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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第十話 探せども、探せども

 ◇


「んー……あ、また匂いが途切れた」

「ここから、またどっかに異能で瞬間移動したってことか」

「もー、これで何度目よぉ!」


 セエレの匂い、という新たな手掛かりを得た三人は秋枡邸を後にし、住宅街から開発地区の方面にまで捜査の足を伸ばしたものの、彼らの蒐集家探しは思った以上に難航していた。


「秋升円香から魔道具を奪った後、彼女はこの開発地区に身を潜めていたのでしょうか」

「たしかにこの辺りは人気がないけど……寝泊まりできるような場所でもないよ」


 雪代がネカフェ生活をしているように、元々霧泉市に正規の宿泊施設はないが、開発地区にいたってはそもそも人の住めるような建物自体が存在しない。

 あるのは建設途中でそのままになった半壊状態の建物だとか、鉄骨等の建設資材が野ざらしにされた空き地ばかりだ。


「確かに妙ですね……先日の戦いの時も、蒐集家の身なりはちゃんとしていました。少なくとも、廃墟で寝泊まりしているような感じではなかったと思います」


 昨日の戦い、か。と深夜は蒐集家との戦いを思い返す。


「ん―……?」

「どうかしましたか? 神崎さん」

「いや、昨日の戦いで思い出したんだけどさ、セエレの異能って、瞬間移動なんだよね?」

「うん。そだよー。物でも、人でも、好きな場所にぴょんと一瞬で飛ばしてた」


 深夜は改めてラウムに確認した後、左眼を掌で覆って思考を巡らせる。


「じゃあ、なんで蒐集家は昨日俺達から逃げる時、わざわざ樹を使って目くらましなんてしたんだろう」


 蒐集家が本当にセエレの魔道具を持っていたのなら、そんな手間をかけずとも直接その異能を使って逃げれば済んだはず。だが彼女はそうしなかった。


「瞬間移動の異能を隠したかったのではないですか? 現に、あの時点では私達はセエレが召喚されていることも知らなかったわけですし」

「それこそ、瞬間移動できるなら、それを隠して逃げるより俺や雪代の背後に飛んで奇襲した方が早い気もするんだけどなぁ」


 実際問題、ラウムの大剣も雪代の拳銃も、瞬間移動で背後を取られればどうすることもできない。

 深夜の未来予知も、視界の外に移動されてしまうと対処の難易度はグッと跳ね上がる。

 能力の相性という観点で言えば、瞬間移動の力は深夜達を倒すのに最適だったはずだ。


「つまり深夜は、コレクター女とは別の誰かが、セエレの魔道具を持っていったかもしれない。って思ってる?」

「そこまでは断言できないけど……ちょっと引っ掛かるんだよね」


 仮に、蒐集家以外の誰かが魔道具を持っていったとするなら、今度はその容疑者の見当が全くつかなくなってしまう。

 なので、深夜もどこか思うところはありつつも、その可能性は一旦無視しておくことにした。


「あ、そういえば深夜。もうかなり遅い時間だけど、真昼に連絡入れなくていいの?」

「真昼には、秋枡の家を出た時にメッセは入れておいたから大丈夫……だと思う」

「なんで微妙に自信なさげ」

「別に……ただ夕飯は勝手に外で食ってこい、って言われただけだから……」


 その文面もかなりそっけなかったが、怒ってはいないはずだ。

 多分。

 きっと……。

 おそらく…………。


「言われてみれば、すっかり夕飯のことを忘れていました」


 深夜の表情がみるみる青ざめているのを感じ取ってか、雪代が努めて明るい声を出し、ポンと手を打つ。


「セエレの匂い探しも一旦仕切り直しになってしまいましたし。市街に捜索範囲を広げるついでに、どこかで食べておきましょう」

「さんせー! もう歩き疲れた!」


 秋桝邸からセエレの匂いを辿り、それが途切れる度にまたセエレの匂いを地道に探して歩き回る、ということを繰り返していた結果、既に日はすっかり暮れ落ちていた。

 少なくとも、世間一般の夕飯の時間はとっくに過ぎている。


「外食か……何食う?」

「ラウムちゃん、ドーナツ屋さんがいい!」

「却下」


 いの一番にラウムからの意見が飛び出るが、深夜としてはドーナツを主食にはしたくない。


「雪代は? なんか意見ある?」

「私は特には。神崎さんに行きつけのお店があるのでしたら、そちらに合わせます」

「高校生の行きつけなんて、ファミレスかラーメン屋しかないよ」


 どちらかと言えば、行き慣れているのはラーメン屋の方……なのだが。


「何ですか、いきなり妙な目つきでこっちを見て……」


 ラーメン屋を選ぶには一つ、大きな懸念があった。


「言っておきますが、私は特に好き嫌いなく何でも食べられますからね!」

「味の方はそうかもしれないけどさ……」


 本人は頑なに認めようとしないが、雪代は間違いなく重度の猫舌だ。

 愛飲しているホットコーヒーも、最初の一口を飲むまでに三十分近くは息を吹きかけて冷ましているのだ。

 そんな彼女がラーメンを食べるとどうなるか、想像するのも恐ろしい。


「じゃあ、ファミレスに行こうか」

