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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第二十二話 天から堕ちる黒き羽



「お前の出番だ……力を貸せ、ラウムッ!」


 その絶叫に呼応するように温室棟の天窓が砕け、ガラス片の雨と共に一つの黒い影が温室内へと飛び込んできた。


「待ってましたぁ!」


 その影は空中で深夜の投げたナイフを受け取り、灯里と三木島、その間に着地する。

 そして、落下の衝撃を全く感じさせない機敏さで灯里を縛る触手を一刀両断し、解放された彼女を抱き上げた。


「なっ、いつから!」

「うっさい! 邪魔だよ、クソメガネェ!」


 虚を突かれうろたえる三木島をその乱入者は容赦なく蹴り飛ばし、自らの腕で眠る灯里の無事を確認する。


「ふぅ。まったく、帰りが遅いと思って探しにきたら……」

「嘘……でしょう……?」


 雪代は地面に這いつくばった姿勢のまま目を見開き、温室の中央に現れたその姿を見る。


 左眼を包帯で覆った顔。琥珀色の右眼。月明かりを受ける艶やかな濡羽色の髪。


 突如として現れたその少女によって一変した状況。虚を突かれたのは雪代もまた同じだった。


「何者ですか! あなたは!」

「あ、私? 私は、愛と正義の悪魔。ラウムちゃんだよ。きゃるん☆」


 少女の口から出てきたのは、緊迫した命のやり取りの場に到底似つかわしくないふざけた擬音付きのセリフと、頬に人差し指を当てるぶりっ子ぶった決めポーズ。

 当然、そんな言葉で雪代が全てを理解できるはずもない。


「悪魔……それは、どういう……」


 だが、そんな疑問の声をかき消すように、三木島の攻撃を受けて吹き飛ばされた深夜がゴロゴロと雪代の横に転がってくる。


「あ、神崎さん! 大丈夫ですか!」

「はぁ……ああ。今回は、流石に死ぬかと思ったけど……」


 ナイフを投げる動作による反動で何とか直撃は避けた深夜だったが、極限の攻防を終えて息も絶え絶えといった状態だ。


「あ、深夜! おーい!」


 黒髪の少女は、灯里を抱いたまま一足飛びで深夜の隣に移動する。それは明らかに人間離れした跳躍力。

 しかし、深夜はそれに驚く様子は見せず、彼女の差し出す手を取ってゆっくりと起き上がった。


「ボロボロだねぇ、大丈夫?」

「ラウム……宮下は無事?」

「ちょっと縛られた痕があるけど、それ以外は寝てるだけ。だいじょうブイ!」


 黒髪の少女は抱きかかえる灯里の頬を撫でてから、ピースサインを深夜に向ける。


「そっか。よかった……」


 ラウムに抱かれた灯里の寝息は安らかなものだ。

 深夜は一瞬だけ穏やかな視線を彼女に、向けて安堵の息を漏らした。


「むー! ラウムちゃん的には、もうちょっとパートナーの心配もしてほしいかなぁ!」

「そのパートナーに説明もなしに、突然雲隠れしてたのはお前の方だろう。今までどこで何やってたのさ?」

「そう! 聞いてよ深夜! あのメガネ野郎ってば、一昨日に私一人で散歩してたらいきなり襲ってきてね! あの触手で私を串刺しにしたんだよ! 酷くない? 本当にあと一歩で死ぬところだったんだから!」


