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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
162/173

第十四話 届かない星に……

 ◇


 振舞われた夕食は焼き魚、みそ汁、卵焼き、ナスの煮浸し、後は夏野菜のお漬物という、大賀の言葉に偽りはなく確かに家庭料理らしいメニューであった。

 ……偽りはなかったのだが、魚の脂の乗り、野菜の甘さ、卵の濃厚さと、どれをとっても一般家庭で出てくるものより明らかに質が良かった。

 もっとも、夕食直前の和道との会話が頭に残っていた深夜は、その素晴らしい料理の味を堪能しきれなかったのだが。


「……ねえ、ラウム」


 夕飯をあと、深夜は和道が考えた作戦、その最後の準備のために大賀比奈を探して、ラウムと共に屋敷をうろついていた。


「何? どったの深夜?」

「俺って、普段どんな目つきしてる?」

「眠そうな目つき。ちょっと険しいところがラウムちゃんの好きポイント」


 板張りの廊下を歩きながら、顎に手を当て思い悩む彼の問いかけにラウムは即答した。


「目つき悪いのかな……」


 そうして二人並んで歩いている途中、庭に面した縁側に差し掛かったところで、ラウムが黄色い歓声を上げた。


「見て見て深夜! 星が凄いよ! 天の川までくっきり見える!」


 その声につられて、深夜も空を見上げる。

 そこには確かに、一面の星空が広がっていた。


「ああ、そっか。近くに他の家とか全くないから」


 空に散りばめられた星々は数えきれないほど。辛うじて知っている夏の大三角形すら、その星の海に埋もれて探し出せなかった。


「綺麗だねぇ」

「……そうだね」


 星の光でも空は青く見えるのだと、深夜はその時はじめて知った。

 きっと霧泉市では、どれだけ運が良くてもこうはいかない。


――灯里にも見せてやりたいな――


 ふと、そんな考えがよぎり、深夜はスマホのカメラを夜空に向けてみる。

 だが、画面に映し出されたのは、真っ暗な見慣れた夜空。

 きっと、スマホのレンズには星の光はか弱すぎるのだろう。


「うまく撮れた?」

「いいや、まったく」


 深夜はすぐに撮影を諦め、スマホをポケットに戻す。

 仮にうまく撮影できたとしても、こんなところにいる理由を説明できない以上、その写真を灯里に見せることはできない。


 そのことに気づくと、急にどうでもよくなってきた。


「でも、ここまで田舎だと、人の目を気にせずに思いっきり暴れられるね」


 さっきまでの情緒どこに行ったのか、ラウムは好戦的に腕をグルグルと振り回している。


「それ、敵にも同じことが言えるんだけどね……」


 この環境なら、たとえ銃撃戦になったとしても大きな騒ぎにはならないだろう。

 それでも、コソコソと裏でなにかをされるよりは、そんな風に正面から来てくれた方が何倍もマシなのだけど。


 そうこうしていると、縁側で夜風を浴びている大賀を見つけた。

 深夜は声を上げて彼女に駆け寄る。


「大賀先生!」

「あら、神崎君、お風呂はもう空いてるわよ?」


 どうやら、彼女はちょうど風呂上りだったらしい。寝間着姿の大賀の髪はしっとりと水気を含んでいる。


「風呂は野暮用の後にします。そうじゃなくて……先生、コレ」


 深夜はポケットからパスケースに入ったカードを取り出し、それを大賀に手渡す。


「これは?」

「花菱特製のお守りです」

「お守り……って見た目ではないけれど」

「神頼みってわけじゃなくて、ちょっとした小道具です。少しでも身の危険を感じたら、中のカードを破ってください」


 このカードこそが和道の考えた作戦の要であり、深夜はこれを渡すために彼女を探していたのだった。


「防犯ブザー、的なものなのかしら?」

「似たようなものですかね……一応」


 防犯ブザーという例えは言いえて妙だったので、詳しい説明をさけるためにも彼女のその認識に乗っかることにした。


「近くに私達がいなかったり、声が出せない状況だったとしても助けに行けるから、ちゃーんと肌身離さず持つんだよ!」

「ただのカードにしか見えないけど、コレも異能……とかそういうものなのよね」


 大賀はカードを手に持ち、裏返してみたり透かしてみたりするが、そうしたところで原理も理屈もわからないまま、そういうものだと受け入れてカードをポケットに収めた。


「ねえ、あなた達に改めて聞きたいんだけど」

「はい、なんですか?」


 大賀は意を決したように唇を強く結んで、深夜達にこんな問いを投げかけた。


「どうして私のために色々してくれるの?」

「どうして……ですか?」

「言ってしまえば、これって私の家の問題なわけで、あなた達は無関係でしょう? それが、こんなところまで一緒に来てくれて」

「……最初はむしろ俺達が巻き込んだ側だと思ってた、ってのはありますけど」


 若干の気恥ずかしさを誤魔化すように、深夜は少し笑って答える。


「なにより、友達の想い人ですから。一肌脱ぐ理由にはそれで十分です」


 大賀の言う通り、たしかに今回の一件は大賀家にしか関係のない話かもしれない。

 しかし、大賀比奈という人物は決して、深夜にとって『無関係の相手』などではなかった。

 そういうことを言いたかったのだが、大賀は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「……想い人? 誰のことを言ってるの?」

