第十六話 黒幕
和道の交友関係、および情報収集能力は深夜の想像を遥かに超えていた。
よもや放課後の一時間という短い時間で、被害者達が襲撃される一週間前の学校内での行動を、ほぼ完璧にまとめ上げることができるなど思ってもいなかった。
「それで、結局あの金髪の姉ちゃんって何者なんだよ?」
「従姉妹」
「それ、前に嘘って言ってたよな」
「おぼえてたか」
「オイ」
――頼るのは頼るけど、それはそれとして隠したい一線というものもあるんだよ――
深夜と和道は、被害者の友人達から聞き出した情報をまとめたノートを見ながら廊下を歩き、下駄箱に向かっていた。
「まあいいか。それで、被害者達の共通点は何かわかったのか?」
「それがさっぱり。事件に遭う前に誰か特定の生徒か教師と話していたはず、だと思ったんだけど……」
魔導書のUSBの存在が他の生徒達に知られていない、ということは黒幕は被害者達にそれを手渡しし、口止めまでしていたと推測できる。
なので、被害者達の行動を時系列順に並べて比較してみたのだが、学年もクラスも違えば、自然と交流する相手も異なる。
些細な会話や呼び出しを含めても、六人全員の共通点となる相手は存在しなかった。
――いったいいつ、どこで魔導書のUSBメモリを渡されたんだ?――
黒幕はもしや学校関係者ではないのでは、と深夜が考え始めた時、横からそのノートを覗き込んでいた和道が、何かに気づいたようにノートの一点を指し示す。
「なあ、神崎。ここ、なんで一年生が進路指導室に呼び出されてるんだ?」
彼が興味を示したのは、他でもない相模明久が最初に深夜を襲った日の行動記録。
友人達曰く、彼は二日前と一週間前の二度、担任教師経由で進路指導室に呼び出しを受けていたらしかった。
「一緒に話を聞いてたでしょ。なんか入学式の挨拶に関するアンケートとかで……ちょっと待った。三年生って授業中に進路相談の時間があるよね?」
深夜は何かに気づき、ペラペラとページを捲って他の生徒の記録を確認し始める。
「三年の話を一年の俺に聞かれてもわからんが……たぶんあるんじゃないか?」
「やっぱりだ。理由はバラバラだけど、一、二年生は全員襲われる一週間くらい前に進路指導室に行っている」
それに加えて、受験生である三年生達が授業の一環として進路指導室を利用していたならば、被害者達は全員、進路指導室の担当教員と一対一で話していることになる。
ついでに言えば、最近直接行ったことがある深夜だからこそわかるが、あの部屋は生徒のプライバシーを守るために利用される部屋であり、そのため防音は完璧。怪しまれずに密談をするには最適の場所だ。
「ってことは、進路指導担当の教師が連続襲撃事件と関係があるかもしれないんだな!」
「おそらく……だけど、うちの進路指導担当って、誰?」
「だから一年生の俺に聞くなって……って言っても三年の先輩はもう全員帰ってるだろうからな……あ、職員室ならまだ誰かいるんじゃないか?」
確かに、いくら即時帰宅が厳命されているとはいえ、教職員は仕事量の関係でまだ残っている可能性は高い。
だが、職員室に聞き込みに行くならば、一つだけ気を付けたいことがある。
「でも、聞くなら確実に進路担当本人以外から聞き出したいよね」
「それもそうだな。『お前が犯人か』って聞くようなもんだし」
相手は既に深夜の顔と名前は知っているだろうが、ここまで黒幕の正体に近づいているとバレるのは得策とは言えない。
なにせ先日と同じく、今の校内には既にほとんど人がいない。
最悪の場合、その場で和道と一緒に襲われかねない。
「ん……どうしよう」
しかし、進路指導担当が誰なのかわからない深夜達が、逆に誰が確実に違うのかなどわかるはずがない。
そう思っていたのだが、唸って考える深夜に対して、和道は不思議そうな視線を向ける。
「いや、だったらヒナちゃんに聞けばいいじゃん」
「ヒナちゃん……?」
どことなく聞き覚えが有るような無いような。
名前的に女性なのだろうが、和道が下の名前で、それもちゃんを付けて呼ぶ相手とはいったい……。
「俺達の英語を担当してる大賀比奈ちゃん。今年入ったばかりの新任教師だから、絶対に進路指導担当ではないだろ?」
「あぁ!」
フルネームで言われてようやく、深夜もその名の教師の存在を思い出す。
深夜達のクラスの副担任も受け持っている、英語担当の女性教師。
ヒナちゃんという呼び方も、以前に灯里や和道が呼んでいたので聞き覚えがあったのだった。
「でも、なんで宮下も和道もそんな親しげに呼んでるの?」
「そりゃお前、俺達が中学の時に教育実習で来た時に色々あって、お近づきになりたいなと……言わせんな恥ずかしい」
和道が珍しく顔を赤らめて、ガタイの良い体をもじもじとくねらせる。
彼とは三年の付き合いの深夜だがこんな和道ははじめて見た。
――和道って年上が好みだったんだ――
「……アレ? っていうかあの時、神崎は一緒じゃなかったっけ?」
「記憶にはないから、たぶん二人だけの時じゃない?」
別に深夜も四六時中、和道や灯里と一緒に行動していたわけでもない。
それに和道は元々、一人で色々な人にお節介を焼いたりしていたはずなので、大賀先生もそのうちの一人だったのだろう。
「そもそも中学の時の教師なんて、もう半分くらい思い出せないし……」
「お前、実はこの前のボールで頭打った時に記憶喪失になってる、とかじゃないだろうな」
「宮下と同じようなこと言ってる……それより、聞きに行くなら早く行こうよ」
深夜はノートを閉じてリュックに仕舞いこみ、下駄箱に向かっていた足をくるりと返して職員室に向ける。
「そうだな。まだいるのかわからないけど」
二人が向かうころ、職員室は教師の姿はほとんど、というよりも一人しか残っていなかった。
出遅れたかと深夜は少し焦りはしたが、幸いにもその最後の一人こそが目的の大賀先生であり、むしろ黒幕の目を気にせずに話を聞くには最適な状況が整っていた。
「あら、神崎君と和道君。二人揃ってどうかしたの?」
「なんか、神崎がヒナちゃんに聞きたいことがあるってことで来ました」
「和道くん。いつも言っていますが、先生を付けてください……」
――その呼び方、本人公認じゃなかったんだ――
実は自分もその呼び方をした方がいいのかと少し考えていたのだが、そんな妙な考えはすぐに捨て去っておく。
「それで聞きたいことって何かしら?」
「大賀先生。あの、ウチの学校の進路指導担当って誰がしているのか、教えてもらってもいいですか?」
「あら、知らなかったの?」
「ええ、はい。俺達は一年生だからまだ話す機会もないので」
「それもそうか。確かにあの人、自分からはわざわざ言わないタイプよね」
大賀先生の態度は深夜も和道も知っているものだと思っていたような態度。
深夜の背筋に微かな怖気が走る。
――てっきり、あの時は空いていたから、たまたまあの部屋を使ったのだと思ってたけど……――
だが、少し冷静になって考えれば気づけたはずだ。足繁く利用するような場所じゃなければ、生花の植木鉢なんて置くわけがない。
「進路指導の担当は三木島先生よ? あなた達の担任の」