「駅前のネットカフェ正面にあるお店ですよね。そこなら私もよく通っています」


 雪代も既に行ったことがあるなら、ハズレになる心配もないだろう。

 それにしても、この一か月で彼女も彼女なりに霧泉市に馴染んでいるのだな、と少し感慨深くなった。


「じゃあ、私はパフェ食べよ!」

「ラウムはそんなに甘いものばかり食べて、太らないんですか?」

「問題無し! 悪魔は食事から栄養取ってないから、いくら食べても太らないのだ!」

「それなら、そもそも何も食べなくてもよいのでは?」


 それは至極もっともな意見なのだが、ラウムはきっぱりとその提案を跳ね除ける。


「ちゃんと味はわかるから、ラウムちゃんも美味しいもの食べたいのー!」

「どっちでもいいけど、さっさと行こうよ。食った後も、まだ蒐集家探し、続けるんでしょう? ……ふわぁ……」


 深夜は眠そうに大きなあくびをしながら、一足先に歩きはじめて二人を促す。


「神崎さん、今日はいつにも増して眠そうですね」

「今日は早起きしたり、朝から走ったり、色々あってね……」


 ファミレスで食事を終えたら、少しだけ寝よう。結構、限界だ。

 深夜はそう心に決め、今にも落ちそうな瞼を必死に持ち上げながら、駅前広場へと続く道を歩いて行った。



 ◇



 霧泉市の中心地ともいえる市街の駅前広場。

 カランカラン、と軽快なベルの音を鳴らして、深夜は先頭に立ってファミレスのガラス戸を押し開けた。

 ここは一応、零時まで営業してはいるが、夜の十時を越えた今となっては客の姿もまばらだ。

 深夜に見える限りでも、残業後のサラリーマンらしきスーツの男か、遊び終わりらしい大学生グループ、そして……。


「あ……」


 なぜか、深夜の見知った、日焼けした短髪の少年の姿が店内にあった。


「っ、急に立ち止まらないでくださいよ。神崎さん……」

「……なんで和道がこんな時間に、ここにいるんだよ」


 霧泉市に住む彼が、霧泉市のファミレスにいても何もおかしい所はないのだが、深夜は心の内で文句を言わずにはいられない。

 まずい。雪代だけでも面倒くさいのに、ラウムと和道が顔を合わせるなんて最悪だ。

 深夜も別に、ラウムや雪代がおいそれと、悪魔に関する事柄を和道に漏らすとは思っているわけではない。

 というか、深夜の頭を悩ませている懸念点はもっと俗っぽいものだ。


「およ? どったの深夜?」

「入り口で長々と止まるのはお店にも迷惑だと思いますが」


 それは、この二人が世間一般的には美少女、美人に分類される顔立ちをしているという事実。

 何が言いたいかというと。


――一緒にいるところを見られたら、あとで絶対にからかわれる――


 深夜的には、それが一番面倒くさかったりする。

 幸いにも、まだ向こうは深夜達の存在に気づいている様子はない。

 和道がいるのは奥のテーブル席。人目につく鮮やかな赤い長髪の小さな子供と向かい合って座り、ハンバーグを食べている。


「……和道は和道で……また何やってんだ……」


 普通に考えれば親戚の子供あたりだと予想するべきなのだろうが、彼の性格上さっき知り合ったばかりの家出少女に食事を奢っている可能性も否定できない。

 あっちの状況も気にはなるが、今はこちらの存在が気づかれる前に逃げるのが先決だ。


「悪いけど、知り合いがいたから、別の店にしよう」

「えー! 私は気にしないのに」


 ラウムは首を伸ばして、深夜の肩越しに店内をのぞき込み、顔を知らないはずの「深夜の知り合い」を探す素振りをする。


「もしかして、女だとか……ッ!」


 そんな彼女に対して「こっちが気にするんだ」と釘を刺そうとした瞬間、ラウムの目が見開かれ。



【ラウムは躊躇う様子すら見せずに、和道の正面に座る小さな赤髪の少女に向かって駆けだし、そのか細い首に手をかけようとする。】



 そんな未来が視えた深夜は、咄嗟にラウムの腕を掴みその動きを制した。

 他の客もいる中で、そんな騒ぎを起こそうとするのを見過ごすわけにはいかない。


「ラウム、お前。いきなりなにするつもりだよ!」

「だってっ……!」


 ラウムは一瞬たりとも赤髪少女から視線を逸らそうともせず、声を荒げて深夜の手を振り解こうとする。

 入り口でそんなやり取りがなされれば当然、店員や他の客の視線はその喧噪へと向けられる。その中には当然、和道達も含まれていた。


「あ、神崎? 何やってんだ、あいつ……修羅場か?」

「和道様……あのお方はお知り合い、でしょうか?」

「え? ああ……友達だけど……」


 見知った顔に気づいた和道は、自然と腰を浮かせて手を上げようとする。

 しかし、隣に座る赤髪の少女が彼の服の裾を掴み、その動きを止めた。


「深夜、あの赤い髪のチビ……」

「和道様……あの入口にいる黒髪の女……」


 二人の声が奇しくも重なっていたことは、当の本人たちは気づくこともない。


「悪魔だよっ!」 「悪魔です」


 何しろ、それを聞かされた深夜と和道が共に、ぽかんと間抜けに口を開けたまま、硬直していたのだから。





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