 ラウムは包帯が巻かれた左眼を指さし、キャンキャンと甲高い声で深夜に自らの身に起こった出来事を説明する。


「一昨日……なるほど。だからお前、俺が相模に襲われた時に来なかったのか……」

「え? 深夜も同じタイミングで襲われてたの? すっごい偶然。運命感じちゃうね!」

「偶然なわけないだろ。三木島がタイミングを合わせてたんだよ」


 そんな軽口を言い合う深夜の表情に、先ほど灯里に向けていた柔和な気配ない。

 そして彼は明確な敵意を込めて、体についた土埃とガラス片を叩き落としながら立ち上がる三木島を睨みつけた。


「ハハハハハッ! やっと来てくれたな。待ってたぜ! 神崎の悪魔」

「この前はマジでよくもやってくれたわね! それと『待ってた』なんて騙し討ちされた負け惜しみにしては情けなくない?」


 ラウムは、自身の顔の左半分に巻かれた包帯を見せつけるように吠える。

 しかし、三木島は既に冷静さを取り戻し、触手を自身の周囲に集中させて防御を固めながら嫌味な笑みを浮かべていた。


「いいや。本当に待ってたんだよ。お前達が揃うのを……なあ、連続襲撃事件の犯人。それともこういうべきか? 同類狩りの悪魔憑き!」


 三木島のその言葉を深夜もラウムも冷ややかに受け止め、否定しない。


「神崎さんが……悪魔憑き……?」


 そんな中でただ一人、雪代だけが言葉を失って深夜を見つめる。

 三木島のその言葉によって彼女は今回の事件、その真相に気づいた。気づいてしまったのだ。


 なぜ、深夜が相模明久、ひいては三木島大地に命を狙われていたのか。

 それは深夜が三木島にとって脅威となりえる存在だったから。


 なぜ、三木島が魔導書のデータを与え、悪魔憑きとなった生徒達が襲われたのか。

 それは彼らが深夜にとって、この街の平穏を乱す敵だったから。


 つまるところ、この連続襲撃事件の真相は一貫して、神崎深夜と三木島大地、二人の悪魔憑きによる水面下の戦いだったのだ。


「どういうことですか、神崎さん!」

「あっちゃー。バレちゃったね。この子には隠してたんでしょ? どうするの深夜?」


 問いかけられた本人に代わり、ラウムが軽い口調で対応するが、当の深夜は無言で頭を掻くだけだった。


「じゃあ、交渉の本番と行こうか。神崎」

「灯里はもうこっちにいるんだから、交渉の余地なんてないよーだ!」


 人質を失ったこの状況にもかかわらず、三木島は余裕の笑みを浮かべてラウムの罵倒を聞き流す。


「なあ神崎、俺と手を組もうぜ」

「いまさら手を組もうとか、私達のことを殺しかけといてよくそんなこと言えるね!」

「あの時は確かにまとめて排除するつもりだった。俺が魔導書を渡して悪魔憑きにした生徒を、お前達は次々倒しちまうんだからな……だが、そこの悪魔祓いがこの霧泉市に来て状況が変わったんだよ」


 三木島はもったいぶるように地に伏す雪代を指さす。


「協会に目をつけられた以上、神崎を殺してもその後で悪魔祓い共に狙われて終わりだ。だったら、悪魔憑き同士協力した方がいいだろ? お前も悪魔憑きだとその女にはバレちまったからには、共通の敵はむしろ協会のはずだぜ」

「なにその理屈。仮に今ここでアンタと手を組んで、ウチの相棒に色目使ってたこの悪魔祓いを殺しても、協会からまた次の悪魔祓いが送り込まれてくるだけでしょ?」


 三木島の饒舌な言葉に無言を貫く深夜に代わり、ラウムが言葉を返す。


「ああ、そうだな。でも、次が来るまでの準備期間は手に入る。俺の手元には魔導書があって、ここには未来に思い悩むたくさんの若者達もいる、なら……勝算はあると思わないか?」

「あんたまさか……悪魔憑きの軍団でも作って、協会に真正面から喧嘩売る気?」

「ああ、そのとおり。俺達悪魔憑きと協会の悪魔祓いの全面戦争。そんなの最高に面白そうじゃねぇか! なあ、神崎?」


 悪魔憑きと協会の全面戦争。

 三木島の口から告げられた野望に、悪魔のラウムも思わず言葉を失う。

 そんなもの、とても正気の沙汰ではない。


 だが同時に、この男は間違いなくそれを実行に移す。そう思わせるに足る狂気が彼の全身から滲み出ていた。


「うわぁ。アイツ本気だ……どうする? 私は深夜に従うよ」


 ラウム、三木島、そして雪代。この場にいる全員が三者三様の面持ちで深夜を見つめ、その返答を待つ。


「……確かに、雪代にはラウムのことバレちゃったし、一人で協会とやりあうのは面倒くさいな……」

「だろう?」


 三木島はニヤリと笑う。

 だが、深夜の視線はずっと変わらず、三木島への敵意が込められたままだ。


「でもさ――」


 短い貯めで言葉を区切り、深夜は告げる。


「宮下に手を出した時点で、()()()()()()()


 この上なく明確な宣戦布告の言葉をもって、三木島の誘いを拒絶した。


「……ハハハハハハッ! その理由は予想してなかった! アーッハハッハ! なんだよお前! 冷めた合理主義者ってツラしてるくせに、そんな感情的なことも言えたのかよ! ハッハッハッ、最高だ。ずっとさかしい優等生だと思ってたが……なんだ、お前も立派なクソガキだったってわけだ!」

「ああ……そういうわけだからさ。お前はここで俺達が潰す」


 そう言って深夜は一歩、三木島へと歩み寄り。ラウムも顔に巻かれた包帯をはらりと解いてそれに続く。


「いくよ、ラウム」

「おっけ、オッケー!」


 そして、深夜は隣に立つラウムへと左手を伸ばし、ラウムはその手を胸元で抱きしめるように手繰り寄せた。

 しん、と空気が張り詰める中、悪魔は静かにうたいだす。



『 小夜啼鳥さよなきどりの 伽紡とぎつむぎ 』



 それは祝詞のりとのように厳かに、さえずるように軽やかに。

 少女の発する澄んだ音は聴く者の聴覚よりも原始の感覚、魂魄の領域にまで響き渡る。

 そして、ラウムを中心に冷たい突風が螺旋を描いて吹き上がり、その姿は足先から黒い糸へとほどけはじめた。



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