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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十八話 シスターコンプレックス


「比奈ちゃん。僕と結婚しよう」

「…………は?」


 何を言っているのかわからない。

 大賀には目の前にいるのが、叔父の姿をした全く別のナニカにしか思えなかった。


「僕はね、姉さん……君のお母さんを愛していたんだ」


 大賀が絶句してもなお、操はとうとうと言葉を吐き出し続ける。

 それはいったい、誰に向けられたものなのだろうか。


「姉さんも僕も気持ちを知っていたはずなんだ……なのに、姉さんは僕が大人になるのを待ってくれなかった」


 ふらふらとおぼつかない足取りで、操は冷たい床に横たわる姪《比奈》の元へ歩み寄る。


「どこの馬の骨とも知らない男と見合いをし、そのまま結婚して家を出ていった……」


 大賀の本能が逃げろと叫ぶ。けれど、手錠のせいで逃げ出すことは許されない。


「その時の姉さんはちょうど、今の君と同じ歳だった」


 大賀は両目をぎゅっと固く閉じる。

 そんな彼女の髪を、操は優しく手に取った。


「本当に、そっくりになってくれて嬉しいよ……だけど、姉さんは髪をこんなに長くしたことはなかったな」


 ゆっくりと目を開き、大賀は再び叔父の顔を見る。

 彼の目線は大賀の顔に向けられながらも、その焦点は彼女よりもさらに奥の虚無に定められていた。


 この男は正気じゃない。


 このままじゃ、何をされるかわからない。


「そんなに怖がられると傷つくなぁ。これから一緒に過ごすというのに」


――そうだ、神崎君からもらったお守り――


 不自由ながらも肩や肘は動く。

 大賀は自分の体で手の動きを隠しながら、パジャマのポケットに収めたカードを引っ張り出そうとする。

 だが、やはり不自然さを誤魔化しきることはできず、その動きはあっさりと操に感づかれてしまった。


「何をしているのかな?」


 操の視線が大賀の手からポケットへと流れるように移行し、彼はそこからカードの入ったパスケースを見つけ出した。


「あ、それは!」

「これは……花菱の持っていたやつと同じだね」


 先ほど直接見たこともあってか、操はすぐに中のカードが魔道具だと気づき、それをパスケースから取り出した。


「結局、どんな異能なのかわからずじまいだったが、これで逃げ出すつもりだったのかな?」


 唯一の希望を取り上げられ、大賀の心に絶望が満たした。

 しかし、あのカードを受け取った時に深夜に言われたことを思い出し、ギリギリのところで精神を保った。


「……ち、違……」


 わらにもすがる思いで、操の手に渡ったカードを物欲しそうに見つめる。


「お願い、返して! それがないと……!」

「悲しいね。家族である僕より、あんな男を信用しているなんて」


 それが操の嗜虐心しぎゃくしんを刺激したのか、彼は見せつけるようにその場でカードを破った。


「だが、これでもう終わりだ」


――神崎君は、危なくなったら破れって言っていた。これで……!――


 それは彼女の一世一代の演技。

 あのカードが大賀の手元になければならないと思い込ませることで、逆に操自身の手で壊させた。

 彼女の狙い通り二つに引き裂かれたカード。

 そこから黒い魔力が一気に放出しはじめた。


「なんだっ!」


 それが正解になる保証はどこにもなかったし、花菱の魔道具の性質など大賀は知る由もなかった。


 彼女はただ、純粋に教え子の言葉を信じただけ。

 その愚直さが彼女を救った。

 カードが破壊されたことで、そこに封印されていたものが質量を無視してその場に現れる。


「お前は……なんで!」

「ヒナちゃんに、何やってんだテメェ!」


 カードの封印から解き放たれた和道は、一切の迷いなく操の顔面に右ストレートを叩き込んだ。


「ヒナちゃん大丈夫!? くそっ、なんだよこの手錠!」


 操を殴り飛ばした和道は大賀の隣でしゃがみ、彼女を解放しようとする。

 しかし、この座敷牢の古めかしさとは裏腹に、手錠と鎖だけは真新しいもので鍵がなければどうすることもできなかった。


「和道君! あなた、どうしてここに? どうやって来たの?」

「来たっていうか、最初から一緒にいたっていうか……あのお守りの中にいたんすよ」


 和道の説明に納得の声を上げたのは、大賀ではなく殴り飛ばされた体勢から起き上がった操だった


「そういうことか……」

「あ、ダメ!」


 大賀が悲鳴を上げた直後、和道の背中に鞭で打たれたような激痛が走る。


「がぁ!」


 和道は一旦、大賀の拘束を解くことを断念し、奥歯を食いしばって立ち上がる。


「……なんだよその腕」


 和道の背中を打ったのは、操の右腕が変化した触腕だった。

 花菱と操の戦いを見てはいなかった和道だが、彼はすぐにその腕が操の異能だと理解する。


「あんた、悪魔憑きだったのかよ……」

「部外者が僕と姉さんの時間を邪魔しないでくれるかな」

「あんたこそ、ヒナちゃんの叔父さんなんだろ。なんでこんな酷いことできるんだよ」

「酷い? 本当に酷いのは僕から姉さんを奪った男だよ……僕はただ、それを取り返しに来ただけだ。邪魔をするなら……」


