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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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終幕 大賀比奈の戸惑い


 大賀家での騒動から一週間が過ぎた。

 夏休みの補習最終日。深夜達が補習の後に教室で駄弁るのも習慣化しかけていた。


「で、ナオキチとアカリンの再テストのほうどうだった?」


 あいも変わらず、とくに理由もないのに学校に来ていた笛場にそう聞かれた二人の表情はいつにもまして晴やかだった。


「全部、無事クリアしたぜ!」

「ギリギリだったけど、なんとか……!」

「良かったじゃん二人とも」


 二人は自信満々に先ほど返却された答案用紙を机に並べる。

 とはいっても、赤点ラインを超えているだけで八十点以上の高得点は一つもないのだが。


「深夜くんはどうだった?」

「ん? ああ、ケアレスミスで三問落としちゃった」


 補習自体が初めてだったわけだが、少数参加かつ要点に絞った内容というのは普段の授業よりも格段に覚えやすく、終わってみればいい経験だった。


「それつまり、ほぼ満点ってことじゃねぇか! 補習組の絆を忘れたか!」

「深夜くんのうらぎりものー」


 和道と灯里から不満の声が上がる。

 いや、真面目に好成績を出して、不満をぶつけられるのが既におかしいのだが。


――二人には絶対に負けたくなかったからね――


 といった風に、深夜も子供じみた対抗意識で必死に勉強していたので、お互い様だったりもする。


「神っちってさ、意外と負けず嫌いだよね」

「……かもね」


 深夜自身、最近の悪魔憑きとの戦いを通して、自分のそういう気質を自覚する機会が増えた気がしていた。

 とはいっても、テストの点数と命がけの戦いを同列に扱うものではないのかもしれないが。


「でもまあ、とにかくみんな補習は終わったってことで、これで本格的に夏休みの遊びの予定立てられるね!」


 笛場はお気に入りのキャンディを口に放り込むと、この時を待っていましたとばかりに、カバンから大量の旅行雑誌や海水浴場のパンフレットを取り出して机の上に広げた。


「どれだけ楽しみだったのさ……」


 その量と勢いに、深夜は思わず笑ってしまう。

 というか、近場の海水浴場だけでは飽き足らず、沖縄やらハワイのパンフレットまである。

 ……まさか、これらも候補地に入っているのか?


