第二十話 悪魔祓い VS 悪魔憑き
三木島の放った触手を打ち抜いた雪代は即座に、はじめて見る温室棟の内部の構造、そしてそれぞれの立ち位置を目視で確認していく。
――人質は……やはり三木島のすぐ近くですか――
雪代は円形の温室の中央に立つ三木島、その足元の芝生に意識なく横たえられた灯里を同時に視界に捉えると、彼女は大きく温室の外周を旋回するように駆け出した。
足元に咲く花を踏み散らしながら人質に被害が出ない位置へと移動して、再度三木島に向けて退魔銀の弾丸を放つ。
「来たのはお前一人かよ。神崎はどうした?」
しかし、三木島は新たに樹木の触手を自らの足元から生み出し、前方数メートル分の地面をめくりあげて土の壁を形成し、雪代の放った退魔銀の弾丸を防いだ。
――異能で生み出した触手で受けずに、魔力のない土で防御を!?――
一度か二度見ただけで退魔銀の性質を把握し、対抗策を用意していたことも驚きだが、それ以上に三木島の防御反応の速さに雪代は奥歯を噛む。
雪代達が三木島と戦う覚悟を決めていたのと同じく、三木島もまた油断なく、雪代達を迎え撃つ準備をしていたことに他ならないからだ。
「人質がいるのにいきなり撃つなんて随分乱暴だなぁ!」
「当然ですよ、あなたを倒して宮下さんを助けにきたのでね!」
虚勢の挑発と共に、雪代は続けざまに退魔銀の弾丸を三発、三木島に向けて発砲する。
今度は土の壁を生み出すのではなく、射線から逃れるように横跳びで回避されるがここまでは狙い通り。
――上手く三木島を人質から離せた。あとは、彼の意識を私に集中させる!――
雪代の経験上、あの触手のように人体が本来持たない要素を遠隔操作する場合、想像以上の集中力と計算能力を必要とする。
温室の中心という見晴らしのいい場所にあえて三木島が陣取っているのも、おそらくそれが理由。対象と触手をそれぞれ目視していなければ、操作の精度が低下するからだろう。
逆を返せば、雪代に意識を集中している限り、三木島の視界の外にいる人質を攻撃する余裕はないはずだ。
「ハハハッ! やっぱりそう来るよなぁ! 期待通りだぜ!」
――よし、釣れた!――
三木島は雪代との戦いを優先することを決め、スラックスのポケットから再びビー玉サイズの球体を三つほど取り出し、足元に無造作に放り投げる。
「まずは悪魔祓い。お前から行こうか!」
そして、ドンと地面を一度踏み鳴らすと、それらの球体は破裂しそれぞれが樹木の触手となって三方向から雪代に襲い掛かった。
「種から樹木の触手……なるほど、植物を成長させる異能ですか!」
「正解。こんなに早く見抜くとは、さすがは専門家だな!」
水も栄養も関係なく、一瞬にして種子から樹木へと強制的に成長させる。
それが三木島大地の契約した悪魔、アムドゥシアスが持つ異能。
そしてソレは、ただ成長させるだけにとどまらない。
魔力の込められた植物は、三木島の思うままに操ることができる。
それこそが樹木の触手の正体とメカニズムだった。
「ふっ!」
しかし、現在雪代と三木島の距離はおよそ二十メートル。
この距離ならばいかに素早く触手が迫ろうと、銃弾による迎撃の方が早い。
魔力が込められた触手達は退魔銀の影響を受け、着弾点から破裂する。
「ひゅう。大した精密射撃だ。だけど、意味はないな」
「何!」
途中で寸断されたにもかかわらず、触手の動きは止まらない。それどころか、破裂した断面から再度鋭利な先端を伸ばし雪代に迫った。
――なるほど、一部分を折ったり消し飛ばしたりしたとしても、残った部分を成長させてまた新たな枝が伸ばせるのか!――
雪代は迎撃を一旦諦め、三木島の周囲を回るように走り、触手の刺突を避ける。
「ふぅ……触手の伸びる速さ的にも、回避自体は難しくありませんね」
そう心に余裕を持った直後、雪代が気付く。
先ほどまで立っていた芝生に突き刺さる触手達が、まだ蠢き続けていることに。
「……まさか!」
雪代の背筋に走る悪寒。
その気配は彼女の足元にある。雪代は強引にバックステップで大きく後ろに跳んでその場を離れた。
すると、その直後に地面から大樹の触手が槍のように生えてきた。
あと数秒回避が遅れていれば、間違いなく雪代は下から串刺しにされていただろう。
――地中を通って……待て! それが可能なら!――
「追加だ! 受け取れ!」
雪代の懸念は的中する。
三木島が最初に放った三本の触手とは別、新たに四本の触手が、雪代の四方を囲むように地面から突如として現れたのだ。
――視界の外、地面からの奇襲。これでは銃の間合いが活かせない――
三木島の足元から地下を通ってきたのであろう追撃によって、雪代の逃げ場はふさがれてしまった。
「なら、こじ開けるだけです!」
雪代は正面に現れた触手に向かって発砲。
眼前の道を遮る触手を根元から消し飛ばし、その隙間から回避しようとする。
だが、駆けだそうとする足が動かない。
「何っ!」
雪代は思うように動かせない足元に視線を向け、戦慄する。
そこに植えられていたのであろう見慣れた花々。それらが異質に蠢き、雪代の足首に絡みついていたのだ。
花を気持ち悪いと思ったのは生まれてはじめてだ。それほどまでにおぞましい絵面。
――まさか、三木島が直接触れなくても、触手を通して別の植物にも魔力を込めて操れるのか!――
雪代は躊躇いなく自らの足元に銃口を向け、弾倉に残る弾丸を全て吐き出す。
銃声と魔力の弾ける破裂音が間近で響く。それと共に細かく散った花弁が舞上がり、足の自由が解放された。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ギリギリのところで、回避には成功した。
だが、そのわずか数秒のやりとりで雪代は目に見えて疲弊していた。
――最悪だ……もし仮に、三木島があらゆる植物を操れるのなら……この温室にある植物全てが三木島の武器――
相模明久とは比較にならないほど。
否、それどころか雪代が今まで戦ってきた悪魔憑きの中でも上位に位置するほどに、三木島大地は悪魔の異能を使いこなしている。
「どうしたよ。動きが鈍ってきてるぜ、悪魔祓い!」
悪魔憑きが扱える異能の精度や出力、それを左右する要因、それは何か。
経験、練度はもちろん重要だ。
だが、悪魔憑き、悪魔祓い双方の共通認識として、最も重要とされているものがある。
それは人間と悪魔、両者の精神的な相性。
身も蓋もない言い方をすれば、悪魔と気が合う人間ほどより強力に異能を扱えるということだ。
「本当に、最悪ですね……」
そして、それは今の雪代にとって最も嬉しくない事実でもあった。
悪魔と波長が合うということは、単に相手が強力な異能を行使してくる、というだけではない。
「まだまだやれるだろ? 俺はまだ全然満足できてないんだぜ!」
その事実は、三木島大地の精神性が真っ当な人間よりも、人外に近いということも証明していた。
そんな人間の考えを読み、裏をかくのは至難の業だ。
――何しろ、こっちの常識が通じないってことですからね――