 操の攻撃の気配を感じ、和道は大賀を守ろうと彼女の前に立った。

 しかしその結果、大賀は先ほどの攻撃を受けた彼の背中を目の当たりにしてしまう。

 衣服は引き裂かれ、裂傷と内出血が混在する痛々しい傷跡。


「待って操さん! あなたの言うとおりにするから、この子は――!」

「ダメっすよ、先生」


 こんな傷を何度も受ければ彼が死んでしまう。

 それだけは嫌だと、大賀は我が身を差し出す覚悟を決める。

 だが、当の和道本人がそれを許しはしなかった。


「力づくで連れ去って、なんて最悪じゃないっすか。そんな奴の言うこと聞く必要ないっすよ」

「でも……!」

「大丈夫、先生は()()が守りますから!」


 操の触腕が再び和道へと振るわれる。

 それと同時に、シュンという風を切る音が、密室であるはずの座敷牢で響いた。


「はい、そのとおりでございます!」


 和道に迫る操の触腕。

 その両者の間に、深紅の長髪がはためいた。



 ◆



 時は少しさかのぼる。


 大賀本宅での夕飯を食べ終えた深夜達は、花菱に声をかけ、自分達にあてがわれた客間に呼び出した。

 目的は和道が考えた作戦の準備のためだ。


「ほう……和道の兄さんをあっしのカードに封印して比奈嬢に持たせる。なるほど、面白いアイデアっすね」


 和道から作戦の概要を聞いた花菱はその提案に興味を示す。


「悪魔のお二人は魔力抵抗が厳しいでしょうが、兄さん一人なら問題ないっすね」

「つまり、できるんだな!」

「ええ。ただし二つ注意点がありますが」

「注意点?」


 花菱は右手で作ったピースサインの中指だけを折る。


「一つ、封印されている間、兄さんは外の様子が全くわからないこと。それどころか、この中じゃ意識すら保てません。感覚的には、封印されてから出てくるまでの時間が吹っ飛ぶようなものと思ってください」

「ヒナちゃんのプライバシーはちゃんと守られるってことだな。むしろ好都合じゃね?」

「あー……そういう見方もありっすね。んで二つ目」


 和道の実直さに若干呑まれつつも、花菱は続けて二つ目の指を折り曲げた。


「封印を解く方法はこのカードが破損することだけ。兄さんの意思で出たり入ったりってことはできやせん。それでも問題ないなら――」

「私は反対です! 直樹様のお命に及ぶリスクが大きすぎます」


 和道の案でひとまず決まり、というその場の雰囲気に逆らい、セエレが座卓を叩いて立ち上がった。


「命って、そんな大げさな」


 和道は声を荒げるパートナーをいさめようとするが、その態度はむしろ彼女の機嫌をさらに損ねることとなる。


「では、敵にこの作戦を見破られ、直樹様が封印されたカードがそのまま焼却炉に入れられたらどうなるか、もちろんわかっておられるのですね」

「うっ、それは……」


 言い淀む和道に代わり、ラウムが答える。


「炎の中で封印解除されて、直樹も丸焦げになっちゃうね」

「百歩譲って、うまく敵の前で封印解除されたとしましょう。それでも、直樹様は単独かつ丸腰の状態で、悪魔憑きから比奈様を守ることになってしまうではありませんか」


 セエレと契約しているとは言っても、実際のところ和道は代償である血液を提供しているだけ。彼自身が異能を有しているというわけではない。

 戦闘力の観点では、未来視の異能がある深夜の方がまだマシなレベルだ。


「そっちの方は大丈夫だろ?」


 しかし、和道はそちらの懸念に関しては何の問題もない、といった態度をとる。


「言い切りますね……なにか根拠はあるのですか?」

「セエレは離れてても俺の居場所がわかるんだよな」

「……魔力探知の範囲内でしたら」

「じゃあ、セエレがすぐに俺のところに来られるんだから、俺一人の状況ってほんの数秒くらいだろ」


 和道があっさりと言い放った「根拠」を受けて、今度はセエレが口ごもってしまった。


「……そんな、まるで私の力を信頼しているかのような言い方は……卑怯です」

「まるでも何も、俺はセエレのことは最初っからずっと信頼してるぞ」


 セエレは今度こそ言葉を失ってしまう。


「でなきゃ、こんなセエレに頼りきったバカみたいな作戦考えねえよ」

「…………」


 正面からじっと見つめられ、セエレの頬が髪色同様に赤く染まる。

 主人に臆面おくめんもなくこう言われてしまっては、もうセエレに反論の余地はない。

 この言葉に逆らうことはすなわち、自身が無能だと自白するようなものだ。彼女の矜持はそれを決して許しはしない。


 気づけば和道だけでなく、その部屋にいる全員の視線がセエレに集中している。

 それは、彼女の意見が最終決定権を握っていることを言外に伝えていた。


「……そう言われては、もう返す言葉もございません――」


 セエレは観念したように、珍しく皮肉混じりの返答を主に投げかけた。


 ◆


 そして舞台は再び大賀家旧宅の座敷牢へと戻る。


 瞬間移動の異能によりその場に現れたセエレが、和道に迫る触腕を力いっぱい蹴りあげ、その軌道を逸らした。


「いつも無茶言って本当ごめんな、セエレ!」

「主の横暴に応えるのも、従者の務めでございますから!」

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