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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第二十話 いつものことだから

「セエレ! 俺達の真下の地面を跳ばせ!」

「……! かしこまりました!」


 彼の意図を瞬時に理解したセエレは、座敷牢の冷たい床に直接手を押し当て、そこから魔力を地面に一気に流し込む。


「はぁ!」


 シュン、という風切り音。

 それと同時に、彼らのいる座敷牢の一角の床が消滅した。


「な、んだ――」

「魔力がなくなるまで、タコ壺で頭冷やしてろ!」


 和道は操の体から手を放し、セエレの異能によってできた大穴の底へと操を突き落とす。

 空中に投げ出された操は、底の見えない深い穴へと沈んでいく。


「ま、まだだぁ!」


 それでも彼は足掻くように触腕を伸ばし、脱出を図ろうとする。

 だが、それを妨げるように、掘り出された土塊と瓦礫が穴を塞ぐように一気に降り注いだ。


「直樹様、お手を!」


 瓦礫の落下に巻き込まれる寸前、セエレは和道の手を取り、更なる瞬間移動で彼を救い出す。


「あぁああ!」


 次の瞬間には操の落ちた穴は完全に瓦礫で蓋をされ、その叫びもくぐもった小さなものになっていた。


「はぁはぁ……今日の俺、過去イチで頭が冴えてるぜ」


 戦闘の緊張が一気に解けたのか、和道はその場で尻もちをつく。


「さすがです直樹様。これでひとまず、神崎様達が来るまで無力化できるでしょう」

「瓦礫で押しつぶされたり……とかしてないよな?」

「その点はご安心ください。穴を掘る時、そこに空洞にできるように調整しております」


 少々乱暴な手段ではあるが、一夜程度なら酸欠になることもないだろう。


「じゃあ、今のうちにヒナちゃんを安全な場所に……って! 手錠の鍵のこと忘れてた……」


 セエレに手を引かれて立ち上がった和道は、苦虫を噛んだような顔で操を閉じ込めた穴を見る。

 おそらく、手錠の鍵は彼が持っていただろうから、回収はしばらく不可能になってしまった。

 セエレも珍しく肩を落としてしゅんとした顔をしている。


「私も失念しておりました……本宅の倉庫などに油圧カッターなどがあればよいのですが」


 異能で外せず、鍵も手に入らない以上、最終手段は物理的な破壊しかない。

 幸い、退魔銀といっても硬度は特別高いわけではないので、鉄の鎖と同じように切断はできるだろう。


「ヒナちゃんゴメン。まだもうちょっと不便かけるかも」

「えっと……終わったの?」

「閉じ込めただけで倒したわけじゃないから……神崎や花菱を呼んで改めて――」


 その直後、大穴を塞いでいた瓦礫が間欠泉のように吹き上がった。


「和道君、後ろ!」


 その穴から這い出てきたものを見て、大賀が叫ぶ。


「僕のだ……姉さんは僕のォ……!」


 それはもう大賀操の姿をしてはいなかった。

 触腕は一つではなく、八つに増殖しており、粘液に塗れた体は風船のように膨らんでいる。


「やっぱり、タコじゃねえかよ……」


 振り向き、その姿を目の当たりにした和道が乾いた笑いを漏らす。

 大賀操は、座敷牢の天井に天井を擦るほどの巨大なタコの怪物と化し、再びその姿を現した。


「姉さんから離れろぉ!」


 八つの触腕が一斉に和道に襲い掛かる。

 この数をナイフで切り落とすのは不可能だ。


「直樹様、手を!」

「ダメだ!」


 回避のためにセエレは和道に手を伸ばす。

 だが、彼は逆にセエレを突き飛ばし、触腕の自らその身に受けた。


「和道君!」

「ヒナちゃん……怪我……ない?」


 和道は自らの背後を振り返り、安堵の声を漏らす。

 もしも彼がその場から少しでも動いてれば、操の触腕は大賀に直撃していただろう。


「私より……あなたのほうが!」

「大丈夫だよ……俺は……」


 鈍い痛みが襲っているが、まだ骨は折れていない。

 皮膚が裂けて血が頬を伝っているが、失血死するほどではない。

 なにより、今ここで倒れてしまったら、彼女がどんな目にあうかわかったものではない。


――だから、まだ……耐えろ……――


 しかし、意思に反して和道の体は動かず、膝から崩れ落ち、倒れてしまう。


