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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第二章 「願いを叶えるモノ」
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第二話 湯気立ちあがるひと時


『深夜、これ以上はちょっと、マズいんじゃないかってラウムちゃん思うな!』


 まるで虫に群がられているような気分だ。

 一つ二つを叩き落としても、深夜を取り囲む鉄屑は一向に減る気配がない。


「わかってる。けど、もうちょっと耐えて」

『もうちょっと、ってどれくらい?』

「あと……三秒……」

『なんか思ってたより具体的だった!』

「二……一……!」


 十五秒先の未来が視えていた深夜は、その声が聞こえるよりも先にその身を屈めた。


「神崎さん、伏せてください!」


 直後、深夜の背後から銃声が連続して響く。

 続いて、金属同士がぶつかり合う高音と共に、深夜と『蒐集家』両者の間に浮遊していた鉄屑達が弾き飛ばされた。


『こういうことね。紗々《さしゃ》、ナイスアシスト!』

「悪魔に褒められても嬉しくありません!」


 これで深夜が「あと一歩」を踏み出す絶好の好機は訪れた。


「ラウム、魔力を俺の体に回せ。この隙に一撃で仕留める」


 大剣を通して、深夜の肉体にラウムの魔力が注ぎ込まれ、強制的に力を引き出された筋肉が悲鳴をあげている。

 深夜はその警告をすべて無視し、まさに目にも止まらぬ速さの一足飛びで『蒐集家』に斬りかかった。

 だが。



【そんな深夜と『蒐集家』との間を遮るように、直径二メートルはある大樹がアスファルトの地面の上に現れた】



「この、異能は?!」

「あらあら、悪魔祓いが来ちゃったらもうダメね。今日は一旦引くとしましょうか」


 深夜の渾身の一撃に対し、『蒐集家』は右手のタクトでは応じず、代わりに彼女は左手に隠し持っていた種子を眼前に放り投げた。

 種子は水たまりに触れた瞬間に萌芽し、爆発したと錯覚するような勢いで大樹へと急成長を遂げた。


「っ! ラウム!」


 深夜と『蒐集家』との間を遮るようにして現れた、直径二メートルの大樹。

 深夜は急制動をかけて激突を回避し、一太刀でその大樹を切り倒す。

 しかし、その大樹の奥にいたはずの『蒐集家』の姿はもうそこにはなかった。


「っ……逃げられた……」


 深夜は周囲を見回し、先ほどまで宙を浮いていた鉄屑たちが、全て地面に転がっていることを改めて確認する。


『ダメだ。魔力の匂いも近くにない』


 ラウムのダメ押しの宣告を受け、深夜は深いため息を漏らし全身の力を抜き、戦闘態勢を解いた。


「やはり、一筋縄では行きませんね……」


 それと同じタイミングで、黒いロングコートに黒いキャスケットという明らかに怪しい出で立ちに天然金髪の美少女、雪代紗々が深夜の隣に歩み寄ってきた。


「サンキュ、雪代。さっきは助かった」


 深夜が先ほどの援護射撃の礼を口にするが、拳銃をコートの内にしまう雪代の表情は晴れない。


「私の援護が彼女の逃走の決め手になったようなので、何とも言い難いところですね」

「あいつがいわゆる……ベテラン悪魔憑き、ってやつ?」


 深夜も彼女の動きにならって、大剣からその場で手を放し武装化を解除する。

 魔力の糸へと解きほぐされた剣は、ボブヘアの少女にその姿を変えた。


「彼女がいつかはこの街に現れるだろうと予想はしていましたが、まさかこんなに早く遭遇することになるとは」

「ちょ、ちょっと深夜! 家に帰るまでとは言わないけど、せめて物陰とか、雨の当たらないところで武装化の解除してくれないかな?! いきなりびしょ濡れなんだけど!」

「雨が当たらない場所探すの、面倒くさかったから……」

「その理由、酷くない?!」


 ラウムは雨水を大量に吸った、文字通りの濡羽色ぬればいろの髪をペタリと顔に張り付かせながら抗議の声を上げる。

 もっとも、深夜はうるさいなー、と言わんばかりに耳をふさいでそれを聞き流しているのだが。


「ですが、これ以上ここに留まっていても、全員体を冷やすだけなのは事実です」


 雪代も頬に張り付いた髪の水気を絞り落としながら、次の行動を提案する。


「今日の所は一度解散し、改めて彼女……蒐集家について話し合いましょう。濡れっぱなしで風邪をひいてしまっては元も子もありません」

「紗々にさんせー。ねえ、今日は深夜の家に泊ってもいいでしょ? シャワー浴びさせてー!」

「別にいいけど……雪代はどうする?」


 深夜としてはついで程度に聞いたつもりだったのだが、当の雪代は自分に声がかかるとは思っていなかったらしい。普段の肩ひじ張った声色ではなく、年頃の女の子らしい雰囲気で返事を返してきた。


