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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第五話 探し物はなんですか?

 ◇


「あぁ……落ち着かない……」


 たかが三十分、されど三十分。

 ただでさえ深夜は、ここしばらく悪魔絡みの問題で奔走し、寝不足気味だった。

 そんな中で夢見の悪い寝起きからの二度寝の失敗は精神的に辛い。


「放課後、どっかで昼寝しようかな……ん?」


 ふらふら頼りない足取りの深夜。そんな彼の視界の端に見覚えのある背中が映り込んだ。


「和道だ……」


 普段なら通学途中に寄り道をする余裕などないのだけれど、今日に限っては図らずも三十分も猶予ゆうよがある。

 そして何より、その見えた相手が相手なので、深夜は今朝の連絡の文句の一つでも言ってやろうと、その影の後を追って小さな公園の中に入った。


「代わりに報告しろっていうなら、場所と内容もちゃんと書いといてよ」

「え、神崎? もうそんな時間……じゃない、だと?」


 公園に置かれた時計と深夜の顔。その二つを行き来するように和道の目線が左右に動き、困惑と驚きの表情を浮かべる。


「俺が早起きしただけで、そんなに驚かれるんだ」

「驚くだろ……お前、早起きしたら即二度寝するタイプじゃん」

「……まあ、そうだけど」


 和道の見立ては完ぺきに的中しており、今日のその早起きは本人の意思ではないので、彼のリアクションが前面的に正しい。


「それで、今日は何やってんの」

「ん? ああ、探し物」

「探し物って、何を?」


 学校に遅刻する前提で、わざわざ早朝の公園で探すもの。

 それがいったい何なのか、深夜にはさっぱり想像がつかない。


「えっと、写真が入ってるペンダントらしいんだけど……『ミサイル』っていうんだっけ、そういうの?」

「『ロケット』だと思うけど」

「ああ、それそれ」

「どうせ和道のものじゃないんでしょ。誰のを探してるの?」


 深夜はいままで、彼がそんなものを身に着けているところを見たことがない。

 となれば、探しているペンダントとやらは別の人の持ち物のはずだ。


「ああ、それは……」

「あの、お兄さんも……和道さん……のお知り合いの方、です?」


 その時、おずおずと控えめな声が下方から投げかけられ、深夜の視線がそちらに向いた。

 そこにいたのは長い髪を二つ結びにした小さな少女。

 背丈は高校生男子二人の腰ほどで見た感じ小学生の低学年くらいだろうか。


「あ、コイツは神崎っていう俺の友達。それでこの子が……」

秋枡あきます由仁ゆにと言います。はじめまして、よろしくおねがいします。です」

「……どうも」


 少し奇妙な敬語ではあるが、年齢からすれば非常に礼儀正しい。

 初対面の深夜に怯えつつも、ちゃんと挨拶と自己紹介をする辺り、しっかりした子なのだろう。


「探し物の持ち主はこの子?」

「そゆこと。つっても、もう一時間以上探してんのに、全然見つからねぇんだけど……」


 ことの成り行きを聞いてみれば、和道が由仁と知り合ったのは今朝のことだという。

 和道がいつものように、早めに学校に向かう途中、オロオロと泣きかけの状態の由仁を見つけ、そのままペンダント探しを手伝うことを買って出たらしい。


「事情はわかったけど、和道、通報されなくてよかったね」


 こんな朝に、ましてや学校にも行かずに高校生が小学生と一緒にいる光景は、傍目には事案に見られかねない。


「そこは大丈夫だろ。俺、この辺の交番のお巡りさんとは大体顔見知りだから」

「そうだったね……あと、秋枡さんがビビってるから、ちゃんと説明してあげな」

「和道さんって……ワル、なんです?」


 先ほどまで和道の隣にいたはずの少女は、さっと移動して、近くの遊具の影にその身を隠し、そのまま顔の半分だけはみ出させて警戒心を露わにしていた。


「あ、いや! 警察と知り合いなのは落とし物を届けたり、道に迷った人連れて行くからだから! 捕まったことはないから!」

「では、善い人です?」

「なんか、それハイって答えるのも恥ずかしいな」

「子供らしい極端な二択だね」


 困惑する友人を見て、部外者の深夜は無責任な失笑が漏れたが、このままだと捜索も進まないか、と助け船を出すことにする。


「大丈夫だよ。和道はバカがつくくらいには、底抜けのお人好しだから。安心して」

「神崎、お前それ褒めてんのか?」

「事実を端的に述べてるだけだよ」


 ストレートにそれを伝えるのは何となくしゃくなので、あえて迂遠うえんな言い回しをした深夜だが、彼が和道を信用しているのは紛れもない事実だ。


「っていうか、そのロケットだっけ? 朝から探してるって言ってたけど、落したのはいつ頃の話なの?」

