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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第二十三話 天と人と異能

 ◇


 大賀操が引き起こした騒乱の夜から二日が経った。

 深夜達は持ち込んだ荷物をそれぞれ背負い、屋敷の玄関前で芥子けしの見送りを受けていた。


「もう帰るのですか? せっかく来たのですから、お盆が終わるまでゆっくりしていけばよいのに」


 車椅子に乗った大賀芥子が、残念そうな面持ちで深夜達一行を引き留めようとするが、肉親である大賀比奈は呆れたようにこう返した。


「お盆って……まだ七月ですよ大婆おおばあ様。っていうか私、まだ新卒で有給ないんですから、早く仕事に復帰しないと」

「比奈は都会に出て冷たくなってしまったのですね。足の骨を折った老人を一人残していくなんて……」


 芥子は「よよよ」と情に訴えるが、その泣き真似すら気品があるせいで演技っぽさがにじみ出ていた。


「住み込みのお手伝いさんも、大賀家が昔から懇意こんいにしているホームヘルパーさんもいるでしょう……」

「ふふっ、そうですね」


 もっとも、最初から本気で引き留めるつもりはなかったらしく、彼女の引け際はあっさりとしたものだった。

 ひとしきり姪孫めいまご揶揄からかった後、芥子は深夜達に視線を向け、車椅子に座ったまま深々と頭を下げる。


「神崎さん達には、本当にお世話をかけました」

「俺達もお屋敷を結構壊しちゃったから……お礼を言われるほどでは」


 代表して名を呼ばれた深夜は、申し訳なさそうに頬を掻いて目を逸らす。その視線の先には、ブルーシートで覆われた壁。

 水増との戦いで壊した屋敷の修理代を請求されたなら、深夜には逆立ちをしても払えない額になるのは想像に難くない。

 だが、そんな謙遜した態度を保とうとする深夜のわき腹を和道が肘で突っついた。


「素直に『どういたしまして』って言っとけよ。遠慮する方が相手を困らせることもあるんだぜ」

「それ、なんで和道が言うのさ」

「いままでの人助けの経験則ってやつだな」

「……説得力あるね」


 深夜も思わず納得してしまう。

 人助けの経験が多いということは、それだけお礼を言われる経験も多いということか。


「和道さんの言う通りです。神崎さんはちゃんと比奈も操も守ってくれましたよ」

「そうは言っても、操さんだって結局協会に引き渡しちゃいましたし……」


 あの戦いの後、問題になったのは大賀操の身柄をどうするかというものだった。

 あんな事件を起こしておいて、今までと同じように大賀家で生活させるというわけにはいかない。かといって、手を下したり、それこそ座敷牢で監禁し続ける。というのも最適な形とは言えない。

