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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第十四話 幸せな時間



 教室で机を合わせてというのはいくら何でも人の目がはばかられる。

 そんな双方の見解の一致により、二人は昨日に引き続き温室棟へと足を運んでいた。


――そういえば、この温室もこっそりと魔導書を受け渡しするにはちょうどいい場所か――


 実際、今まさに深夜達は人目を避けるために訪れたわけであり、何より被害者の一人は他でもない園芸部の部員だ。

 一度そういう視点になってしまうと何か手がかりがないものかと、温室の中をあれこれと見渡してしまう。


「何か気になるものでもあった?」

「えっと……あの花。三木島が進路指導室で同じやつを育ててたなって」


 不審な態度を見咎められたような気分になり、咄嗟とっさに誤魔化すように深夜が指し示したのは、淡い紫色をしたラッパ状の少し変わった形の花をつけた植物。


「ああ、アレは三木島先生のお気に入りなんだって」

「三木島のお気に入り……なんで宮下が知ってるの?」

「だって三木島先生、園芸部の顧問だから」

「……人は見かけによらないとは、よく言ったものだ」


 深夜は改めて、進路指導室で植木鉢に水やりをしていた三木島の姿を思い出すが、やはり違和感は拭いきれない。


「名前はジギタリスって言うんだけど……気を付けてね、毒があるから」


 毒という言葉が耳に飛び込み、深夜はよく見ようと不用意に伸ばした手を引っ込めた。


「毒って……三木島のやつ、なんでそんな花を」

「花言葉が気に入ってる。って言ってたよ」

「随分とロマンチックな理由だな……宮下も、花言葉とか詳しいの?」

「うーん……パッとわかるのは自分が育てたことがある花くらいかな。たとえばサクラソウが『無邪気』や『純潔』ムギワラギクが『記憶』……だったかな」

「へぇ、流石園芸部……俺、なんか変なこと言った?」


 紫色の花から改めて灯里に視線を向けると、彼女はきょとんとしたような表情で数秒固まっていた。


「いや、神崎くんにも知らないことってあるんだなぁ。って」

「宮下は俺を何だと思ってるのさ……」


 まさかそこまで過大評価されていると思っていなかったので、素直に気恥ずかしい気持ちになり、深夜は逃げるように昨日も座った中央広場の芝生に腰を下ろす。


「結構、完璧超人的な人だと思ってる。かな」

「そんなわけないでしょ。俺なんてできないことだらけだよ」


 灯里は人ひとり分の間隔をあけて、深夜の左隣に並んで座る。


「たとえば?」

「コミュ力がない」

「自分でそれを言っちゃうんだ」


 深夜自身があっけからんと言うものなので、灯里も冗談を流すように笑って返す。


「運動も嫌いだし、あと料理もできない」

「そうだったね……そのお弁当、口に会えばいいけど」

「そこはまったく心配してない」


 おずおずと差し出された緑の巾着袋を受け取る。

 毛玉のような謎のキャラクターがプリントされたそれは、灯里の膝の上に置かれたピンクのものの色違いだ。


――宮下のお父さん、普段からこれを使ってるのか――


 会ったこともない相手だが、想像すると少し面白くなり、内心失礼だとは理解しながらも思わず笑みが漏れる。

 わずかな時間ではあるが、今は悪魔や襲撃事件のことは忘れて昼食を満喫しようと思い、深夜は受け取った包みから弁当箱をとりだし、その蓋を開けた。


「おぉ……」


 弁当は二段構成になっており、おかずの入った上段は唐揚げをメインに、ウィンナー、ミートボールといった男子的に嬉しい肉系おかずが少量ずつ並んでいた。

 その脇では一口サイズのニンジンのグラッセとホウレンソウのゴマ和え、綺麗な卵焼きが赤、緑、黄色と彩を添えている。

 下段にしっかり詰められたごはんも含めて、食べ盛りの男子高校生も満足のいく、ボリューム満点の代物だった。


「……これ、もしかして宮下が作った?」

「え! どうしてわかったの?」

「んー、なんとなく」


 なぜ彼女が作ったと思ったのかと聞かれれば、なんというべきか、作った人の雰囲気が料理から感じ取れたから、としか言いようがない。


「それじゃあ、いただきます」


 両手を合わせて感謝の念を込めてから、まず手始めに卵焼きを口に放り込む。


「……どうでしょうか」


――また敬語――