――ああくそ、痛ぇ……怖ぇなぁ……――


 眠気とはまた違う、意識が薄れる感覚。


「和道君!」

「直樹様」


 自身を呼ぶ声も、遠くかすれていく。

 意識が遠のいていく。

 視界が、黒く、染まって――


 ◆


「ほんと、しつこいんだよ! このガキ!」


 その青年は好青年といった爽やかな見た目に反して、怒声と共に自身の足にしがみつく和道直樹を蹴り飛ばしていた。

 蹴られている和道はというと、抵抗らしい抵抗は青年を逃がさないように足を掴むだけで、顔を赤く腫らしながらその暴行を受け入れていた。


 もちろん痛いに決まっている。気持ちも折れそうになる。

 この手を離せば、暴力の嵐も離れていくだろう。

 だが、彼は必死に苦痛と恐怖に耐え、青年の足にしがみつき続けていた。


「お巡りさん、こっちです! 早く来てください!」


 遠くから、まだ幼さの残る少年の声が霧泉市の路地に響いた。

 和道を蹴り続けるその足が、ピタリと止まる。


「はぁ?! く……おいテメェ放しやがれ」

「いやだね……逃がすかよ」


 和道は最後の気力を振り絞り、その場から離れようとする青年を文字通り足止めし続けた。



 ボロボロになった和道の姿を見た警官はたいそう驚き、弁解しようとする青年の話をまともに取り合うことなく警察署へと連行していった。

 夕暮れの赤い空。和道は路上に仰向けに寝転がる形で置き去りにされる。

 そんな彼の隣で、警察を呼んできたらしい少年が同じように仰向けで寝転がった。


「警察が……救急車……はぁはぁ、呼んでくれたってさ……」

「……なんで、神崎のほうが、死にそうな顔してんだよ」


 無傷のはずなのに息は荒く、今にも吐きそうなくらい顔色も真っ青だ。

 その左眼に眼帯をした少年を和道は知っていた。

 中学一年生の時、同じクラスだったいつも眠そうな顔をした少年。

 たしか名前は、神崎深夜。


「学校から帰る途中に、殴られてるの見かけて……ここと交番の往復……走った、からだよ」


 深夜は途中何度も唾液を喉につまらせて咳き込みながら、状況を説明した。

 どうやら、偶然にも暴行現場を目撃した彼が警察を直接連れてきてくれたらしい。


「そういや、いつも体育キツそうにしてたな」

「……あんたこそなんで、殴られてんのさ……喧嘩とか売るタイプだっけ?」


 今度は深夜が質問を投げかける。

 彼の言う通り、和道は別に殴り合いに楽しさを覚えるタイプでも、殴られることに快感を覚えるようなタイプでもなかった。

 では、そんな彼がなぜ今はこんなにもボロボロになっているのかというと、少々特別な事情がある。


「あー……教育実習で来てる大賀先生って知ってるか?」

「え? ああ、あの人ならうちのクラスも受け持ってるけど」

「アイツ、大賀先生のストーカー……」


 気づいたのは数日前のことだ。

 陸上部で帰りが遅くなった日、ちょうど同じタイミングで帰ろうとしていた大賀比奈が、あの青年に付きまとわれているのを見かけた。

 最初は知り合いだと考えた和道だが、それから毎日、あの男が自分達の通う中学校の周りをうろついているのを見かけ、すぐに考えを改めた。


 そして、大賀と同じ大学から来ている別の教育実習生から話を聞いたところ、あの男が半年近くもああやって大賀比奈の周囲に付きまとっているらしいことを知ったのだ。


「……それで、なんであんたが大賀先生のストーカーに殴られてたの?」

「ああいうストーカー被害ってさ……家に入られるとか怪我させられるとか、実際に危ない目にあわないと、警察も助けてくれないらしいんだよ」

「らしいね、たまに聞く」


 これは別に警察が怠慢という話ではなく、その機能の問題。

 警察の役割は「起こった事件に対処すること」。つまり、彼らには犯罪を犯していない人間を捕まえることはできない。できてせいぜい、口頭で注意を促すのが関の山だ。


「でもさ、大賀先生が直接被害にあってからじゃ遅いじゃん? ……だから、しつこく絡んで暴力沙汰にしてやった」


 和道はしてやったり、と赤く腫れあがった頬を持ち上げて笑う。


「……その作戦さ、協力者とかいたの?」

「え? こんな危ないこと他の人に手伝わせられるかよ」

「じゃあ、俺が警察連れてこなかったら、どうやって警察沙汰にする気だったの?」

「……あ」


