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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第十八話 約束


 突然、深夜のスマホにかかってきた灯里から着信。

 だが、通話を繋いだ先で深夜に語り掛けてきたのは、深夜の友人ではなかった。


「よう、神崎」

「三木島……!」

『先生をつけろよなぁ。普段はちゃんと真面目なフリができてるんだからさ』


 名乗るまでもなく、その声はよく聞き覚えのある男の声。

 たしなめるような言葉の内容とは裏腹に、愉快そうにクククと笑いをかみ殺す音すら聞こえて、深夜の視界が一瞬赤く染まった。


「神崎さん、落ち着いて……まずは相手の話を聞いて情報を集めるべきです」


 スマホを握りつぶしそうなほど力が籠っていた左手に雪代の手が添えられ、ギリギリと音を立てていた奥歯から力が少しだけ抜けた。

 深夜は一度だけめいいっぱい息を吸って、三木島との会話に意識を集中する。


「なんで、お前が宮下の携帯を」

『そりゃ、今一緒にいるからな』


――甘かった。先に帰ったから大丈夫なんて考えずに、すぐに連絡して安全を確認するべきだった……――


 何も知らせなければ彼女が巻き込まれる心配はない。そう思い込んでいた自分の浅はかさが腹立たしい。


「宮下は無事なんだろうな」

『もちろん、と口で言っても信じないよな。そうだな……じゃあ、一旦ビデオ通話に切り替えてくれるか?』


 そう言って三木島の声が少しだけ遠ざかる。

 雪代が深夜の背中に手を当てている。

 浅く激しくなる呼吸を無理やり抑え込み、スマホを側頭部から話してビデオ通話に切り替える。


「ほら、見ての通りちゃんと生きてる」

「宮下!」


 スマホの小さな画面に映ったのは、薄暗い空間で小さなライトに照らされて横たわる宮下灯里の姿。

 その体には植物の蔦がロープのように絡みつき、手足の自由を奪われ意識を失っている様子だった。


『この電話の持ち主はこの通り、よく寝てるよ』

「お前……」

『おお、怖い怖い。安心しろって。縛って失神はさせたがそれ以外は何もしてない。交渉前に人質に手を出すほど馬鹿じゃないさ。とはいってもこれから先の保証はできないけどな』


 それは、態度には気をつけろという遠回しな脅し。

 深夜はまだ傷の残る右手を握りしめ、その痛みでなんとか冷静さを維持していた。


「宮下は関係なかったはずだ。どうして巻き込んだ」

『どうしてって。お前相手の人質にこれ以上の適任がいるかよ?』

「つっ!」


 画面は芝生の上に横たわる灯里から移動し、心底愉快そうに笑う三木島が映し出された。

 ビデオ通話にした目的は人質の現状を見せることよりも、深夜の表情を見るためだったのかもしれない。


『本当は宮下にも悪魔を召喚してもらって、お前と悪魔祓いを仲違いさせようと思ったんだけどな。どういう心変わりがあったのか悪魔の召喚を拒否されちまった』

「それは彼女の精神が高潔だったというだけです。残念でしたね、悪魔憑き」

『よう、お互い顔を見るのははじめてだな、悪魔祓い』


 今にも叫び出したい衝動を必死に抑える深夜に代わり、雪代がスマホのカメラを通して三木島と対峙する。


『さて、役者は揃った。早速本題に入ろうか。こちらの要求は悪魔祓い、お前の命だ。交換条件は宮下灯里の身の安全。お前が殺されてくれるなら、今後彼女に手を出さないことを約束しよう』


