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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第九話 同類


「……これは?」

「悪魔の召喚陣だよ。この術式の模様は……たしか、セエレだったかな」


 悪魔であるラウムは流石に慣れたものなのか、屈みこんで、魔法陣を描いている赤黒い痕跡を指でなぞる。


「そいつ、ラウムの知り合いなの?」

「知り合いっていうか……大昔に七十二柱の悪魔と同時に契約しようとしたイカれた王様がいてね。その時にちょっと面識があるって感じ。異能は確か『瞬間移動』だったかな」


 「ソロモン王って知ってる?」とラウムに聞かれたが、少なくとも世界史の教科書に載っていた記憶はない。


「私も聞いたことはあります。あらゆる人とモノを瞬時に移動させることができる『地獄の駿馬しゅんめ』の二つ名を持つ悪魔ですね」

「『瞬間移動』って、また随分シンプルっていうか、便利そうな力だね」


 任意の場所に自在にワープできるとなれば、応用の幅は広いだろう。

 深く考えるまでもなく、窃盗から密室殺人といった感じに、ろくでもない使い道が次々思いつく異能だ。


「被害者の遺体は、この召喚陣の上で横たわっていたそうですが……」

「つまり、秋枡って人は、そのセエレって悪魔を呼びだそうとしたけど、代償が足りなくて死んだってこと?」


 被害者がこの家の家主であるのなら、この召喚陣もまた被害者が作ったと考えるのは自然な流れだろう。


「そう考えるのが妥当ですが、蒐集家の件もあります。彼女、あるいはまた別の悪魔憑きに殺害された可能性も捨てきれません」

「はいはーい! じゃあ、私は他の部屋に悪魔の匂いしないか探してくるね!」


 そう言って、ラウムが勢いよく書斎から飛び出した。


「ラウムのヤツ勝手に……」


 見張りの意味も込めて、深夜もその後を追おうとするが、それを引き留めるように雪代から声がかけられる。


「あ、神崎さん。少しだけ、お話よろしいですか?」

「ん? なに?」


 タイミングがタイミングだけに深夜もすぐに、それがラウムには聞かれたくない内容なのだと理解し、部屋の外に声が漏れないよう声を抑えた。


「改めての確認ですが、ラウムとの契約を解除してくださるつもりは……」

「ないよ。その答えは変わらない」

「それはつまり、神崎さんは私達悪魔祓いが信用できない。ということですよね」


 深夜の即答を受けてもなお、今回の雪代は引き下がることなく、むしろ一歩深夜に歩み寄る。その言い回しも、丁寧な言葉選びでありながらどこか角がある。


「たしかに、貴方とラウムがいなければ、私は三木島には勝てなかったかもしれません。ですが、そのためにあなた自身が身を削るリスクを負う必要は……」

「なんか、勘違いしているみたいだけどさ。俺は別に自己犠牲なんて高尚なこと考えて、悪魔憑きと戦っているわけじゃないよ」


 深夜は少し気だるげに、まくしたてるような雪代の言葉を遮る。


「俺はただ、家族と友達、身の回りの人の安全さえ守れればそれでいいんだよ」


 深夜ははっきりと自分がなぜ悪魔憑きと戦うのか、そのスタンスを言葉にした。


「だから、この街以外にいる悪魔とかは正直どうでもいいし、蒐集家ってやつに関しても、どっかに行ってくれるっていうなら、追いかけてまでどうこうする気もない」


 深夜はラウムが出て行った木製の扉を見つめ、ゆっくりと言葉を続ける。


「俺がラウムと契約しているのも、雪代に協力するのも、悪魔憑きを倒すのも、徹頭徹尾、俺自身のため。俺の願いを叶えるには、それが一番確実で効率がいいから」

「では、この街の悪魔憑きがいなくなったあとは、どうするんですか?」

「え? ああ……そうだね」


 この街にある魔導書と悪魔を根絶し、平穏を取り戻した時、深夜はどうするのか。

 雪代に投げかけられた問いに対して、深夜は無意識に左眼を覆い隠しながら考え、十数秒の沈黙の後、ぽつりと答える。


「……面倒くさいから、その時になったら考える」

「では、その時に『ただの一般人に戻る』という選択肢も、頭の片隅に残してくれると私は嬉しいです」

「……わかったよ。保証はしないけど」

「今はそれで構いません」


 雪代も、その回答を全面的に良ししたような顔はしていない。それでも、決断を後回しにすることはかろうじて認めてくれたらしい。


「では、我々も捜査を再開しましょう」

「深夜! 紗々! 大変大変!」


 雪代が深夜を促そうとするのを遮るように、ラウムが大きな声を上げて書斎に舞い戻ってきた。


「何かわかった?」

「あのね、この家から悪魔の匂いがするの!」


 ラウムは興奮気味に伝えるが、それを聞かされた二人はむしろそろって首を傾げる。


