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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第六話 他所様の事情


「いえ。お父さんは悪い人、です」


 和やかな感じに話が進むと思っていたら、由仁は梯子を外すように和道の言葉をきっぱりと切り捨てた。


「悪い人って、なんでさ?」

「悪い人は悪い人です。極悪人です」

「お父さんが聞いたら泣いちゃうぞ……」


 和道はなんとかこの場にいない父をフォローしようとするが、由仁はこの一点だけはなぜか強情で取り付く島がない。


「それに、約束を破った人です」

「なるほど……約束を破るのはうん。悪いな」


 善戦虚しく、和道も白旗を挙げてしまい、深夜は名前も知らぬ由仁の父に同情する。

 しかし、ここまでご立腹になるのだからさぞ大事な約束を破ったのだろう、と少し気になってきた。


「ちなみに、約束ってどんな約束してたの?」

「海外旅行に連れて行ってくれる、という約束です。もう三年も待たされてます。です」

「なるほどね」


 それは確かに金銭面やパスポートなど、気軽に応えられる約束ではなかったが、同時に子供らしい可愛げも感じる内容で、深夜は少し拍子抜けしてしまう。


「ところで君達。お話の邪魔をして悪いんだけど。ちゃんとこれから学校に行くんだよね? 職業上、学生のサボりを見過ごすわけにはいかないんけど」


 すっかり話し込んでしまっていた三人は、そんな警察のやんわりとした忠告で、今更になって自分たちが登校前だということを思い出した。


「やっべぇ! 学校のこと忘れてた! 由仁ちゃんって、第一小学校だよな?」

「え? あ、ハイ。そうです」

「神崎! 今何時?」

「八時二十分だけど……」


 黒陽高校の登校時間が八時三十分。たしか、霧泉市立第一小学校の始業時間が九時だったはずだ。

 深夜達は厳しいが、由仁が遅刻扱いになる心配はおそらくないだろう。


「元から遅刻する気だったんでしょ? 数分くらいならもう諦めて……」

「いいや! 走ればギリギリ間に合う!」

「それ、マジで言ってる?」


 確かに全力で走り続ければギリギリ間に合う距離だろう。

 だがしかし、「できる」かどうかと「やりたい」かどうかは全く別問題だ。


「走れぇ!」

「は、ハイ!」


 和道は由仁の手を取ると、転ばないように気を使いつつその手を引いて走り出した。


「……あぁ……面倒くさいぃ……」


 深夜はそんな心からの不満の声を出しつつも、結局は諦めてその後を走って追いかけるのだった。


 ◇



「はぁ……はぁ……無理……死ぬ……」

「おいおい、大丈夫か? もうちょっと普段から運動した方がいいぞ」

「運動……なら……してるん、だけどな……」


 この二か月ほど、悪魔憑きとあんなに飛んだり跳ねたりして戦ってたはずなのに、全く体力がついた様子がない。

 確かに、ラウムの魔力による身体強化は一時的な裏ワザのようなものではあるが、だとしても、実際に体を動かしているのもまた事実なのだから、少しは得るものがあってもよいではないか。


「息整ったら、進路指導室に行って入室許可証を取りに行けよ」

「うぃーっす」


 由仁を無事、遅刻させずに小学校に送り届けたまではよかったのだが、深夜の体力はそこで尽き果て、二人は揃って遅刻が確定した状態で黒陽こくよう高校の門をくぐるのだった。


