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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第八話 ある男の末路


「…………」


 実体化を伴う悪魔召喚。それを成し遂げるために必要な代償は、人間一人の存在を容易に凌駕りょうがする。

 ラウムという一人の悪魔がこの世に姿を手に入れた代償に、おそらく、一人の人間が「消滅」したのだろう。


「とはいっても、私と深夜の場合、ちょっと特別な契約関係なんだけどね……」

「え? それはどういう……」


 意味深なラウムの呟き。その意味を問いただそうと身を乗り出した雪代のポケットから、初期設定のままのスマホの着信音が鳴った。


「誰だれ? もしかして、深夜!?」

「いえ、協会の情報部です」

「なーんだ、つまんなーい」


 蒐集家については昨夜の定期連絡で報告済みだ。にもかかわらず、向こうからわざわざ突然の連絡ということは何か進展があったのだろうか。

 僅かばかりの嫌な予感が雪代の胸に去来する。かといって、いつまでも出ないわけにもいかない。


「今から電話に出ますが、通話中は静かにしていてくださいね」

「りょーかい。お口チャック!」


 子供のように、指先で口を閉めるジェスチャーをするラウムを尻目に、雪代は通話を開始した。


「はい、雪代です。蒐集家について、何かわかりましたか?」

『いえ、今回はそちらではなく、例の魔導書の写本についてなのですが』

「魔導書の写本……つまり、新たな悪魔憑きの情報が?」


 蒐集家という一級警戒対象に加えて、更に敵対することになる存在が増える。

 それは雪代にとって、酷く悪い知らせだった。


『……なんていうんですかね。確かに悪魔憑きの情報……になるのかな』

「珍しいですね。そんなに歯切れの悪い言い回しをするなんて」


 電話先の青年とは、この仕事をはじめて数年来の付き合いだが、普段なら必要な情報を淡々と述べるタイプのはずだ。それが今回は、どうもいつもと様子が違う。


『結論から先に言いますね。見つかったのは魔導書の写本そのものです。警察が別件で捜査中に偶然見つけたそうです』

「その魔導書はやはり……」

『はい、三木島大地の自宅から押収したものと、全く同じものでした』


 発見された二冊目の魔導書。

 やはりこの街には三木島がやっていたように、魔導書を人々に与えている何者かがいるらしい。


「それで、その別件とはどういった事件なのですか?」

『それがですね、その家主が自宅で全身の血が無くなった、いわゆるミイラの状態で死んでいたそうなんです』



 ◇



 霧泉市という街は、Yの字型に街を分断する二級河川を境界にして、三つの区画にわかれている。

 一つは街の北部、二つの川に挟まれる場所に位置する『開発地区』。

 建設途中のビルや客足が悪く潰れた商店の廃墟が乱立する、人気のない場所。



 次に、川の西側に位置するのが住人達は『市街』と呼ぶ地域。

 こちらは深夜達の通う黒陽高校のような学校施設から、スーパー、コンビニ、役所や駅といった生活の基盤となりえる施設が極端に偏っている地区だ。

 市街に住む人達はマンションやアパートといった集合住宅で生活しており、一軒家はほとんど存在しない。



 最期に市街地の逆、川を挟んで街の東側に位置するのが、住人たちが主に『住宅街』と呼ぶ地域。

 この一帯はその呼称通り、市街と反対に、存在する建築物のおよそ九割が一軒家となっている。

 深夜や和道が住んでいるのはこちらの住宅地側であり、学校を終えた深夜が雪代に呼び出されたのもまた、この住宅地の一画だった。



「秋枡……円香」


 深夜のスマホには、昼過ぎに雪代から送られた今回の被害者に関するデータが表示されている。

 だがその視線は、漫然まんぜんと画面の上を通り過ぎていくだけだった。

 年齢だとか、遺体発見時の状況だとか、違法薬物取引の逮捕歴だとか。

 そんな興味の惹かれない情報の羅列られつの中、一つの名前が深夜の意識に引っ掛かる。


 秋枡由仁。被害者との関係性、親娘。

 三年前の被害者の逮捕以後別居中。

 現在は、霧泉市市内にて峰山グループが運営している、児童養護施設『ひまわりの家』にて保護されている。


「確かに『お父さんは悪い人』とは言っていたけどさ……」


 そうやってその無機質な説明文を流し読みした末にたどり着いた『参考画像』の項目。

 そこには、今朝深夜が出会った少女の顔写真が張り付けられていた。


「他所の家庭の事情に首を突っ込むのは、面倒くさいから嫌なんだってば……」


