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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第三話 特一級指定悪魔憑き


「深夜、お風呂出たよー!」


 リビングから出て行った真昼と入れ替わるように、ラウムと雪代が揃って湯上りのさっぱりした顔でリビングに現れた。


「シャワーだけでなく衣服までお貸しいただき、ありがとうございました」


 ラウムは、真昼のものらしきぴったりサイズのパジャマを、雪代は、深夜のオーバーサイズのティーシャツをワンピース風にそれぞれ着ている。

 とりあえず、真昼の見立てに問題はなかったらしい。


「それにしても、この家のお風呂おっきいねぇ。ねえ深夜、今度一緒に入ろーよ!」

「なっ!? か、神崎さん、まさか! あ、悪魔とだなんて不埒ふらちですよ」

「いや、そういうの、無いから」


 ラウムの妄言もうげんに触発され、雪代があらぬ妄想をふくらませて湯上りで上気した……だけではないであろう理由で、色白な肌を赤らめはじめる。

 深夜はその誤解を対照的な冷めた顔で否定しつつ、ソファから立ち上がりキッチンの方に向かった。


「雪代はコーヒーだよね?」

「ホットでお願いします」


――猫舌なのに……――


「私はミルクココア! 砂糖入り!」


――ココアにわざわざ砂糖を入れるのか……――


 それぞれの注文に対する突っ込みは心のうちに飲み込んで、しばらく使われてなかった両親用と馴染んだ自分用のマグカップを用意し、飲み物を準備する。

 本格的な奴ではなく、お湯で溶かすだけのインスタントだが。


「じゃあ、さっさと話の続きをしようか。真昼を待たせてるから、手短に」


 そうして、ダイニングの四人掛けテーブルにコーヒーとココアとレモネード、三者三様の中身を伴ったマグカップを並べて、深夜は二人にも着席を促すのだった。


 ◇


「それで改めて聞くけど、あのタクトの女はいったい何者なの?」

「彼女は協会が追っている悪魔憑きの中でも、極めて危険度が高いとされている一級警戒対象の一人です」

「そこまでは、あいつを探す前に聞いたね」

「なんか凄そうな肩書きだよねぇ……あ、おかわり!」


 ラウムは熱々のココアを一気飲みし、マグカップを深夜に差し出す。


「二杯目は自分で入れろ……雪代は話を続けてていいよ」

「協会が彼女の存在を最初に確認したのは三年前。協会が追っていた悪魔憑き達が次々と何者かに襲われていたのが発端です」

「なんか、私達の時と似たような話だね」


 ラウムは、キッチンでマグカップにココアの粉末を量り入れながらも話に継続して混ざってきた。

 悪魔憑きが悪魔憑きを倒す。それは確かに、以前深夜達が引き起こしていた連続襲撃事件と一部被るところがある。


「被害者達から聞き出した情報を統合し、その主犯格が共通の一人だと判明。協会は彼女に『蒐集家』というコードネームを付け、確保に乗り出したのですが……」

「三年かけても協会はあいつを捕まえられなかった?」

「恥ずかしながらおっしゃる通りです。既に何名もの悪魔祓いが彼女に挑み、返り討ちにあっています」


 ただ、あくまでも霧泉市市内の悪魔憑き退治に留まっていた深夜達とは違い、『蒐集家』は全国で悪魔憑きを探し襲って回っているようだが。


「悪魔憑きとも、悪魔祓いとも戦い慣れてるってわけだ」

「戦闘経験に関して言えば、彼女は間違いなく三木島大地より格上でしょう」


 実際に戦った深夜としては、雪代のその言葉に異論を挟むつもりはなかった。


「ああ、そうだ、三木島で思い出した。あいつ、三木島が契約してた悪魔と同じ異能を使ってきたんだけど、アレってどういうこと?」


 半月前、深夜が雪代と密約を結ぶ契機となった事件。その首謀者しゅぼうしゃこそが深夜の元担任教師、三木島みきしま大地だいち

 その三木島が契約していた悪魔、アムドゥシアスが持つ『植物を成長させる異能』と、先ほど蒐集家が最後に使った巨大な大樹を生み出した異能は間違いなく同種の力だった。


「三木島はちゃんと倒して、悪魔は地獄に送り返したはずだよね? なのにどうして」

「それこそが協会が彼女に『蒐集家』という名を付けた所以なのですが……」


 深夜の疑問に、雪代は少し考える仕草をする。

 どうやら、一言で説明するには難しい話らしい。


「そうですね。少し話は変わってしまいますが、以前、神崎さんに説明した、悪魔の召喚深度のことを覚えていますか?」

「えっと……『一度きり』、『魔道具作成』、『肉体に憑依』、『実体化』の四段階だっけ」

「かなりアバウトですが、概ねその通りです」


 会話の途中、彼女はキッチンに立つラウムをチラリと一瞥いちべつした。


「実際の例を交えて言えばラウムはフェイズ4の『実体化』三木島が契約していたアムドゥシアスはフェイズ3の『憑依』です」


