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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第十九話 切なる願い


『疑問』


 黒陽高校の温室棟。

 その中心部に備え付けられたベンチに腰掛け、丸い明かり取りの天窓から月を眺めている三木島の脳内に声が響く。

 それは幼い少女とも、声変わり前の少年とも取れそうな微妙な高音で、鈴の音に似た澄んだ声色だった。


「なんだよ? アムドゥシアス」


 その声は三木島にしか聞こえていない。

 体の中にもう一つの人格が憑りついている感覚に最初は少し戸惑った。

 だが、彼、あるいは彼女がそれほど自己主張しない性格だったこともあり、内なる悪魔との共存は、契約から三か月という時間を経て、今は自然と馴染んでいた。


『先日、神崎深夜と悪魔祓いを殺さなかった理由』


 もっとも最近は自己主張が少なすぎるのも愛想がなくて考えものだな、と思うようになってきたのだが。


『相模明久との戦いの後、奇襲の機会は十分あった』

「場所が悪かった。あの悪魔祓いの使う『魔力を掻き消す銃弾』は厄介だ。確実に倒すには、お前の異能が万全に使えるお膳立てが必要だと思ったんだよ」

『……理解』

「なんだよ、拗ねるなって。別にお前の力を信じてなかったわけじゃないんだからさ」


 相棒の短い言葉にわずかに乗った、今まで見せたことのない感情を読み取り、三木島は愉快そうに笑ってなだめる。


『しかし、状況は切迫。勝算は?』

「さあ? そういうのは計算しない方が面白いだろ?」


 確かにアムドゥシアスの言う通り、状況は芳しくない。

 深夜への嫉妬と敵意を煽った相模はあろうことか深夜一人に敗れ、深夜への好意と劣等感を利用した灯里は結局、悪魔の召喚を拒絶し自分達の仲間にはならなかった。

 そして、ついに深夜は悪魔祓いと共に自分達の存在にまで辿りついた。

 まさに詰み一歩手前といった状況だ。


「早く来ねぇかなぁ。二時間は長すぎたかな」


 だが、そんな状況になってなお、三木島に焦りの感情はなく、むしろ彼が浮かべているのはクリスマス前の子供のような、興奮を隠し切れない表情。

 彼の内に潜む悪魔は、自身が契約を結んだこの男の本質を今なお測り損ねていた。


『再度、確認』

「今日は珍しくおしゃべりじゃないか。俺としてはそっちの方が面白くてありがたいが」

『三木島大地、あなたの願いは何?』


 それはかつて、アムドゥシアスが三木島によって地獄から呼び出された時に投げかけたものと同じ問い。

 そして、それに対する契約者の答えもまた、あの時と同じものだった。


「俺は面白いことがしたい。それだけだ」

『悪魔憑きの無秩序な増加。協会との敵対。これらが『面白い』に該当する理屈が理解不能、説明を要求』


 悪魔憑きが同じ場所に増えれば、必然的にそれを追う協会の注意も引く。

 百歩譲って自己保身のために仲間を増やすにしても、そのために敵に目をつけられていては意味がない。

 彼の手段は自衛のためというにはあまりに雑だ。

 現に増やした悪魔憑きは全て倒され、協会の悪魔祓いにもあと一歩というところまで追いつめられている。

 アムドゥシアスには、そんな三木島の在り様がまったく理解できなかった。


「ああ、そうだな。誰にも理解されなかったよ。でもさ、俺は悪魔の力を手に入れた生徒達がその力をどう使うのか、何を願うのかって考えるとワクワクした」


 あるものは半信半疑に、あるものはすがるように、悪魔に自らの切なる願いを託していた。


「相模を神崎にけしかけた時、上手くいくのかってドキドキしたし。悪魔祓いがこの街に来たと知った時、どうやってやり合おうかずっと考えて夜も眠れなくなった」


 誰かと真剣に競い、騙し合うことがこれほど心を満たすのだとはじめて知った。


「今だってそうだ。俺は神崎と悪魔祓いが何をしてくるのか楽しみで仕方ない。最高に面白い非日常だ」

『混沌がもたらす刺激、興奮を望んでいると推測』

「ああ、そうかもな。まあ、そういうわけだからさ、俺にはまだまだお前とやりたいことがたくさんあるんだ。だから、協会に捕まるのはゴメン願いたいわけ……ああ、そうだな」


 内なる悪魔との問答を通し、三木島は自らの願いをより明確に言語化するにいたる。


「そういう意味でなら、俺の願いってやつはお前を呼び出した瞬間に叶ってるんだよ。だから、今の俺の望みを言葉にするなら」


 少しもったいぶるように、ニヤリと笑ってその言葉を口にする。


「現状維持。この平穏なんて何一つない毎日をずっと続けたい」

『理解。回答に感謝』

「どういたしまして」


 問答を終え、三木島は再び天を眺める。

 綺麗な満月が空の頂点で青白い光を放っている。

 月下の戦い、最高のシチュエーションだ。


『……接近』


 アムドゥシアスの声を受けた三木島はベンチから立ち上がり、温室棟の唯一の出入り口である鉄製の観音扉を見つめる。


「さあ、心ゆくまで遊ぼうか。アムドゥシアス」

『了解』


 そして三木島はポケットからビー玉ほどの大きさの種子を取り出し、グッと力強く握りしめて自身の内側にいる悪魔、アムドゥシアスの魔力を込める。

 そして、ガァン! と豪快な音と共に観音扉が開け放たれ、拳銃を構えた金髪黒衣の少女が姿を現す。


「宮下さんを解放してもらいますよ、三木島大地!」

「おいおい、約束が違うじゃねぇか、悪魔祓い!」


 そして、三木島によって投げ捨てられた種子は地面に触れた瞬間に破裂し、樹木の触手となって雪代紗々に迫る。


「はぁっ!」


 しかし、それらは雪代の一息と共に放たれた弾丸を受け、弾けて木屑へと変わる。それは開戦の合図には十分だった。


 三木島の胸は今、人生で最も高鳴っていた。



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