 今朝、友人に向けて発した言葉を、今度は誰に聞かせるでもなく呟きながら、深夜は雪代が指定した事件現場に向けて歩みを進めていった。



 ◇




「あ! やっほー! 深夜、こっちこっち!」

「静かにしてください!」


 現場に到着した深夜を既に待っていたラウムと雪代が出迎える。

 悪魔と悪魔祓い、ということで心配していたが思ったよりはトラブルなく一緒に行動できているようで深夜は少し安心した。


「学校から直接呼び出す形になってしまい申し訳ありません。お送りしたデータは、目を通していただけましたか?」

「一応、ここに来る途中に軽くだけど」


 事件現場である民家の玄関前に立つ雪代は、いつもの分厚い黒のロングコートにキャスケットの不審者ファッション。

 既に学ランをクローゼットの奥にしまい込んだ深夜にしてみれば、なぜその格好で汗一つかかずに涼し気な態度を取れるのか理解に苦しむ。


「では、私からも軽く説明させていただきます。数日前、この家の家主、秋升円香が全身の血を失い、ミイラ化した遺体で発見されました」

「それって、三木島の時と同じ……」

「ええ、普通の事故や殺人ではそんな死に方はしません」


 その説明を聞いた深夜が思い出したのは、先月に戦った悪魔憑きの末路。

 契約した悪魔の代償によって、右腕が風化するほどに肉体の「水分」を奪われた光景は記憶に新しい。


「被害者の遺留品の中に、三木島の所持していたものと同じ魔導書の写本が発見されていることから、協会は家主の死因が悪魔によるものと考え、今回、私に調査命令が下りました」


 雪代は説明しながら、コートの内側から一本のディスクシリンダー型の鍵を取り出し、当然のように目の前にある玄関扉の鍵穴にそれを差し込む。

 扉は何の抵抗も見せずにその鍵を飲みこみ、ガチャリと大きめな音を鳴らした。


「さて、と。それでは調査をはじめますが、あまり痕跡を残したり、証拠品を持ち出したりはやめてくださいね。もみ消しが大変になるので」

「事情は大体わかったけど……なんで当たり前みたいに鍵持ってるの?」

「警察内部の協力者から借りました」

「本当に何でもありだね、協会ってのは……」


 深夜は苦笑いも出ないといった感じで、ニコニコ笑顔でノブを回す雪代の後に続き、秋枡円香の家の敷居を跨ぐのだった。


「どう? ラウム」


 家主を失い、一週間放置されていたその建物は、元々の年季も相まって、肝試しを想起させるような不気味な雰囲気を放っていた。


「ん……あ、内側はだいぶ魔力の匂いがするなぁ……これはビンゴかもね」


 ラウムは脱いだスニーカーを律儀に三和土で揃えながらそう呟く。

 その言葉を受けて、雪代と深夜の警戒レベルも跳ね上がった。


「魔導書の件もあるので、九分九厘そうだとは思っていましたが……秋枡円香の死は悪魔が原因のようですね。それで、その匂いはどの部屋から?」

「んーっと……匂いは奥の方が濃いね……よっと、すんすん……」


 ラウムはたったったと跳ねるようにして廊下を進み、一番奥にあった木製の洋扉を指し示した。


「ここ。この部屋が一番匂いが濃い」

「書斎……ですね。警察の調査記録からしても間違いありません。秋枡円香の遺体があったのもこの部屋だったそうです」

「中に誰かがいる気配はある?」

「いないよ。あるのは魔力の残り香だけ」


 深夜は雪代を軽く一瞥して判断を仰ぐ。


「警察もある程度は調べたあとですから、誰かが潜んでいたりということはないでしょう。今回の目的は荒事ではなく、あくまで調査です。注意はしますが過度な警戒は不要かと」

「あい承知! じゃあ突入!」


 ラウムは乱暴に書斎の扉を開け放ち、それに続いて雪代、深夜の順で中に入っていく。


「うっ……」


 最後に書斎に入った深夜は、その内部の光景の異様さに一瞬言葉を失い、ほとんど無意識に口元を手で押さえていた。


「あ、そういえば。深夜はコレを見るのは初めてか」


 深夜のその態度にいち早く気付いたラウムが、地面に彫り刻まれた模様を指し示す。

 その紋様は真円の内側に上下左右が非対称に描かれており、赤黒く血糊ちのりが固まったような不気味な色をしていた。

 一見するとソレはなんでもないただの不規則な模様のはずなのに、視界に入るだけで言いようのない不快感が深夜を襲ってくる。

 車にかれた猫の死体を見た時のような、嫌な気分がこびりついて離れない。そんな感覚だ。


「……これは?」

「悪魔の召喚陣だよ」



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