 そこまでは考えていなかった。

 なんというか、揉め事になったら警察の方から自動的に来てくれると思っていたというか。そんな感じの算段だった。


 それを聞かされた深夜は呆れ果てたように、特大のため息を漏らす。


「はぁ……あのさぁ……もっとちゃんと考えてから行動しなよ。下手すりゃ死んでたよ?」

「いい作戦だと思ったんだけどなぁ」

「詰めが甘い。どうせテストでも確認不足で失点してるんでしょ」


 和道の態度がよっぽど気に入らなかったのか、その叱責しっせきは本件とは全く関係ない和道の成績にまで飛び火した。


「はあ……これからはさ、こういうことする前にはひと声かけてよ」

「なんでだよ?」


 深夜は心底嫌そうな顔で和道の疑問に答える。


「あとで尻拭いさせられるの、面倒くさいから」


 ◆


「……直樹様、来ました!」


 セエレの叫び声で、一瞬飛んでいた和道の意識が再起動する。

 白昼夢でも見ていたような感覚だが、結果的にさっきよりも視界が明瞭になった気がした。


「まだ生きているのか……この姉さんに近づく害虫が!」


 完全な異形化を果たした操が、忌々しげに吐き捨てる。

 しかし激情を露にする一方で、彼からは追撃の気配はない。

 操の手が止まった理由は「余裕」からではなかった。

 もう限界を超えても、なお立ちはだかる和道。

 彼はその異様さに「恐怖」したのだ。


――ああ、そうだな。すっげぇ痛いし、怖いけど……もうちょっと頑張らねぇとな――


 足を一歩前に踏み出す。

 だが、もうそれ以上は動けない。声も出ない。


――俺は別に操さんを倒せなくていい――


 あの時と一緒だ。

 動き回る必要はない。

 最後まで諦めなければそれでいい。


――ヒナちゃんを守り切れれば、俺達の勝ちだ――


 自らの体を壁にするかのような和道に、大賀は地面を這いよって縋りつく。


「もうやめて、これ以上はあなたが死んじゃうから!」

「大丈夫……っすよ」


 喋る余裕なんて全くないはずなのに、不思議とその言葉だけは口から出てきた。

 それはきっと、セエレが「来た」と伝えてくれたからだろう。


――アイツは多分、すっごいイヤそうな顔するだろうけど……――



 次の瞬間、座敷牢の土壁が爆発したかのように崩れた。


「あとは、神崎が何とかしてくれるんで……」


 巻き起こった土煙の中から、一つの影が弾丸のように飛び出す。


 その影――深夜は大剣を振りかぶり、迷いなく異形と化した操へと突っ込んだ。


「和道! こいつが敵でいいんだよね!」

「ああ!」


 剣閃が蝋燭の炎を揺らし、暗闇を切り裂く。


「はぁあああ!」


 深夜の一撃が、巨大なタコの頭部を撃った。

 両者の魔力が触れ合い、黒い火花となって炸裂する。

 その力任せの一撃によって、操の巨体はゴム毬のごとく弾き飛ばされ、土壁に叩きつけられた衝撃は轟音と共に座敷牢全体を揺らした。


「はぁ……はぁ……」


 深夜は大剣を杖のようにして着地し、肩で息をする。


「なんで……どうやってここに……」


 巨体と粘液が二重の防御の役割を果たしたらしい。まだ意識は健在な操の困惑の声を漏らす。

 しかし、深夜は答えず、額から滝のように汗が吹き出している汗をぬぐった。

 その顔色は土気色で今にも倒れてしまいそう。足も生まれたての小鹿のように小刻みに震えている。

 和道は思わず笑って突っ込みを入れた。


「なんで、今来たばっかのお前の方が死にそうな顔してんだよ」

「大賀のお屋敷にあった、はぁ、地下通路を……走って、来たから、はぁ、だよ……」


 外から夜の山道を走るよりはずっとマシではあるのだが、それでもこんな長距離を全力疾走するなど深夜ははじめてのことだった。

 その良くも悪くも普段と変わらない深夜の態度を見て、和道の張りつめていた緊張の糸が遂に切れた。


「神崎……悪い。あと、任せた……」


 へなへなと力が抜け、和道はその場に倒れこんでしまう。


「別にいいよ、謝らなくて」


 深夜は息を整え、床に並ぶ和道と大賀をセエレに委ねると、大剣の切っ先を操へと突きつけた。


「和道のお節介の後始末は、いつものことだからさ!」


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