第十七話 電話
「三木島……!」
深夜はバッと勢いよく、昼休みに本人と会話した三木島の席の方に顔を向けるが、そこは既に主のいない空席で荷物も見受けられない。
「大賀先生! 三木島はどこに!」
「ちょ、私はともかく、担任教師を呼び捨てはどうかと……」
「いいから、教えてください!」
「もう帰られたわよ? 三木島先生ってやる気がないように見えて手際が凄くいいから、いつも定時を過ぎたら誰よりもすぐに帰ってるし」
どうやら三木島は既に帰宅済みらしい。
これが好ましいことなのか不味いことなのか、現段階では判別できないが深夜の緊張は若干和らぐ。
しかし、冷静さを取り戻したことで、すぐさま大賀先生の発言に違和感をおぼえた。
「いつもすぐに帰ってるって。それ、昨日もですか?」
「一昨日は保健室で寝ている神崎君が起きるまで待つ、って言って学校の鍵を預かってくれたけれど。昨日は間違いなく私より先に帰られたわよ。だって、仕事が残っていたから、学校を出たのは私が最後だったもの」
――大賀先生が最後に帰った……ちょっと待て、だったら大賀先生は昨日、俺と相模が戦っていた時にまだ校内にいたことになる。あの状況、あれだけ暴れまわって俺達に気づかないわけがない――
「神崎……もしかして……」
和道が何かを察したように、深夜の方を見る。
深夜は最後の確認となる質問を大賀先生に投げかけた。
「大賀先生が昨日帰った時間って、何時頃ですか?」
深夜が三木島との面談から解放されたのは終業から一時間以上が過ぎていた。
記憶が確かなら午後五時の少し前だったはずだ。
「ええと、確か……午後四時を過ぎたくらいだったかしら? 私達教師も早く退勤するように言われているから」
昨日、三木島は大賀先生が帰った後も校内にいたのは間違いない。何しろ深夜本人が一緒にいたのだから。
問題は三木島が大賀先生を含む教師達には既に帰宅したのだと偽って、あの場にいたこと。ではなぜそんなウソをつく必要があったのか。
――お膳立てしていたんだ。俺と相模だけが学校に残るように――
昨日の面談そのものが嘘で、あれ自体が三木島による足止めだったのだ。
深夜を連続襲撃事件の六人目の被害者に仕立て上げるために。
――だとしたら……三木島は今どこで何をしている?――
「神崎君? いきなり考え込んでどうし――」
「大賀先生って車通勤ですか?」
「え? ええ……一応……」
「じゃあ、和道の事を家まで送ってやってください。お願いします!」
「お前、いきなり何言ってんだよ!」
突然の突拍子もないお願いに、頼まれた本人よりもそれを横で聞いていた和道の方が顔を赤くして驚いている。
しかし、下手に三木島と敵対している自分達が護衛するよりも、完全に無関係の第三者である大賀先生と一緒にいる方が安全なはず。深夜はそう判断した。
「というわけで、大賀先生お願いしますね! あと、できるだけ早く帰ってください!」
拒否をさせないため、そして一分一秒でも早く真相を雪代に報告するため、深夜は二人を職員室に残して廊下に飛び出す。
するとそこに、タイミングを計っていたかのように雪代からの着信が飛び込んできた。
『もしもし、神崎さん。お伝えしたいことがあります。霧泉市内の家電量販店で被害者達が持っていたUSBメモリをまとめ買いした成人男性がいたことがわかりました! 今その男性の身元を……』
「『黒幕』は三木島大地。黒陽高校の数学教師だ!」
「っ! ……それは神崎さんの知っている人ですか?」
「俺達一年三組の担任だよ! 昨日も一昨日も俺はずっと、相模が襲いやすい状況になるようにアイツに誘導されていたんだ!」
流石に一昨日、深夜がボールの直撃を受けて意識を失ったことまでは、三木島にとっても予想外の出来事だっただろう。