 だが、コミュ力に乏しい深夜でも流石に、自分が作った料理を目の前で他人に食べられれば緊張することくらいは理解できる。

 そして、こういう時に伝えるべき言葉も、ちゃんとわかっているつもりだった。


「うん。美味しい」

「ほんと?」

「嘘ついてどうするのさ」

「気を使ってる、とか?」


 ここまで言っても灯里はまだ深夜の賞賛を受け止め切れないらしい。

 灯里は自分の分のお弁当には手を付けず、むしろ逃げるようにわずかに体を後ろにのけ反らせ、そんなことを言い出す始末だ。


「和道が言ってたんだけど。俺、嘘も下手くそらしいんだよね」

「え?」

「宮下は俺が嘘つくのも得意な人間だって思ってた?」

「そんなわけないよ!」

「ならよかった。ほら、宮下も食べなよ。おなか空いてるでしょ?」

「あっ…………」


 深夜の問い掛けを否定するために声を荒げた灯里はすぐに、この問いが彼の罠だと気付いたが、一度口から出した言葉はもう戻ってはこない。

 先ほどまでの不安からくる緊張とはまた別の感情が、彼女の頬を紅潮させた。


「神崎サンって嘘はつかないけど、結構ズルい性格はしてますよね」


――アレ? 宮下、もしかして今度は本当に怒った?――


「はぁ……まあいいや。それじゃあ私も、いただきます」


 何かを吹っ切るように、パンと音を立てて手を合わせた灯里は、深夜に少し遅れる形で昼食を食べ始める。

 空腹が満たされたからか、灯里の緊張も次第に和らいでいき、穏やかな時間が二人だけの温室内に流れていった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様です……あれ?」


 お弁当を米粒一つ残さず完食し、名残惜しさを感じつつも手を合わせていた深夜。

 対して、安堵の笑みを浮かべていた灯里は、そんな彼の右手の包帯の存在に気づき、小さく声を上げた。


「神崎くん、その手……どうしたの?」

「え? あぁ、これは……」


 先日の相模との戦いのことなど当然言えるはずがない深夜は、ほとんど無意識に右手を背中に隠す。

 だが、その行為はより一層、灯里の関心を惹くだけの結果となってしまう。


「料理の練習をして、ちょっと切っただけだから。気にしないで」

「……手のひらを?」

「うっ……」


――やっぱり嘘は苦手だ――


 灯里の言う通り、指先ならまだしも手のひらを怪我する状況などそうそうない。

 何とか誤魔化そうと思考を巡らせる深夜だったが、その答えがまとまるよりも先に灯里は深夜から目を逸らした。


「そっか……大丈夫? 痛んだりとかしない?」

「え? ああ、ちょっとヒリヒリするくらい」


 とても深夜のお粗末な言い訳に納得がいっているようには見えない。

 それでも灯里はそれ以上その怪我には言及せず。数秒、深夜の右手を見つめた後、強引に話を変えるように立ち上がった。


「そろそろ教室に戻らないとね」

「もうそんな時間か……このお弁当箱どうしよう? 洗って返すにも俺が持って帰ったら、明日、お父さんが困るよね?」

「え? ……あ、あぁ! うん、そうだね。それ、お父さんのお弁当箱だったね! 私が洗っておくから、そのまま受け取るよ!」


 灯里は一瞬だけ深夜の発言に不思議そうな顔をしたが、すぐにその間を誤魔化すように、深夜から空になった弁当箱が入った緑の巾着袋を受け取る。


「じゃあ、三木島先生に温室の鍵を返してくるね」

「それは俺がやるよ。お弁当食べさせてもらった身だし、それくらい働かせて」

「でも……」


 深夜は半ば灯里からひったくる勢いで鍵を受け取り、取り返されないようにズボンのポケットにさっと入れてしまう。


「三木島なら部外者の俺が返しても何も言わないよ。次の授業は体育だし、準備もあるでしょ?」

「それはそうかもしれないけど……じゃあ、お願いします」

「ん。了解っと」


――もっと口が上手なら、余計な心配かけずに済んだんだろうな――


 深夜は一足先に温室から出ていった灯里の背中と、自分の右手に巻かれた包帯を交互に見つめ、小さなため息を漏らした。



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― 新着の感想 ―
でもよく知らん中年が使ってる弁当箱で食べようと思うよな。普通にきしょいわ笑 どっちもノンデリ
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