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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第十六話 お人好しと悪魔・2


 元はといえば、召喚者から引き継いだ記憶を頼りに彼と接触したのも、ある情報を聞き出すためだけだったのに。

 それがどういうわけか、度重なる蒐集家からの襲撃によって肌も服もボロボロになっていたセエレを見かねた和道が、一方的にセエレを手助けするなどと言いだしたのだ。


「……あのですね。再三申し上げておりますが、私は悪魔でして、人間ではないのです」

「うん、ファミレスで聞いた。だから、由仁ちゃんとそっくりの顔なんだよな」

「他の悪魔憑き、それも人を躊躇なく襲うような危険人物に追われている身でして……」

「それも聞いた。聞いたからには放ってはおけないだろ?」


 本当に、この少年は『そういう人間』なのだろう。

 セエレにとって、彼の底抜けの「お人好しさ」は完全に想定外だった。


「えっと、とりあえずこの建物の出口は、っと……」


 そうこうしているうちに和道は暗闇を手探りに進み、割れたガラス扉を慎重に潜り抜けて廃墟の外に出ていた。


「うぉ! ここ開発地区じゃん! ファミレスからここまでワープしたのかよ」


 周囲の景色を見て和道が感嘆の声を上げる。

 驚くのも無理はない。何しろ彼が意識を失う前にいた場所とこの場所は、ゆうに三キロ以上離れているのだから。


「他に身を潜められる場所がわからず、咄嗟でしたので。昨夜に雨露をしのいだ場所に跳びました」

「女の子がこんな所で寝てたのかよ……」


 和道は自分達の体に着いた埃を叩き落とし、セエレを改めて背負いなおす。


「まあいいや。ちょうど、セエレちゃんが探してた場所はこの近くだし、また見つかる前に行っちまおう」


 やはり、和道は最後まで付き合うつもりらしい。

 セエレの確認すら取らずに歩きはじめる辺り、彼もわかっていて意地を通している節がある。

 こうまでされると、セエレ側も何を言っても無駄だと観念せざるを得ない。


「わかりました。ですが、二つ約束をしてください」

「おう、なに?」

「一つ、ご自身の命を最優先に。危険を感じた時はまず第一に逃走を」

「逃げ足になら自信あるぜ! 安心して捕まってな」


 一人で逃げろ、という意味で言ったつもりなのだが、おそらくその意図は伝わっていない。

 一瞬、もう少し直接的な言葉で忠告しようかとも思ったが、彼がそう言って素直に聞く人間でないことはこの短い時間だけでもさんざん思い知らされていた。

 ならば、せめて下手に悪魔憑きに立ち向かおうとしなければ、それで良しとすることにしよう。


「二つ。今回の一件が終わりましたら、今日のことはすべて忘れてくださいませ」

「え? なんで?」

「何度も言いますが、私は悪魔。契約者の願いを叶えれば役目はそれで終わりです。和道様とも、もう二度と会うこともないでしょうから」

「それは、なんか寂しいな……」


 彼はそう言うが、既にセエレの召喚者である秋枡円香は死んでいる。つまり、彼女には現状魔力を補給する手段がないのだ。


――蒐集家と契約を結べば、確かに肉体の維持は可能でしょうが……あの女が『私の目的』のために代償を支払ってくれるとは思えません――


 となれば、そのプランはありえない。

 つまり、仮に目的が果たせたとしても失敗したとしても、おそらく今夜中にこの体は魔力切れで消滅するだろう。


「あ、そうだ。今のうちに俺からも一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「私にお答えできるものでしたら、なんなりと」