 悩んだ末、芥子が出した結論は生きて罪を償い、更生してもらう道だった。


「それは私達身内が選んだことですから、神崎さんが気に病む必要なんてありません。それに協会ならば、下手にウチで匿うよりも安全でしょう」

「あの糸目男……魔人達が口封じに来る可能性もあるかもしれないからね」


 ラウムの言葉に芥子は改めて深くうなずく。


「あの子がいったいどういう経緯で、魔人を名乗る彼らと繋がりを得たのか……それを調べるためにも、協会に身柄を預けるのが最良の選択のはずです」

「そういうことなら……」


 深夜の気分も幾分か軽くなり、多少は前向きに芥子の言葉を受け取れるようになった。

 話はここでおしまいか。といったところで、芥子が急に思いつめたような表情で深夜の顔を見る。

 何かを考えあぐねるようなわずかな間。その少し後、彼女は意を決したように、しかし同時に重々しく口を開いた。


「最後に神崎さんとラウムさん……すこし、お時間よろしいかしら?」


 芥子はそう言って、屋敷に戻るように車椅子の向きを変え、深夜達についてくるように促す。


「なんだろ?」

「俺に聞かないでよ」


 深夜はラウムと顔を見合わせた後、彼女のあとを追う。

 そうして案内されてたどり着いたのは大賀皐月の部屋だった。


「ごめんなさいね、帰る直前に」


 彼女は最初から深夜と話す時間を取るつもりだったのか、大賀皐月の部屋には座椅子があらかじめ用意されていた。二人は芥子と向き合う形でその座椅子に腰を下ろす。


「それで、話っていうのは?」


 深夜は内心、彼女が何を話そうとしているのかを察しつつも確認するように口火を切った。


「大賀の人間として、異能者である神崎さんに伝えなければならないことがあるのです」

「やっぱり、バレましたか……」

「あ、そっか。おばあちゃん、あの糸目男との会話聞いてたもんね」

「もちろん、口外するつもりはないので安心してちょうだい」


 やはり、彼女の話したいことというのは『大賀家』というよりも『異能者』に関する内容であることらしかった。


「話をはじめる前にもう一度確認したいのだけれど……ラウムさん、比奈は本当に異能者ではないのですね?」

「うん。そこは間違いないよ、安心して」


 それは以前にもなされた問答。

 そして、ラウムははっきりと以前と同じ答えを告げる。

 それを受けた芥子は、心底安堵した様子を見せた。


「そうですか……よかった」

「その反応から察するに、やっぱり大賀先生のお母さんって……」


 深夜の問いかけに対し、芥子は首を縦に振る。


「はい、突然……というよりも先祖返りに近かったのでしょう。あの子の母親は、大賀の一族で数百年ぶりに生まれた異能者でした」


 先日、娘である比奈から既に話を聞いていたこともあり、深夜達にあまり驚きはなかった。

 だが、その後に続いた言葉は深夜とラウムを絶句させた。


「そして彼女は今から七年前に……天使によって命を奪われたのです」

「天使に……?」


 深夜とラウムはほぼ同じタイミングで、この部屋の床の間に飾られた天使の掛け軸に目を向ける。

 長い沈黙と困惑。

 その果てに、何が何だかわからなくなったラウムが立ち上がって声を荒げた。


「ちょ、ちょっと待って! なんでおばあちゃんの口から天使なんて……!」

「大賀先生は、両親は事故で亡くなったって言ってましたけど」


 深夜も、今ばかりは戸惑いを隠せずにいた。

 比奈の母が異能者であり既に亡くなっていると聞いた時点で、そこに何かの繋がりがあるのではと考えてはいた。

 けれども彼が想像していたのは魔人達、あるいは悪魔憑き……すなわち、人間の関与だったからだ。

 深夜達の驚きももっともだとばかりに、芥子はあえて淡々と落ち着かせるように話を続けた。


「世間的にはそうなっています。ツアーバスが山道で転落事故を起こした、と。ですが、事故の唯一の生存者が残した写真の中に、これが……」


 そう言って芥子が深夜達に差し出したのは、現像された複数の写真。

 それらは全て、山間部の木々を背景に宙に浮かぶ白い翼の男の姿を捕らえたものだった。


「これ……天使の写真?」


 撮影者は慌ててカメラを構えたのか、それらの写真はピントがあっておらず、白翼の男の顔を詳細に確認することはできない。


「多分そうだね」


 だが、深夜の所感にラウムも同調する。


「誰かまでは特定できないけど。間違いなくこれは天使だ」

「その写真を撮った方もしきりに『天使が襲ってきた』と訴えていました。ですが、それらは全て、事故のショックによる妄想だと処理されてしまったそうです」


 当然といえば当然だ。

 悪魔や異能の存在を知らない人間からしてみれば、いくら写真という物証があっても天使など信じるほうがどうかしている。


「……だけど、あなたはその言葉を信じている」

「はい。大賀家は異能の継承と並んで、天使の脅威を語り継いできましたから」

「天使の脅威?」


 大賀芥子の口から飛び出した言葉を深夜はオウム返しする。


「お婆ちゃん達はずっと昔から天使を恐れていた、ってこと?」

「どうして大賀家が天使を?」


 深夜が天使と敵対しているのは、自分達が『悪魔』の側に立っているからだ。

 一般的な価値観に即するなら、神の使者である天使はむしろ無辜の人々にとっては『善』のはず。

 なのに、どうして大賀家の人々はその天使を脅威だと恐れる必要があったのか。


「大賀に古く伝わる言葉にこうあります。『異能は決して日のもとににさらしてはならぬ。幼きは閉じ込め隠せ。育てば他所に出し、大賀の名を捨てさせろ。天の使いに奪われぬように』と」

「それってつまり、天使は異能者を狙う、ってことですか?」

「彼らがなぜそうするのか、理由はわかりません。ですが、天使達は異能を持つ人間を殺めることを一つの目的としているようなのです」


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