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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第八章「御城坂事変」
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第六話 気持ちの問題

「魔力の気配なら今は二十メートル先の向こう側にあるよ」

「あの、それって……」


 雪代は、背中に冷や汗が流れる感覚がした。


「動いているね、今の君と同じように」

「まさか、爆弾と気づかずに!」


 アルメロスの指さす先に目をらそうとする雪代の注意を逸らすかのように、最上階から爆発音がした。

 建物全体が大きく震え、方々から人々の悲鳴がれ聞こえる。そんな中で、雪代は通路に置かれたクマのモニュメントがひと際大きく揺れていることに気づく。


「マズい、倒れる!」


 しかも、最悪なことにそのモニュメントの目の前には、先ほどの振動で転んだらしき幼い女の子の姿まである。

 雪代に躊躇はなく、彼女は両手に抱えていた爆弾を脇に放り捨てて飛び出した。


「……無事ですか?」


 雪代の腕の中で、少女はコクコクと無言で首を縦に振る。彼女の無事を確認し、恐る恐る振り返れば、ほんの数センチの位置に巨大なクマのが横倒しになっていた。

 少女も一歩間違えれば自分がそれの下敷きになっていたとわかったようで、震える手で雪代の服を握りしめていた。


「ふぅ……もう大丈夫です。えっと、ご家族はどこにいるかわかりますか?」

「わかんない」

「そうですか、困りましたね」


 今は爆弾捜索に一分一秒を争う状況。かといって、迷子の少女を一人残すというのも、雪代にとっては避けたい選択肢だった。


「重要なのは『迅速じんそくな判断』でしたっけ」


 恩師の言葉を呟きながら、雪代は少女を抱きかかえたまま体を起こす。そんな彼女の元に、雑多な荷物を抱きかかえたアルメロスが駆け寄った。


「紗々《さしゃ》! 爆弾をいきなり放り投げないでくれないかな。流石の僕も少し肝が冷えたよ」

「ごめんなさい。咄嗟とっさのことだったので」

「ところで、それは誰だい? 君の子供?」

「違いますよ。えーっと」


 否定しつつ、彼女は腕の中の少女に困ったような視線を向ける。その意図を察したのか、少女は控えめに口を開いた。


「……ユキ、です」

「私は雪代といいます。ユキ同士、お揃いですね」

「ますます理解に苦しむな」


 二人のやり取りを前に、アルメロスは眉根を寄せる。


「紗々《さしゃ》がその子を助けた理由がわからない。君はいま、誰からの命令も受けていないんだろう?」

「なんというか、天使って本当にそういう価値観なんですね。あなた方は命令なしで動くことはないんですか?」

「それはあるよ。何の命令も受けていない時は、僕達も自由に行動することを許されているからね」

「……そうなんですね」


 予想外の答えに驚きつつも、本当に天使に自由意思がないのなら、アイスを食べたいと主張することもないはずと言われて気づく。つまり、アルメロスの抱えている疑問は「どうして、得にならない人助けをするのか」という至極単純な問いかけだったのだろう。

 そして、幸か不幸か、雪代はその手の問いかけは既に同僚達から嫌というほど投げかけられてきた。


「私が人を助けるのは、結局は気分の問題ですよ。見捨てるより、助けた方が気分がいい。だから助ける。それだけです」

「あぁ、なるほど。食べるなら、不味いものより美味しいものを食べた方が満足感があるのと同じってことか。ようやく君のことが理解できたよ」


 青髪の天使はようやく求めていた答えを得てすっきりしたのか、その場で何度も頷き「そういうことか」だとか「確かにね」などと独り言を漏らし続けた。


「納得していただけたのなら、引き継ぎ協力をお願いしたいのですが……」

「ああ、うん! 任せてくれ! なんだ、最初からそう言って欲しいな。これだけの人間を助けるんだ、さぞや気分がよくなることだろうね! うん、楽しみになってきたよ」

「あー……」


 少々不安が残る形ではあるが、ひとまず理解は得られたらしい。いや、むしろ今に限っては多少の認識の齟齬そごはあれど、アルメロスが乗り気になってくれてありがたいと思うべきかもしれない、と雪代は前向きに割り切ることとした。


「ひとまず、行動方針を決めます。まずは、その爆弾の処理方法を先に考えましょう!」


 ユキを安全な場所に連れていくにも、いつ起爆するかわからない爆弾と一緒に移動していては安全も何もない。

 そして、アルメロスが天使であることを思い出した雪代には、一つのアイデアがあった。


「アルメロスさん、それをこの建物よりさらに上空に持っていくことはできますか?」

「上? ああ、さっきの悪魔憑きの少年がやったように、人のいない場所で爆発させるんだね」

「あなたの魔力で刺激すれば、誘爆させることも可能だと思うんです」


 かつて雪代が戦った天使ザドキエルは羽を持ち、それで空を自由に飛び、自らの魔力を光の武器としていた。

 アルメロスも同じことができるのなら、そんな彼女の期待に、青髪の天使は得意満面の笑みで応えた。


「なんだ、もっと早く言ってくれればよかったのに。任せてよ」


 だが、彼は雪代の想像を裏切るように、自分が抱きかかえていた小物を、自身の頭上に放り投げた。


「え、あの! アルメロスさん!?」

「上に撃ち出せばいいんだよね!」


 そして、彼が真上に掲げた手のひらから、青白い一筋の光が放たれた。


 その光はアルメロスの放り投げた爆弾に直撃し、そのまま重力を無視してまっすぐ天に直進する。もはやSFに出てくるレーザービームとしか形容できないような光の放出は、モールの天井を貫き、爆弾を文字通り天高くに打ち上げていた。