「神崎も、その……悪魔と契約してるんだよな?」

「ファミレスにいらっしゃったご友人の方ですね……はい、間違いありません。彼は横にいた黒髪の女……ラウムの契約者です」

「じゃあ、神崎もセエレのことを狙っているのか?」


 彼の声に初めて動揺のような色を感じ取ったセエレは、少し言葉を選ぶように間を置いた。


「そうですね、おそらくそうでしょう。ただ、その理由は蒐集家とは異なるものだと推測されます」

「違う理由って?」

「あの場には二人と共に、黒いコートを着た人間……悪魔祓いが居ました。理由や経緯はわかりませんが、おそらく彼らは協力関係にあり、目的は私を消すことだと思われます」

「消すって、そんな物騒な理由かよ」

「私は悪魔ですから、彼らに悪意はありません。むしろ、道理的に正しいのはあちらです。たとえるなら、町中に降りてきたクマへの対処と似たようなものだと思ってください」


 予想半分、もう半分は和道を安心させるための方便でセエレは断言する。

 その効果があったのか、その背中の緊張が少し和らいだことを肌で感じる。


「クマって……とてもそうには見えないんだけどな」

「本当ですよ。もし仮に私の体調が万全なら、私は和道様より力持ちですから」

「え? マジ?」

「マジでございます」


 もっとも、今後体調が万全になる予定はありませんが、とは口には出さない。


「それに、異能を使えば簡単に人の命を奪うことだってできます」

「え? 人殺しって……セエレの超能力、異能? だっけ。それって瞬間移動だろ?」

「はい。魔力があれば、距離も障害も無視して一瞬で移動できる。それが私の異能でございます」

「そんなに危ない力には思えないけどなぁ」

「ではたとえ話を。私が異能を使って和道様だけを地上百メートルにぴょん、と跳ばします。どうなりますか?」


 セエレの言葉を受け、和道は月が浮かぶ夜空を見上げる。


「……その距離は落ちたら死ぬな」

「では、今度はあそこの工事現場の鉄骨を、私の異能で和道様の真上に跳ばしたとしましょう」


 次は、廃ビル解体の現場に積まれた錆だらけの鉄骨を見る。


「……圧し潰されて死ぬな」

「はい。このように悪魔はとても危険な存在なのです」

「なるほど……じゃあ、怒らせないように気をつけないとな」

「……はぁ」


 ここまで脅してもあまり効果があったとはいえなさそうだ。

 セエレは改めて、この少年を巻き込んだことを後悔すると同時に、自身の召喚者へのある思いが胸に去来した。


――円香様、貴方はわざわざ私のようなバケモノに頼る必要など、本当はなかったではないのですか?――


「多分、あれ。だな」


 和道の歩みが止まり、その肩に頭を預けていたセエレも残る力を振り絞って視線を前に向ける。


「あそこが……」


 視線の先にあったのは大型の保育園に似た建物だった。

 正門の前には、住人たちがペンキで描いたと思われる「ひまわりの家」というカラフルな看板。

 そこはセエレの召喚者である秋枡円香の一人娘、秋枡由仁がいる児童養護施設だった。


「ここまで来たのはいいけど、この時間だと由仁ちゃん、絶対に寝てるよな……」

「そこはむしろ好都合です……由仁様が寝ているうちに中に……」

「中に入って、なにをする気?」


 施設の手前の電柱の陰から向けられたその声は、明確に和道とセエレの二人に向けて投げかけられたものだった。


「結構遅かったね」


 その声の主は眠そうに欠伸混じりに姿を見せる。


「神崎……」

「そんな……どうして」


 何故、深夜がここにいるのか……と問いただしたくなるも困惑が勝り、セエレは言葉を詰まらせた。


「瞬間移動を抜きにしても足で和道に追いつく気しないし。先回りしただけだよ」

「ですが……あなたから、今は悪魔の匂いがしません」


 いくら疲労困憊の状態とはいえ、それでもセエレはここに来るまで常に魔力感知を怠ってはいなかった。にもかかわらず、セエレは深夜の待ち伏せに気づけなかった。

 ラウムとの契約がある以上、深夜にもわずかだが魔力の気配が存在するはずなのに。


「ああ、それ? 悪魔のいう『匂い』って、つまり魔力のことでしょ。だったら、コレを持っていれば、俺の周りにある魔力の気配とか匂いとかそういうの、全部打ち消せるんじゃないかと思ってさ」


 そう言って深夜は白銀色の弾丸を親指で弾き飛ばし、セエレに見せつける。


「流石に、退魔銀をラウムに持たせるわけにはいかないから、あいつは別の場所で待機中だけど」

「悪魔祓いの退魔銀にそんな使い方があるとは、考えたこともありませんでした」


 セエレは意識を集中させて感知範囲を広げ、感知範囲ギリギリの場所にラウムの魔力の気配を見つけ、深夜の発言が嘘ではないことを確認する。


「そこまで弱ってるのは俺にとっても予想外だったけど、その様子ならわざわざラウムを呼ばなくても、俺一人でお前を消せそうだ」


 街灯の白い光に照らされてつかつかと歩み寄る深夜は、和道の肩越しに赤い髪の悪魔を睨み、右手に持った白銀の銃弾を彼女の目と鼻の先に突き出す。


「消すって……神崎、この子は!」

「和道はちょっと黙ってて。話はコイツに直接聞くから」


 和道は必死にセエレの弁明しようとするが、深夜はそれを冷たく遮る。


「セエレ。お前は……いや、秋枡円香は、自分の娘をどうするつもりだったの?」


 深夜は、由仁と瓜二つの姿で召喚された悪魔をじっと睨み、退魔銀を突きつけ続ける。

 その答え次第では、たとえ友に恨まれてでもセエレを消すという覚悟と共に。


「私の目的は、召喚者の約束を果たすことでございます」

「約束……ね」


 深夜の警戒心はまだ揺るがない。

 対するセエレも毅然とした態度を崩さず、その灰色の瞳でまっすぐに深夜を見つめ返した。


「はい、約束で、ございます」


 悪魔は噓偽りのない言葉で自らの目的を深夜に告げた。



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