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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十一話 怪しいのは誰?


 部屋割りについての雑談もそこそこに、深夜達は部屋にあった座卓を囲う形で腰を下ろした。

 改めて、先ほどの大賀芥子との謁見を振り返るためだ。


「……それで、さっきのお婆さんの匂いはどうだった?」

「いい匂いだったよねぇ。自然な上品さっていうか? なんとなーく落ち着く感じ。何の香水使ってるんだろ」

「いや、そうじゃなくて」


 ラウムの的外れな小ボケに深夜がツッコミをいれる。

 もっとも、彼女も質問の意図をわかってはいたので、すぐに彼の求めていた答えを返した。


「さっきも言ったけど、魔力の匂いに関してはほとんど何も感じなかったよ。あと、一応、入口で会ったオジサンと道中ですれ違ったお手伝いさんも全員、魔力の匂いはしなかったかな」


 深夜が求めていた以上の完璧な答え。

 本当に、演技っぽい茶番を挟む悪癖さえなければもう少しとっつきやすいのに、と深夜は内心愚痴らずにはいられない。


「そっか。ひとまず、この屋敷の悪魔憑きは俺達と花菱だけってことかな」

「オイ、神崎。まさかお前、この屋敷の人を疑ってんのか?」

「うん、一応ね」


 和道は、露骨に不服そうな顔をした。

 とはいえ、それも当然だろう。

 身内……それも肉親が暴漢を金で雇い、大賀を誘拐させようとしていた、なんて話は推測でも聞いていて気分がいいものではない。


「でも、悪魔の匂いはしなかったんだろ? じゃあ、ここの人達はシロで決まりじゃねぇか」

「あー……まだそれはちょっと断言できない……かも」


 そういって、ラウムは気まずく確認するようにセエレの方を見る。


「そうですね。人からは悪魔の匂いがしませんでしたが……この屋敷全体に人が長く住んでいる場所特有の魔力の残滓ざんしのようなものを感じます」

「ざ……ザン、シ?」


 『残滓ざんし』という言葉の意味の段階で理解が追いつかなかったのか、和道は目を丸くして首をひねった。


「屋敷に染み付いた気配と言いますか、誰のものでもない魔力の残り香のようなものと思っていただければ」

「そーそー、そういう感じ!」

「それって、危険性はないの?」


 深夜は当然の疑問を口にする。

 持ち主のない魔力といえば、深夜はちょうど最近『霊骸れいがい』なんてものを相手にしたばかりだ。

 だが、ラウムの態度はさほど危機感のあるものではなかった。


「量にもよるけど、魔力が染み付いた場所自体は珍しくないよ」

「そんなにいっぱいあるの?」

「神社とか教会とか、パワースポットって呼ばれる場所はだいたいそう」

「なるほど、そういう」


 同時に「あんまり濃すぎると今度は"曰くつき"なんて言われちゃうけどね」と付け足す。


「ただ、こういう場所だと、雑魚悪魔とか魔道具みたいな薄い匂いが紛れちゃって、近づかないと気づけないんだよね」

「つまり……まだ会ってない人に悪魔憑きがいる可能性はゼロじゃない、ってことか」

「そうなるね。それと、オジサンやお婆ちゃんが魔道具をどこかに隠してただけ、って可能性もあるかな」


 木を隠すなら森の中、とはよく言うが、どうやら魔力の匂いを隠すのも同じ理屈が成り立つようだ。


「……じゃあ、今のうちにその懸念を潰そうか。和道とセエレは、さっきの使用人さん含めて、この屋敷で働いている人達を調べて」

「俺達だけで? 神崎とラウムはどうするんだ?」

「俺達は屋敷の全体を歩き回って、隠れてるやつがいないか探してみるよ」


 仮に徒労に終わったとしても、自分の目と足で屋敷の構造を把握できるのなら十分価値がある。

 なにせこの広さだ、いざという時に「迷いました」なんてことになっては洒落にならない。


「俺達の分担はそれでいいけど……花菱のやつはなにしてんだよ?」

「なんか、警護の準備とか言って、さっさとどっかに行ったよ」

「アイツ、本当に役に立つのかよ」


 そこに関しては、深夜も何とも言えないのでノーコメントとすることにした。


 ◇


「どう、ラウム?」


 客間から出た深夜達は、まずはじめに大賀がこれから寝泊りする部屋を調べることにした。


 曰く、ここは大賀の高校生時代の私室らしく、家を出た後もそのままになっていたとのこと。

 現に、深夜達にあてがわれた純和風の客間とは異なり、カーペットやベッドなどの洋風な家具でコーディネートされている。

 先日訪れた御城坂市の大賀の部屋と、おおよそ同じような雰囲気だ。


「とりあえず、比奈の部屋に妙な匂いとか痕跡は全くなかったよ」


 スンスンと鼻を鳴らして大賀の部屋を歩き回った後、ラウムはピースサインを大賀に向けた。


「これで安心して寝れるね」