 数秒後、頭上の遠く先からロケット花火のような小さな破裂音が雪代の耳に届いた。もっとも、彼女にはその数秒はとてつもなく長く感じたのだが。


「うん、これでひとまず爆弾の処理はできたね」

「わぁ。ビームだぁ……」


 絶句する雪代の腕の中では、ユキが感嘆の声をこぼしている。


「どうしたんだい紗々《さしゃ》? ちゃんと人間は巻き込まない位置を選んだけれど」

「いえ、あの……翼で空を飛んでもらおうと思っていただけで……なんでもありません。はい」


 異能の存在の秘匿ひとくという協会の理念を説いたところで無駄だろうと割り切り、雪代は頭上に空いた丸い穴を見上げ、周囲から時おり聞こえてくる「え? なに今の?」「手からなんか出た?」という声を無視することに決めた。


「アルメロスさん! 次に行きましょう! 一番近い爆弾はどこですか!」

「それだね」


 ヤケクソ気味に声を張る雪代の気持ちなど露知らず、アルメロスは彼女の鼻先を指さす。それが、背後を示していると理解し、振り返った彼女の視界に放物線を描き飛来する野球ボールが見えた。


「まさか!?」


 考えるより先に、雪代はユキを抱きしめたままアルメロスの手を引いて倒れたモニュメントの陰に伏せる。その直後、爆音と衝撃が遮蔽物越しに彼女達を襲った。


「悪魔憑きがいるなんて聞いてないぞ……しかも、二組も……」


 男の声が黒煙の向こうから聞こえてくる。神経質そうなその声に雪代達は聞き覚えがあった。


「アナウンスの声……魔力が動いていたのは、そういうことですか」

「そのようだね」

「ユキさん。申し訳ありませんがここで伏せてじっとしていてください。必ず守りますから」


 服を強く握る少女の手を優しくほどき、雪代はモニュメントの陰から立ち上がる。


「驚きました。ずいぶんと若いのですね」

「お、お互い様だろ……なんのつもりだ!」


 黒煙の先に立っていたのは、迷彩柄のジャケットを着た細身の青年。これほどの人々を巻き込んだテロリストの正体が、自分と大差ない年齢の若者とは考えていなかったため、雪代はわずかに目を丸くする。


「なんのつもりと言われましてもね。せっかくのお休みに、こんな茶番に巻き込まれたら、誰だってこうするでしょう」

「茶番、だと?」

「状況から察するに、この一件はあなたが一人でやっているのでしょう? その手際は素直に称賛しますが、それは同時にあなたの主張が誰にも共感されなかった、単なる独り善がりだという何よりの証拠ですよ」


 内心で冷や汗を流しながらも、雪代は余裕の笑みを崩さない。


――さて、挑発して足止めをしたまではいいですが……丸腰の状態でどうやって戦いましょうかね――


「っは! 偉そうなことを言っているけれど、お前だってもう一人だろうよ!」

「……どういう意味ですか?」

「さっき、放送室に仕掛けておいた爆弾が起爆しただろう? あんな簡単な罠にかかるマヌケな仲間ならいない方がマシだと思うね」

「さっきの爆発はそういうことでしたか。なるほど、神崎さんは既にラウムと合流していたわけですね」


 雪代の声から、緊張の色が若干薄まる。対する悪魔憑きもその違和感にすぐに気づいた。


「なんだよ、余裕そうな顔して……」

「残念ですが、あの二人は殺そうと思っても、そう簡単に死なないと思いますよ」

「だから、なんだよその余裕は!」


 男はポケットから野球ボールをもう一つ取り出し、振りかぶる。それがただのボールでないことは、考えるまでもないだろう。

 しかし、それが彼の手を離れる前に、彼の頭上が静かに崩落した。


「なっ! なんで?! 起爆はまだ……!」

「簡単な罠にかかるマヌケで悪かったな!」


 一つ上の階から床を突き抜け、大剣を振りかぶる深夜が降下する。


「おらぁあ!」


 その乱暴な一振りはまっすぐに、テロリストの青年の頭部に叩きつけられた。


「ご無事そうでなによりです」


 新品同様だった服が焦げ跡だらけになってしまっている深夜は、頬についた煤を手の甲で拭ってから、雪代の方を見やる。


「そっちも生きてるみたいでよかったよ」

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