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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十六話 『魔人』


「ボクらは『魔人まじん』や」

「魔人だかなんだか知らないけど、邪魔なんだよ! その人から手を離してどっか行け!」


 水増の名乗る『魔人』とはいったい何者なのかはまだわからない。

 だが、このまま睨みあっているだけでは、水増の言う『時間稼ぎ』が進むだけだ。

 深夜は眼前の男を完全に敵と認識し、隣に立つ悪魔に手を伸ばす。


「ラウム! とりあえず芥子さんを助けるよ!」

「うん! 小夜啼鳥さよなきどり伽紡とぎつむぎ――」


 ラウムのうたが警報の中で響き、その姿が大剣へと変化する。


「はぁ!」


 ラウムの魔力による身体強化を活かし、深夜は一足飛びで水増へと斬りかかる。


「容赦ないなぁ」


 唐竹割の勢いで振り下ろされた一閃。それを水増は右手の剣で受け止める。

 黒鉄の大剣と結晶の剣がかち合い、魔力の火花が散った。


「壊せ、ラウム!」


 深夜が叫び、グッと鍔迫り合う刀身に体重をかける。


「うぉっ!」


 水増はその声に反応して、単身大きく後ろに跳んで距離を取った。

 しかし、彼はすぐに深夜の握る大剣が魔力を放出していないことに気づく。


「って、ハッタリかい……ビビッて損したわ」


 声に悔しさを滲ませ、水増は先ほどまで芥子の着物の衿首を掴んでいた左手を軽く振る。


『お婆ちゃん、大丈夫?!』


 ひとまず人質の救出には成功した。

 理想を言うなら、このまま彼女にはこの場を離れてもらいたいところだが、どうもそう簡単にはいかないらしかった。


「え、ええ……大丈夫ですが」


 申し訳なさそうに目を伏せる芥子。

 その視線は、痛々しいまでに腫れあがった右足首に向けられていた。


『これ、折れてるよ……お婆ちゃん、よく平気な顔してるね』

「大賀の女は見栄っ張りなもので」


 おそらく、逃げ出せないようにあらかじめ骨を折られていたのだろう。


――芥子さん一人じゃ、この場を離れられないか――


 彼女を抱きかかえた状態で水増を通り抜け、大賀比奈の元へ向かうか。

 あるいは彼女を守りつつ、水増若葉をこの場で倒すか。

 厳しい二択を迫られ、深夜は歯噛みする。

 更に深夜を焦らすように、遠くから車のエンジン音が鳴り響いた。


「車……まさか!」


 最初は煩く聞こえた車の音が少しずつ小さくなる。違う、これは遠くなっているのだ。

 いま、この状況で屋敷を離れていく車。

 最悪の想像が深夜の脳裏にちらついた。


「お、操さんは首尾よく大賀比奈を連れて行けたみたいやな」


 深夜に考える猶予すら与えず、状況はどんどん悪化していく。

 大賀が車で連れ去られたとなっては、今すぐにでも追いかけなければいけない。

 だが、水増若葉がそれを許してはくれない


「くそ、どうする……今すぐ大賀先生の所に行かないといけないのに……」

『深夜!』


 大剣を握る左手から焦りが伝わったのか、ラウムがわざと深夜の思考を掻き消すような大声で呼びかけた。


『一旦落ち着こう。直樹の作戦はこういう時のためでしょ?』

「……そうだね」


 深夜は大きく息を吐き、無理やり心を落ち着かせる。

 それで焦りが全て消えたわけではない。それでも、余計な力は幾分か抜けた。


『友達のことは信じてあげなきゃ。それに、向こうにはセエレもいるんだから、大丈夫だよ』

「あぁ、もう! わかったよ!」


 深夜は芥子を背中で庇うように立ち、剣を両手で構えて再度水増と対峙する。


「大賀先生も和道も心配だけど! 今はコイツぶっ倒すのに集中する!」


 決断するや否や水増に肉薄し、大剣を横なぎに振るう。

 先ほどよりもさらに重い一撃。受け止めた結晶の剣は勢いに負けて欠片を散らした。


「ちょっと待ちぃな、せからしいな。何度も言うてるけど、ボクは君と仲良くしたいんやって」

『どの口が言ってんの!』


 しかし、それでもまだ水増は余裕を残しており、彼は深夜の太刀筋も、ラウムの非難も軽く受け流す。


「その婆さんかて、殺したら神崎君怒ると思って、生きたまま連れて来たんやで? 話くらいは聞いて欲しいわ」

「お前達は何の目的で大賀先生を狙うんだ? っていうか、大賀操にとっては大賀先生は肉親だろ!」


 攻撃の主導権を維持しつつ、深夜は水増にこの襲撃の目的を問う。


「目的? あー、ボク個人は大賀比奈には何の興味もないんよね」


 しかし、水増は全ての前提をひっくり返すような答えを返す。


「アレは、あくまで操さんの個人的な話やから」

『……あんた、あのオジさんの仲間なんでしょ?』

「仲間って……ボクはただ、あの人に魔道具あげたり、金で雇える悪魔憑きのことを教えたっただけや。元々、操さんは妙に大賀比奈に入れ込んどったみたいでな、それだけでうまいこと信用してくれたわ」