「進路指導室……か。そっちの担当も別の人になってんのかな」

「さあね。そこまでは俺も知らない」

「しっかし、驚いたよなぁ。三木島が連続襲撃事件の犯人だったなんてさ」

「……ああ、うん。そうだね。びっくり」


――襲撃事件自体は、俺が真犯人なんだけど……――


 元担任教師、三木島大地と、彼に魔導書を与えられ悪魔憑きとなった黒陽生徒達との戦いの日々。

 深夜はそんな半月ほど前の記憶を思い出しながら、真相を知らない友人に対して曖昧な返事を返す。

 最終的に「表向きの」事件の真相は、生徒の襲撃事件と温室棟の崩壊、それら全てが、今もなお意識不明の状態である三木島の容疑、という形で決着した。


「でも結局、何が目的だったんだろうな。温室棟の爆破までしてさ」


 そのため、雪代をはじめとしたごく一部の関係者以外には、深夜や悪魔があの事件に関わっていたことは認知されていない。

 そうなった経緯には、協会による情報操作もあるが、あの夜、三木島に誘拐された女子生徒の証言によるものが大きいらしい。


「そういえばさ、三木島に誘拐されてたっていう女子生徒」

「宮下のことか?」

「そんな名前だっけ……あの子、和道の知り合いなんだっけ?」


 深夜にとってもクラスメイトであるのだが、特別親しいわけでもない身だといまいち名前も覚えきれない。


「そうだな。中学時代の補習友達みたいな関係だけど……なんだよいきなり」

「いや、変なことに巻き込まれてトラウマになってたりしないかな、って思ってさ」


 件の女子生徒もあの日、あの夜の温室棟にいた。最悪の場合、深夜と三木島の戦いを見ていた可能性もある。

 もしそうなら、深夜としても放っておくわけにはいかない。


「本人は『よくおぼえてない』って言ってたな。下校途中にさらわれて、それからずっと気を失ってたらしいから」


 気を失っていたのなら、あの場に深夜がいたことは見られていない……のだろう。

 確証はできないが、ひとまずは「そういうこと」にしておこう。


「……そっか。怪我とかもなかった感じ?」

「本人は見てる限りいたって元気そうだけど……珍しいな、神崎が女子に興味持つなんて」

「別に、ちょっと気になっただけだよ」


 悪魔憑き同士のいさかいに無関係な一般人を巻き込んでしまった身としては、女の子に痕が残るような怪我をされていたら後味が悪い。それだけだ。


「本当かぁ? この前の金髪美人とは何もない、っていうなら。もしかして、宮下みたいな小動物系女子がお前の好みとか?」

「うっざいな……」


 悪魔だとか悪魔祓いだとか、そういう真実を和道に話すわけにはいかず、ありもしない色恋沙汰を邪推じゃすいした彼のウザ絡みへの反論も難しくなっていた。


「……ああ、そうだ。和道にもう一個質問があるんだけど」

「ん? なんだぁ、露骨に話題変えにきたな」


 変なところで察しのいい和道のことだ、これ以上この話題を続ければ余計なことを感づかれかねない。

 そう危惧きぐした深夜は、かなり強引にだが話題を変えて誤魔化すことにした。


「由仁ちゃんって、今朝初めて知り合ったって言ってたけど。あれ、本当?」

「ああー、うん。それは本当なんだけど……」


 和道にしては珍しく、歯切れが悪い反応。

 やはり、由仁絡みの彼はどうも様子がおかしい。

 和道は少し考える素振りをして、「まあ、神崎ならいいか」と呟いて、答えを続けた。


「知り合いなのは親父さんの方。バイト先でお世話になってるんだよ」


 だから、由仁の「お父さんは悪い人」発言に反論していたのか。


「それ、由仁ちゃんは知ってるの?」

「いや、それがさ……おっちゃん。長いこと娘さんには会ってない、って言ってたんだよな」


 父親と娘が長い間顔を見合わせていない。順当に考えれば、今は一緒に生活してはいないということだろうか。

 実際、由仁は『海外旅行の約束を三年も待たされてる』とも言っていた。


「なんか訳アリって感じ?」

「多分な。つっても、流石の俺でもこれ以上深くは聞いてはないんだけど」

「なるほどね」


 その話を聞いて、深夜はようやく、あれやこれやの不審な態度の理由を理解した。

 もっとも、彼は相手を選んで人助けをするタイプではないので、きっと、今朝の出会いも、奇妙な偶然だったのだろうが。


「そういうわけだから。もし由仁ちゃんにまた会っても、この話は秘密で頼むわ」

「わかってるよ。他人の家庭事情に首突っ込むことほど、面倒くさいことはないからね」

「お前さぁ……もうちょっと言い方ってのがあるだろ」


 深夜の少し捻くれた返事に苦笑いを漏らす和道。

 そんな雑談をしている間に、二人はいつのまにか進路指導室の前にたどり着いていたことに気づいた。


「そういや、今日の一限目って何だっけ?」

「英語だよ」

「ヒナちゃんの授業じゃん! くっそぉ……ちょっともったいないことしたぜ」


 随分と悔しがっているが、その理由はおそらく彼が勉強熱心だから、というわけではない。


「あんまり英語の成績が下がると、嫌われるかもよ?」

「嫌なこと言うなよな……俺もそこは気にしてんだから」

「和道が自分のペースで走ったら、間に合ったんじゃないの?」


 教師と生徒。そんな身分違いの片思いに悩む友人に対し、深夜はそんな軽口をぶつける。

 実際、元陸上部の長距離走者である彼ならば、その気になれば息も切らさずに走りきれたのは間違いないだろう。


「なんていうのかな……神崎って、ほっとけないオーラ出てるからさ」

「その理由、なんかちょっとムカつく」


 ペースを合わせてくれたのは感謝しているが、それはそれ、これはこれだ。


 ◇


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