「誰って、大賀先生が…………」

「…………」

「…………」


 深夜と大賀の間に長い長い沈黙が流れた。

 さっきまで、虫やカエルの鳴き声がうるさく感じていたはずなのに、不思議なことに今は静寂が耳に痛い。


「あー、やっぱり比奈ってば、気づいてなかったんだ」


 深夜は今この瞬間ばかりは、ラウムの空気を読まない性格に心から感謝した。

 その言葉でスイッチが入ったように、大賀の口から悲鳴が飛び出してきた。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれるかしら! いや、だって和道君って今までそんな素振りちっとも! ちっとも……あれ? もしかして、あの時とか……いつものアレも?」


 首から耳の先まで、目に見える大賀の素肌全てが熱に浮かされているかのよう真っ赤に染まる。

 ()()()()()など、今までちっとも考えたことなかったと言わんばかりに。


――もしかして和道のヤツ、大賀先生本人には、好きとかそういうこと全く言ってなかったのか?――


 和道の普段の裏表のない態度から、深夜はてっきり本人にも好意自体は伝えていているものだと思っていた。

 大賀もあくまでそれを承知の上で、大人な対応で受け流しているのだと――。


 だが、この大賀の態度を見る限り、彼は直接好意を伝えておらず、相手もそれに一切気づいていなかった、ということらしい。


――まずい――


 深夜は心の中で自分の失言を後悔するが、もうすべて後の祭りだった。


「で、でも! 和道君って誰にでも親切な優しい子じゃない。だから私、特別扱いされてるなんて、そんなことちっとも……」


――まずい、まずい、まずい――


 せめて何とか言い繕わなければ、自分の立場を弁えていた和道の努力を無駄にしてしまう。


「……いやだな先生、俺は和道のことだなんて一度も言ってないですよ。友達っていうのは、大賀先生の知らない別の友達のことで……」

「なんで私が知らない人が、私のこと好きなの?」

「それは……えぇと……」


 とっさに絞り出した偽証は、一秒ももたずに論破されてしまった。


「深夜ってさ、なんでそんなに嘘だけは下手なの?」


 完全に部外者の立場に落ち着いたラウムからも、呆れたようなツッコミが入る。


「ごほん……先生、さっきのことは忘れてください。それでは、おやすみなさい」


 深夜はその場でくるりと体を体を反転させると、手と足を同時に動かしてスタスタと足早に去っていった。


「あ、逃げた」


 そして、縁側に残されたラウムに向けて、大賀は助けを求めるような視線を向ける。


「えっと……神崎君が言っていたのって……」


 ずっと深夜達の前で大人らしくあろうとしていた大賀が、今はまるで子供のようで、ラウムは口元を押さえ、クスリと笑う。


「フフッ、言ったでしょ。直樹も深夜も比奈のこと大好きだって」

「昨日は、そういう意味で言ってなかったでしょ!」

「そうだったっけ。じゃ、おやすみー! そのお守り、ちゃんと抱きしめて寝てあげてね!」


 ラウムは心底面白いものが見れたと満足そうな表情を浮かべ、大賀を一人残して深夜の後を追うのだった。


 ◇


 大賀は自分の頬に手をあて、自室に向かって廊下を歩く。


「うぅ……明日から和道君とどういう顔をして会えばいいのかしら」


 お風呂上りに火照った体を冷ますつもりだったのに、むしろ体温はさっきよりも高くなっている気がする。

 ずっと俯きがちに歩いていたからか、彼女はぶつかる直前までその人が目の前にいることに気づかなかった。


「おや、浮かない顔だね比奈ちゃん」


 声をかけられ、ようやくその存在に気づき顔をあげる。

 そこにいたのは彼女の叔父だった。


「操さん、今日はもう帰るはずじゃ」

「これから帰るところだけど、比奈ちゃんが不安そうな顔をしているのが見えてね」


 操は大賀を心配させないためか、普段以上に穏やかな笑みを浮かべている。

 それを見て、彼女は改めて自分が酷い顔をしていたのだと気づいた。


「ごめんなさい、心配をかけてしまって」

「怖い目にあったんだろう? 仕方ないさ」

「ああ、いえ、そっちは関係ないっていうか……今はあまり怖くはないんです」

「……それは、どうして?」


 操の肩に、ピクリと力が入ったような気がした。

 だが、それは本当に一瞬の出来事で、すぐそばにいた大賀も気には留めず、言葉を続けた。


「あの子達が一緒なら安心だなって思えて。恥ずかしいですよね、教え子に甘えてる教師なんて」


 少し前の大賀なら、こんな風には決して思えなかっただろう。

 大人なら、自分のことは自分で何とかするべきだ。ずっとそう信じていた。


 けれど、この世には自分一人の力ではどうにもできないことがある。

 それを知った時、その信念こそが自分を苦しめていたのだと気づかされた。


 情けない話だ。


 だけど、その情けなさを受け入れることも、大人になるということなのかもしれない。

 今の大賀は、そう思えるようになっていた。


「へぇ、そうか…………」


 大賀の言葉が操にどう伝わったのかはわからない。

 だが、彼はあまり興味がなさそうに乾いた返事を返すだけだった。


「操さんも気を付けてくださいね。大賀家が狙われているならあなたも危な……ぅう!」


 その直後、大賀の腹部に激痛が走った。


「姉さんはね……そんな顔をしたことはないんだ」


 操が大賀に押し当てたスタンガンを離すと、それに釣られるように彼女の体がぐったりと前に倒れる。

 操は淡々と大賀の身体を片手で受け止めると、軽々と抱き上げた。


「さあ、帰ろうか」

「現行犯なら、依頼者の身内相手でも手荒にしていいっすよねぇ」

「……っ!?」


 操が大賀と共にその場を去ろうとすると、狙いすましたかのように廊下の奥の影からぬるりと花菱明日夢が姿を見せた。



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