「ありがとう、ラウムちゃん。それで……その……」


 しかし、大賀は若干顔を赤らめ、不安そうな顔を続けている。

 その理由をすぐに察したラウムは、悪戯っぽい顔で大賀に歩み寄り、その耳元で小さく囁いた。


「大丈夫、今回は家探しとかはしてないから」


 そんな二人のやりとりを横目に、深夜は引き戸や窓を調べ、物理的に不審な点がないことも確認する。


「出入り口に鍵がないのは不安だけど、そればっかりは日本屋敷じゃ仕方ないか」

「ねえ、神崎君。少し、いいかしら?」

「何か気になることでもありましたか?」

「さっきの芥子お婆様の話、私には途中からさっぱり意味がわからなかったのだけど……『異能者』っていうのは、ラウムちゃん達みたいな悪魔とはまた違うのものなの?」


 そういえば、昨夜は余計な混乱を避けるため、深夜の異能に関する説明を意図的に省いたのだった。

 それがまさか、こんな形で裏目に出るとは思ってもいなかった。


「そうですね……大賀先生、ちょっと俺とジャンケンをしましょう。十回くらい」

「え? どうしていきなり……」

「実際に体験してもらった方がわかりやすいので」


 深夜の突然の提案に大賀は困惑を見せる。

 だが、深夜としてはここは、その戸惑いを飲み込んで付き合ってもらいたい。

 この左眼の異能を説明するにあたって、これ以上にわかりやすい例はないのだから。


 ◇


「十回連続で負けた……」

「キリがないのでやりませんけど、多分百回やっても俺が全部勝てます」


 大賀は信じられない、といった表情で自分の手のひらを見つめているが、残念ながら、そこをどれだけ見ても意味はない。


「今まで隠してたんですけど、俺、未来予知ができるんですよ。十五秒だけ」

「え……えぇえ!?」


 悪魔だとか、人間の品種改良だとか、突飛な話はもうさんざん聞いてきたはずだが、彼女はここにきて一番の驚きを声で表した。

 おそらく絶妙に使い古された『未来予知』というワードが身近に感じられたのが、その大きな理由だろう。


「俺みたいに、悪魔の力を借りずにこういう不思議な力を持っている人間が『異能者』って呼ばれるんです」

「にわかには信じがたい話だけど……それはもう今更ね」

「多分、大賀先生のご先祖様達は俺みたいな人間を集めて、その子供に異能を代々受け継がせていこうとしてたんだと思います」

「人間の品種改良って……そういうことね」


 深夜の説明を受け、ようやく大賀も自分に流れる血の起源を理解できたようだ。

 しかし同時に、また別の気になる点が浮かび上がってきたようで、彼女の眉間に浮かぶシワはより一層深くなった。


「…………じゃあ、もしかして、お母さんって」

「比奈のお母さんがどうかした?」

「さっきのジャンケンで思い出したのだけど、私のお母さんもすごくジャンケンが強かったの」


 大賀は遠い昔のことを思い出すように言葉を続ける。


「それで、強さの秘訣を聞いたら『お母さんは、人の心の声が聞こえるから』って……」

「ちょ! それヤバくない!? 比奈のお母さんもすぐにこっちに呼んであげた方がいいよ!」


 大賀から告げられた突然の事実に、ラウムだけでなく深夜も驚きのあまり絶句する。


 すっかり失念していた。今回の一件、敵の狙いが『大賀家』がなのだとしたら、彼女の両親も危険にさらされる可能性が高い。

 だが、慌てふためく深夜達とは打って変わって、大賀の態度は酷く落ち着いたものだった。


「それは……大丈夫。両親は七年前に事故で他界しているから」

「あ……ゴメン……」


 ラウムの目が伏せられ、その声は蚊の鳴くような小さなものに変わる。


「気にしないで。もう昔のことだから」


 微笑みながらそう言う大賀の態度は、深夜達に気を使って気丈に振舞っている、という感じではない。

 それは、その過去はもうとっくに乗り越えたのだと伝えているようだった。

 だがそれでも、その事実は深夜達にとっては重く、上手く言葉を返すことが出来なかった。


「それより、二人はこの後どうするの?」


 そんな深夜達の重苦しい表情を拭い去るように、大賀は明るい声で尋ねる。

 こうなっては深夜も黙り続けているわけにはいかない。


「……ええと、ひとまず屋敷全体を見回って構造を把握しようかと思ってます」

「それなら私が屋敷の案内をするわ。見ての通り無駄に広いから、はじめてだと迷うと思うし」

「それは助かります」


 正直に言えば、商業施設や街中と違って、地図や見取り図が手に入らないこの屋敷をどうやって歩き回ろうかと悩んでいた。なので、大賀の提案は深夜としても非常にありがたい。


「護衛もできて一石二鳥、だね」


 そして、ラウムの言う通り。大賀と一緒に行動できるのなら、万が一の事態にも対応できるだろう。



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