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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十七話 理由

 深夜はじれったい気持ちを堪え、水増の攻撃を一つ一つ丁寧に防いでいく。


「友達……ねぇ。向こうはどう思ってるかもわかったもんやないのに」


 ――だが、その瞬間、そんな小賢しい考えは全て吹き飛んだ。


「ぁあ?」


 斬られることすら厭わず、ただ乱暴に力だけを込めた一撃を正面から叩き込む。

 全身をバネにした大振り。その直撃を受けた水増の体は後方に吹っ飛び、壁をぶち抜いて庭へと転がった。


「お前さ、人の友達をバカにするのも大概にしなよ」


 その一撃を放つ過程で深夜も二、三か所は斬られたが、どれも浅い傷だ。

 それどころか、怒りに煮えた脳はその痛みをまともに認識していない。

 自身の手で吹き飛ばした水増を追い、彼は屋敷から庭へと降り立つ。


「えぇ……そういうの、ちょっとは思い悩むもんやろ。即ブチギレとかどうなっとるん」


 ここにきて遂に水増の表情から余裕が消え、困惑の色が混じる。


「知ったような口きくなよ……皆がその気なら、俺なんてとうの昔に捨てられてるよ」


 どれだけ取り繕おうと異物は異物。

 そんなことは、深夜自身が誰よりも理解している。

 そして、そんな怪物を受け入れるなんてことことは〝信じられないようなお人好し〟にしかできないということも。


「ずいぶん入れ込んどるようやけど、人の本音なんてわからんやろうに」

「そうだね、わかんないよ」


 深夜は生まれてからずっと未来を視て、あらゆるリスクを避けてきた。

 彼にとって、安心とは常に目に見える形で存在するものだ。

 人の心なんて目に見えないものは、その対極にあるといってもいい。


「けど、見えない本音なんてわかんなくていい。俺には、俺みたいなやつと一緒にいてくれる皆がちゃんと見えている。好きになる理由なんて、それだけあれば十分だ」

「……なんやそれ、意味わからんわ」


 水増は肩をすくめて息を吐く。

 そして、ずっと細められていた目が微かに見開かれる。

 その眼光は明確な敵意を宿してた。


「けど、ボクらの仲間になる気がない、ってのはようわかった」


 水増は小剣を投げ捨て、空いた左手を右手の結晶剣にかざす。


『アイツの魔力の質が上がった。何か仕掛けてくるよ!』


 深夜も、殺気という形でラウムが警戒する脅威を肌で感じる。

 水増の次の一手に応じるため、左眼に力を入れ――


「なら、ボクらの邪魔になる前に殺――」


――だが、その「次の一手」が来ることはなかった。


「そこまでだ」


 突如として、上空から現れた第三者が水増の手首を掴み、彼を制したのだ。


 オーバーサイズのレインコートを身に着けたその第三者は、細い体格と声から辛うじて女であることは察せられた。


 だが、彼女はフードを深く被ったうえでキツネの顔を模した面をつけており、顔どころか髪の毛一本すら垣間見ることはできない。

 敵なのか味方なのかすらわからない中、ラウムが深夜に告げる。


『あの仮面のやつも糸目男と同じだ。悪魔と人間が混ざった匂いがする……』

「もう一人の魔人……ってことは水増の仲間か!」


 しかも、魔人であるということは、あのキツネ面の女も何らかの異能を持っているということになる。

 すぐにでも大賀の救出に向かいたいというのに、異能者二人を相手にしなければならないのか。


「なんのつもり? ってか、なんでここにおるん?」


 だが、水増の声はキツネ面の増援に喜んでいる、という様子は全くない。

 そして、それはキツネ面も同様だった。

 いやむしろ、彼女の声には微かな苛立ちすらにじんでいる。


「それはこちらのセリフだ。神崎深夜の対処は、私に一任されているはずだぞ」

『何アレ、仲間割れかな?』

「…………」


 これは攻め込む隙なのか、それともなにか意図があるのか。

 深夜が決めあぐねている間も、水増とキツネ面のにらみ合いは続いた。


「……せやったね、ゴメンゴメン」


 その長い三者の膠着こうちゃくは、水増が戦闘態勢を解くことで破られた。

 彼は、毒気が抜かれたとでも言わんばかりにため息を吐く。すると、その手に握られていた結晶剣も微細な粒子となって風に流され消えた。


「あー、でもまだボクの仕事が……」

「それに関しては問題ない」


 キツネ面は、水増の言おうとしていたことを先読みしていたかのように言葉をかぶせる。


「この屋敷に、大賀皐月の研究について知っている人間は一人もいなかった」

「それってつまり……」

「この屋敷には何もない。お前の仕事は終わりだ」

「マジかぁ。骨折り損のくたびれ儲けやんけ……ほな帰ろか」


