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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十三話 なんかイヤな感じ

 ◇


 和道に呼び出され、屋敷の庭にやってきた深夜達。

 彼らが見せられたのは、半分地下に埋められるような形で存在する、赤錆びた鉄製の扉だった。


「これは旧宅きゅうたくに繋がっている地下通路の扉ね」


 純和風の木造建築の中でひと際異彩を放つそれは、確かに「変なもの」だった。

 なんというか、今にもホラー映画でもはじまりそうな見た目をしている。


「旧宅って、こんなデカい屋敷がもう一個あるんすか?!」


 ”旧宅”という言葉に和道が驚きの声を漏らすが、大賀はそれに苦笑いで返す。


「旧宅って言っても、山の中にあって、もうずっとだれも住んでいないほとんど廃墟みたいな場所よ。この扉も危ないからって、ずっと鍵をかけて使っていないはず」

「確かに、錠前そのものが錆で固まっちゃってますね」


 大賀の言葉通り、その扉には金属製のかんぬき錠がかかっているのだが、それも扉の表面と同様、赤錆で表面がデコボコに歪んでしまっている。

 もう何年も……いや何十年単位で開けられていないのだろう。真っ当な手段でこの扉を開けること自体が不可能なのだと、一目でわかった。


「この屋敷はもう一通り見回ったから、その旧宅っていうのもついでに調べられるなら調べたいけど……」


 人間には無理でも、悪魔の異能をもってすれば、この扉を開けることは容易たやすいだろう。

 そう考えれば、その旧宅とやらから、この地下通路を通って、敵が攻め込んでこないとも限らない。


「調べるにしても、今日はやめておいた方がいいと思うわ」

「どうしてですか?」

「あそこ、電気通ってないから」

「本当に廃墟なんですね」

「歴史的には価値があるらしいけどね」


 大賀の言い分も考慮すると、江戸時代頃に建てられたようなお屋敷が出てきてもおかしくない気がしてきた。


「どちらにせよ、もう遅い時間だわ」


 空がまだ明るいので気づかなかったが、深夜がスマホを見ると後五分で十九時になろうという時刻だった。

 たしかに、今から電気の通っていない廃墟に行って調べる、というのは賢い選択とは言えない。


「旧宅には明日連れて行ってあげるわ。それに、ここに来るまでずっと車移動で疲れたでしょう?」

「そういえば、調理場のかたから聞いたのですが、まもなく夕食の時間とのことです」


 セエレの言葉を皮切りに、調査はいったんここまでといった空気が広がる。

 ラウムに至っては、もう完全に大賀家で振舞われる夕飯に心を奪われていた。


「料理も使用人さんが作ってるってこと!? これは豪勢な予感。楽しみ!」

「多分普通の家庭料理だから、あんまり期待しないでね」


 一行は地下通路のある庭の一画から屋敷へと戻る。

 その流れに逆らうように、深夜は和道の服を引っ張った。


「ラウムとセエレは大賀先生と先に行ってて。俺と和道は後で行くから……大賀先生、お手洗いってどっちです?」

「あ。それなら向こうに」

「ありがとうございます。じゃあ、行くよ和道」

「え? 俺はもうさっき済ませて――」

「いいから」


 深夜は和道に有無を言わせず、無理やり引っ張って大賀の指さした方向へと進んでいく。

 とはいえ、力比べでは深夜は和道には勝てないので、ラウム達と離れてすぐにその手は振りほどかれた。


「なんだよ、神崎が連れションなんて珍しい」

「情報共有だよ……大賀先生の前で、誰が疑わしいなんて話をするのも気が引けるでしょ」

「ああ、なるほど!」


 そもそも、深夜は「トイレに行きたい」とも「トイレに行く」とも言っていない。

 ただ大賀にトイレの場所を聞いて、別行動をしただけだ。

 和道もようやく深夜の意図を察してくれたらしく、二人は廊下の端で周囲に誰もいないことを確認してから、お互いの調査結果を言い合った。


「でも、こっちは何の成果もないぜ? この屋敷で働いてる人には一通り話を聞いたけど、みんなヒナちゃんが誰かに狙われてるってこと自体知らない感じだった」

「やっぱりそっか」


 その辺りは深夜の予想通りだ。

 むしろ、セエレが一度も悪魔の気配を感じなかったという時点で、使用人達への疑いはほとんど晴れたと言っていい。

 となれば、やはり深夜が今もっとも気になるのはあの男だった。


「……和道は水増若葉っていう、関西弁の男とも会った?」

「いや、そんな奴には会ってねぇな……どんなやつ?」

「めちゃくちゃ馴れ馴れしくて、めちゃくちゃ怪しいやつ」

「なんじゃそりゃ」


 その答えに和道が眉をひそめるが、人の容姿を言葉にするのが苦手な深夜としては他に説明のしようがない。


