こえた風切り音が深夜の背後と前方、その両方から同時に聞こえた。


「えっ? うわ!」


 セエレの声に気を取られ、バランスを崩した由仁の体が大きく後ろに逸れる。

 手を振ってバランスを取ろうとするが抵抗空しく、その小さな体は鉄門の上から落下し、その下に現れたセエレによって受け止められた。


「……ほぇ?」


 セエレにぎゅっと抱きしめられた由仁は、状況を一切飲み込めずに呆けたような表情で夜空を見上げている。


「……お怪我は、ございませんか? 由仁様」

「はい……ありがとうござ……ッ!?」


 ゆっくりと体を起こし、自身を助けてくれた存在に礼を述べる由仁。

 その言葉は最後まで発せられず、その表情は恐怖に固まっていた。

 一歩遅れて正門前に駆け寄った深夜は、由仁とセエレのやり取りを見て思わず頭を抱える。


「ああ……見られちゃったよ」



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