「高校生になったんだし、せっかくなら泊まりもアリだよね」


 その可能性が急上昇した。


――でも……みんなで旅行っていうのも悪くないかな――


 深夜も少し乗り気になり始めたところで、彼らの頭上から声がした。


「高校生だけで泊まりの旅行、ってのはちょっと聞き捨てならないわねぇ」


 四人の視線が一斉に入口へと向かう。


「あ、ヒナちゃんセンセー。なんで旅行ダメなの?」

「旅行がダメって言ってるわけじゃないわ。ただ、先生的にはちゃんと保護者の方と一緒に行って欲しいの」


 大賀のいうことはもっともだ。

 だが、深夜達はそろって困ったように顔を見合わせることになってしまう。


「俺の母ちゃんは休み不定期だからなぁ」

「ウチの親も頼れないかなぁ、アカリンと神っちも厳しいっしょ?」

「俺の両親はもうすぐ退院するけど……流石に頼みにくいかな」


 退院したとしても万全とは言えないだろうし、なによりその怪我の原因が家族旅行の途中で起こった事故、というのも深夜が両親を頼りたくない理由の一つだった。

 残るは灯里だが、彼女の両親も共働きで平日、休日問わず家を空けがちなのはこの場にいる全員にとって周知の事実。

 しかし、彼女は一瞬和道の方を見た後、妙案を思いついたといった表情を浮かべた。


「じゃあ……ヒナちゃんも一緒に行きませんか? 仕事の気分転換になると思うんですけど」


 灯里はそう言うと、ばっちり和道に目配せをしており、その瞳には妖しい熱に浮かされた輝きが宿っている。

 うん。間違いない。彼女は恋愛脳でこの提案をしている。


「流石にそれも厳し――」

「んー。確かに楽しそうね」

「「「「え?!」」」」


 深夜の突込みよりも早く大賀が好意的な反応を見せ、その場にいた全員が驚きの声を上げた。

 灯里まで驚いているあたり、彼女も了承されると思わずに勢いで言っていたらしい。


「よかったね和道くん! 何事も言ってみるもんだね」

「え……? え?! ま、マジっすか!」

「それってサイコーじゃん。ヒナちゃんセンセー大好き!」


 三者三様の言葉で喜びをあらわす中、困惑を捨てきれない深夜はそっと大賀一人を教室の隅に連れていき、声を潜めた。


「あの……本当に大丈夫なんですか? 夏休みって言っても、先生は普通に仕事あるんでしょう?」

「それでも土日はお休みだから、大丈夫よ」

「でも、この前あんなことがあったばかりだし…………ゆっくり休んだ方が……」

「むしろ、あんなことがあったから、遊ぶのも悪くないかなって思ったの……それに、二人の事情を知っている大人が一緒にいる方が、何かあった時に動きやすいでしょう?」


 彼女がそこまで考えてくれているとは思ってもおらず、深夜は返す言葉を失ってしまった。


「……ありがとうございます」

「その代わり、仕事が早く終わるためにちょっと手伝って貰ってもいいかしら?」

「俺にできる範囲なら喜んで」


 とはいっても、どうせ和道が率先してお節介を焼くだろから深夜の出番はほとんどないのだろうけど。


「それじゃあ、帰るときは職員室に鍵を持ってきてね」


 大賀はまだ仕事があるということで、深夜達を教室に残し、職員室へと向かっていった。


「ヒナちゃん、何かあったのかな」

「……どうして?」


 その背中を見送った灯里の呟きに、深夜は内心で冷や汗をかく。


「何となく、無理してなさそうっていうか、雰囲気が丸くなった気がする……もしかして! あのお見合いの人とのお付き合いがはじまったとか?!」


 大賀と深夜達の距離感の変化に気付かれたのかと思ったが、それは杞憂だったらしく、彼女は恋愛脳を絶賛継続中だった。

 というか、そうか。灯里達はまだ大賀が婚活中だと思っているのか。


「あー……アレは破談になったらしいよ」

「そうなんだ。じゃあ、和道くんの恋が実る可能性もまだあるんだね」

「…………どう、なんだろう……ね」


 目を輝かせる灯里の横で、深夜はまたさっきとは別の冷や汗を流す。


――そういえば大賀先生……和道のこと知ってもあんまり態度変わってないな……――


 彼が避けられている様子がないのはよかったが、かといって意識されているという感じでもない。

 ここから導き出される結論は――


――あまり、脈はないのかもしれない――


「和道……本当ごめん」


 いつか直接謝らなければいけないのはわかっているのだが、それはあと少し……そう、ほんの少し先延ばしにしよう。


――その時はちゃんと責任を取って、大賀先生の気持ちもちゃんと確認するから、許してほしいな――


 ◇


「あーー! あんなの意識しないわけにいかないじゃないのぉ! ねえ、翠。私どうしたらいいと思う?」


 御城坂市にある小さなバーのカウンター席に座り、大賀比奈はその日、七杯目のグラスを空にした。


「大学卒業して久しぶりに連絡があったと思ったら……相変わらずの絡み酒ですこと」


 彼女の隣に座っているのは、外見だけでは男か女かわからないほど中性的なスーツの女性。

 彼女は、顔を真っ赤にして管を巻いている大学時代の同期に冷めきった視線を送る。


「だってぇ。こんなこと、翠にしか相談できないもの……マスター、もう一杯」


 大賀は既に呂律が回っておらず、酔いつぶれる一歩手前。

 バーカウンターの向かいに立つ店主は隣の連れに「本当にいいの?」と目線だけで確認するが、スーツの女性は「責任は持つのでお願いします」と無言で頭を下げる。

 一度酒を飲んだ大賀から酒を取り上げるほうが大変なのを、彼女はよく知っていたのだ。