 水増は大きく伸びをすると、またあの感情のない薄ら笑いを顔に貼り付け、深夜の方を向き直った。


「神崎深夜。気ぃ変わったらいつでも言うてな?」

「……行くぞ」


 直後、眩い閃光が深夜の視界を白く染めた。


「うっ! フラッシュバンか……」


 未来視の魔眼のおかげで右眼は覆うことが出来たが、光が落ち着いた頃にはもう、水増若葉もキツネ面の女もその場に残っていなかった。


『あ、逃げた! どうする? 匂いは覚えたけど、追う?』

「いや、今は見逃そう……今は、勝手に消えてくれるほうが好都合だ」


 それに、フラッシュバンのせいで潰された左眼の視界が戻るのにも、少しばかり時間がかかる。

 その間、未来視無しで二人の異能者と戦うのはムリだ。


「神崎さん、ラウムさん。ご無事ですか?」

『お婆ちゃん! 足折れてるんだからじっとしてないと!』


 どうやら彼女も、水増を吹き飛ばして空けた壁の穴から戦いの一部始終を見ていたらしい。

 大賀の救助に向かいたいのは事実だが、芥子をそのままにしておくわけにもいかず、深夜は彼女の元に駆け寄った。


「先ほどの二人は……やはり異能者なのですね」

「そうみたいですね。水増は『魔人』って名乗ってましたけど、心当たりは?」


 芥子は申し訳なさそうに首を横に振る。


『キツネ女が言ってた大賀皐月ってさ……失踪したっていうお婆ちゃんの旦那さんだよね。研究って何のこと?』


 続くラウムの問いかけに対しても、芥子は困ったような顔をすることしかできなかった。


「あの人は研究者などではありませんでした……私にも、何がなんだか……」


 水増達の言葉を素直に受け取るなら、大賀皐月の失踪と『魔人』は無関係ではないだろう。

 だが、芥子自身には何も心当たりがないらしい。今はあまりにも情報が少なすぎる。


「魔人ってやつらについて考えるのは後にしよう。いまは大賀先生だ」

「そうですね……ですがまさか、操が……」


 水増達にとって、大賀操はもう用済みのはず。ならば、彼らが操の元に向かったとも考えにくい。


「大賀操さえなんとかすれば、大賀先生の一件は解決するはずだ」

『おばあちゃん、痛いと思うけどここでじっとしててね!』

「わがままを承知で言いますが……あの子達二人を、どうかお願いします」


 芥子は最後まで気丈さを失わず、深く頭を下げた。

 比奈を助けるだけでなく、どうか操が超えてはならない一線を越える前に止めてくれと。



 ◇



 大賀の目を覚まさせたのは、湿度の高い不快な冷たさだった。

 その冷たさの理由が、固く踏み鳴らされた土の床の上に寝かされているからと気づくのには、少しの時間を要した。

 なぜなら、彼女が目を覚ました場所はあまりに暗い密室だったからだ。


「うっ……ここは?」


 無意識に起き上がろうとするが、両手が思うように動かない。

 少しずつ意識がはっきりするにつれて、手錠によって後ろ手に拘束されているからだとわかった。


「なにこれ?」


 しかも、その手錠は短い鎖で壁に繋がれている。

 その処遇しょぐうは、彼女をここから逃がすつもりはないと如実に伝えていた。


「安心してくれ、ここは大賀の旧宅だ」

「操さん!」


 壁にかかった燭台しょくだいの小さな橙色の光が、大賀操の姿を浮かび上がらせる。

 それに合わせて周囲をよくよく見てみれば、たしかに彼女はここは彼女も知っている場所だった。

 大賀本宅の裏山にある旧宅、その地下にある座敷牢だ。


「……ど、どうして! なんのつもりなんですか」


 古い時代、乱心したものを収容し、世間の目から隠すために作られたのだと、小さい頃に芥子に聞かされたことはあった。

 だが、まさか自分がそこに捕らえられる日が来るなど、彼女は想像すらしていなかった。


「ごめんね、怖い思いをさせてしまって。本当は、こんな過激な方法を取るつもりではなかったんだけど、君がお見合いするって聞いちゃったからさ」

「え……え? 何……を?」


 操は本気で申し訳なさそうな顔をする。だが、彼の言葉は大賀の質問とは全く噛みあっていなかった。


「ああ、もちろん。あの花菱の男とのお見合いが偽装だっていうのはもうわかっているよ。ご当主様があんな紛らわしいことを考えなければ、君をこんなところに連れ込むことにもならなかったのに」

「さっきから、言っていることの意味がわかりません。操さん、あなたは何が目的なんですか?」


 操の言葉は間違いなく大賀に向けられているのに、会話が成立していない。

 それが彼女の恐怖を増幅させる。


「比奈ちゃん。僕と結婚しよう」

「…………は?」


 そして遂に、大賀の理解の限界を超えてしまった。


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