「いや、匂いはするって、お前自身が最初から言ってたじゃないか」

「そうじゃなくて! 最初はね、召喚術式の残り香だと思ってたんだけど、それとは別に『セエレの匂い』もするんだよ、この家!」


 ラウムの言わんとしていることを、先に理解したのは雪代だった。

 彼女はハッとした表情で、地面に描かれた赤黒い魔法陣に目を向ける。


「それはつまり……セエレの召喚は成功していた……ということですか」

「うん。間違いない」


 今までもおふざけが嘘のように、ラウムは深刻な顔で首を縦に一度だけ振った。


「でもさ、仮に成功してても肝心の契約者はもう死んでるんだから、そのセエレももういなくなってるんじゃないの?」


 悪魔も死体には憑依できない。ならば、召喚に成功していても既にセエレは地獄に帰還しているはず。

 深夜はそう考えるが、雪代はその思考に一石を投じた。


「それは、セエレがフェーズ3の『憑依』状態で召喚されていたなら……の話ですね」

「そうか、魔道具の場合は……」

「召喚者が死んでも魔道具はこちらの世界に残ります。ラウム、この家にセエレの魔道具らしきものは?」

「探したけど、どこにもなかった」


 『セエレが魔道具で召喚された』その可能性はラウムも既に行きついていたらしく、返答に淀みはなかった。


「……っていうか……この部屋の次に匂いが濃い場所、つまりこの家で最後にあったであろう場所が玄関だったんだよねぇ……」

「それってつまり……秋升円香が死んだ後に、誰かが魔道具を持ち出したってこと?」

「あるいは、召喚した時には生きてたけど、殺されて奪い取られたか?」


 ラウムの言葉により、三人の間に嫌な沈黙が流れる。

 その仮定はそれほど的外れにも聞こえず、深夜は先日の蒐集家との戦いを思い出し、首筋に嫌な汗が流れるのを感じた。


「ま、順当に考えるなら、あのコレクター女だよね」

「蒐集家が犯人かは別として、どちらにせよ、まずは彼女を見つけないと何もわかりませんね」

「はいはーい! 私の意見、聞いて聞いて!」


 張り詰めたその場の空気を読めていないのか、意図的に読んでいないのか。ラウムはぴょんぴょんとその場で手を上げて跳躍する。

 そんな彼女と対照的に、雪代は額を手で押さえて小さくため息をついた。


「聞くだけ聞きます。なんですか」

「あのコレクター女が、セエレの魔道具を持ってる可能性が高いわけだよね」

「まあ、確証があるわけではありませんが……おそらく」

「セエレの匂いなら覚えたから、匂いで探せるよ! ドヤァ」


 ラウムは腰に両手を当てて、控えめな胸を張る。わざわざ口で擬音語を出すだけあって、その表情も自信満々だ。

 蒐集家をどうやって探すか、その問題が想像以上にあっさりと解決したことで、深夜と雪代は思わず顔を見合わせる。


「お二人と知り合うまで、地道に聞き込み捜査で悪魔憑きを探していたのが、少しバカらしくなってしまいますね」

「でかした。終わったら、お前が好きなもの買ってやる」

「やったぁ! じゃあドーナツがいい! 期間限定のやつ!」


 褒められた喜びを全身で表現するように、ラウムは飛び跳ねながら深夜に抱き着こうとするが、肝心のパートナーは慣れた感じでその未来を予知し、身を逸らして回避した。


「なんでいつもいつも避けるの!?」

「むしろなんで毎度毎度、飛びかかってくるのさ……」

「飛び掛かってるんじゃなくて、ハグだよ、ハグ! 私からの精一杯の愛情表現。きゃるん☆」

「あっそ」


 聞くだけ無駄だった。


「深夜が今日も冷たい……ショボン」

「それより、さっさとそのセエレの匂いってやつを探しに行こうよ」


 テンションの乱高下が激しいラウムをなんとか促し、深夜は開け放たれたままの書斎の扉をくぐる。


「はーい。でも、深夜。なんか昨日に比べて、随分とやる気になったね。なんでなんで?」

「別に……今も面倒くさいし、誰かのせいで早起きだから眠いし……」

「うっ……」


 深夜は少しばかりの嫌味混じりの答えで、今朝知り合った、秋枡由仁という少女のことを誤魔化す。

 自分でも、今日出会ったばかりの小学生の身の上に同情したり、義憤ぎふんに駆られたりするような性格ではないことは自覚している。


 故に、彼が口に出したのは、先ほど何の根拠もなく脳裏に浮かんだこの言葉だった。


「あいつは……多分、俺と同類だから」

「深夜もコレクター気質なの?」

「そうじゃなくて……」


 『蒐集家』と呼ばれるあの女の目は、二か月前のトンネル事故のあの日、ラウムと出会う直前の深夜のそれによく似ていたのだ。


「あいつはきっと、目的のためなら何でもやる。そんな気がするから、さっさと捕まえよう」



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