――そんな言葉、信用できるか――


 そう口走ろうとした瞬間、左眼が【触手に締め上げられ、苦悶の表情を浮かべる灯里の姿】を視せ、深夜は喉元まで出かかっていた言葉を必死に飲み込んだ。


「わかりました。条件を飲みましょう」

「雪代……お前」


 雪代の言葉に淀みはない。

 思わず焦った深夜だったが、画面の外で雪代の指先が深夜を制したことで彼女の意図を理解する。


「とはいっても、ここで自殺でもして見せろ。などというわけではないのでしょう?」

『そりゃそうだ。死んだふりをされて寝首を掻かれるのが一番怖いからな。黒陽高校の中、体育館の裏手に温室棟っていう別棟がある。神崎なら迷わずに来られるよな?』

「……ああ」

『そこに二人で来い。あそこならどれだけ騒いでも人は来ないからな』

「わかりました」


 雪代は短く答える。

 今は三木島に余計な反論をしたところで何の利益もないと判断しての事だった。


『それと時間制限も設けておこう。見た限りお前らがいるのは俺の家だよな? じゃあ、のんびり歩いて二時間以内ってところか……早く来る分には歓迎するけどな。じゃあな、楽しみに待ってるぜ』


 そして、三木島から通話は切られ、深夜は苛立ちを拳に込めて地面を殴りつける。


「クソっ……」

「神崎さん、心中はお察ししますが今は自分を責めている場合ではありません」


 雪代は深夜の手を掴み、自傷まがいの行為を制止する。

 その右手は既に傷が開いて血が包帯に滲みだしていた。


「状況が状況です。協会からの応援を呼ぶには時間がありません。かといって、私が大人しく殺されたからといって、あの男が素直に神崎さんと宮下さんを解放するとも思えない。そこは神崎さんも考えていたことでしょう?」

「それは、そうだろうけど」


 所詮はただの口約束。雪代の命を奪った瞬間、口封じの為に深夜と灯里に襲い掛かってこないという保証はない。

 いや、むしろ普通に考えれば、そんな約束は反故にされるに決まっている。


「ですので、これから三木島大地と戦い、宮下さんを力づくで救出します。その過程で私が死んだとしても、神崎さんは宮下さんを連れて身を隠してください。協会から派遣された後任の悪魔祓いに敵の正体を伝えてくれれば実質私達の勝ちです」


 当たり前のように、自分が犠牲となる前提で話を進める雪代。

 彼女にとってみれば、宮下灯里という少女は一度も会話したこともないどころか、顔を合わせたこともない相手なのはずなのに。


「ただ、それには神崎さんの協力が必要不可欠ではありますが」

「俺が言えることは……何もない。あんたには何度も助けられた」


 雪代がいなければ深夜は既に相模に殺されていただろう、そんな自分が今更、彼女の覚悟を否定することなどできるはずがない。


「それに、俺は宮下を助けたい。そのためなら……なんだってやる」


 それこそ、深夜自身が犠牲になったとしても。


「なんというか、そこまで言ってもらえる宮下さんが少し羨ましいですね……では、あまり時間もありません。移動しながら作戦を考えていきましょう」


 雪代はコートから取り出した拳銃の弾倉を確認し、深夜を安心させるように笑いかける。


「安心してください、宮下さんは必ず助けます。それが私の仕事ですから」



 ◆



 幼いころ、高校生というものが特別なものに思えた。


 アニメや漫画、ドラマやゲームの影響だろうか、とにかく高校生になれば自分にも特別な非日常が訪れるのだと信じていた。


 それは胸躍るような大冒険でもいい。劇的な恋愛でもいい。あるいは一生の傷を心に残すような悲劇でも、それはそれでありだった。


 とにかくそれは特別でさえあれば何でもよかった。


 だが、そんな特別な非日常は結局一度たりとも彼の前に訪れることはなく、何もない平穏なつまらない毎日が延々と続いていった。

 そんな現状を変えようと足掻いても、平穏な日常はどこまでも彼の世界にまとわりつき、その身を退屈に沈めていった。

 そんな日々を過ごして歳を重ねていく度に、どんどん心が死んでいくような気すらしていた。


 いつまでも何も変わらないと思っていた三木島大地の日常たいくつは、悪魔との出会いにより、ようやく終わったのだ。



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