「相談って……比奈、年下が好みなんだからよかったんじゃない?」

「教師が生徒に手を出すわけにいかないでしょう! あと、私の好みは十歳前後よ」


 成人が十歳に手を出すのは教師以前の問題なのだが、アルコールで思考力が低下した彼女はそのことに気づかなかった。

 というか、この発言自体、バーという閉鎖空間でなければ許されない。


「え? 二次元だけじゃなくて三次元相手でもショタコンなのアンタ?」

「……三次元もというか……小さい男の子が好きになったきっかけが三次元だったというか……」


 受け取った新しいカクテルグラスのフチを指でなぞり、もじもじとしおらしい態度になる。


「きっかけなんてあったんだ」

「中学生の時、年上の先輩とお付き合いすることになったんだけど……一か月も経たないうちに酷い別れ方して……」

「なに? 浮気でもされたの?」

「むしろ、私が浮気枠だった……」


 当時を思い出したのか、大賀の声のトーンが一つ下がる。


「きっつぅ……大学の時のストーカーといい、アンタ男運悪すぎない?」

「それでもう嫌になって、学校もサボって公園で思いっきり泣いてたら、小学生くらいの男の子に慰められたの」


 だが、昔話が進むたびに大賀の声は少しずつ明るくなっていく。

 とても大切な思い出を噛みしめるように。


「その子、あの手この手で笑わせようとしてくれたり、最後は泣き止むまでずっと隣にいてくれたりしてね」

「できた小学生もいるものねぇ」

「それで思ったの……純粋無垢な小さい男の子って良いなって」


 大賀の表情は恋する乙女そのものだった。

 なお、その顔を隣で見ていたスーツの女性は完全に引いていた。


「男性不信にならなかっただけマシ……なのかしら」


 友人の視点で見ている限り、大学時代もそこそこモテていたのに、頑なに漫画の中の架空の少年に耽溺していたあたり、本当に年上や同世代の男に興味がないのだろう。

 男を毛嫌いするようになるのとどっちがマシなのかは……何とも言えないが。


「っていうか、それ十年くらい前の話でしょ? なら、その子も今は高校生くらいになってるんじゃないの」

「……考えたくない。私の理想のショタのままでいて欲しい……」


 友の指摘を受け、大賀は頭を抱える。


「コレは重症だわ」

「待って、そもそも今は私の趣味の話じゃなくて! これから彼とどう接するかなの!」


 ここでようやく話が振出しに戻る。

 教師として気づかないフリをして受け流すべきか。

 それとも、人としてちゃんと和道の好意と向き合うべきか。

 彼女を苦しめているのはその二択だった。


「高校生は対象外なんじゃないの?」


 大賀もわかってはいる。真っ当な大人が選ぶべきは前者だ。

 だが、どうしてもあの座敷牢での一幕が彼女の脳をちらついてしまう。


「そのはず……だったんだけど……」


 惚れた。までは行っていない。

 吊り橋効果と言われればそれまでなのかもしれない。

 けれど、あの日、あの時。自分を安心させようとしてくれた彼の笑顔に、恐怖とは別の胸の高鳴りを感じたのもまた事実だった。


「だって和道君、思い出のあの子に雰囲気似てるんだもん!」

「はいはい……」


 テンションが乱高下する大賀をなだめ、スーツの女性は内心で安堵する。

 彼女が酔った時の記憶が曖昧になるタイプで本当によかった。と


 ◇


 バーの閉店時間を過ぎ、店内に残ったのはマスターと大賀の隣にいたスーツ姿の中性的な女性だけになった。

 スーツの女性はチェイサーの水を飲み干し、グラスを磨く店主に頭を下げる。


「紅巻さん、連れがご迷惑をおかけしました」

「ウチのお客さんじゃ可愛いものよ、気にしなくていいわ。それよりあの子、大丈夫?」

「タクシーに放り込んだので大丈夫かと、家も近いですし」


 店主――紅巻桃華は羨ましそうに微笑む。


「いいわね。別の道に進んだあともそうやってお酒が飲める友達なんて、一生の宝よ」

「別の道……」


 対して、カウンターに座るスーツの女性は少し複雑そうな表情をしたあと、諦めたような苦笑いを浮かべた。


「私がいるのは、真っ当に教師をしている彼女にはなかなか言えない道ですけどね」

「じゃあ、お友達には秘密のお仕事の話をしましょうか」


 最後のグラスを拭き終えた紅巻はコンコンとテーブルを叩く。

 すると、それが合図だったのか、店の奥にある従業員用の扉から一組の男女が現れる。


「待たせちゃってごめんね、三雲くん」

「馴れ馴れしいんだよぉ。呼び捨てにしやがれ」

「私的にはそっちの方が親し気な気もするけど……君がそう言うなら」


 三雲は不機嫌さを隠そうともせず、カウンター席にダンタリオンと共に並んで座った。


「で、俺達はなにすりゃいいんだぁ?」

「あなたの七曜会での初仕事よん」


 紅巻はバッチリ完璧なウィンクを決めつつ、ジンジャエールの入ったグラスと共に三雲の前に一枚の写真を差し出す。

 その写真に写っていたのは、十歳に満たないであろう幼い少女だった。


「辛気くせぇ顔したガキだなぁ。んで、ナニモンだよ。誘拐して身代金でも取ろうってかぁ?」

「誘拐ならもう終わってるわよ」

「ハァ? ……このガキ、なにもんだ?」


 紅巻に代わり、スーツの女性が三雲の疑問に答える。


「その子は……生まれつきの異能者なんだ」


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