「落としたと思うのは昨日の……放課後にこの公園で遊んでいた時だと思います。です」

「昨日って、日が暮れるまではずっと大雨じゃなかったっけ?」

「あの、その……私、雨の日に公園で遊ぶのが好きなんです」


 由仁の声が上擦る。雨の日が好きというのはおそらく嘘だろう。

 別の理由で大雨の中公園にいたのか、あるいは……雨の後、夜に公園に来ていたのか。


――でも、そこを追求しても意味はない、か――


 公園で失くした。この一点に限っては嘘をつく理由も無いはずだ。


「落したのが昨日なら、交番には届いてなかったの?」

「……それ、まだ確認してなかったわ」

「いや、一番最初に確認しなよ……」



 ◇



「えっと、この用紙にお名前と住所、書けるかな?」

「はい、書けます。です」


 ダメもとで近場の交番に行くと、目的の品はあっさり見つかった。

 由仁はサイズの合わない椅子の上でピンと背筋を伸ばし、遺失物いしつぶつ受け取りに関する用紙と向き合ってペンを走らせる。

 なお、その場には交番まで付き添って来た深夜達もおり、警察と話す小学生女児を男子高校生二人が壁際に立って見守る奇妙な絵面が出来上がっていた。


「しかし、君たちは相変わらずだね。もちろん、いい意味で」


 由仁に応対している警察職員の青年から、自分のことを知っているらしい声掛けを受け、深夜は必死に記憶を漁る。

 数秒の思考の末、ちょうど今朝に夢で見た和道との出会いの日に、二人が捕まえたひったくり犯を連行していった警察官であることを思い出した。


――うん、記憶にはある。この人との関係はまだ奪われてない――


「人間そう簡単に変わらないっすよ」

「それもそうか」


 深夜の不安を知らぬ和道と警官は、馴染んだ感じで会話を弾ませている。


「でも、親切なのはいいことだけれど、危ないことには首を突っ込まず、大人を頼るべき時は頼りなさいよ」

「もちろんっす、いつも頼りにしてます!」

「本当にわかってるのかな……ただでさえ、君らの通ってる黒陽高校は色々あったんだから」

「マジでわかってますよ……まあ、今回はちょっと特別っていうか」


 一瞬、和道の言葉が淀んだ。といっても、それは本当に一瞬のことで、その場で気づいたのは、それが非常に珍しいことだと知っている深夜だけだった。


「書けました! です」

「お、綺麗きれいな字だね。秋枡由仁ちゃん。……よし、問題なし。じゃあ、取ってくるからここで待っていて」


 由仁の書いた書類を確認した警官は交番の奥に消え、すぐにその手に銀色に光るペンダントを持って戻ってきた。


「これで間違いないかな?」

「はい、それです!」


 差し出されたものは、表面に五芒星ごぼうせいが彫り込まれたペンダント。

 ロケットというには、少し大きいような気もする。


「なんかペンダントっていうより、懐中かいちゅう時計みたいな見た目だね」


 小学生の由仁のてのひらにギリギリ収まっているそのサイズも含めて、深夜の素直な感想をぶつけると、由仁から予想外の答えが返ってきた。


「これ、中身は写真だけじゃなくて、コンパスも入ってるんです」

「丸描くあれ?」


 と和道が首を傾げるが、おそらく彼が想像しているものではない。


「方位磁石のことでしょ」

「ああ、あっちか」

「はい、です。昔の船乗りさんが使ってたもの、らしいです」


 由仁はそう言って、実際にペンダントを開いて二人に見せてくれた。

 それはいわゆる、アンティークコンパスと呼ばれる代物で、中心でゆらゆらと揺れている磁針も、高級時計の針のような洒落しゃれっ気の効いたデザインをしている。


 その見栄えのいいふたの裏面には、日に焼けて彩度の下がったツーショット写真が収められていた。

 写っているのは小さな少女と少し疲れた顔をした成人男性。それが由仁と彼女の父であることは容易に想像できた。


「住宅街の公園のベンチに置かれていた、って昨日の夜に届いてたよ。高級品みたいだから、落とし主も探しているだろうって」

「確かに……こういうのアンティークっていうんだっけ? 俺が想像してたより高そうだ」


 和道もしげしげとコンパスを眺めてそんな感想を漏らす。

 どうやら、彼らが探していた場所自体はあっていたが、奇しくもその届人の親切心が裏目に出てしまったようだ。


「お値段は私にはわかりませんですが。お父さんにもらった大事なものなので、見つかって嬉しいです」

「……そっか、お父さん。いい人なんだな」

「いえ。お父さんは悪い人、です」


 和やかな感じに話が進むと思っていたら、由仁は梯子を外すように和道の言葉をきっぱりと切り捨てた。



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