 段階が上がれば悪魔の力は強力になる一方、全体から見た割合は激減する。

 第三段階で全悪魔の一割、第四段階に至っては、協会の今までの記録の中でも数件レベルに稀少、といった感じで雪代が話していたことを思い出す。


「あいつはどれなの? その召喚深度ってヤツ」

「悪魔の匂いはあのタクトからしてたから多分、あれが魔道具だね。つまり、召喚深度はフェイズ2」


 ケトルの水を横から眺めながら、ラウムがまた会話に割り込んでくる。

 お湯が沸くまで座って待つ気は全くないらしい。


「フェイズ2ってことは……あいつ、三木島よりは弱いってことにならない?」

「単純な異能の質や精度で言えば、『蒐集家』は三木島より下と言えるかもしれまんせん。ですが、フェイズ2にはフェイズ3の悪魔に無い、厄介な要素があるんです」

「厄介な要素?」


 深夜は自分用のマグカップに入れたレモネードで唇を湿しめらせて、問い直す。


「フェイズ2の悪魔、つまり魔道具は作る時にだけ代償が必要になり、完成してしまえばその後は誰でも、自由に異能を使えるんですよ」

「ああ、なるほど理解した。つまり、あいつは魔道具の『蒐集家』ってわけだ」


 協会が彼女に『蒐集家』や一級警戒対象などという大仰な二つ名をつけてまで恐れているのか。その理由を深夜は理解する。

 つまり、あの女は他の悪魔憑き達を倒し、その悪魔憑きから異能を宿した魔道具を奪い集めているのだ。


「協会が把握はあくしている範囲で、彼女に倒された悪魔憑きは四人います」

「となると、最低四つ……いや、本人が契約した悪魔を入れて、五個の魔道具を持っている、ってことか」

「そういうことです。おそらくですが、アムドゥシアスの異能を宿した魔道具は三木島が契約するより前に、別の人間によって作られた物でしょう」


 三木島から手に入れたというわけではないなら、そう考えるのが妥当だろう。


「一人で五つの異能……そりゃ確かに脅威だ」

「故に一級警戒対象に指定されたわけですね」


 とりあえず、先ほどの戦いで見せたのは『遠隔操作』と『植物の成長』の二つ。

 それに加えてあと三つ、あるいはそれ以上の異能を隠し持っているとなれば協会が警戒するのも納得だ。


「『蒐集家』についての説明はこのあたりにして、これからどうするかを考えないといけませんね」

「ラウム、魔力の匂いで『蒐集家』の居場所は探せそう?」


 相手が悪魔憑きなら、その専門家は悪魔だ。

 というわけで二人は、二杯目の激甘ココアを完成させて満足そうにしているラウムの方に顔を向けるのだが、当のラウムはその視線から逃げるように斜め上に目線を逸らした。


「それがさぁ、あのコレクター女。いろんな悪魔の匂いが混ざってたうえに、雨の中だったから、その匂いも薄まっててさっぱり……」

「今回もラウムは悪魔探しには役に立たないか」

「ひどい! ショボーン」

「悪魔祓いの雪代に見つかったわけだし、霧泉市から離れてくれないかな。そうなると俺は楽で助かるんだけど」


 悪魔祓いと悪魔憑きの関係は、端的に言えば警察と犯罪者だ。

 捕まりそうになったところを返り討ちにすることはあれど、基本的には関わり合いになりたくない相手のはず。


「断言はできませんが、その可能性は少ないでしょう」

「どうして?」

「今の霧泉市は三木島が魔導書のデータをばら撒いた結果、複数の悪魔憑きが生まれたという実績があります。魔道具狙いの彼女にとって、これ以上の優良物件はありませんよ」

「そんな、人の住んでる場所をいい狩場みたいに言わないでよ」


 だが、雪代の推測は理にかなっている。

 なにより、深夜達は三木島がどこで魔導書を手に入れたのか、それがわかっていないのだ。これ以上、この街で悪魔憑きが増えない保証はどこにもない。


「それに彼女が神崎さんに……というよりはラウムに狙いを定める、なんてことも考えられますからね」

「……面倒くさい話だな」


 深夜は改めて、自身が厄介な状況に巻き込まれたことを自覚し、頬杖をついたままため息を漏らす。その発言を境に、ちょうど会話が途切れて、リビングに沈黙が流れた。

 その結果、ぐぎゅるると元気のよい腹の虫の音が見事に、ダイニングからリビングまで響き渡る。


「…………」

「…………」

「紗々、顔赤いよ」

「あなたは! わかってて! 言っていますよね!」

「あーあ。せっかく黙ってたのに」


 なんというか、もう真剣な話し合いという空気ではなくなってしまった。

 それに、情報が少ない現状であれこれ予測しても仕方ない。そう思った深夜は席を立つ。


「ついでだし、雪代も飯食ってく? 味は……保証する」


 キッチンの戸棚から、大量に買い込んであるレトルトカレーとパックご飯を取り出してそう言ってみた。




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