「私も神崎さんの家にお邪魔してもよいのですか?」

「そのままうちで今後の話もした方が楽そうだし」


 雪代を家にあげるのは初めてというわけでもないし、深夜としては悪魔絡みの厄介ごとはまとまってくれたほうが嬉しいのだ。


「それもそうですね。私の仮宿は市街の方で結構遠いですし。では、お言葉に甘えさせていただきましょう」


 話がまとまったところで、ふと深夜の中である疑問が浮上する。


「そういえばさ……前から気になってたんだけど」

「はい?」


 それは深夜が雪代と出会ってから、今までずっと聞けずにいた事柄。


「雪代って、いったいどこで寝泊まりしているの?」



 ◇



「サイズが合うかはわかりませんけど、着替えはここに置いておきますね」

「突然押し掛けた身で衣服までお手間をかけてしまい、申し訳ありません」

「気にしないでください。むしろ、兄のお古なので嫌だったら言ってくださいね」

「私はまったく気にしませんので、ありがとうございます。真昼さん」

「真昼も一緒に入る? 紗々の体すごいよ! ……ホント何食べたらこうなるの?」

「ひゃ! 突っつかないでください!」

「私は遠慮えんりょしときますねー」


 風呂場から聞こえる、そんなかしましい女性三人の会話をぼんやりと聞きながら、深夜は一人、リビングのソファに腰を下ろしてバスタオルで髪の水気を拭き取っていた。

 ちなみに服装も私服のジャージに着替えており、ずぶ濡れの制服はラウムの服と一緒に洗濯機の中で回っている。


「なんであいつらが風呂を使ってて、俺はバスタオルだけなのさ……」

「そりゃ、女の子の方が優先に決まってるじゃん」


 そんな深夜のぼやきを、リビングに戻ってきた彼の妹、神崎かんざき真昼まひるが呆れ声で一刀両断する。


「男女差別反対……」

「じゃあ、お客様優先」

「ぐぬぬ……」


 目下両親が不在の神崎家。そのもう一人の家主である彼女は、運動嫌いで色白な兄とは対照的に中学校ではテニス部の部長を務めるバリバリの体育会系。

 しかし同時に、後ろで一つ結びにしている髪は兄と同じく母親譲りの色素の薄い特徴的な色をしており、ラウムも雪代も、一目で察する程度には、二人はよく似た兄妹でもあった。


「っていうか、兄さんって今まで風邪とか引いたことないし、それで十分でしょ?」

「そうだけどさ……」


 溺愛できあいする妹があちら側についてしまっては、兄としてはこれ以上どうすることもできないので、大人しくバスタオルで冷えた体を擦って暖を取るしかなかった。


「でも、悪いね。俺の知り合いなのに真昼に色々と手伝わせちゃって」

「兄さんを脱衣所に入れるわけにもいかないし、気にしなくていいよ」


 最初は深夜が適当に見繕うつもりだったのだけれど、真昼がそれを頑として承知しなかったので、やむなく彼女に一任する形になったのだった。


「まあ流石に、三人そろって濡れネズミ状態で帰ってきた時は『なにやってんだコイツら』って思ったけど」

「それは、その……色々あって」


 水を吸って重くなったバスタオルを折りたたみながら、深夜は妹の冷ややかな目線から逃げるように顔をそむける。


「それにラウムさんには、トンネル事故の後に何度か会ったことあったけど、今回はなんかすごい美人の人まで新しく連れ込んできたのも驚いた」

「連れ込んだって……他に言い方あると思うんだけど。シャワー貸してるだけだし」

「そういうのを『連れ込んだ』っていうんじゃないの? シャワーなんて、今時どこの家にでもあるわけだし」


――駅前のネカフェって、シャワーあるのかな……――


 そう。深夜自身も本当についさっき知ったのだが、雪代はこの霧泉市に来てからずっと、ネットカフェの個室を拠点に生活をしていた、というか現在進行形でしているらしい。


 確かに、この街は典型的なベッドタウンであり、ホテルに類する宿泊施設が存在しない。

 そのことは深夜も知っていたが、それにしたってまさか一か月以上もそんな生活をしているとは全く想像していなかった。


「雪代さん……だっけ。あの人と兄さんがどういう関係なのかは、聞かないほうがいいんでしょ? ラウムさんの時みたいに」

「そうしてくれると嬉しい」


 家族を危険に巻き込みたくない方針の深夜としては、悪魔や悪魔憑き、協会のことは出来る限り秘密にしておきたかった。

 ただいかんせん、深夜とラウムの契約のきっかけは家族旅行の際に巻き込まれたトンネル事故であり、その時、ラウムはその救助を手伝っている。

 そのため、実は真昼をはじめとした神崎家の面々は全員、ラウムとの面識自体はあったりするのだ。


「一応聞くけど、待ってたらいつか説明してくれる気あるの?」

「……あははは……」


 もっとも、真昼視点では『突然現れ、兄にべったり張り付いている素性不明の女』でしかないため、不信感のこもった視線は常に深夜に向けられているのだが。


「わかった……じゃあ、私は二階で勉強してるから」」


 おそらく、真昼は雪代もまた普通の少女ではないと薄々勘づいているのだろう。そのうえで、兄の意向を汲んで深入りはしないでくれるらしい。

深夜はそんな妹の気遣いに内心で改めて頭を下げる。


「隠し事が終わって、夕飯が出来たら呼んでね」

「あぁ……うん。わかった」


 訂正しよう。

 意向を汲んでくれている、というよりは、どうせ聞くだけムダと諦められているだけかもしれない。


「はぁ……でもなぁ、これでも去年に比べたら、話してくれるようになった方だしなぁ」


 妹が残していった冷たい視線を受け、深夜の肩を深く落とすのだった。



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