 その声色からは、彼が操を見下していることがありありと伝わってくる。


「いうなれば、あの人はボクが大賀家に近づくための踏み石みたいなもんや。あっちはあっちで、ボクを便利な手下やと思っとったみたいやけどね」


 水増は深夜の大振りの一撃にタイミングを合わせて弾き返し、二人の距離は一足一刀の間合いから外れた。


「じゃあ……お前は大賀家で何をするつもりだったんだ?」


 水増が操に取り入って大賀家に近づいたというのなら、彼には彼の別の目的があるはずだ。


「ボクらの目的はな、異能者が生きやすい世界を作ることや。そのために異能者の血族である大賀家で調べものをしとったわけや」

「異能者が生きやすい世界?」


 水増の明かした「目的」に深夜は虚を突かれてしまう。


「せや。実際どう? 君は今まで生きてて『面倒くさい』と思ったことは一度や二度やないやろ」

「……」


 深夜は水増に向けていた切っ先を下ろし、黙り込んでしまう。


「普通に考えておかしいやろ。ボクら異能者とその辺におる無能力者。『上』なんはボクらの方や」


 それを同意と受け取ったのか、水増のテンションが上がっていく。


「せやのに、数が多いってだけでアイツらが『一般人』を名乗って、こっちはわざわざ無能力者のフリせんとまともに生きていけん。この世界は異能者が生きにくい世界や」


 そして彼は臨戦態勢を解き、握手を求めるように深夜に左手を差し出した。


「神崎深夜、ボクらの仲間にならへんか? 一緒にこの世界を変えようやないか」

「……なるほどね。大賀家に近づいた理由は芥子さんの予想通り、異能者絡みってことか」


 ポツリと納得したように呟いた直後、深夜は予備動作無しで水増に蹴りかかった。


「うおっ!」


 攻撃手段を剣だけだと見誤っていた水増は対処が遅れ、左腕で辛うじてその蹴りを防ぐ。

 態勢が崩れたその隙を見逃さず、深夜は全力で大剣を振り下ろした。


「そういう人権運動とか革命活動みたいな、面倒くさいことは他所でやってよ」


 その一撃を受け、水増の結晶剣は真っ二つに砕かれた。


「あと、あんたの言い分から察するに『魔人』ってのは、異能者の集団か組織って感じ?」

「うわっ、もしかして話聞いてくれてたのって情報聞き出すため? こっすいわぁ」


 だが、砕かれた結晶は水増の異能によってすぐさま再生され、返し刀が深夜に迫る。


「人質取って勧誘しようとしたやつが何いってんのさ」

「せやけどさ、君も同じ異能者の仲間に興味とかあるんとちゃう?」


 しかも、水増はただ右手の剣を再生させるにとどまらず、新たに一回り小さな小剣を左手に形成した。


『二刀流なんてズルい!』


 手数が増えたことで、深夜と水増の攻守が一気に逆転する。


「今の君は羊の群れに紛れ込んだ狼や。狼がいつまでも羊のフリなんてできるはずがない。それより、狼は同じ狼の群れにおる方が自然やろ?」

「悪いけど、あんたとは仲良くなれそうにない。それになにより、友達ならもう十分間に合ってる」


 深夜は防御に徹し、反撃の隙をうかがう。

 この結晶の正体すらわからない以上、軽い傷すら命取りになりかねない。

 深夜はじれったい気持ちを堪え、水増の攻撃を一つ一つ丁寧に防いでいく。


「友達……ねぇ。向こうはどう思ってるかもわかったもんやないのに」


 ――だが、その瞬間、そんな小賢しい考えは全て吹き飛んだ。


「ぁあ?」


 斬られることすら厭わず、ただ乱暴に力だけを込めた一撃を正面から叩き込む。

 全身をバネにした大振り。

 その直撃を受けた水増の体は後方に吹っ飛び、壁をぶち抜いて庭へと転がった。


「お前さ、人の友達をバカにするのも大概にしなよ」


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