「悪魔憑き、ってわけじゃなかったのか?」

「それがタイミング悪くラウムがいない時に会ってさ、確認できなかったんだよね。だから夕飯のあと、ラウムと一緒にもう一度そいつに会うつもり」


 大賀操の車はまだ駐車場に残っていた。

 流石に、水増若葉が自分達と一緒に食事をするということはないだろうが、大賀操がこの屋敷にいる間はあの男も残っているはずだ。


「よし、じゃあ俺も一緒に――」

「和道は来なくていいよ」

「お前な! また一人で……」


 協力を断られ、和道は声を荒げる。

 だが、今回ばかりは深夜も和道に遠慮をしているわけではなかった。


「大賀先生を放っておく気?」

「あぁ、そっか……」


 もし仮に水増若葉が悪魔憑きだったなら、ほぼ確実に戦闘になる。

 その時、確かに和道がいれば心強いが、それは同時に大賀の護衛が手薄になるということでもあった。

 和道もすぐにそのことに気づき、しぶしぶと深夜の単独行動を認める。


「……なあ神崎。いくら非常事態って言っても、男の俺達がヒナちゃんと夜も付きっ切りってわけにはいかないよな」

「まあ、プライバシー的にはね……一応、ラウムかセエレを同室させるって手もあるけど……悪魔とずっと二人きりじゃ、大賀先生も落ち着かないだろうし。せいぜい廊下とか隣の部屋で待機するしかないんじゃない?」


 昨夜のアレはいわば緊急処置のようなもの。一晩ならまだしも、毎夜毎夜続けるというわけにはいかないだろう。

 深夜もずっと考えているのだが、なかなか妙案は思いつかない。

 そんな中、和道はいままで見たことがないようなしたり顔を深夜へと向けた。


「そこで思いついたんだよ! サイコーのアイデア」

「……聞くだけ聞こうか」


 深夜は正直に言えば、全く期待はしていなかったのだが――


 ◇


「どうよ?」

「……うん、理には適ってる。裏目になる可能性も少しあるけど、良いアイデアだと思う」


 ――完璧とは言えないまでも、彼の考えた作戦は無策のままでいるよりはよっぽどマシな内容だった。


「だろ! 俺だって何も考えてないわけじゃないってことよ」

「少なくとも、俺には思いつけない作戦ではある」


 そしておそらく、ラウムやセエレからもこのアイデアは決して出てこなかっただろう。間違いなく、和道にしか思いつかない。和道にしかできない作戦だ。


「一番役に立たねぇやつだからこそ、思いつくこともあるってことだな」

「だけどいいの?」


 だが、この作戦を実行に移すにあたって、一つ大きな懸念点がある。


「何がだよ?」

「この作戦、花菱の協力が必要不可欠だけど……和道、あいつのこと嫌いでしょ?」


 花菱の説得が困難というわけではなく、和道が花菱に協力を頼むことを許容できるのか、という話だ。

 言い換えれば、この作戦は和道が花菱に自分の命を預ける覚悟が必要なのだ。


「別に、アイツのことが嫌いってわけじゃねぇよ……」


 だが、その心配を和道はさらっと否定した。

 てっきり、大賀とのお見合い絡みでいい印象がないのだと思っていた深夜は、逆にその答えに驚かされる。

 ではなぜ、彼はことあるごとに花菱に突っかかっているのだろうか。


「たださぁ……アイツのヒナちゃんに対する目つきがさぁ……」

「目つき? 下心がありそうって雰囲気は感じないけど?」


 深夜的には、花菱の大賀への態度にそういったものは感じなかった。

 良くも悪くも、一歩距離を置いているというか、裏方に徹しようとしている。

 そんな印象が強いのだが、和道にはどうやらまた違って見えているらしい。


「……アレだ。神崎が宮下に向ける視線に似てるんだよ。それがなんかモヤる」


 一瞬、深夜の頭が真っ白になった。


「は?」


 和道はようやく納得のいく言語化ができた、とばかりにすっきりとした表情を浮かべている。口では「モヤる」と言いつつも、本人の中ではきっちり気持ちに整理がついたらしい。

 だが、突然、よくわからない例えにされた方はたまったものではない。


「ちょっと待って、え? なにそれ、全然意味わからないんだけど!」

「いいよ、わかんなくて。どうせ自覚ねぇだろ」

「ないから驚いてるんだよ! っていうか俺、灯里のことどんな目つきで見てるの!?」


 今までの灯里への視線がどういうものなのか、深夜は今まで意識したことなどない。

 だが、それに似た視線が和道の不快感の原因だったとまで言われれば、今までのあらゆる行動が不安になってしまう。


 まさか、無意識のうちに灯里に嫌な思いをさせていた?


 もし、そんなことになっているのなら最悪だ。

 間違いなくショックでしばらく寝られなくなる。


「治すから教えてよ!」

「お前はそのままでいいんだよ」

「よくないよ!!」


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