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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第四話 はじまりの夢


 ◆


「おーい! そこのアンタ! 危ないぞ!」


 それは、その日、その瞬間、その場にいた誰もが、思わず声の方向に振り向いてしまうほど、大きな叫び声だった。


――朝から、うるさいなぁ――


 中学校への通学途中、偶然ぐうぜんその場に居合わせていた深夜もまた、周囲の人々と同じように、その叫び声の方に振り向く。

 すると。



 ビィ――――!



 とけたたましいクラクションを鳴らした原付バイクが、速度を落とさず、こちらに直進してきていることに気が付いた。


「“アンタ”ってもしかして……俺のこと?」


 そうして、こちらに突っ込んでくる原付バイクと、それを走って追いかける少年の姿を順にみて、先ほどの叫び声が自分に向けられていたのだと、ようやく理解した。


「そいつ! ひったくり!」


 それに続いた少年のその言葉で、原付が一向にスピードをゆるめようとしない理由もわかった。


「……面倒くさいなぁ」


 その言葉を聞かなければ。あるいは少年と目が合いさえしなければ。ただ避けてやり過ごすつもりだった。

 しかしながら、ひったくり犯を追いかける少年が着ているのは、自分と同じ中学校の制服だ。

 今ここで彼らと関わる苦労と、見て見ぬふりをして後で蒸し返されるリスク、その両方を天秤に掛けて、深夜は溜息をつきながら左眼の眼帯を軽く持ち上げた。



【人の目も気にせずに道の中心を走り続ける原付は、速度を緩める気配もなく視界から消えていく】



「十五秒後にいるのがあの辺りってことは、あのバイクが通るルートは……」


 左眼が視せる未来予知を元に割り出した秒数を心の内で数えはじめる。


――三、二……――


「おい、そこの眼帯! さっさと避けないと……」


 少年の叫び。原付のクラクション。

 深夜はそれらをすべて無視して、衝突を恐れず、接近し続けるバイクをにらみつけ。


「よっ、と」


 接触のその直前、ひらりと左に一歩体をズラし、すれ違いざまに原付に乗ったひったくり犯からブランドもののハンドバッグを逆にひったくった。


「なっ! うわぁ!」


 その結果、ひったくり犯のハンドル操作が狂い、原付は法定速度を大きく超えたスピードを残したまま、大きくバランスを崩す。

 数秒後、深夜の背後から急ブレーキの金切り音と、バイクが横滑りして壁にぶつかる衝突音が聞こえてきた。


「……ちょっとやりすぎたかな」


 ひったくり犯の未来までは確認していなかったな、と思い至り、眼帯をずらしたまま恐る恐る振り返ってみる。

 すると、ちょうどそこでは、アロハシャツ姿のひったくり犯が、ハーフメットを脱ぎ捨てて、今にも起き上がろうとしているところだった。

 どうやら、転倒して大怪我、ということはなさそうだ。


「くそがっ!」


 むしろ、ひったくり犯は元気よく悪態をつき、バイクを捨て置いてこの場から逃げようとしている。

 一瞬、どうしようかと考えた深夜の真横を、先ほどの少年が駆け抜けていった。


「サンキュ! あとは任せろ!」


 そうして、有言実行とばかりに、少年はレスリングか、柔道のようにひったくり犯の腰に抱き着いて、逃げられないようにその場に組み伏せる。


「なっ! 離しやがれ!」

「逃がすかよ! あ、そうだ。そこの眼帯! 警察呼んでくれ! 警察!」

「え? ……俺?」


 深夜は左眼の眼帯を元の位置に戻し、視線を左右に振る。

 他に眼帯を付けた人は誰もいなかった。


「あーあ……ほんと、朝から面倒くさいなぁ」


 そうして、観念した深夜は、この日、人生初の110番通報をしたのだった。



 ◆



「ん……また、昔の夢か」


 布団を肩まで被り、舌打ちを漏らす。

 深夜は、夢を見ること自体は嫌いではない。むしろそれも睡眠の醍醐味の一つだとも思っている。

 けれども、どうもラウムとの契約以後、その夢の内容に変化があった。

 具体的に言うと、過去の記憶を思い返すような内容の夢を見る頻度ひんどが圧倒的に増えた。


「多分、ラウムの代償と関係あるんだろうな……」


 夢は記憶の整理だ、なんて話は深夜も聞いたことがある。

 ラウムの代償によって、記憶が失われることによる、ある種の副作用のようなもの、というのが深夜の予想だった。


「あぁ……もっと夢見のいい睡眠が理想なんだけど」


 荒唐無稽こうとうむけいな夢ならそれなりに楽しめるが、自分の過去をそのまま思い返しても深夜的にはさして面白くはない。

 この変化は睡眠を趣味と豪語する彼にとって、最近の悩みの種の一つだった。


「まだ七時半……あと三十分は寝られるな」


 枕元で充電していたスマホで現在時刻を見ると、まだ二度寝に十分な猶予ゆうよがある。

 すぐさま二度寝を敢行しようとする深夜だったが、そこでスマホの画面に映る通知の一つが目に留まり、辛うじて重いまぶたが開いたまま維持された。


『今日遅れるってヒナちゃんに伝えといて』


 それはちょうどさっき夢に出てきた友人、和道からの単発メッセージ。


――送信時間は十分前。またか……――


 深夜の過去の経験則に則れば、酔っ払いの介抱の可能性が五割、捨てられた犬猫の保護が三割、家出人の説得とその他が一割ずつ、といったところだろうか。


 とにかく、彼のそういう他人へのお節介は、基本的に学生の本分より優先されるのだ。

 中学時代はそういった理由での遅刻、欠席が大体月に一度くらいの頻度で発生していたのだが、高校生になってもそれは変わっていないらしい。


 それにしたって、説明を任せるなら内容くらいは書け、とあとで文句の一つでも言ってやろう。


「まあいいや……二度寝しよ」


 伝言についてはいつものことだと受け入れ、当初の予定通り八時までの二度寝に入ろうと決めた深夜だったが、残念ながらその願いが叶うことはなかった。


「深夜ー! 朝だよ! 真昼が美味しい朝ごはん用意してくれたよ……あれ?」


 バンッ、と蝶番ちょうつがいが外れるんじゃないかという勢いで押し開かれる扉。鼓膜に突き刺さるような高音。大音量と共に部屋に飛び込んでくるラウム。衝撃と騒音で吹き飛ぶ深夜の眠気。


「……」

「もしかして、深夜……おこ?」

「……やっぱり今晩から外で寝ろ……」

「う、うるさくしたの謝るから許して!」


 ラウムを躊躇なく部屋から叩き出しはしたが、目は完全にえてしまった。

 二度寝はうまくいかなさそうだ。


「しかたない、今日は早めに準備するか……」


 不本意極まりないが、普段より三十分早く階下のリビングに降りることにする。

 すると、既に身支度を終えて朝食中だった真昼が、深夜を視界に入れた瞬間、その口に咥えていたイチゴジャムがたっぷり塗られたトーストを皿の上に落とした。


「……おはよ」

「え、この時間に兄さんが……? え?」


 どうやら妹はまだ目の前で起きた事象を現実を認められないらしい。


「…………今日は雨じゃなくて槍が降るのか……気を付けよっと」

「俺の意思じゃないけどさ、そこまで言う?」


 真昼のそれはもはや現実逃避のような感想なのだが、実際に過去を振り返ってもこの時間に起きたことは一度たりともないので、当然と言えば当然の反応でもあった。




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