だがその後、灯里を家まで送るように念を押したのは、おそらく深夜に遠回りをさせて帰宅ルートに人通りのない道を通らせるため。
そして昨日は、深夜を進路指導室という密室で足止めし、校舎内に誰もいなくなった頃合いを見計らって相模に襲撃させた。
「雪代! 三木島の家の場所はわかる?」
『すぐに協会の情報部に調べさせます。まさか、敵がそこまで神崎さんの身近にいたとは…』
「なんなら、俺は三木島本人から事件について色々聞いてたよ……」
つまり深夜はご丁寧にも犯人に捜査の進捗を逐一報告していたことになる。全く笑えない失態だ。
『とりあえず、すぐに合流しましょう! 私もすぐに学校の方に向かいます!』
「了解」
◇
「このアパートの二階、三号室! そこが三木島大地の住居です」
学校から飛び出し、雪代と合流した深夜はすぐさま三木島の住まいに駆け付けた。
協会があっという間に特定したそこは、学校からかなり離れた霧泉市の外れにあり、二人が辿りついたころにはもう日が落ちきっていた。
「待ち伏せがあるかもしれません、神崎さんは離れていてください」
「え、あ! ちょっと!」
ゴッと鈍い音と共に、ドアノブを狙いすました前蹴りによって文字通り三木島の家のドアが蹴破られる。
「もっと穏便な方法はなかったの?」
「両手が自由な状態で手早く開ける方法はこれくらいしかないので」
雪代が手慣れているからか、ドアを蹴破ってもさほど大きな音は立たなかった。
そのため隣近所の部屋から誰かが出てくるということはなく、雪代は土足のまま、ずかずかと三木島の家に上がり込んでいく。
「馬鹿力にもほどがある……」
歪みきった鍵の金具を見て表情を引きつらせつつ、深夜は雪代に続いて三木島の部屋に上がり込んだ。
「これはまた殺風景な部屋ですね」
三木島はミニマリストというやつだったのか、八畳ワンルームのその部屋には家具らしい家具はほとんどなかった。
あるのはノートパソコンと一冊の本、ジギタリスの植木鉢が乗ったデスク。そして簡素なシングルベッド、それだけだ。
埃一つなく清掃が行き届いたその部屋からは、人間らしい生活感がほとんど感じられず、むしろ一種の不気味さを覚えるほどだった。
「三木島はいない、のか……」
「ですが、彼が魔導書を生徒達にばら撒いていたのは確定のようです」
雪代が親指で指し示したのは、隠す様子もなくデスクの上に粗雑に置かれた洋書とUSBメモリ。
「これが魔導書……」
「あちらの回収は後回しにして、まずは三木島大地の行方を探りましょう」
雪代は拳銃を構えて警戒しつつ、改めて室内全体を見回した。
「この部屋のどこかに三木島大地の居場所に繋がる手がかりがあればいいのですが」
「手当たり次第に探してみよう……ん?」
家探しに取り掛かろうとしたタイミングで、深夜のスマホが初期設定の着信音を響かせた。
振動を続けるスマホをポケットから取り出し、その画面を見た深夜の眉が顰められる。
「宮下から……電話?」
彼女とのやりとりはもっぱらメッセージアプリを通してであり、直接通話が来た記憶など今まで一度もない。
――急な用事……であってくれよ――
通話ボタンをタップする手が重い。それに酷く喉が渇いた。そういえば昼休みに灯里と一緒にお弁当を食べた時から何も飲んでいない。
そんな無関係なことが次々と頭に浮かんでは消えて、嫌な予感を拭い去ろうとする。
「神崎さん……?」
「ああ、出るよ」
雪代の声かけでブレていた思考がまとまり、両手で画面を押し込むように通話を始めスマホを耳に押し当てる。
「……もしもし? 宮下?」
からからに乾いた喉から絞り出すように声を出す。
聞きなれた彼女の声が聞きたい、と心から思う深夜の願いは無残にも裏切られる。
『よう、神崎』
「……三木島」